神サマ達の共有暮らし《ボディシェア》
四月一日
四月一日それは新しく始まる日、制服のサイズが少し大きい新一年生、スーツが真新しい新社会人、街は不安と期待に満ち溢れる季節。
大和第一高校の入学式が無事に終わり生徒達はそれぞれ新しい友人を作り、自分達のグループを形成し始めていた、そんな活気に溢れている教室に一人だけ雰囲気が違う生徒がいた。
黒鉄 火斗、彼は周りの生徒達に興味がないのか窓側の席で欠伸をし視線を外へと移す。
「どうした欠伸なんてして、せっかくの高校生活だぜ、もっと楽しまないと」
ふいに火斗へ話かけてくる人物がいた、火斗はその声を知っている、声の主はまるで元気が服を着て歩いているという言葉がぴったりな程に明るい男子生徒だ。
火斗はチラリとその男子生徒の方を見ると机の中から本を取り出すと読書を始めた。
「おいちょっと待て!? 今俺の存在を確認したよな、 何故スルーした!?」
男子生徒は火斗の磨きあげられたスルースキルにツッコミをかます、火斗は本から視線を目の前の男子生徒へと向けると、面倒くさそうにため息をつく。
「やかましいぞ光二、つい十分前もかまってやっただろうが、俺はお前の底無しの会話のスタミナについていけないだけだ」
「まぁまぁ良いじゃないか、幼稚園からの付き合いじゃないか、お前も一人にしろオーラ出してないで誰か新しい友達作れよ」
光二はグッと親指を立てサムズアップし、その手をこちらに差し出してくる、火斗も同じくサムズアップをすると互いに拳を軽く当てる。
――こいつは昔から変わらないな、火斗はそう思った、光二のこのサムズアップを互いに合わせる行為は今に始まった訳ではなく、幼稚園の頃からずっと一緒だった火斗と初めて会った時からやっていた。
そんなこんなで火斗と光二がじゃれあっている間に休憩時間終了の予鈴が鳴り出す。
光二は自分の席へと戻り目の前の生徒と会話を始める、火斗は閉じた本を開き教師が来るのを待った。
しばらくすると教室の扉が開き温厚そうな初老の男性教師が入って来る。
「初めまして、このクラスを担当する神野と言います。これから一年よろしくお願いします」
挨拶や一通りの通達が終わると生徒達は一息つきたいのか少しざわめきだす、すると神野教諭は黒板に何かを書き出し始めた。
「皆さん元気で何よりです、僕としても元気な生徒達のほうが付き合いやすいですしね、ではあと少しだけ僕にお付き合い下さいね」
神野教諭は黒板に書き終えると改めて生徒
の方へと向き直ると話を始めた。
「皆さんは大和第一高校に入学されましたね、中学でも少し習ったかもしれないですがここでは本格的に《神道学》を習う事になります」
生徒達のざわめきは消え、皆の視線が神野教諭へと注がれる。神野教諭もまた教室全体を見回し一人一人生徒達の顔を見ていく。
「今日は時間が無いので簡単に説明すると、日本は近代化によって我々日本人は神様を祀る事を忘れ神様達の住む場所を奪ってしまったのは知ってますね?」
教室では何人かが頷く。
「居場所を奪われた神様達は人界の空気によって穢れてしまい《汚天》してしまいました、そしてその穢れを祓う事を《天清》と言いますね、それをやるのがここにいる皆さんになります」
神野教諭は一度言葉を区切ると予鈴がなり、神野教諭は出席簿などを片付け始めた。
「時間もいい具合にぴったしですね、続きは明日からになりますね、それでは今日はお疲れ様でした」
神野教諭はそのまま職員室へと戻り新入生達は各々の行動をとり始める。
「火斗ー! これから部活を見に行かないかー?」
下校準備をしている火斗の元へ光二がやって来ると火斗の手を掴んだ。
「俺に拒否権は無いのか?」
――ない!! 自信満々に答える光二に半ば引きずられるように火斗は連行されて行く。
・ ・ ・ ・
結果的に今日だけで部活の半分を体験するという荒行を光二に付き合わされた火斗はやる羽目になり、家に帰る頃にはいつもの練習をやる元気体力が残っていなかったが我が家の扉を開ける前に深呼吸をした、火斗はある程度予知をしていた扉を開けたらどうなるのかを。
「ただいま」
火斗は扉のドアノブに手をかける、扉の重さを感じながら開ける。
「遅かったじゃないか我が子よ!」
火斗はとっさにドアノブから手を離した、それと同時に扉が勢いよく開き中から半裸の女性が飛び出してくる。
「裸で外に出ないで下さいって言ってるじゃないですかタレイヤさん」
火斗がタレイヤと呼んだ半裸の女性はおそらく世の男性が一番の理想とするくらい体型も顔も美人の部類だろう、しかし彼女は人間じゃない、その証拠に額の二対の角、尖った耳、それが彼女が人間ではないことを証明していた。
タレイヤは火斗の発言を無視しかまわず飛び掛かって来る、火斗は慣れた動きで突っ込んで来るタレイヤを避ける。
うまく躱され不満で口を尖らせつつも改めて火斗にくっつき離れようとはしない、火斗はそんなタレイヤの様子に元々諦めているのか彼女をくっつけたまま部屋へと入って行く。
「タレイヤさん……いい加減その呼び方を辞めてくれませんか? 俺は貴女の子供じゃないですからね」
おそらく世の男性が一番の理想とするくらい体型も顔も美人の部類だろう、しかし彼女は人間じゃない、その証拠に額の二対の角、尖った耳、それが彼女が人間ではないことを証明している。
「我が子ー、腹が減った、供物が欲しいー」
リビングのソファでゴロゴロしているタレイヤを見つつ神霊の意味を考え直していた。
「タレイヤさん、ご飯の前に天清が先です、少し準備をしますのでちょっと待っていて下さい」
火斗はそう言ってその場で座禅を組むと両手を合わせ深く息を吐き出し目をつぶる。
「まーだー? まーだー? 我は腹が減ったぞ」
暗闇の中タレイヤの声が自分の周りから聞こえてくる、火斗は極力自分の周りを回って催促してくる我が儘な神霊を意識しないように心を無にする。
火斗の周囲で、むー、むー、と何かの鳴き声のような声をあげていたタレイヤの気配がふと消える。
その瞬間、火斗の心の内からどす黒い感情が溢れだす、憎悪、後悔、悲哀、火斗はそれらの感情に流されないようにより心を落ち着ける。
火斗の顔には苦悶の表情が浮かび額には玉のような汗をかいている、身体の内側からあふれ出る神気が彼自身を蝕んでいる。
「我が子よ、腹が減った」
ふいに身体が軽くなる、先ほどまでの負の感情は消え去り、火斗の身体から溢れ出していた神気は徐々に薄れていく。
「……さてご飯にしますか、俺も正直今日はメチャクチャ疲れたから飯食ってさっさと寝たい」
火斗は汗を拭うと
「我が子よ、供物は、はんばーぐとやらで良いぞ」
晩御飯のリクエストをしてくるタレイヤを無視しキッチンへと向かい冷蔵庫の中身を確認する。
「……タレイヤさん、冷蔵庫の食べ物が残らず無いんですけど?」
火斗の冷ややかな視線から逃れるようにそっぽを向く、そんなタレイヤの動きで全てを察し火斗は深くため息をつく。
「とりあえず今から買い物行ってきます、明日のお弁当の材料も買い足さないと」
「買い物行くなら我のぷりんとやらも頼む」
――しばらくは無しです、また不満そうな顔をするタレイヤを再び無視して玄関の扉を開けた。
そこには一人の女子生徒が立っていた。
全身血まみれの姿で。
「久しぶりだね、ひーくん」
彼女はにっこりと笑った。
プロローグ
日本、世界でも有数の多神教でありこの国は八百万の神様がいる。
ある神様は大社に祀られ、ある神様は道端の小さな神社に祀られている、様々な形で神様はこの国の人間達と寄り添っている。
黒鉄 火斗はごく一般的な家庭に産まれた。父も母も共働きだったが火斗はそんな両親が好きだった、父の背中をよじ登りそこから見る景色が好きで、寝る前に母に腕枕してもらい一緒に本を読むのが好きだった。
休みの日は大好きな両親と一緒に公園に出掛け、母の弁当を父と一緒食べるのが好きだった。
ある日両親は帰って来なかった。
今でも火斗の記憶に残っている、空っぽの両親の棺にすがり付き泣いていた幼き自分。
流浪の神達が起こした天災、二・八神災、日本各地を襲った未曾有の大災害。
そして日本は知った、神様達の問題を。
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