愛と腐蝕、それから

 うつろいゆく海と、かなしきゾンビたち。
 果て、ぼく、というにんげんに、ふつうの恋愛ができるかといえば、できないのであろう。月の夜、それも、うっすらと靄におおわれた、朧月の夜に、ぼくらの町に現れる、ゾンビたちの、うめきごえ。しまいわすれた、パチンコ店の、のぼり旗、震えて、夜行性の動物たちが、ゾンビの歩く音に、怯えている。ねちゃ、ずちゃ、どちゃ、ぐちゃ。
 恋をしてはいけないものに、恋をする質である、ぼくというやつは、どんなに傷つき、つらく、苦しんでも、恋をしてはいけないものに、恋をしてしまっている。
 先生との関係は、あぶない感じが、よかった。十七才の頃、先生は、先生であるが、先生の前に、ひとりのにんげんであった。誰にも知られてはいけない、ひみつを、いつもひた隠しにして、友だちと笑っている自分が、好きだった。教壇に立つ先生が、教室では、みんなの先生であるのに、学校を一歩出れば、ぼくだけの先生になることは、とても愉快だった。
 ゾンビ、とはいえ、ぼくらの町を徘徊する、ゾンビは、ゲームや、アニメのそれとはちがって、ふつうにしゃべった。あー、とか、うー、とか、うめきながら歩くのであるが、ゾンビたちのあいだでは、ちゃんと、ぼくたちのような会話が、成立していた。
「あすこのパン屋さん、メロンパンが、おいしいらしいよ」
「たばこ屋さんのおばあさんが飼っている猫には、近づかない方がいいよ。噛まれるからね」
「きのう、恋人にふられちゃって。死にたいなって思ったけれど、わたしたち、もう、死んでいるのよね」
などという話を、しているのを、ぼくは聞いたことがある。あー、とか、うー、とか、うめいて、となりのゾンビと少し雑談をして、また、あー、だの、うー、だのと、うめく。
 ゾンビってやつは、ぼくらとたいして、変わらないものだなと思った。二十一才年上のひとと、セックスをしたときのことを、ぼくは、ときどき、忘れられないでいた。メロンパンを食べるゾンビを想像して、意味もなく笑った。
 海の色が変わる。
 青から緑へ。
 緑から黒へ。
 月が、歪む。
 ぼくは、そう、すきまなく、誰かに、愛されたい。

愛と腐蝕、それから

愛と腐蝕、それから

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-13

CC BY-NC-ND
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