Mariaの日記 -5-
深夜。
ブログ主は大量のコメントを読みながら苦笑していた。
「……ったく気楽なもんだな、外野は」
大路真理亜の年齢設定をアラフィフとしたのが功を奏したようだ。
アクセス数が大幅にアップしている。
少々頭の足りない若い女の子だと思って読んでいたらアラフィフでしたってオチに読者は大喜びらしい。
今まで説教臭いコメントを残していたような連中まで、「アラフィフなら許す! このまま我が道を貫いて欲しい(笑)」などと書いている。
「ある意味、Maria様は女神!」などと神格化したコメントを書いているヤツまで出て来ていた。
「騒げ、騒げ」
ブログ主にしてみれば、読者が増えて有名ブログに成ってくれた方が都合良いのだ。
目的は炎上ブログ好きの大路真理子が「Mariaの日記」に気付くことなのだから。
「問題は其処か……」
ブログ主は仰々しく腕組をして唸った。
大路真理子は盛り上がっている炎上ブログを読むのが好きだ。恐らくは「Mariaの日記」も既に読んでいるだろう。
だが、確認する術が無い。
絶対に読んでいるのだという確信がなければ次の行動を取ることは出来ない。
ブログ主は暫く考え込んだ後、キーボードを叩き始めた。
Mariaの日記 52日目
こんばんは。
またまた沢山のコメントありがとうございます。
平凡な日記でしかないのに、こんなに反響があるなんて不思議でなりません。
私のことを女神……などと書いている人達がいますが神格化は困ります。
皆さん冷静になってください。
私は可愛いけど、いくらなんでも女神って程ではありません。
では、今日の日記を書きます。
今日は朝から嫌なことがあって気分が悪かったです。
会社で朝御飯を食べていたら主任に怒られました……。
ちょっと寝坊してしまって、おうちで朝御飯を食べられなかったんだから仕方ないと思いませんか?
主任は心が狭くて嫌な人です。
毎朝、会社で食べているわけじゃないのに……寝坊した時くらい仕方ないのに。
「仕事を舐めてんのか!!」って怒鳴られて怖かったです。
「大声を出すなんて暴力だと思います!」って言い返したら、「使い捨てのパート社員の分際で生意気言うな!!」って怒鳴られました……理不尽ですよね。
もう言い返すのも面倒くさくなったんで泣き真似をしたら許してくれましたけど。
こっちが泣いたらビビるくらいなら最初から怒らなければいいのに。
主任は、どうして私を目の敵にするんだろう?
私がマー君とばかり仲良くしているのが気に入らないのかしら?
そして朝、
真理子は憂鬱な気分でスマートフォンの画面を覗く。
読み進むうち、真理子は苦々しい表情で呟いた。
「卑怯者……!」
今回の「Mariaの日記」に、真理子は強い怒りを覚えた。
これは主任ではなく雨山と交わした会話だ。もしもブログ主が雨山なら、己が吐いた罵詈雑言を主任が吐いたことにして書いているのだ。
真理子は、画面をスクロールして「Mariaの日記」の続きを読む。
お昼休みにも嫌なことがありました。
主任から、嫌がらせとしか思えないような事を言われたんです。
いつも私がランチする場所は事務所の一角に置かれているミーティングテーブルです。
営業さん達は出払っていますし、もう一人の事務員の寺井さんは外食派なので、ランチタイムは私一人きりでスマホでゲームをしたり雑誌を読んだりするリラックスタイム……なんです。
なのに、何故か今日はお昼休みに主任が戻って来ました。
別にそれだけなら問題ないのですが、酷い事に主任は私に聞こえるように「普通、社員が昼飯食っていたら御茶くらい入れてくれるよなー。ウチのパートは気が利かなくて駄目だね」って言ったんです!
私は昼休み分のパート代は頂いていません。
だから昼休みには、社員への御茶出しなんて仕事をする義務はないはずです。
主任の言ったことは間違っていると思いました。
だから私は「パート社員は時間給なので昼休みは働きません」と答えました。
きっぱりと言い返したことが良かったのか、主任は何も言い返さずに御自分で御茶を入れていました。
最初から自分で入れたらいいのに……変な人です。
「Mariaの日記」を読み終えると、真理子は軽く鼻で笑った。
昼休みの行も雨山と真理子の会話そのままだった。
営業社員達は昼休みに戻ってこないし課長は外食派だから、昼休みは真理子一人きりになる。
だが、昨日は珍しく雨山が戻って来て事務所でランチを取っていた。たまに営業社員が昼休みに戻って来て事務所でランチする時は何も言われなくても御茶くらい入れる。昨日だって雨山に御茶を入れてやろうと思って読んでいた小説に栞を挟んだのだ。
そこで雨山が腹立たしい嫌味を言い出したから口論となってしまい、御茶を出さなかった。
真理子は確信する。
このブログを書いているのは雨山に間違いないと。
昨日の昼休みに事務所内に居たのは雨山と真理子だけだから、この会話を書けるのは雨山だけだ。
「最低の卑怯者だわ……!」
真理子は忌々しげに吐き捨てるように言った。
主任と雨山は同い年の三十五歳だ。だが、片や主任、片や営業成績最下位の駄目社員。雨山は主任を悪く書くことで鬱憤を晴らしているのだろう。
真理子は背伸びをしてから安堵の溜息を吐いた。
雨山が書いているのならストーカー的な危険は起きない。
だが後味の悪い感が残る。
雨山は自分自身が悪態を吐いていると自覚しているからこそ、主任の発言に置き換えるわけだ。
――私に対して、本来なら恥ずべきことと自覚して悪態を吐いているってことだ。
それは我慢出来ないほど私を嫌っているということだ。
「だから、Mariaの日記……なわけか」
Mariaの日記 -5-