少年的ティラノサウルス信仰

あおい はる 作

 あの子にもきっと、神さまはいる。
 そう、すでに絶滅している、ティラノサウルスのことが好きな少年と暮らしはじめてから、ぼくは、ずいぶんと、健康的になった。早寝早起きだし、三食、ちゃんとしたご飯を食べているし、運動もしている。ラジオ体操だけれど、ラジオ体操も馬鹿にならないですよと、少年は、自慢げに教えてくれた。夜は、二十三時にベッドに入り、朝なんて、六時には、目覚まし時計が鳴る。少年と暮らす前のぼくは、二十六時に就寝、十一時に起床するような生活をしていて、十五時から二十三時までは、仕事をしていたのだ。つまり、今は、転職をして、ふつうの仕事をしている。べつに、十五時から、二十三時までやっていた仕事が、ふつうじゃない仕事だとは思っていなかったけれど、少年は、あたまのよさそうな、ことばづかいで、それは不純で、非道徳的で、生産性のない、じつにむだな仕事だと、ぴしゃりと言い放った。ぼくはそのとき、一瞬、かなしんだ。十才以上も、年の離れた子どもに、それなりに好きでやっていた仕事を否定されたこと、その仕事をしていたぼく自身をも、否定された気分で、打ちひしがれた。けれど、ぼくがこれから、少年を養っていかなければ、と思ったら、すんなりと辞めることを決意できた。未練がないといえば、うそになるけれど。不純で、非道徳的で、生産性がなくても、けっこう楽しかった。いろんな年代のひとと、交流ができたし、みんなやさしかった。お金を、ぜんぜん持ってないひともいたし、一度で、住んでいるアパートの家賃くらい、お金をくれるひともいた。やさしいひともいたし、こわいひともいた。ひどいひとや、やばいひとも。
 でも、少年と暮らすようになってからはじめた仕事も、次第に慣れて、楽しくなってきた頃だ。町の、商店街にある、パン屋さん。店主のパンダが、いままで出逢ってきたひと(ひと?)のなかで、いちばん、やさしい。少年も、パンダのことが好きで、パンダのつくるクリームパンも、好きで、ぼくに一生、あそこで働くよう、少年は云う。(ということは、あれか、永遠に、ぼくといっしょに、暮らすつもりか)(まぁ、べつに、かまわないけれど)
 しかし、少年は、ぼくより、パンダより、クリームパンより、ティラノサウルスが、好きであった。
 一日中、恐竜図鑑の、ティラノサウルスのページを、眺めているときがあった。
 出逢ったときから所持していた、ティラノサウルスのぬいぐるみを、寝るときも、ご飯のときも、手離さない。トイレのときは、ドアの前に置いておくし、お風呂のときは、脱衣かごのなかに、それを入れた。ティラノサウルスは、いつも、口を開けて、やわらかな牙を、むき出しにしていた。少年には、おとうさんも、おかあさんも、いなかったけれど、ティラノサウルスがいた。ぼくには、おとうさんも、おかあさんも、妹もいるけれど、いないようなもので、ぼくには、いま、少年がいる。少年には、ぼくがいるけれど、少年のなかでの、ぼくの順位は、ぜったい、ティラノサウルスより下であるし、おそらく、ずっと、少年の一位にはなれないと思う。

 ねぇ、ティラノサウルスのこと、どれくらい好きなの?

 ある日、夕ご飯を食べたあと、コンビニで買ってきたプリンを食べながら、ぼくはたずねた。
 少年はひとくち、プリンを食べたあと、さも当然のように、こたえた。

「いっしょに暮らしたいくらい。でも、もし、ぼくのことを食べたいといったら、ぼくは、食べられてもいいかなって感じ」

 いつもの、利発的ではなく、年相応の子どもっぽい口調だった。
 ぼくは、ふうん、と、適当に言って、それからプリンを、がつがつと、一気に食べた。

少年的ティラノサウルス信仰

少年的ティラノサウルス信仰

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-11

CC BY-NC-ND
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