第8話-21
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妹のミザンは自分の研究材料となる銀色のキューブを取り上げられ、腹立たしさをおぼえたのか、怒りに顔が赤くなった。
「返してよ、わたしだって成果を出さないと学会から色々言われるんだから」
細く白い腕を伸ばすも、兄のほうが腕が長く届かない。
「お前、ドワイア星系に行くとか言ってたよな」
ミザンはうつむき加減に少し顔を青を染めた。あの光景を思い起こすだけで、吐き気が沸き起こる。それに身体が軽く震えていた。
「なんだ、何を見たんだ。お前、なにか知ってるんだろ。言ってくれ、頼むから言ってくれ」
いつもは妹にこんな口調ですごむことはない。が、今回ばかりはビザンに恥はなかった。
ミザンは兄の顔を見上げ、その端を失い、自らの道のみを見据えた、ギョロリとした視線に、水が冷たくなる思いをしながらも、あの光景を口にすることで、自分の気持ちが少しでもらくになることを願い、脳内で追憶しつつ、兄にあの光景を話した。
「もうドワイア星系連邦も15の議会も存在しない。すべて食われたのよ、あの漆黒に」
妹の言っている意味を、兄は掴めずに訝しんだ。
「いつもの研究チームを引き連れて、ターミナズで調査していた最中、突如、ターミナズが怯えてね。すると海底に黒い渦が現れた。あれは海流の乱れや海底火山なんてものじゃない。なんていったらいいのかしらね、禍々しいなにかだった。そこから噴出してきた黒い泥みたいなものが海底生物、海原を黒く染めて、陸地にまで黒い津波は押し寄せ、やがて大陸は全部食べられた。本当に一瞬のことよ。まるで黒い水で砂を濡らすように一瞬。やがて黒いそれは惑星ビタニカから宇宙空間へ溢れ出すと、星系全域に広がり星系は黒いあれに呑み込まれてしまった。何度も15の議会やドワイア星系に住む2800京の人口の誰でもいいから応答してくれるように呼びかけた。だけど生命体の反応すらなかったわ。ドワイア星系は消滅したのよ。これを残して」
そういうと、銀色の立方体をミザンは見つめるのだった。
第8話-22へ続く
第8話-21