湖底に眠る国

おおへんり 作

 長い時間山のふもとを進んでいた列車は、高原の小さな駅に着いた。列車を駆け降り駅から飛んで出た二人は、地図を見ながら川沿いの道を湖の方へと歩き出した。
「ポスターで見たよりすてきな所ね」
「あの山もこの川も、すごくでっかいなあ」
「あの山は何メートルぐらいかしら」
「三千メートルほどだろ」
「この川はどこから流れて来るのかしら」
「湖から流れて来るんだろ」
「ほら、あそこで魚釣りをしているわ」
「見に行ってみようか」
 二人は川原に下りて行って、小石をふみ鳴らしながら近付いた。そこには、人の良さそうな男の人が釣糸を垂れている。
「こんにちは、おじさん」
「こんにちは、お二人さん」
「どんな魚が釣れるの、釣ったのを見せてよ」
「ヤマメとかイワナとかだね、これだけ釣れたぞ」
 そう言われて、男の人は重そうに水中からビクを引き上げた。その中には、十匹以上の魚が跳ねている。
「どうだ、おじさんの釣った魚は、おいしそうだろ、一匹焼いてやろうか」
「いらないわ、かわいそうだもの」
「君たちはここの住人じゃないな、ここの住人だったら喜んで食べるのに」
「僕たち、旅行しているんだ」
「おじさんはここの住人なの」
「いいや、わしもよそ者さ、ここで宝探しをしているんだよ」
「宝探し・・宝物なんて本当にあるの」
「あるとも、金銀宝石がどっさりさ」
「どこにあるの、教えてよ」
 男の人は少女に尋ねられると、いかにも楽しそうに語り始めた。少女は熱心に、少年は気軽に、耳を傾けた。
「わしは大学で歴史を教えているんだが、魚釣りが好きで休みにはいろんな所に行くんだ、三年前の夏休み初めてここに来たんだが、湖岸を歩いていると黄金の器を見つけたので、それを調べてみた、するとこんなことがわかった・・昔ここに栄えていた王家の一族が別の一族に襲われたんだ、敗走するその一族は大きな船で湖の対岸に行こうとしたが、途中で湖底に沈んだんだ、その船には莫大な財宝が積んであったそうだ・・・もちろん、それは歴史上の事実だが伝説でもあるんだ、しかし、わしは黄金の器を見つけたんだ。
「宝物は湖の底で眠っているのね」
「今まで多くの人が湖を探したし、わしも探したが、見つからなかったんだ」
「もともと宝物なんてなかったんだよ」
 二人の会話の中に、少年はばかばかしいというように口をはさんだ。
「そんなことないわ、わたし、この博士の言うことを信じるわ」
「君はそそっかしいからね」
「宝物はきっとあるぞ・・これを見せてやろう」
 博士はそう言うと、カバンの中から黄金の器を取り出した。二人はそれを手に取って、いろんな角度から眺めて、感心したり感激したりした。少女は楽しそうに少年の顔をのぞき込んで・・。
「わたしたちも宝探しをしましょうよ、見つけたら有名になるし金持になるし」
「宝物なんて出てこないよ、明日は登山する予定だろ、でも、まあいいや、やってみるか」
 次の日、二人は朝早く湖に出かけた。そして、湖岸を歩き回って、宝探しを始めた。しかし、何も見つからず、時間が過ぎてゆく。
「もう帰ろうか、おなかがペコペコだよ、これ以上探してもむだだよ」
「でも、手掛かりくらいはあるかもしれないわ」
 二人は話しながら、来た道を引き返し始めた。その時、少女はふと立ち止まった。そこには、コケにおおわれたドウクツの入口がある。
「見て、こんな所にドウクツがあるわ、入ってみましょうよ」
「入ってもいいけど、クマやトラが出てきても知らないぞ、僕、君を置いて逃げるからね」
 二人はライトをかざして、ドウクツの奥へと進んで行った。どこまで行っても行止りはなく、そこには暗闇と岩肌だけ。
「これぐらいで戻ろうよ、何もないみたいだよ」
「ええ、戻りましょうか、怖くなってきたわ」
「ペンションに戻ったら、カレーを作ろうか、キノコをたくさん入れてさ」
「ちょっと待って、向こうから風が吹いて来るわ、きっと奥に何かあるのよ」
 少女はそう言うと、いきなり駆け出した。少年もしかかたなくその後を追った。しばらく進んだ二人は、突然転がり落ちて、意識を失った。二人が目覚めた所は、広く美しい部屋だ。厚手の赤いジュウタンの上に、二人は横たわっていた。
「ここはどこかしら」
「どこだろう、ペンションではないみたいだね」
 二人が当たりを見渡しているところに、女の人たちが現われて、おじぎをした。和服のような洋服のような変わった衣をまとっていて、髪を後ろで束ねて長く垂らしている。
「気が付きましたか、キズは大したことありませんわ」
 二人が驚いているところに、りっぱに着飾った男性と女性が入って来た。
「ここはどこですか」
「ここは湖の地下だ、わしはここの国の王で、彼女はきさき、他の者たちは民だ」
「もしかして・・」
「そうよ、あなた方の思っている通りよ・・・遠い昔、わたしたち一族は他の一族に攻められ船で脱出しようとしたの、でも途中で沈んだのよ、ところが、船が重たかったから地下にめりこんだのね、助かったわたしたちは地下に空間を創って国を築いたのよ、ここは時間の流れがとても遅いからわたしたちは千年以上も生きているのよ」
「信じられないわ」
「でも、信じるしかないよ、目の前にいるんだから」
「そうだとも、あなた方は夢を見ているわけではないぞ・・一緒においで」
 王は二人に手を差し伸べて、門外へと誘った。きさきも、後に続いて来た。
「この国を案内してやろう、見たとおりの狭い国だ、時間はかからない」
「案内がすめば晩さんにしましょう、久しぶりに楽しい晩さんになりそうだわ」
 二人はおびえていたが、それを聞いて安心したと同時に喜んだ。そして、王ときさきの説明に耳を傾けながら、坂道を上って行った。坂道を上りきると、巨大な鉄の固まりがある。その鉄の固まりは、巨大な船。それが、湖底から地中に突き刺さっている。湖と地中の境目から水がにじみ出ていて、小川となって坂を下って行く。船のある所は丘のようになっていて、湖底の国の隅々まで見渡せる。湖底の国には、農園や工場、宮殿や民家、娯楽場や広場もある。そして、湖底の国には、多勢の人々がいる。二人はその不思議な光景に見とれていたが、王が戻ろうと言うので、坂道を下って行った。宮殿に着くと、りっぱな部屋に食事の用意ができている。そのとても豪華な料理に、二人は驚いておなかを鳴らせた。
「あなた方は空腹のようだね、さあ、かけなさい」
「ごちそうを楽しくいただきましょう」
 王ときさきがテーブルに着いたので、二人も腰かけた。二人が空腹に任せてどんどん食べていると、きさきは二人に話しかけた。
「食べながら聞いてくださいね・・この国が誕生して千年以上になるけど、この国はとてもすばらしい国よ、これからもこの国は栄え続けるわ、でも、そのためには子孫が必要なのよ、ところが、千年も生きているわたしたちには子供が産むことができないのよ、それであなたが王の愛人になって子供を産んでほしいの」
 突然そんなことを言われた少女は、鳥肌が立つ思いがした。少年も、不愉快に思った。
「わたし、そんなこと嫌です」
「嫌だとは言わせないぞ」
「素直に言うことを聞きなさい」
 怒った少年が立ち上がると、少女も立ち上がった。
「どうもごちそうさまでした・・さあ、帰ろう」
 二人して部屋を出ようとすると、女の人たちが駆け寄って来て、二人を引き離し両腕をつかまれた少年は、ホラアナに連れて行かれて、深い穴の中に投げ込まれた。した。奥に連れて行かれた少女は、別の一室に入れられた。そこには、王が待ちかまえていた。
「こちらに来るんだ、そして王の子を産むんだ」
「お願いです、やめてください」
 少女は扉を開けようとしたけれど、かぎがかかっている。王は少女を寝台に押し倒すと、少女の体におおいかぶさった。その時、回りに血が飛び散った。少女は、を舌かみ切ったのだった。血が止まらないのをみると、王は少女の体を離れて、部屋を出て行った。すると、先の女の人たちが入って来て、少女を抱えてホラアナに運んで、深い穴の中に投げ込んだ。そこは、死体捨て場だった。悪臭とガイコツにおおわれて、地国のようだった。少女が落ちて来た衝撃で、少年は気が付いた。
「君、大丈夫かい・・何てひどいことをするんだ」
「・・・・・」
 少年は怒りに震える手で少女の体を抱き寄せて、流れる血をぬぐってやった。すると、少女はかすかに目を開いて、大丈夫というようにうなずいた。
「すぐに出してやるからね」
 少年はそう言うと、ホラアナの入口まで台を作ろうとガイコツを積み重ね始めた。しかし、入口までは遠過ぎる。その時、一本のロープが下りてきた。少年は少女を抱きかかえると、ロープをよじ登った。ホラアナの入口に、博士が立っていた。
「博士、どうしてここに」
「宝探しをしているうちに迷い込んだのさ・・この娘、ひどいキズじゃないか、ほら、この薬草をやろう、すぐに血が止まるぞ」
 ポケットから薬草を取り出した博士は、少女の口の中につめ込んでやった。
「もうこれで大丈夫だ・・さあ、見つからないうちに逃げ出そう」
「待ってよ、宝物がある所を知っているんだ、あの丘の上なんだ、船が沈んだ所だよ」
「じゃあ、案内してくれ・・これでわしも大金持だな、もちろん、お二人さんも」
 少年は少女を背負うと、博士を案内して丘の方へと歩き出した。歩き続けるうち、丘にたどり着く。少年は地面に突き刺さっている大きな船を指差して・・。
「あの船の水が出ている所に、宝物が埋まっているんだ、早く掘ろうよ」
 少年と博士は、ツルハシとシャベルで船体を壊し始めた。その物音が、高らかに響く。
「そんなに音を立てていたら見つかってしまうぞ」
「かまうもんか、あいつらをひどい目に合せてやるんだ」
 少年はそう言うと、益々力一杯船体をたたき出した。すると、民たちが坂道を駆けて来た。その先頭に王ときさきがいる。
「大変だ、見つかってしまったぞ」
「いいからたたいてよ、博士、たたくんだよ」
 博士は何もわからないまま、たたき続けけた。そこに、彼らが迫ってきた。
「おい、止めるんだ、それをを壊すと大変なことになるぞ、止めろ、止めるんだ」
「止めるもんか、よくも彼女をひどい目に合せたな」
 そんな少年に、王は剣を抜いて向かっていった。少年も、シャベルで応じた。少女と博士、そしてきさきや民たちが見つめる中で、二人は激しく戦った。そうして、少年は王に突き飛ばされて、船体に体をぶつけた。その時、王は力一杯剣を振り下ろした。しかし、少年は身をかわした。剣はそのまま船体に振り下ろされて、船体は大きく破れてしまった。湖水は割れたすき間から高波となって、王ときさきを押し流し、湖底の国を飲み込んでゆく。大勢の人たちの叫び声がこだまする。少女と少年と博士は、うずまきにさらわれて、湖面へと浮び上がっていった。少年は少女を抱きかかえて、岸へと泳ぎ出した。

湖底に眠る国

湖底に眠る国

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-18

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