午後三時の狐

赤面 作

午後三時の狐

「あれはジブリのせいだから」
電話口の娘の必死さがおかしくて、ついつい小さいときのことをからかう。
 それにしても、黒猫はしゃべる、ね。
 あのころ。たしかに住んでいたアパートの近くには猫が多くいて、その中には黒い猫もいたかもしれない。ファミレスのパートで、夕方まで娘を一人で留守番させていた。DVDはまだなくて、ビデオデッキに撮りためたジブリ映画をたくさん見せていたから、帰ってきてから魔女の宅急便ごっこやトトロごっこをせがまれたことも一度だけではなかった。
 黒猫が何をしゃべるのか、一度だけ娘に聞いたことがある。
「天気」
 娘の答えに、そこはジブリ基準じゃないのか、と思ったことを覚えている。「よく観察してるね」と感心する夫の声も。通話はすでに終わっているのに、私はまるで進まない引っ越し作業のときのように記憶を出し入れする。トトロの森、まっくろくろすけ、大きなリボンにデッキブラシ。私と夫の手や足や体は、娘の想像の中でいろいろなものに変化することができた。その私たちに向かって走り回ってぶつかってくるときの、いかにも生き物、という肌の感触。
 外は明るいのに、窓に水滴が付きはじめた。本で知ったのだけれど、この現象は白雨とも呼ばれているらしい。最近まで「狐の嫁入り」という言葉しか知らなかった私は、しかしフローリングに落ちた光を眺めながら『たしかに白い』と納得する。窓の外に広がる午後三時を私は想像してみた。連休初日はどこも人通りが多い。ぱらぱらと落ちる雨を受けて少し駆け足になる人もいるかもしれない。アパートの前にいた猫たちは物陰に隠れるだろうか、それとも雨に濡れたままスフィンクス座りしているだろうか。しゃべる黒猫がいたら、なんと言うだろう。
 私はふと、幼かったころの娘の髪を思い出した。湿度が高いと毛先がくるくると曲がり、雨の日にはちょっと強めに櫛をあてていた。娘の「黒猫が天気予報する」という妄想は、私が冗談で「今日は髪が巻いているから雨が降るわね」などと話していたことに由来するのかもしれない。
 東京の大学へ進学した娘は、ストレートパーマをあて、髪を金色に染め、一度青色の短髪にしてから、いまは茶色のセミロングに落ち着いている。「黒髪のくるくる」を懐かしむ気持ちはあるけれど、そういった軽度の身体改造に私は口を出さない。小さなピアスならバイト先でも問題ないよ、と娘から聞いたときは、ファミレスも昔よりゆるくなったわね、としみじみと返した。あのアパートにいたころを娘はダサいとしか思っていないらしく、私が昔がたりをする前に話題を変えるのは電話口での毎度のパターンで、そのたびに「最近の若い子の服って、あのころのファッションとすごく似てるわよ」と言いたくなるけれど、それを言うと機嫌を損ねるのが分かっているので、私のほうでも気持ちを抑えて新しい話題にとりあえず乗ることが多い。最近は物覚えのよいバイトの後輩がいて助かるという話をよくしてくる。夢を追っていないフリーターの身分でも、とくに不安を訴えることはない。無理をしているのか測りかねるけれど、長めの昔話と同様、東京の生活に探りを入れることもNGだ。さっきの電話でも、その点は気をつかっていた。
 狐の嫁入り。娘にこの単語を教えたのは、やはり今頃の季節だろうか、もしかしたらもう一月先の梅雨ごろか。「晴れているのに降っている」状態を小学生の娘は不思議がっていたように思う。その頃にはすでに、動物は人と違う、とわかっていたはずだけれど、四歳から八歳までの娘のイメージは私の中でひとつのまとまりを持ってしまっており、小学校に進学してからちょっとおませになって、疑問を連発しなくなった印象と矛盾が生じている。あやふやな記憶のなかでは、この単語を知った幼い娘が「どんな衣装でお嫁に行くの」と興味津々といった具合で私に尋ねている。黒髪をくるくるさせながら答えを待っている娘に何と言ったのか覚えていないけれど、そもそもこれが正しい記憶である自信がない。もし仮に正しい記憶だとして、その時の私は神前式の装いを説明したのだろうか。それともまた冗談っぽくウェディングドレスとでも言っただろうか。記憶の想起と妄想が混ざりあっていくうちに、私の中ではひとつのイメージが浮かび上がってきた。
 アパートにたむろしている黒猫に七歳の娘が「今日はどんな天気?」と話しかけると、黒猫は「今日はこれから、狐の嫁入りだ」とヒゲを震わせながら意外と低い声で答える。黄色い瞳をした黒猫の目線の先には、近所にあった商店街。アパートに続く路地から覗く八百屋は、明るい午後にもかかわらず、店を開けていない。風がそのシャッターを震わせると、路地に白い雨が降りはじめる。柔い黒髪が濡れるのも構わず、娘と黒猫は商店を見つめていると、狐の面をかぶった和服の集団がぞろぞろと歩いてくる。光が雨にちらちらと反射する空間を、ぞろぞろと。
 そんな光景を、小さい時に見なかった?
 次の電話で、あの娘に聞いてみようか。笑いながら認知症の検査を進められる気もするけれど。

午後三時の狐

午後三時の狐

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-14

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