風の吹く丘

おおへんり 作

 風に吹き飛ばされたビーチボールを追いかけて、少女は松林の中に入った。ビーチボールを探して草をかきわけていると、目の前に青白い顔が現われたので、少女は怖くなって叫んだ。
「そんなに驚かないでよ」
「あなたは誰なの」
「僕はあそこの病院に入院している者さ、きょうは気分がいいから散歩に来たんだ」
「ああ、驚いた、ユウレイが出たのかと思って、ごめんなさい、でも急に青白い顔が出て来たんだもの」
「いいよ、ユウレイにまちがわれてもしかたないんだ、一年以上も入院しているからね」
「そんなに長く入院しているの」
 少女と少年はそんなことを話しながら、砂浜の方へと歩いていった。松林の中から砂浜に出ると、仲間が少女に、早く来いよ・・と手招きした。
「みんなが呼んでいるよ、早く行ってあげたら」
「あなたも一緒に行きましょうよ、みんなで遊びましょ」
「だめだよ、病気なんだから」
「そんなこと言わないで、病気なんて遊んだら治るわよ、さあ早く」
 少年は少女に手を引っ張られて、砂浜で遊んでいる仲間のところに行った。そして、夕方になるまで遊んだ。少年は傾きかけた夕日を見て、早く戻らなければ・・と思った。
「僕、もう病院に戻るよ」
「こんな時間ね、ごめんなさい、長い間引き留めて」
「じぁあ、さようなら」
「待って、病院まで送って行くわ」
 少女と少年は、以前からの友だちのようにすっかり仲良くなっていた。二人は肩を並べて、松林の中を通り抜けて病院へと向かった。
「楽しいと思ったのは入院してから初めてだよ、いつも退屈で退屈で、あくびばかりしているよ」
「家の人や友達は見舞いに来てくれないの」
「病院とは離れているからね、友達は来てくれないし、両親も休日しか来てくれないし」
「そうなの、かわいそうに」
「そう思ってくれるんだったら、僕と友達になってよ、そして時々見舞いに来てよ」
「いいわ、友達になるわ、でも、わたし夏休みの一週間しかこの町にいないのよ、ここは母のふるさとなので毎年遊びに来るだけなの、だけど、あなたに手紙を書くわ、そして来年の夏もきっと会いに来るわ」
「君の手紙を楽しみにしているよ、でも、来年の夏もここにいるかどうか」
「そうね、その頃には元気になっているわね」
「そうだといいんだけど」
 そう言う少年は、寂しそうにうつ向いた。少女は悪いことを言ったと思って、あわてて話しを変えた。
「あなたの家はどこ」
「僕は向こうに見える山の奥で生れたんだ」
「どこに見えるの、山なんて見えないけど」
「病院の屋上からしか見えないんだ」
「そこはどんな所なの」
「そこには風が強く吹く丘がたくさんあって、日曜には手作りのグライダーを飛ばすんだ」
 そう言う少年は、生き生きとしてきた。少女も嬉しくなって、いろいろ尋ねてみた。
「グライダーが好きなの、どこがいいの」
「作るのもおもしろいけど、飛んでいるところがいいな、僕もいつかきっと、自分で作った本物のグライダーで丘から空を飛ぶんだ」
「すてきな夢ね」
「君の家はどこ」
「わたしは都会で生れて育ったの、でも、田舎の方が好き、特に海がいいな」
「君は元気ハツラツだから、海がよく似合うよ」
「あなたも早く元気になって、丘からグライダーを飛ばしてね、わたしもきっと見に行くから」
「本当に見に来てくれるかい」
「きっと見に行くわ、約束する・・」
 少女はふるさとでの休みを終えて家に戻ると、少年に手紙を書いた。少年も、少女に返事を書いた。それから、何度も手紙のやりとりをして、二人は友情を育てていった。ところが、冬になると、今度手術をすることになった・・という便りを最後に、少女のもとに少年の手紙は来なくなった。少女の手紙も、少年のもとに届かずに送り返されてきた。それから、少女と少年の手紙のやりとりは途絶えてしまった。
 やがて、夏が来る。夏休みになると、例年通り少女はふるさとを訪れた。少女はその家に着くなりカバンを放り出して、少年の入院している病院を訪ねた。しかし、すでに少年は病院にいない。手術をするために病院を移ったというので、少女はその病院を教えてもらった。そして、すぐにその病院に電話して、少年の消息を尋ねたが、少年はその病院にもいない。その時、少女は決心した。
 次の日、革のカバン一つだけを持ち、赤いスニーカーをはき、少年の話を地図にして、少女は少年の家に向かった。長い時間電車に乗り、長い時間バスに揺られ、少年の住む村に着いた。バス停に降り立った少女は、少年に聞いた丘を探そうと周囲を見渡した。けれど、それらしい丘はない。そうしていると、自転車に乗った女の人が通りがかったので、少女は声をかけた。
「おばさん、待って、道を教えてほしいの」
 少女はそう言うと、少年の家の住所を記したメモを見せた。女の人は快くうなずくと、案内をかってでた。
「自転車の荷台に乗ってよ、近くまで行くから」
「ありがとう、おばさん」
 二人の乗った自転車は、砂煙りを上げながら山道を重々しく進んで行く。今にも倒れそうな自転車を、女の人は必死でこいでいた。
「あなた、どこから来たの」
「わたし、海辺の町から来たの」
「その少年に会いに来たの」
 そう尋ねられた少女は、去年の夏のことや手紙のやりとりのことを、女の人に話した。
「その少年もきっと会いたがっていると思うわ、ぜひ行ってあげて」
「わたしもそう信じているの」
 しばらくして、かん高いブレーキ音を鳴らして、自転車は別れ道で止まる。自転車から降りた少女は、女の人に感謝して、教えられた道を歩いていった。しばらく行くと、大きな家が見える。それが少年の家だと思った少女は、嬉しくなって走り出した。そして、その家の戸をたたいた。しかし、誰も出て来ない。そこは、すでに空家となっている。少女はその空家を後にして、歩いてきた道を引き返した。真昼になると、とても暑くなってくる。のどの乾きで、少女はめまいがしそうだった。その時、向こうに農家が見えたので、行ってみた。庭先には作業服を着て麦わら帽をかぶった老人がいて、野菜を運んでいる。
「あのう・・」
「どうしたんだね、おじょうさん」
「のどが乾いて・・お水をいただけないでしょうか」
「いいとも、すぐに持ってきてあげるから」
 老人はそう言うと、家から麦茶を下げてきた。それを受け取る少女は、思う存分飲んで、口をぬぐった。
「そんなにのどが乾いていたのかい」
「ええ、朝から何もおなかに入れていなくて、めまいがして倒れそうだったの、でも、元気が出てきたわ、どうもありがとう」
「それならおなかも空いているだろう、スイカを持ってきてあげよう、わしが作ったスイカだ、うまいぞ」
 老人がスイカを持ってきたので、少女は彼と木陰に座って、スイカを食べ出した。
「おじょうさんはどこから来たんだね」
「わたし、海辺の町から来たの」
「こんな所に何しに来たんだね」
 そう尋ねられた少女は、女の人に話したように、老人に少年のことを話した。老人はぼんやりと聞いていたが、突然何かを思い出した。
「そう言えば、グライダーが飛んでいるのを見たことがあるぞ」
「それはいつ、いつなの」
「あれは四、五日前だな」
「それはどこなの」
「向こうに見えているあの丘の方からだよ」
「ありがとう、おじいさん、本当にありがとう」
 少女はそう叫ぶと、スイカをほうばったまま駆け出していった。丘は目の前に見えているようでも、とても遠い。走ったり歩いたりをくり返しながら、少女はその丘にたどり着いた。丘は草と岩があるだけで、他に何もない。丘の端に、少女は立ってみた。そこは風が強く吹いていて、ふもとが隅々まで見えている。きっとこの丘だわ・・と少女は感じた。そして、ここで少年を待つことにした。一時間、二時間待ったが、まだ来ない。三時間、四時間過ぎたが、まだ来ない。辺りは、もう夕暮れ。西の空が、赤く色付いてくる。
『きっときょうは来ない日よ、多分明日が来る日よ、また明日来よう』
 少女はそう思いながら、大きな岩に伝言を書いた。そして、坂道を下って行った。また来た道を引き返して、少女はバスに乗った。バスに揺られていると眠くなって、まどろみ始めた。そんな少女の心の目に、大きなグライダーが飛んでいるのが写った。われに戻った少女は、バスの外の野山を見渡した。すると、バスを追いかけて来る自転車がある。
「運転手さん、止めて、バスを止めて、あの自転車の子、わたしの友だちなのよ」
 思わず叫んだ少女は、バスを飛び降りた。自転車をこいでいる少年も、少女に追い付いた。
「さあ、早く乗って、夕日が沈んでしまうよ」
「どこに行くの」
「丘だよ、君がさっきまでいた丘だよ、あの丘が一番いい風が吹くんだ」
 二人が乗った自転車は、丘に向かって走って行った。丘に着いた少女と少年は・・。
「どうして手紙をくれなかったの」
「きのう手紙を出したところなんだ」
「なぜもっと早くに出してくれなかったの」
「あれから、僕は手術をするために病院を変わったんだ、手術は成功したけど、長い間病院にいると、どうでもいいうと思うようになったんだ、だから、動けるようになっても手紙を書かなかったんだ」
「ひどいわ、いつも心配していたのに」
「でも、この丘に来てグライダーを飛ばすようになって、君の言葉を思い出すようになったんだ、そして、きのう君への手紙をポストに入れたんだ、丘から飛ばすグライダーを君にも見せたくて」
「・・・・・」
「・・・・・」
「グライダーを飛ばせて見せて」
 少女と少年は、丘の一番高いところに立って、力を合せてグライダーを放った。二人のグライダーは、夕日を追いかけて大空を飛び続けた。

風の吹く丘

風の吹く丘

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-18

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