きみ、想う、季節
きれいだったのは、深夜の、高速道路の、街灯。
思い出せないのは、きみと過ごした、六月のひととき。
小指で交わした約束が、いともかんたんに破られてしまったときの、むなしさを、角砂糖といっしょに、紅茶のなかに沈めた。信じていたものに裏切られたときの、やるせなさを、石鹸の泡といっしょに、浴室で洗い流した。
つめたいのは、水族館の、水槽のガラスと、きみがねむっている、四角い箱。
紫陽花が咲く頃、ぼくは、きみを想って、泣くでしょう。しとしと降る雨を、窓越しに眺めているときに、からだの、おくのほうからあふれる、憂い。名前のない感情。はんぶんかじったビスケットと、きみからの着信がなくなり、ただの板となった、スマートフォン。テーブルの上で、静かにそっと、息をひそめて。
となり町の、遊園地の、観覧車から見た、ぼくらの町は、わらってしまうくらい小さかった。宇宙から見たら、ぼくら、顕微鏡でしか見えない、微生物だね。きみは、淡々と言い放った。ぼくは、そうだね、とうなずき、デジタルカメラで、きみの横顔を、撮った。星、というものが、五角形ではないことを、知っていた。きみに向けられる、ぼくの、無意識の感情が、恋だとは、まだ、知らなかった。
やさしい、ダンクルオステウスがいたとして、きみと、どちらが好きだろうと、ぼくは、いまさら、きみに、好きだとも言えずに、そんなことを考える、夜があって、そんな夜は、きまって、かちかちに凍った、バニラアイスを食べた。表面を、スプーンで叩いて、かちかち、となる音が、好きだった。かなしいとき、つらいときに、縋るのが神さまだけとはにんげん、限らないと思った。くじらでもいいじゃん、と思って、水族館に行ったけれど、ぼくがイメージしていたくじらは、いなくて、シャチや、イルカばかりが、いて、すこしだけ、おちこんだ。
きみが好きだったのは、白い花。ミステリー小説と、ビターチョコレート。
公園の池に棲んでいるワニは、きっと、ダンクルオステウスよりも、やさしいよ。夜だよ。雨だよ。
ぼくは、生きていることだけを、しているよ。
きみ、想う、季節