三題噺「ほっぺ」「粉雪」「挟む(他の活用形あり)」
『彼女には気を付けな』
それが普段は何も言ってこない姉の、それは非常に珍しい忠告だった。
姉の用事で訪れることとなった魔術研究会は、部員2人の弱小部だ。
そんな弱小部の部長なのだ。さざかしインチキ臭いのだろうと思っていたが、それはすぐに改められることとなる。
なぜなら――、
「はーい、動かないでねー」
白い軌跡が空中に描かれ、ポトリと首が落ちた。
「はい、できあがりー」
床に僕の頭部を模した彫刻が転がる。
そして彼女の手からは、氷の刃が生えていた。
――彼女は本物だったのだ。
――三十分前。
姉の用事を済ませた後、魔法について質問したのがいけなかった。
「だからねー、この世界にはもう一つ世界があってー」
魔法について彼女から説明を受ける間中、僕は先輩が妄想世界から戻れない痛い子なのかと疑っていた。
しかし、それも彼女が実際に魔法を使うまでの話。
「そっから取り出した質量を、こうやって集めてー」
「へ?」
徐にかざした彼女の手の周りに、突然粉雪のような白い粒が集まってくる。
そして、数十秒後には彼女の手は真っ白な雪に覆われていた。
「あとはー、これを空気で……挟む!」
「…………は?」
僕は自分の見たものが信じられなかった。
彼女の手にまとわりついていた雪、それが彼女の手を包むように押しつぶされたのだ。
残ったのは彼女の手から真っ直ぐに伸びる、透き通るような氷の剣だった。
「はぅああぁ……良いよねー、これ」
そう言いながら、どこか遠い所へ旅立ってしまいそうな彼女に僕は恐る恐る声をかけた。
「……あの、先輩?」
「え、なに? 弟君も欲しい、これ?」
「いえ、別に……」
「もー、つれないなぁ。そこは『うほ、先輩の手……ペロペロしたいです!』とか言わなきゃさー」
「どんだけ変態なんですか、それ!」
「なははー、冗談冗談」
「…………はぁ」
「あ、じゃあさ代わりに――」
と、言うわけでデモンストレーションを兼ねて僕の頭部を模した彫刻を作ることになったのだ。
帰り際、部へ勧誘された。
付いていけないと判断した僕は当然断った。はずなのだが、
「…………え、入ってくれないの?」
キラキラとした光を放つ、先輩の潤んだ瞳を見た途端に鼓動が早くなった。
そして、気が付いた時には入部届けを担任に提出し終わっていた。
夕飯時、副部長でもある姉に今日の出来事を報告する。
「……そっか、あんたも部員になったのね」
「まあね。そういえば『彼女には気を付けな』って結局何だったの?」
ふと思い出して問いかける僕に、姉が途端に慌てる。
「え、えと……。な、なんかあの娘あんたに気があるみたいなこと言ってたから、さ」
その顔は何故か赤い。そして、僕に反応がないのを見ると何故かほっぺたをふくらませる。
「………………は?」
その夜、僕に訪れた春の予感よりも、姉のブラコン疑惑に悩んだのは言うまでもない。
三題噺「ほっぺ」「粉雪」「挟む(他の活用形あり)」