トピック99

 30年前まで、ニュースの悲しい出来ごとに何もおもいはしなかった。だって身の回りでおきていないから。もっとも、スマホの生存確認アプリ「トピック99」を使い始める前までの事だ。トピック99は、カメラを用いて利用者同士の生活を監視するツールだ。よくいえばお互いを見守るツールだった。けれどその形も利用方法もこれまでのどんなアプリよりも多岐にわたっていた。動画配信サイト、SNS、利用者によって、利用方法も一概に括る事はできなかったインターネット。本来のインターネットの様子を取り戻すのにもそのアプリは一役をかっていた。それまでネットを介して他者の死さえも時に娯楽にしてきたインターネット、その利用方法はさらにミクロな部分に焦点をあけ、全ての、平凡な人類に還元された。
 学校、仕事、会社。それまでの自分の生活にとって、自分の日常生活はさしたる意味をもちはしなかった。それは今もそうだったのだが形を変えて今はそうではないようにも思える事もある。僕の苦しみは、このアプリが提供していたはずの“生”の感覚の補完に悪寒をもたらすほどのものだった。時を遡って話そう。 
 話しは先月の事だ。僕はバーチャルリアルな肉体をもった女性に恋をした。それが普通の事なら僕はこれほど、月曜日の朝に意気消沈などしてはいないだろう。それは普通の恋心ではなかった。彼女の死を誰よりも痛み、そして本来望まないのに、望んでいたのだ。僕も死を望んでいた。だから意気投合した。僕は彼女にとって、特別な意義をもったらしい、僕はいつも彼女に、命を大事にしろといっていた、むしろ自分の中にある裏腹な思いとは別に。
 死は平等だ。平等なものは僕の美学だった。日常生活で、特に学生時代まではそれが理不尽にも存在していた。だからそのころはまだ平等は存在しうると覚っていた。けど違ったんだ。僕は社会の荒波にもまれ、荒み、そして気づけば人格を豹変させていた。
 彼女は“死にたがり”だった、有名掲示板で知り合い、彼女がどういう人間か、どういう暮らしをしているかもしったし、そう、特にここ最近のことだがトピック99のグレーな扱い方がふえてきた。つまり自分のプライバシーを、人に販売するような事だ。
 僕は彼女がそれをする事に反対していた、なぜなら僕は人の生存に対する無関心と裏腹に、正義感を誇示する事に自分の中の平等の精神をもち、その行動や言葉のひとつひとつにまで神経を張り巡らせていたからだ。
 
 「彼女は月曜日を嫌っている」

 そのことを知っていた。かつて彼女が画家を志している事も、あの掲示板で親しくなった自分だけがしっていた。だから彼女に時に教えを乞うて、絵を描くことを始めた。もし初めに書いた絵がほめられ、二枚目の絵をかくまでに彼女が生存していたのなら、僕はこの世の不条理に、生と死の不条理に気づきはしなかった。

 「しまった」

 今週は、もう月曜日だった。日曜日には彼女と親しく話した。遠い世界の悲しい出来事や、近い世界で起こりうるニュース、平凡な話題を話し、平凡さひそむ自分の本心や自分のまだ見ぬ面をわかりあった。けれど僕らは互いに孤独で、孤独を欲していた。

 「じゃあね」


 別のアプリの言葉にのこされた最後の言葉が胸を動かす、通勤電車の中、夕焼けに見る虚無の中、名前ばかりの季節の中、思い出せなかった自分のささやかな日常の意味が蘇る。そうだ、日常にこそ意味があった、彼女はそれを残してしまった、僕の生きる意味を。
 この絵を完成させる、生と死を絵の中にうつしだす、それが新しい僕の生きる意味だ。だから僕は近頃、知らない誰かが亡くなるニュースに敏感に反応う。そうだ無関心ながら関心があり、関心があるという事は、孤独な日常でさえ僕は、誰かと生を共にしていたのだと思う。

トピック99

トピック99

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-13

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