三題噺「明月」「お萩」「堂」(緑月物語―その12―)

緑月物語―その11―
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緑月物語―その13―
現在執筆中

 酒野はかつて神童だった。

 同年代で彼より賢い者はいなかったし、それを当然だと彼の周囲も思っていた。
 だからなのか。彼は輝いていた。
 地元では『百年来の麒麟児』『未来を照らす明月之珠』としてもてはやされた。
 しかし、それも過去のこと。今の彼は平凡そのものだった。

 ――どうしてあの時はあんなに輝いていたのだろうか。

 今の彼には、それに対する答えを出すことは出来なかった。


 約半年前、彼は緑月行きの推薦試験を受けた。
 その時に面接官として来ていたのが、ヤマトの理事長である稲葉孝三郎だ。
 いつも羊羹やお萩を脇に置いてつまんでいる和菓子マニアだが、実は亡き両親の親しい友人でもあった。
 面接の際にそれを聞かされた時は酒野も驚いたが、それが結果的にヤマトへの転入を決めることになったのだから人生はわからないものだ。
 彼は言った。
「そう! 緑月には君の求めるものがある! ……ま、それを掴めるかは君次第なんだけどね」
 飄々としてはいたがそこは学園の長。彼の堂に入ったプチ演説は、当時の酒野の記憶に深く刻まれることとなった。
 しかし、まさかそれがあんなことだとは。
 もしあの時に戻れるのなら、理事長を一発殴らないと気が済まないと思う酒野だった。


 そんな酒野の目の前で今、可憐な人形師の輪舞が繰り広げられていた。
 緑色の大型機体グリーンモスが、一人の少女に弄ばれている。
 彼女に向けて発射される極太ワイヤーは、彼女に届く前にバラバラに切り散らされていく。
 よく見れば彼女の周りを小さな物体が飛んでいる。
「よく見ておけよ。あれが彼女の『ドラゴンフライ』だ」
 森本が横で解説を始めた。
「見ての通り、あれは神樹のオリジナルウエポンだ。だけど元の物体は違う」
 そう言うと、徐に彼は右腕を伸ばしていくつかの物体を射出する。
 それは空飛ぶ小さな円盤だった。
「これは遠隔操縦型捕縛縄、通称『ピクシー』だ」
 ――遠隔操縦型捕縛縄。それはこの世界における捕縛師の使う武器の一つだそうだ。
 射出された円盤状のワイヤーアンカーを、脳からの電気信号で遠隔操作。そして右腕から円盤に伸びるワイヤーで敵を絡みとる。それがこの武器の使い方というわけだ。
 また、円盤には鉤爪のような機構もついていて、森本のような捕縛師以外も主に移動用の補助具として使用しているらしい。
「で、あれなんだけど」
 森本が親指で指し示すのは神樹の『ドラゴンフライ』。
「あれは『ピクシー』を神樹が強化した特別製ってわけ。ワイヤーアンカーにも武器を組み込んだ、いわば遠隔操縦型の超小型戦闘兵器みたいなもんだ」
 そう語り終えたると同時に、神樹の方も今まさに戦いが決着させたようだ。
「さ、俺たちも手伝いに行こうぜ。……って、おい酒野?」
「……え?」
 自分の世界に入り込んでいた森本は、酒野の顔を見て言葉を失った。
 酒野も怪訝な森本の顔に気付いて、ふと顔に手をやる。
 温かい水で手が濡れた。
 どうやら、いつの間にか泣いていたらしい。

 ああ、そうか。彼女は輝いているのだ。

 心配しつつもやや引きがちな森本を横目に、酒野は涙を拭いながら気付くのだった。
 先ほどから酒野が彼女から目を離せなかった理由。
 それは単純なことだった。
 酒野は、彼女に自分のかつての面影を見たのだ。
 だから同時に、彼はこう思うのだった。

 ――どうしてあの時はあんなに輝いていたのだろうか。

 その答えは、彼女についていけばわかるのではないかと。

三題噺「明月」「お萩」「堂」(緑月物語―その12―)

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酒野はかつて神童だった。 同年代で彼より賢い者はいなかったし、それを当然だと彼の周囲も思っていた。 だからなのか。彼は輝いていた。 地元では『百年来の麒麟児』『未来を照らす明月之珠』としてもてはやされた。 しかし、それも過去のこと。今の彼は平凡そのものだった。 ――どうしてあの時はあんなに輝いていたのだろうか。 今の彼には、それに対する答えを出すことは出来なかった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-16

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