ビースト!(1)

ビースト!(1)

  プロローグ――伝家の宝刀
 
 赤いくて大きな月が出ていた。
 
 一人の若者が夜空を見上げた。満月だった。
(よりによってこんな不気味な夜に・・・・・・)
 彼は足を速めた。
 
 京都のとある繁華街。この時間帯にいるのは柄の悪い男たちか、ゴージャスな雰囲気を纏ったキャバクラ嬢か風俗嬢たち。ここで水商売をする女たちは稼ぎがいいから、オシャレに金を湯水のように使うのだ。
 若者はそんな大人たちを、嘲るように一瞥すると目的地へ急いだ。
 まだ北風吹き荒(すさ)ぶ三月だというのに、彼は全く肌寒そうな様子もない。身に付けているのはどう見ても夏の格好なのに。
この不気味な夜の繁華街で、この若者は和服を身に付けていた。それだけならギリギリ不自然ではないのだが、腰に竹刀まで差している。しかも一人だ。
 祭りか?いや、こんな時期に祭りはない。
ならコスプレか?いや違う。オーラが違う。真剣な目をしている。
この男の名を、左(さ)衛門(えもん)三郎(さぶろう)武志(たけし)といった。
左衛門三郎が苗字で、武志が名前だ。
弱冠十六歳。京都生まれ京都育ち。家は古くから剣道の道場を営む由緒正しき六代目だ。
 
 目的地は、表参道から一本逸れた薄汚れた袋小路にあった。そこに目的の地下へ通じる扉があるのだ。
 だが、そう易々と入れそうもなかった。
 そこには柄の悪い男が三人屯(たむろ)していた。
 ただの不良ではない。全員がスーツを着こなし、丹念に磨きあげられた靴を履いている。だが、それとは対照的に、夜なのにサングラスをかけている者や、頬に長い切り傷が走っている者もいる。一人ずつピアスをし、髪型も個性的だ。そして、各々タバコを吸ったり、ナイフを眺めているのだ。
 ヤクザだと言うまでもない。
 しかし、武志の歩みが止まることはなく、そのまま彼らのもとへ歩み寄った。
 それは武志が身長180センチ以上あり、相手に威圧感を与えることができたから、という安直な理由からだけではなかった。幼い頃からやってきた剣道の立ち居振る舞いが、彼をそうさせているのだ。
「そこを通してもらいたい」
 武志はある程度彼らと間を空けそう言った。
 恐れを知らない、凛とした声だった。
 すると、ヤンキー座りをしている柄の悪い男のひとりが、ゆっくりとサングラスを持ち上げた。喧嘩慣れしているのか、顳かみに古傷がある。
「小僧、ここはお前が来るところやない」  
 ここは京都だが、その男の喋り方は大阪訛りだった。それが彼の迫力を増幅させている。
 武志はゆっくりと腰に差した竹刀に手をやった。
 男は手に持ったタバコを地面に落とし、靴裏で擦りつけた。
「なら力ずくで通ることや」
 男たちは戦闘態勢に入った。彼も腰から竹刀を抜いた。  
 相手は三人。それぞれナイフを所持している。 この門の見張りをしているのだ。 だが、武志にはここに入らなければならない理由があった。    
 この地下に、宝刀隼(はやぶさ)があると聞いたのだ。 宝刀隼とは、戦国時代の伝説の鍛冶職人、刹目双三郎(さつめそうさぶろう)が作ったとされる、現代に残る三つのうちのひとつの日本刀だ。売れば二十億は下らない値がつく。国宝級の価値があるのだ。その切れ味は抜群で、どんなに切っても刃溢れしないとされていた。そして、もう一つの特徴が空を切ったときに鎌鼬(かまいたち)が発生するというものだった。ただし、誰がやってもそうなるわけではない。隼を持つに相応しいもの。つまり相当な剣の使い手で無い限り、鎌鼬は起きないのだ。
 隼は左衛門三郎家の伝家の宝刀だった。しかし、彼の祖父にあたる四代目、左衛門三郎雅志(まさし)がその刀を、ここら一体を縄張りとする神坂(みさか)組というヤクザ集団に奪われてしまったのだ。 雅志の息子である五代目、剛志(つよし)は神坂組を目の敵にし、必死に潰そうとしているが、神坂組は関西全域を縄張りとする鹿王会(ろくおうかい)の派閥に入っていたため、なかなか手出しができないでいたのだった。鹿王会は有力な国会議員や警察の上層部と提携を結んでいるという話もある。つまり、日本全体を揺るがす力があるということだ。
 武志はこの地下室に武器商人がいると聞いてやってきたのだ。この武器商人は神坂組にも精通していて、武器の保管や管理なども任されているのだ。ここに宝刀隼がある可能性は大きい。   そして今、武志は三人の敵を相手にしている。
 彼は目を閉じると竹刀をゆっくりと握り直し、大きく息を吐いた。この暗闇で何故かその竹刀はほとんど目立たなかった。
「おらァ!」
 最初の一人が飛びかかってきた。 武志は、ハッと目を見開きそれを躱した。その勢いで身を翻し、男の額を竹刀で叩いた。相手は思いの外あっさり倒れた。それは武志が人間の額にあるとされる、伝説のツボを狙ったからだ。このツボに衝撃が走ると、大抵の人間は怯んで動けなくなるのだ。
 次の男はナイフではなかった。しかし、先端の鋭く尖ったメリケンサックを付けている。 顔と拳が触れ合うギリギリで彼は首を捻った。左頬の数センチ横を大きな拳が通り過ぎた。相手がよろめいた瞬間、武志は左足を掛けた。
 勢い余った男は、アスファルトに顔面を擦りつけた。
「よくもガキが!」
 最後の男は懐から刃渡り20センチはあろうかというナイフを取り出した。この暗闇の中で鈍い光を放っている。男は顔の近くでナイフを構え、不気味な笑みを浮かべた。
 武志は竹刀を真っ直ぐに構えた。
 二人の間に刹那沈黙が流れた。
 先に動いたのは武志だった。
 素早い剣裁きで、相手の手からナイフを叩き落とすと、その流れで相手の鳩尾(みぞおち)に強烈な突きを食らわせた。
 男は声も出さずに倒れた。
 三人を倒すのは十秒足らずだった。 彼は鋭敏な瞬発力と反射神経を持っていた。中学剣道の全国大会で準優勝しただけのことはある。計り知れない実力だ。
 武志は素早くしゃがみ込むと、一番最初に倒した男の懐を探った。案の定地下へ通じる扉の鍵があった。
「悪いな」
 彼は鍵を回し、重い扉を開けた。

 中は薄暗く、置いてあるものは骨董品やアクセサリーの類だった。そして、ところどころに布や木箱がある。彼はその中身がひと目で武器だと分かった。その証拠に、奥には数多くの刀が置かれている。
 彼は真っ直ぐ中に進んだ。そして一本の刀に手を伸ばした。 その瞬間、誰かに肩を掴まれた。振り返ると、チャイナ服を纏った初老の男がそこにいた。
「そこで何してル」
 どうやら中国人らしい。発音が不自然だ。 「ここに隼があると聞いて来た」
 武志は男の目を真っ直ぐに見つめた。まるで心の中まで見透かしているかのような眼差しだ。相手は一瞬動揺し目が泳いだ。
「ソトの連中、どうやって倒しタ」
 武志は腰に差した竹刀を見せた。中国人の目を見開いた。
「ソんなものデカ」
「あんたも痛い目に遭いたくなければ、隼を渡すんだ。神坂組だか何だか知らねぇが、爺さんの尻拭いは俺がする!」
 男は唸った。
「さては、左衛門三郎家の人間だナ」
 武志はただ無言で男を睨んだ。普段の端正な顔が、一気に肉食獣のような顔に変わった。
 男の顳かみに脂汗が滲む。
「わかった」
 武志の剣幕に押され、男は渋々引き出しの奥から木箱を一つ取り出した。 中には、一本の刀があった。柄や鞘には、部分的に金細工が施されている。シンプルだが端正な作りだ。文化財として二十億の価値がつくのは納得できる。
 武志が鞘を抜くと、この薄暗がりの中でも眩い光を放っていた。刃渡りに「刹目双三郎作 隼」と刻まれている。これが本物なら振ったときに鎌鼬が発生するはずだ。
 武志は男を後ろに下がらせ、勢い良く刀を振った。刀を振った時の重さは全く感じなかった。空気抵抗が全くない。しかし、数メートル離れたところに干してあった男の赤いトランクスが少し揺らいだ。
「これが鎌鼬か?」
 武志は隼を見つめた。
「お前の腕がまだまだなだけダ」
 武志は男を睨んだ。
「だが確かに本物ダ。ただの日本刀なラ風すら発生しないハズだ」
「そうか・・・・・・」
 武志は暫く刀を見つめていたが、ゆっくりと鞘に収めた。
「これは、返してもらうぞ」
 唖然としていた男の顔が、急に青くなった。
「いや、ダメだ。組長に知れたラ俺は波紋だ。いや、殺されるカモしれねィ」
 だが武志は男に隼の切っ先を勢い良く向けた。今度は何も起きなかった。彼が刃の向きを逆にしたからだ。
 中国人の男はカッと目を見開いた。 その目の3センチ先に刄(やいば)があった。
「問答無用!これは、俺たちのものだ」    
 武志がいなくなると同時に、武器商人はへなへなとへたり込んだ。腰が抜けたのである。だが、今の自分の状況を改めて認識し、頭の中がパニックになった。
「もうここで商売はできねィ」
 彼はケータイを取り出すと、関西国際空港のフライト時間をチェックし始めた。
 手にしたケータイを落としそうになるほど、彼の手は震えていた。

ビースト!(1)

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まだ未熟な作品ですが、どうにか書きました。後になるほどストーリーが面白くなるので是非全部読んで下さい。

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更新日
登録日
2012-10-16

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