雨に濡れた街の寂しさは、

 車の窓から、雨に濡れた街を見たときの、妙な寂しさのことを、先生に話すと、先生は、ふんふんと小さく頷きながら、カップラーメンを食べていて、これは、もしかしたら、ちゃんと聞いていないかもしれない、と思ったけれど、ぼくは、かまわず、話を続けて、でも、その、妙な寂しさのことは、あまり、長くは話せなかった。うまく言い表すのも難解な、寂しさだったので、それでも、どうにか、先生に伝わるよう、言葉を選んで、説明したつもりだったのだけれど、途中から、ぼく自身も、なにを言っているのか、わからなくなっていた。
 生物室は、いつも、いきもののにおいがする。
 生物室だから、なにか、いきものがいる、と思いきや、いきたものは、いなくて、いるのは、昆虫の標本や、小動物に、鳥の、剥製なんかくらいで、(ああ)、唯一、いきているいきものといえば、先生くらいだなぁ、とぼんやり考えた。あんぱんの、空の袋を、ぐちゃぐちゃにまるめて、ぼくは、生物室の、黒い机に突っ伏して、先生が観ている、動画の音だけに、支配された。野生動物の、狩りの様子に密着したドキュメント。虫の羽音。とうてい、ごはんを食べているときに観るような、動画ではないと思うのだけれど、先生は、平気そうな顔で、ラーメンの麺を、すすっている。
「ちゃんとしたごはんを、食べなさいよ」
 先生は、ぼくに、そう言うけれど、先生だって、決して、ちゃんとしたごはんを食べているわけではないし、ぼくは、あんぱんや、やきそばパンや、クリームパンが好きなのだから、しかたない。
 窓の外から、笑い声が聞こえて、きっと、五限目に、体育の授業を受けるクラスが、外に集まり始めているのだろうと思った。ひとの声にまじって、獣の鳴き声が、きこえて、子守唄には適さないなと思いながら、目をつむる。
(そうだ、)
 雨に濡れた街の、妙な寂しさは、先生を見たときに感じるそれと、似ていた。

雨に濡れた街の寂しさは、

雨に濡れた街の寂しさは、

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-25

CC BY-NC-ND
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