堕天使の裁き 2
2 犯人からのメッセージ
「フェデリコ、よく来てくれた」ピーター・クロフォードがサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の門の前で待っていた。この教会には昔、何度も足を運び司教や司祭の説教を聞いたり十字架に祈りを捧げた記憶がある。壮麗な外装や内装に感動し、ここフィレンツェの建築の素晴らしさに感嘆たる想いを携えていた。今でもその気持ちは変わっていない。「クロフォード、久しぶりだね。といっても二週間前には会っていたか」クロフォードは微笑を浮かべていた。「君が休暇を取る前はな。さあ中へ入ろう」サンタ・マリア・グラツィエ教会の中へ入った瞬間、フェデリコは犯人への嫌悪感を募らせた。十字架に吊るされ胸部右下にナイフのような何かで刺された跡があり、心臓がある胸部左にも刺された跡が残されていた。そして裸体を晒され人体彫刻のように静けさと憐れみを保っている。クロフォードから話は聞かされていたが実際に目の当たりにすると吐き気を催す程だった。「これは…クロフォード、聖書の物語に現れるキリストの十字架磔刑を知っているか?この犯行はあの物語とほぼ同一であると思うんだが」「イスカリオテのユダが裏切り、キリスト教に驚異を感じ
ていた異教徒がキリストを磔刑したという物語か。確かに君の推理は的を得ているがこれはそうゆう事を意味していたのか」「分からない…でも僕にはそう思える。犯人は聖書を熟読していて、その物語の再現をしている。この犯行で分かることは犯人はかなりの罪悪感を感じているはずだ。カトリックかキリスト、あるいはモルモンかエホバの証人、それらのいずれかに属している可能性がある。犯人は25歳から30歳後半である程度、安定した職業についているかもしれない」フェデリコには34歳ながら数々の心理分析、プロファイリング、豊富な捜査経験がある。アメリカの雄ではロバート・K・レスラー、イタリアの雄ではフェデリコと並び称される程の技量を持ち、警察当局に絶大な信頼を得ていた。彼の能力にはクロフォードも同僚にも一目置かれている。クロフォードは彼の推理を聞きながら微かな安堵の表情を浮かべた。「やはり君を連れてきて正解だったようだな。鑑識や他の捜査官も全力を尽くしているが今日一日でそこまでプロファイリングができるのはイタリアでは君だけだろう」「買い被らないでくれ。もう少し調べたいんだけどいいかな
?」「かまわないよ。私は鑑識に何か見つけたか改めて聞いてくる」そう言い、クロフォードはやや遠くにいる鑑識の方に歩いていった。傷跡は他には見当たらず、胸部右下、胸部左のみ致命傷になる部位を狙っている。これはなるべく苦しまないように殺そうという犯人の慈悲が込められている。憐れみ深い、敬虔、もしくは狂信的な信者はこのイタリアでは少なくない、しかしここフィレンツェで六件の被害が起きているという事はフィレンツェに滞在している信者だと特定する事はできる。フェデリコはそう思い、捜査官にプロファイリングとその趣旨を伝えた。彼らは承諾し、鑑識とクロフォードにその話を聞かせに行った。犯人像はある程度掴めたはずだ、後は…ふとその時、被害者の口が僅かに膨らんでいるのが見えた。不思議に思い、フェデリコは手袋をし、被害者の口を開いてその何かを取り出した。それは紙だったが表にも裏にも文字が書かれていた。
「我が堕天使は永久の時を司り、また、現実界に降り世界を変えんが為に我が配下に置かれている」
「これは何だ…?明らかに犯人が書いたものだが堕天使…?」このメッセージは不可思議なものであった。犯人は妄想に取り憑かれた人物かもしれない、しかしどうにも分からない事がある。このメッセージは筆で書かれているから重要な手がかりを残した事になる。それは犯人にも分かっているではないか、では何故わざわざ証拠となるようなものを残したのか…?紙の裏を見るとそこにも何か書き記してあった。
「汝が深淵の眠りに着く時、罪は浄められ新たな罪を求めるであろう」
それにも不可思議なメッセージとして書かれていた。考えていると、クロフォードがこちらに戻ってきた。「どうしたフェデリコ。何か見つかったのか?」「これが被害者の口に入っていたんだ。何かのメッセージのように思う」クロフォードに紙を手渡したが彼にも分からない様子だった。「意味は分からないがこれを書いた人を割り出す事ができるかもしれない。だがこれと同様の六人の被害者には犯人へのメッセージは残されていなかったのに何故この被害者だけが…」クロフォードもフェデリコも沈黙し、しばらく考えていた。この事件、また六件の事件には共通しているものがある、その糸口が見つかれば…二人はそれを理解し、メッセージを解読すれば何かが得られるだろうと確信を持っていた。
堕天使の裁き 2