Mariaの日記 -7-

Mariaの日記 -7-

 真理子はスマートフォンを操作して「Mariaの日記」を開いた。

「このブログを読んでもらえますか……」

 課長がスマートフォンを受け取ってブログを読み始めると、真理子は言葉を選ぶようにゆっくりと話す。

「そのブログを書いている人の名前は大路真理亜です」

「……そう。大路さんの名前に似ているね」

 課長は、真理子の話に相槌を打ちながら「Mariaの日記」を読み進める。

「書かれている内容が私に酷似しているんです。職場での会話もそのままだったりするし……」

 課長は驚いた表情で真理子を見詰めた。

「……では、職場の誰かが書いていると?」

 真理子は頷いてから呟く。

「勿論、確定ではありませんが……恐らくは職場の誰かが私に成り済まして書いているのだと思います」

 課長は重い溜息を吐いた後、スマートフォンを真理子へと返した。

「分かりました。後でパソコンから全て読んでおきましょう……」

 課長は少し間を置いてから話を続けた。

「寺井麻子さん……って人が出てるね」

「あ、はい。でも事務所にいる女性社員は私だけですし、架空の人かと」

「いや……大路さんの前にいた女性社員がね、寺田麻美さんっていうんだよ」

 真理子は息を飲んで俯いた。
 課長は気遣うように優しい調子で言葉を続けた。

「確かに社員でなければ知らないような事が書かれているね……でもストーカーであれば盗聴という方法も有り得る。まだ社員か外部の人間かは分からないし、取りあえず通勤には気を付けた方が良いかな……」

「盗聴……?」

 真理子が、恐怖心から逃れようと打ち消した言葉だ。盗聴なんて考え過ぎだ、きっとブログは雨山が書いているに違いないと。
 それを再び課長から言われて、真理子の表情は青ざめた。

「うん。悪質なストーカーなら、どんな方法を使ってでも大路さんの周囲を知ろうとするから……」

 真理子の様子を見て、課長は話を中断して謝罪した。

「ごめんなさい、脅かすようなことを言ってしまって」

「いえ……」

 ランチが運ばれてきたが、真理子は食べることが出来なかった。
 そんな真理子を案じて、課長は声を掛ける。

「大丈夫だよ、私が何とかするから安心しなさい。冷めてしまう前に食べなさい」

「課長……」

 真理子は、ホッとした表情を見せてから緊張の糸が緩むように涙を零した。

「電車通勤は危ないから、暫くは私が車で送り迎えするよ」

「そんな……申し訳ないです」

「こんな時に遠慮なんてするもんじゃないよ、言うことを聞きなさい。何か起きてからでは遅いんだよ。起きる前に防ぐことが大事なんだ」

「……はい! 有難うございます」

 真理子は安堵の笑みを浮かべ、ようやくランチプレートに箸を付けた。



Mariaの日記 53日目

こんばんは。
昨日の日記にも沢山コメントを有難うございます。
今日は皆さんに発表があります。
ついに!マー君から告白されました!
マー君はイケメンだし営業成績トップだし、私に相応しい相手だと思っていたので嬉しかったです。
今週末は二人きりでデート……。
私って日頃の行いが良いからラッキーなことが多いんです。
今日も主任から理不尽なことで怒られたけど我慢したんですよ。
このような積み重ねが幸運を呼ぶんですよね!


 「Mariaの日記」を読みながら、真理子は首を傾げた。

――告白……?

 突然、そんな展開になったブログの内容に真理子は戸惑い悩んだ。
 雨山がブログを書いている理由は真理子が嫌いだからじゃないのか?真理子とは雨山にとってネットで晒し者にしたいほど嫌いな相手のはずだ。それなのに自らが真理子に告白するような展開にするだろうか……?
 モニターを見詰めながら考えるうち、真理子の中に別の恐怖が生まれた。

――まさか、雨山のヤツ……。

 真理子は、自身の中に生まれた考えを否定するように首を横に振った。
 小さな一人暮らし用のテーブルにスマートフォンを置く。そして朝食用に準備したトーストを手に取ったが食欲が無くなり口に運ぶことが出来ない。
 朝食を諦めて身支度を済ませた後、丁度良くスマートフォンが鳴った。
 昨日の昼休みに約束した通り、今朝から課長が車で迎えに来てくれる。到着したらスマートフォンを鳴らしてくれる約束になっていた。
 真理子は、課長が迎えに来る時間にアパート前に立っていると言ったのだが、それでは危険だから部屋の中で待つように指示されたのだ。
 あまりの至れり尽くせりに、流石に真理子は申し訳なく思い、車に乗り込む際に何度も頭を下げた。

「本当に申し訳ありません……」

「気にしなくていいよ、社員の安全を守るのも仕事だからね」

 車の助手席で、真理子は申し訳なさに身を縮ませて座っていた。

「例のブログなんだけど……」

 課長が「Mariaの日記」について語り出し、真理子は先程読んだばかりの内容を思い出して身震いする。

「昨夜、全部読んだんだけどね……やっぱり社内の人間が書いているようだね」

「あの……昨夜に更新された一番新しい日記も読みましたか?」

「え?読んだのは一昨日のものまでかな……」

 真理子は、昨夜の日記について説明をした。
 課長は運転しながら相槌を打ち、少し考え込んでから回答を出した。

「雨山が犯人なら極端な行動に出ることはないだろう……そこまで度胸のある男じゃないからね。少し時間をくれないかな、悪いようにはしない。もちろん大路さんの身を守るのが最優先だから解決するまで送り迎えしよう」

「はい……」

 課長の力強い言葉に、真理子の心から不安が消えた。

Mariaの日記 -7-

Mariaの日記 -7-

溺れる者は藁をも掴みます。その藁はスーパーヒーローになってくれると信じられますか?

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-19

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