白色矮星

朽木 裕 作

#覆面書庫 という企画で書いた掌編です。

 雨にけぶる桜のなかをぐるぐると彷徨い歩く。並んだビニール傘はふたつ。ぽたぽたと傘の縁から滴る雨は、この世で最も純度が高くて美しいものに見えるけれどもどうやらそうではないらしい。周りの世界を反射してきらめき、そして地に落下した。雫を追うように急いで地面を見たけれど白いはなびらが雨でぐしゃぐしゃになっている景色が足元には広がるばかり。雨、いなくなった。薄暮時の肌寒い雨のなか、不意に思い出して真横を向いた。

「さむいね」

 言うと彼はこちらを見ずにこくん、と首を縦に振る。わたしが彼を見ていることを知っているからだ。さっきまでわたしの世界にはきみは存在しなかったということを、果たしてきみは気付いているのだろうか。意地悪な感情が首をもたげてくるけれど葉桜の混じった桜をビニール傘越しに見つめている彼を見ていると多分わたしも存在しないな、と思う。きみのなかに。存在しない。そう思ってみたら急に楽になった。いつもお互いうわの空で、付き合っている意味があるのかないのか、よく分からなくなっていたのだ。今日だって昼過ぎに電話があったと思ったら一言、花見をしようと。大雨だけれどもね、と窓の外を見て思ったけれど言わなかった。電話があったということは彼のなかでは決定事項だ。そしてちょっと普通じゃないな、ということは友達に話したあたりから薄々気付いてはいたけれど、残念なことにわたしはそんな唐突極まる妙なお誘いが割と好きだったりした。ビニール傘じゃ、濡れるのは確実。けれどもこれは花見の誘いなのだからとやはりビニール傘を手にして公園の入り口にあるモニュメントを目指したのだった。

 桜は来世も桜になりたいと思うのかな。こうして短期間、人に愛でられて風雨にさらされ散っていくのはどうなんだろう。少なくとも試験が無いのは良いなと思う自分を諌めてから隣で公園の外周三週目に入ろうとする彼に問うてみる。

「来世は何になりたい?」

 脳内に沸き起こった言葉が口から出る頃には変換に次ぐ変換が起こってしまう。いつもこうだ。そして訂正もしない。彼はじっとこちらを見てから桜を眺めやってまたこちらを見た。まるでわたしの思考をなぞるように。そして静かに口をひらいた。

「白色矮星」

 わたしがその単語を知らないことは折り込み済みだったのだろう。解説をしてくれた。

「星が、死ぬときに核融合で燃料をぜんぶ使い果たすんだ。九十九%は次第にひかりを出さなくなって、暗い天体になる」

 それが白色矮星? と問えば肯定を示す目線がひとつきり寄越される。雨で囲われた二人の間に散った桜の道しるべ。本格的に身体が冷えてきて身震いをする。された説明の最初を思い出す。

「死んだあとのものに、なりたいの?」

「うん。変かな」

 それなりに長い付き合いのなかで彼が恥じ入るように聞いたのは初めてのことだった。わたしはしっかり向き合って変じゃないよと伝える。答えは無かったけれど濡れたビニール傘の下で彼の耳がぴく、と動いた。彼が照れたときの癖だ。変じゃないと思う、ともう一度言い直す。ああ本当に寒い。そうだ帰りにコンビニで肉まんを買おう。

「肉まん」

 また口に出していたようだ。というのは真横で口の端がひくつくのを我慢している彼を見ていたら分かる。何故笑われたのかを考える。直前の会話はなんだったっけ。ああ、つまり笑われたのは。

「違うよ! 来世肉まんになりたいわけじゃないよ!」

 必死で否定をすれば今度こそ彼が笑った。はいはい、となだめる声がやや甘い。否定したものの雨をかき消してお腹が鳴ったので否定するのを諦めた。コンビニに寄って肉まんをふたつ。あと明日図書館で天体の本を何冊か借りてこよう。

 はくしょく、わいせい、と忘れないように口の中で呟いた。

白色矮星

白色矮星

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted