(連載)ハードボイルド桃太郎 1
序章
大地を飲み込むような激しい雨の降る夜のことだった。
長く伸びきった髪を紐で束ねた青年が、夜闇に飲み込まれた山の中を泥水を跳ね上げながら走っていた。傍を流れる川は大雨を受けて濁流を逆巻かせていた。その青年は布切れを一枚だけ纏ったような見すぼらしい身なりをしており、頰は痩せこけ、死に物狂いの表情を浮かべるその顔は無精髭で覆われていた。身長は五尺ほどはあっただろうか。その大柄な体に似合わない細い脚は亡霊のように力なくふらつき、やがて崩れ落ちるように両の膝を地面に打ち付けた。彼は背負っていた風呂敷を引きちぎるように解くと、身を屈め、包まれていた何かに顔を近付けた。
その青年は雨音に紛れて近付いてくる殺意を帯びた足音に気付くと、先程までとは対照的に力強く立ち上がり、足元に転がった風呂敷の中身を両腕で抱え込んだ。少々の間の後、彼は意を決したように川縁に立ち、倒れ込むように濁流に身を投じた。
茶色く濁った波に飲まれ、その姿が見えなくなると、彼がやって来た方角から数人の大柄な男達が息を切らしながら走って来た。彼らは青年が川に身を投じたあたりで立ち止まると、肩を大きく上下させながら聞き慣れない言葉で何かを叫びだした。
――そう、あれは確か17年前のことだ。今でも鮮明に覚えているよ。鋭くギラついた、彼の冷たい眼光を。
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