腐敗していく季節に告ぐ

朽木 裕 作

#覆面書庫 という企画で書いた掌編のふたつめです。

綺羅星の如く、脳内を突如刺した感情はまばたきの間に遥か彼方へと消え去った。

お前が好きだ。

砕け散るしかない運命、存在を許されない気持ち。可哀想に、と憐れむには気付きからまだ日が浅い。角の草臥れた学生鞄に顔をめり込ませて溜め息を吐くと革のなんとも言えない匂いがした。

「おはよ」

「うお、びびった。おはよう」

「なんか心配事?」

うんにゃ、と返事をしながら一限の教科書を机に陳列させる。開け放たれた窓から入り込むのは生温い春の陽気で、強い日差しを見ていると授業なんて受けている場合じゃない、とさえ思う。学生の本分は勉強、本当に?

「あ〜〜、こんな良い天気なのにな〜〜サボりてぇ」

「ならサボろ!」

手を引かれて心臓が跳ねた。友達なのに。俺はお前が好きなのに。違う。好きなのに友達の振りをしている、ひどいやつだ。色素の薄い、茶色い髪から覗く鳶色の瞳が悪戯っぽく笑う。嗚呼、好きだ。好きだ好きだ好きだ。途中すれ違った教師が咎める声を浴びせたけれど手を引かれたまま俺らは春を駆けていく。そうしてきっと、転がるように夏が来て、終わる。秋が来て、終わる。冬が来て、終わるのだ。

「怒られるよ」

気にもしていないことを言ってみたけれど内心もばれているのか薄く笑われただけ。全て見透かすような態度に少しだけムッとした。

俺がお前のことを好きだって、知らない癖に。

嗚呼なんて独り善がり! 独善的! 自己矛盾に目眩がしそうだ。そんな自分を鼻で笑う頃、アスファルトが砂浜に変わった。学校の裏手にある海だ。学校からの監視カメラが数箇所設置されているがお手の物とばかりにかいくぐって入り江に落ち着く。

「お前って結構ワルだよな」

「そんなことないよ」

どの口が。

「二枚舌ってお前のことだな」

「あ、ひどい」

繋いでいた手が離れたと思ったら舌を引き抜かれるかと思うほど掴まれる。不意に、今自分の舌を掴んでいるこの手が自分を慰めることもあるのかと思ったら腰の辺りがじわりと痺れて息苦しくなった。手で振り払って飛び退く。入り江に打ち付ける波の音が響いている。

「何するんだよ」

「舌が一枚か確かめようと思って」

くすくすと邪気のない笑みに、蹲って頭を抱えたくなる。この笑みを俺が絶やすわけにはいかない。喉元で暴れ出す感情は、腐敗していく季節に告げる。好きだ好きだ好きだ。お前のことが好きだ。春の海に溶けて混じって遠くまで流れていけよ。そしてどこか遠い場所で幸せになりますように、なんて。

海面に反射する陽光は眩し過ぎて、泣いてしまいそうだ。

腐敗していく季節に告ぐ

腐敗していく季節に告ぐ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-12

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