月夜のデート

おおへんり 作

 朝早く目を覚ました少女はベランダに出て、植木ばちに水をやり始めた。その時ふと足もとを見た時、黄色い封筒があるのに気付いた。その中をのぞくと手紙だったので、少女は手に取って読み出した。
(海辺の花園で君を見た時から、僕は君を好きになりました。どうか友だちになってください。)
 手紙はそれだけしか書かれていなくて、住所も名前も記されていない。けれど、少女はとても嬉しくなって、すてきな出来事が起こると期待した。次の朝もその次の朝も、ベランダに手紙が置かれている。少女はなおも期待をふくらませて、手紙の送り主を想像した。
 それから何日も続いて、ベランダに手紙が置かれている。だが、少女には何も起こらない。がっかりした少女は、手紙の送り主を確かめよう・・と思い付いた。土曜日の夜、少女は眠らないでベランダを見張った。すると、夜が明けかけた頃、ベランダで物音がする。少女はすぐベランダに出て、手紙を見付けた。またベランダから下を見ると、門から自転車で走り去る少年の姿が目に写った。少年はスポーツウェアで、新聞の束を抱えている。それは、少女が想像したものと全く違っていた。期待がはずれた少女は、とても腹立たしかった。
 次の朝早く、少女は少年が来るのを門の中で隠れて待った。少年の足音が近付くと、門の外に飛び出した。少年は驚いて新聞の束を落したが、黄色い封筒はしっかり握りしめていた。
「もう手紙はよこさないで、あなたみたいな人と友だちになりたくないわ」
 少女はそう言うと、今までにもらった手紙を少年に投げ付けて、家の中には入って行った。次の朝も、ベランダに手紙が置かれている。破り捨てようとした少女だが、少年にひどいことをした・・と思っていたので、思い直して封筒の封を切った。
(海辺の花園で君を見てから、僕は君が好きになりました。それで、君と友だちになりたいために、新聞配達をして手紙を届けることにしました。そのうち、デートしてくださいと書こうと思っていましたが。実は、僕は白血病で長く生きられません。だから、お願いを聞いてください。僕とデートしてほしいのです、一度だけでいいですから。今度の土曜日の夜、海辺の花園で待っています。きっと来てください。)
 こんな手紙ウソに決まっているわ・・と思った少女は、その手紙をクズカゴに放り込んだ。けれど、土曜日が近付くにつれて、とても気になり始めた。そうして、土曜日の夜になって、海辺の花園に行こうと決めた。夜が更けると、少女はベランダから庭に下りて、門を抜け出した。そして、約束の場所の海辺の花園に急いだ。その入口に着くと、少女は少年の姿を探した。しばらくすると、花園の奥から手を振りながら走って来る人の姿を認めた。
「来てくれて、ありがとう」
 少年はとても感激していて、少女の手を握りしめようとした。しかし少女はその手を振り払って・・。
「あなた、本当に白血病なの」
「そうだとも」
「重病人にしては、とても元気で陽気なのね」
「覚悟を決めているからさ、それに君と会えたからね」
「わたし、帰るわ」
「そんなこと言うなよ」
「わたしをだましているんでしょ、あなたの目を見ているとすぐウソだとわかるわ」
「お願いだから帰らないでくれよ、いいものあげるから」
「いいものって何よ」
「君の好きなタイ焼き、たくさんあるから」
「ありがとう、三つだけもらうわ、でも、なぜわたしがタイ焼き好きだってこと知っているの」
「君のことなら何でも知っているよ」
「変な人ね」
「花園を散歩しようよ、どうしても君に見せたい花があるんだ」
「ここの花はみんな見たわ、だから、もう帰る」
「でも、秘密の花園の月見草は見たことがないだろ、ものすごくきれいなんだ」
「ええ、見たことがないわ、そんなものがあるの」
「見たいなら、一緒においで」
 二人は肩を並べて、花園の中に入って行った。いつの間にか花園の奥まで来て・・。
「もう行止りよ、秘密の花園なんてないじゃないの、やはりあなたはウソツキね」
「ほら、よく見てごらん」
 少年に言われた通り、少女は目をこらした。すると、暗闇の中にフラワーゲートが浮かんで見えた。少年は、その門をくぐり抜けた。驚きながらも、少女もくぐり抜けていった。
「何てきれいなんでしょう」
「どうだい、すばらしいだろ」
「これ、みんな月見草なの」
 二人は群生している月見草を一つ一つ見て回って、ある所に座り込んだ。目の前には、一際りっぱな月見草が咲いている。
「どれもこれもとても大きくて、とても輝いているわ、この花なんてまるで月見草の王様ね」
「君の言う通りだ、今君が触れているのは、月見草の精なんだ」
「月見草の精、それ何」
「精というのはね、つまり人と同じようにタマシイがあるということさ、精はたくさんの仲間を支配し、守護しているんだ」
「ロマンチックな話ね」
「そう思うかい、でも本当の話なんだよ」
「今夜ここに来てよかったわ」
「喜んでくれたかい」
「ええ、とても」
「じゃあ、キスしてもいいね」
 少年はそう言うと、素早く少女を抱き寄せてくちづけした。少女は驚いたけれど、怒らなかった。
「あなた、本当に長く生きられないの」
「そうだよ、白血病だから」
 少年はそう言うと、明るく笑った。そんな少年を見ると、少女は少年の言うことが信じられなかった。それでも、少年に好感を覚えていた。二人は、花園の入口で別れた。別れる際、次の土曜日も会う約束をした。次の土曜日も会い、その次の土曜日も会うと、二人は恋人同志のようになって、土曜日の夜は秘密の花園でデートするのが約束事となった。デートといっても、月見草の精という花のそばで話をしたり、ボートに乗ったりするだけだった。しかし、二人はとても楽しかった。
 そのように三カ月が過ぎる。そんなある時。二人はいつものように約束をしていたが、少女はカゼをひいたため、約束を守れなくなった。そのことを告げようと、少女は土曜日の早朝門の前で少年を待った。そして、ある若者が新聞の束を抱えて現われると、声をかけた。
「おはよう」
「おはようございます」
「ごめんなさい、今夜は行けなくなったの、カゼをひいてしまって、熱とせきがひどいの」
「何のことですか」
「とぼけたりして、行けないと言ったから怒っているんでしょ」
「君の言っていること、全くわからないなあ」
「何ていじわるかしら・・とにかく今夜は行かないわよ、それから、そんないじわるするんだったらもうデートしてあげないわよ」
 冗談でそう言った少女は、不思議そうにしている若者を横目で見ながら、家の中に入って行った。
 日曜日の朝、ベランダに手紙が置かれていた。もちろん、少女は手紙を読み出した。
(きのうは遅くまで君を待っていたけど、君は来ませんでしたね。何かあったのでは、と心配しました。それとも、僕のことを嫌いになったのですか。そうとは思いたくありません。次の土曜日は来てくれますね。)
 手紙を読み終えた少女は、それを持って新聞販売店に行った。店の中には、例の若者がいて、仲間と雑談していた。少女はその若者の手を引いて、店の外に引きずり出して、手紙を突き付けた。
「僕にラブレターくれるのかい」
「ふざけないで、この手紙何なのよ、わたし、カゼだから行けないって言ったでしょ」
「あのね、君の言っていることがわからないんだけど」
 彼の真剣な顔を見る少女は、彼はウソをついていないと思って、少年とのことを全て話した。
「それは僕に似たやつだよ」
「でも、声も姿も全く同じよ、それに新聞配達をしているんだもの」
「僕と同じ人間がいるなんて、そんなばかなことあるものか」
「でも本当よ、本当にあなたと同じなんだから」
「そこまで言うなら僕がソイツと会ってみよう」
「いいわ、次の土曜日もデートすることになっているの、一緒に来てよ」
 土曜日の夜。少女はいつものようにベランダから庭に下りて、家を抜け出した。駅まで行くと彼が待っていたので、二人で海辺の花園に向かった。そこに着くと、入口の柱の陰に隠れて、少年が現われるのを伺った。しばらくすると、花園の奥から人影が近付いてきた。
「ほら、あの人よ」
「どこから来るんだ」
「いつも奥から来るみたい」
「でも、あの奥は行止まりだろ」
「きっと秘密の入口があるのよ・・こっちを向いたわ、よく見て、あなたと同じよ」
「君の言う通りだ、僕と全く同じだ、でも他人の空似さ」
 二人は小声でそんなことを話しながら、少年の様子を見ていた。少年は入口の前を行ったり来たりしながら、辺りを見渡していた。
「わたし、会いに行って来るわ」
「待てよ、アイツのこと調べてみようよ」
 少女が来ないことがわかると、少年はがっかりしたように奥へと引き返していった。
「どこに行くんだろう、後を付いて行ってみようよ」
「きっと秘密の花園に行くのよ」
 少年に気付かれないように、二人は後を付けた。少年は花園の奥の行止まりまで行くと、人気がないのを確かめて、暗闇に浮び上がった門の中に入って行った。それを見た二人は、門の前へと急いだ。
「ここが秘密の花園よ」
「ここはこの世じゃないぞ、君はのろわれているんだ」
「ばかなこと言わないで、あの人はやさしく楽しい人よ、わたしをのろうなんて」
「アイツは化け物だ、僕が退治してやる」
「ばかなこと言わないで、化け物なんて」
 二人は言い争いながら、門をかいくぐった。そして、少年の姿を追って花園を駆け回り、月見草の精の前にいる少年を見つけた。次第に小さくなってゆく少年は、花の中へと消えていった。それを見て狂ったようになった若者は、手当たりしだいに月見草を壊して回った。その途端、二人は吹き飛ばされて、意識を失ってしまった。
 少女が目覚めたのは、自分の家の自分の部屋だった。心に少年のことが浮かんできて、胸が痛む少女だった。ベッドを下りて、ベランダに出てみた。すると、見慣れた黄色い封筒が置いてあった。嬉しくなった少女は、封を切って手紙を読み始めてみた。
(僕の白血病は突然悪化して、僕は入院することになりました。もう君と会えないのは残念だけど、僕の心の中には君の面影が生きているので、寂しくはありません。君も、月見草を見たら僕を思い出してください。)
 少女が手紙を読み終えると、手紙は床に滑り落ちた。手紙は月見草の花に変わって、甘い香りを漂わせる。月見草の花を拾い上げた少女は、日記帳の中に大切にはさみ込んだ。

月夜のデート

月夜のデート

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-18

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