「私」という男の子

アズミハルカ 作

  1. 一人の男の子(?)と出会った
  2. 彼なりのなにか
  3. これは完全に
  4. 分からない
  5. 真面目に
  6. 恋人疑似体験
  7. 二つの告白

ある日、好きになった男の子から2つの告白をされた。

一人の男の子(?)と出会った

 「田苗弥生です。第一中学校出身です。部活は手芸部に入ろうと思います。漫画とチョコレートが好きです。よろしくお願いします。」
 高校の入学式の翌日。クラスで自己紹介をしている。出席番号順に並んだ座席は男女もバラバラで、教室の中には一人も知り合いはいない。前も後ろも右も左も男の子という、クラスの女子に馴染むには最悪の席を割り当てられてしまった弥生だが、今さら抗えることではないので積極的に声を掛けておこう、と密かに決心していた。
 名前、出身中学校、入りたい部活、一言。箇条書きで黒板に書かれた自己紹介の内容。
 弥生の次の出席番号の男子生徒が教卓の前に立った。
 「私は円谷瑞希です。南中学校出身で、部活は手芸部に入りたいです。メロンパンが好きです。よろしくお願いします!」
 そして彼はペコリとお辞儀をして、席に戻っていった。教室が少しだけざわついた。
 全員の自己紹介が終わって気づいたことは、手芸部に入りたいと言う人が自分と瑞希しかいなかったことだ。特に入りたい部活があったわけではなく、手芸はまあまあできるし、なんとなく楽しそうだし、友達も増えそう、と思っていたのだが、予想外の展開だった。

 今日の日程は一時間目が自己紹介、二時間目が提出物など、三時間目が学年オリエンテーション、四時間目がクラス毎のレクリエーション、五時間目と六時間目が新入生歓迎会、その後は放課後となる。一時間目が終わった休み時間、声をかけられた。

 「田苗さん…。手芸部に…。」
 瑞希だった。慣れない相手に緊張しているのか、片言ではあったが、彼が言いたいことは伝わってきた。
 「あ、円谷くんも、手芸部だったよね。よろしくね。」
 テンプレートのような台詞を並べてみた。実のところ、弥生もかなりの緊張状態にあった。弥生は中学時代に男子と接点を持つことがまずなかったのだ。
 「よろしく。」

 放課後には部活動体験があった。welcomeと言う言葉とともに華やかに彩られた被服室の黒板。
 「こんにちは!手芸部です!私たちは、三年生五人、二年生三人の合計八人で活動しています。」
 座っている新入生は弥生と瑞希のみだった。まあ、一日目だから仕方ないだろう、ということにしておいた。まさか、学年でも二人だけということはないだろう。
 先輩は、瑞希を見て言った。
 「男の子も見学に来てくれて嬉しい!二人は入部予定?」
 「はい!」
 「私もです。」
 それからは、雑談のような時間だった。
 「私は部長の三品早雪。よろしくね。」
 そのまま大学生になっても特に問題は無さそうな大人っぽい女子生徒。被服室にいる人間は瑞希ただ一人を除いて全員女子だった。
 「よろしくお願いします。一中出身の、田苗弥生です。」
 「弥生ちゃん…よし!やーちゃん、でいい?」
 「はい!」
 聞くところによると、新入生には部長からニックネームが与えられるらしかった。
 「君は?名前。」
 「はいっ、えっと、私は円谷瑞希です。南中出身です。」
 「円谷くん、瑞希くん…うーん、つむくんとか?」
 部長が捻り出したニックネームに、瑞希は笑顔で頷いた。
 「まあ、もう少し一年生増えるとは思うけどね。っていうかもう少し増えてくれないと過疎化が進むわ。三年は例年より多いけど、まあ、一二年あわせて五人はちょっとやばいしね。」
 「ですね。」
 すると、別の先輩が口を挟んだ。
 「うちは二年の新坂恵里香。えりりん先輩って呼んでな。この部活はニックネームで呼び合うのが通例なんよ。部長のこともみっしー先輩な。うち、一昨年まで関西住んでてん。やから、まあ、関西弁は気にせんといて。こっちの標準語が移ったりしてエセ関西弁みたいになってんけど。ま、よろしく。」
 「よろしくお願いします、えっと、えりりん先輩…?」
 「そんな緊張せんでも!」
 ケラケラと可笑しそうに笑う恵里香。
 「私は佐野千里。ちーちゃんだよ。やーちゃんも、つむくんも、よろしくね。」
 お淑やかそうな先輩だ。
 「布田菜乃花、なのちゃんです。よろしくね。」
 覚えられない。その思考を悟ったかのように早雪から一枚のプリントを渡された。
 「これ、名簿だから。」
 「ありがとうございます。」
 プリントには二、三年生のフルネームとニックネーム、誕生日が羅列されていた。
 「あとこれ、必要なものね。早速明日から二三年みたいに活動来てもらって構わないから、出来るだけ早く用意しといてね。」
 もう一枚、プリントが渡された。
 「じゃあ、今日はこれでお開き!また明日ね。」
 「はい!」

 帰路につく。
 「…つむくんも電車?」
 高校から駅までの道のりは十五分。お互いに話さないまま一メートルの距離を保って平行移動するのは正直気まずかったので、思いきって声をかけてみた。
 「あ、うん。今日は手芸屋さんよって帰るけど。」
 「あ、弥生も。」
 「そっか。どこの手芸屋さん?」
 「青ビルにある、佐藤ソーイングかなー。」
 「まあ、そこしかないしね。私もそこ行く。」
 話す内容がなくて、そのまま歩く。待て、これは二人で行く流れか。
 「これって、私も田苗さんのことをやーちゃんって呼ぶの?」
 「うーん、そうじゃないかなぁ…。それに同じ部活なのに苗字にさん付けされてもね。」
 「まあ、そうよね。そして、後輩にはつむくん先輩って呼ばれるのね。」
 「まあ、そうなるね。」
 途中で、ある声が聞こえてきた。
 「あ、瑞希ちゃんじゃね?」
 「あー!女子つれてる!!」
 「ホントだ!しかもフツーにかわいいじゃん。」
 瑞希の同級生らしい。弥生が一番懸念していた展開だ。彼らの制服を見るところ、正直なところ頭の良い学校ではなさそうだ。入学試験では、名前を書けば入れるという噂の私立。
 舌打ちと、ため息が聴こえた。
 「ごめん、ちょっと黙ってて。」
 彼らに聞こえないように配慮してなのか、小声で弥生に忠告する瑞希。
 「あ、久保田と大輝くんじゃん。」
 何事もないかのように繕う瑞希。
 「あ、じゃねーよ!瑞希ちゃん!どーしたんだよその女子。」
 「彼女?」
 「あ、分かった!親友!瑞希ちゃん女の子だから、高校で早速親友つくったんだよ。」
 「あ、それあるわ。」
 そして、彼らは瑞希に詰め寄った。
 「で?どーなんだよ?」
 「瑞希ちゃんのクセに彼女連れて歩いてんのか?ああん?」
 弥生は怖い、と思った。それと同時に、瑞希の中学時代を察した。
 「彼女じゃない。同じ部活の友達。本入部まだだから、人が私とこの子しかいなくて、で、部活で必要なもの買いに行くところ。」
 彼の説明に一切の虚偽や誤魔化しは見受けられなかった。てっきり姉だとか言って誤魔化すのだとばかり考えていた弥生にとって、この答弁は誠実さを感じさせるものだった。
 「瑞希ちゃん部活どーしたんだよ?またあれか?女子ばっかの吹部!」
 瑞希は少しだけ嫌そうな顔をした。文脈からおおよそのことを読み取った弥生は居たたまれなくなった。
 「違う。手芸…。」
 そう答える瑞希の声には先程までの活気というか、芯がなかった。
 「うわ!もっと女子度が上がった!」
 「中三のぐるに流そーぜ!瑞希ちゃん手芸部に入り女子と買い物!」
 佇む瑞希は明らかに不機嫌だった。
 「なんだっていいじゃん。行こ。」
 「あ、うん。」

 暫く手芸店とは違う方向に歩いた後、人気の少ないビルの裏に着いた。瑞希はベンチにどっと腰かけた。
 「ごめんね、あいつら頭おかしいのよ。」
 「ううん。それよりもつむくんが大丈夫?あの人たち大分酷いと思うんだけど。」
 「うん…。」
 数秒間黙って、その後、大粒の涙を溢し始めた。
 「ごめん。」
 「大丈夫だよ。」
 内心では驚いていたが、黙って見守ることにした。瑞希の中の、プライドが傷つけられていることは明白だった。
 「別に…なんだっていいじゃん。私が何部に入ろうが女の子と歩いていようが!あいつらには、関係…ないのに…。私は私。私だって分かってるよ私が女子っぽいだのなんだのって。だから何?何がそんなに…気に入らないの…?もう、あいつら…意味わかんないなんなのもう!鬱陶しいなぁ!」
 一頻り話を聞く。そこには、彼の葛藤や苛立ちが滲み出ていた。その後暫く黙って泣いていたので、弥生は思ったことをそのまま口にした。
 「私は、別に変だとは思わないよ、つむくんのこと。まだ昨日初めて会ったばっかりだからあんまり知ったような口も利けないけどさ。つむくんはつむくんじゃん。弥生も、さっきの人たちは本当に頭おかしいと思う。なんでこんなにつむくんを傷つけて平気なの?!他人を見下して、いじめて、挙げ句傷つけてさ!あいつらはつむくんのこと蔑むようなこと言うけど、弥生はあいつらを軽蔑するよ!なんなのもう信じらんない!ああいう人たちすごくすごく嫌い!」
 思わず感情を爆発させてしまった弥生。それに驚いているのか、瑞希の涙は乾いていた。
 「あ…なんか…ごめん、その、ちょっと、ヒートアップしちゃって…すごく恥ずかしいんだけど…。」
 我に返った弥生は、怒りで紅潮した頬をさらに赤らめた。
 「ううん、なんか、うん。上手く言えないけど、まあ、うん。」
 瑞希の発言に意味のある言葉は含まれていなかったが、何となく彼の言わんとしていることは伝わってきたような気がして、それ以上の言及はしなかった。
 「私は多分高校でも色々言われると思う。だけど、手芸部にはそういう人、いなさそう…だよね?」
 「うん。少なくとも、つむくんのことを蔑むような人はいないと思う。」
 それから互いに言葉が出てこなかったので、瑞希が立ち上がった。
 「遅くなっちゃったけど、手芸屋さん、行く?」
 「行こうか。」
 そして、手芸店に行き、帰宅した。乗る電車は同じで、だけど、瑞希は、弥生が降りる駅の次の次の駅で降りるらしかった。

彼なりのなにか

 「出来たぁ!」
 五月になった。可愛らしいウサギのマスコットを片手に喜んでいるのは瑞希だ。
 「やーちゃん、見て!ウサギ!」
 「可愛い!そしてすごく複雑な造りだね。つむくんって結構器用?」
 「指先だけはね。」
 すっかりと手芸部に打ち解けた弥生と瑞希。
 「やーちゃんはなんの型紙描いてるの?」
 こちらを覗きこむ瑞希。
 「弥生はポーチ作るの。クロスステッチにして、裏地つければどーにかるかなって。」
 「いいなぁ。私は手先ばっかり使えてもセンスがないからなー。」
 「えー、そう?」
 そう返しはしたものの、実のところ彼の布の取り合わせには驚くことも多々あった。先週はポケットティッシュケースを作っていたのだが、表は水色のギンガムチェックで、裏は真っ赤な水玉模様だったのだ。服のセンスは良いのに、何故布の取り合わせは微妙なのだろう。
 「なんとなく、頭で思い描いてたのと違うのができるのよねー。」
 「あるあるだよ。」
 今日のテーブルの割り当ては学年毎だった。日によって、縦割りチームだったり、アミダくじだったりもする。活動は緩めだがメリハリはついているし、サボり部のような感じもしない、弥生にとって理想の部活だった。日々同じテーブルの人とお喋りをしながら穏やかに活動していた。
 「それはクロスステッチのデザイン?」
 「そうだよ。」
 「かわいい。」
 「ふふ、ありがと。何描いてるか分かる?」
 「桜の花?」
 「そうそう。良かった。」
 字面のみ見れば完全に女子同士の会話だが、弥生はそれに突っ込んだりはしない。出来る筈がない。突っ込んではいけない。
 「そう言えば、因数分解の小テスト、どうだった?」
 その途端、瑞希から笑顔が消えた。やらかした、と思った。
 「あー…。うん。」
 場の空気がだいぶ重くなる。これは、してはいけない話題だったらしい。
 「あ、そう言えばさ、今日の家庭科のペンポーチ何色にした?」
 「スカイブルー!」
 よかった、これは大丈夫な話題らしい。
 瑞希には、話題にしても良いことと悪いことがある。いや、誰でもそうなのではあるが、彼の場合は他よりもその辺りの線引きが難しく、下手をすると彼の機嫌を損ねてしまうのだ。最初は、違和感を覚え戸惑った。しかし、最近は慣れつつもあった。数学の話はしてはいけない。そう、弥生の心に刻み込む。今のところNGリストは女子っぽいだとかいうこと、中学の頃の話、吹奏楽部の話、瑞希が中学校で担当していたフルートの話。そして、たった今数学の話が追加された。
 「やーちゃんは?」
 「弥生はパステルピンクギンガムチェック!」
 「やーちゃんっぽいね。」

 今日は、部活のあとに弥生の誕生日会をするようだった。これも手芸部の通例で、場所は決まって某イタリアンファミリーレストランらしかった。
 「やーちゃん、お誕生日おめでとう!」
 プレゼントまで頂いてしまった。三年生の先輩方からはモフモフとしたウサギのぬいぐるみ、二年生の先輩方からは賑やかなお菓子の詰め合わせを頂いた。毎回プレゼントは学年毎に用意しているらしい。そして瑞希からは可愛らしいヘアピンを貰った。
 「え、まって、可愛い可愛い、これ、つむくんが選んだの?」
 弥生が言う筈の台詞を先輩に言われてしまった。
 「…はい。」
 「つむくんめっちゃセンス良いじゃん!女子力高い!」
 最後の一言は余計だったと思った。瑞希も、少しだけ嫌そうな顔をしたが、先輩が相手だからなのか黙っていた。
 空気が変わったのを読み取っているのかいないのか、早雪がデザートの注文を提案した。

 帰り道。早雪と瑞希と弥生は同じ電車だった。でも、早雪は一駅で降りた。他の先輩はバスだったり、地下鉄だったりと各々の帰路に就く。
 そして、弥生が電車を降りたタイミング、即ち弥生が瑞希と別れたタイミングを見計らったかのように早雪から電話がかかってきた。
 「もしもし、弥生です。」
 「あ、やーちゃん。今いい?」
 「はい。」
 弥生の自宅は駅から徒歩二十分。少々の電話は全く問題ない。
 「あの、つむくんのことなんだけど…。」
 「はい…。」
 早雪の意図が掴めず、取り敢えず殊勝な返事をした。
 「あの子確かに女の子っぽいけど、多分、女の子っぽいって言われるの嫌がってる…よね?ほら、あの、ヘアピンの時なのちゃんに女子力高いって言われてなんか不機嫌な感じしたし。…どう?」
 言うべき台詞は既に決まっていた。
 「あ、確実に嫌がってます。仮入部期間にいろいろ経緯があって二人で手芸屋さんに行ったことがあったんですけど、その時につむくんの中学校のお友達から酷い言われ方してて…。ここだけの話、つむくん、そのあと泣きながらぶちギレてたんですよ…。弥生から見てもいじめとかそういう次元だったんです。あ、他の先輩には内緒にして頂きたいです。あと、つむくんにも弥生がこれ言ったこと言わないでください。」
 「あー、うん、それは大丈夫。やっぱりねー。結構三年の間でも、つむくんが女の子っぽいって話になってて。でも、何となく揶揄するニュアンスあるからそう言うときはサラーッと話題変えたりしてるけど、本人が嫌がってるならちゃんと嫌がってること知ってもらわないとだよね。」
 「ですよね。あ、じゃあもしかして、みっしー先輩がデザートの注文を提案したのも意図的なタイミングなんですね?」
 「そゆこと。よく気づいたね。」
 「弥生もあの時やばって思ったので…。」
 歩きながら話は続く。
 「何て言うかさ、つむくん、ちょっと不器用なところあるじゃん?」
 その節は弥生にも心当たりがあった。
 「ほら、なんか浮き沈みがあるって言うか、気にしすぎちゃうって言うかさ。」
 「そうですよね。」
 先程の数学の会話を思い出す。些細な違和感を感じていたのは弥生だけではないらしかった。
 「だから、このままだと、部活さえ居づらい場所になっちゃうなって思って。クラスでの様子は?」
 「あー…まあ、ご想像の通りだとは思いますが、弄られることが多いですね…。」
 五月になり、大体のクラスのメンバーにも慣れ、しかしその慣れが弄りや苛めに繋がるのであった。
 「やっぱりねー。部活くらいは安心できる場所になって欲しいよね。」
 「そうですね…。」
 早雪はふっと笑った。まるで少し重くなった雰囲気を打破するかのように。
 「ふふっ、まあ、なのちゃんとえりりんとゆめを何とかすればうちは大丈夫だな。あの三人、悪気はないんだろうけどだいぶねー、ふわふわとしながらズバズバ言うんだわ。」
 「えりりん先輩もそういうキャラなんですか?」
 なのちゃん先輩と呼ばれる菜乃花とゆめ先輩と呼ばれている夢花が部内屈指の天然ふわふわキャラであることは知っていたがえりりん先輩と呼ばれる恵里香にはそのようなイメージはない。
 「あぁ、えりりんはどっちかって言うとちょいキツめに言う感じかなー。確かにあの子はふわふわしてない。」
 「そうなんですね。」
 そろそろ家が見えるという頃。
 「まあ、それだけよ。長電話ありがとね。」
 「いえいえ。」
 「じゃあ、明日ね。」
 「はーい、失礼します。」

これは完全に

 今日はミシンを使いたくて、ミシンの棚を開けた。ミシンが羅列されている棚は少しだけ高い位置にある。取れないことは無いが上からミシンが降ってくるのではないかという不安が一瞬だけ脳裏にちらつく。
 「あ、やーちゃん、私とるよ。」
 「え、あ、ありがとっ!」
 気づけば瑞希の腕が目の前にあって、思わず一歩後ずさってしまった。二十センチほど距離はあるが、それでも妙に彼の体温が伝わってくる。近い。もう一歩、後ろに下がった。
 「はい!」
 そういってミシンをこちらに手渡してくる瑞希はいつもと何ら変わりなく、だけど、いつもよりもかっこよくみえた。
 「ありがと…。」
 何だろう、無性に心臓がドキドキする。顔に熱が集中し、何故か羞恥が弥生を襲う。この場から逃げ出したくなる。

 今日のテーブル割りはアミダくじだ。弥生は、胡桃と夢花と一緒だ。正面を向くと、ちょうど瑞希が見える位置だった。
 ふと見ると、瑞希ら何やら真剣な面持ちでまち針をうっている。きっと一ミリのずれも許されない行程なのだろう。

 つむくん、あんなに真剣な顔するんだ…。

 弥生は先程のミシンを取ってもらったときのことを思い出した。ぽわんと暖かい彼の体温を思い出す。
 ああ、駄目だ。集中できない。
 弥生の思考を読み取ったかのように、声をかけられた。
 「おーい、やーちゃん?」
 ふと我に返ると胡桃が目の前で手を振っていた。
 「あっ、くるみん先輩?!」
 「お、気づいた。大丈夫かー?」
 「あっ、はいっ、すみません!」
 「いや、謝ることないけどなんかぼーっとしてるなーって。」
 「いえっ、ちょっとこの先の行程考えてただけなのでっ!」
 「ならよかった、あ、なんかごめんなー。」
 「いえいえっ!」

 活動が終わり、いつもの如く電車に乗るメンバー、即ち早雪と瑞希と弥生の三人で帰る。駅までは地下鉄に乗るメンバーと、弥生たちとは反対方向の電車に乗るメンバーも一緒だった。

 ボックス席。一人の若い女性が座っていた。早雪がその女性の隣に座った。そして、瑞希は窓側に座ったため、必然的に、弥生は瑞希の隣で早雪の向かいに座ることになる。
 「じゃあね、お疲れ様!」
 「お疲れ様です!」
 一駅を過ぎ、早雪が下車すると、いつもの通り、弥生と瑞希の二人だけになる。今更ながら瑞希との距離の近さが無性に気になってしまう。弥生の異変を察してなのか、瑞希が唐突に声を発する。
 「ん?やーちゃん、どうしたの?何かあった?」
 「えっ、あっ、うっ、ううん!」
 そのまま、話題が見つけられなかった。すると、気づいたら右の方に圧力を感じる。
 瑞希が寝ているのだ。
 彼が問答無用で寝るのはいつものことだった。流石に先輩がいるときは寝ないが、二十分も無言で電車に揺られていれば眠くなるのも無理はない。早雪が降りてから既に十分が経過していた。疲れはてた高校生が眠りにつくには充分な時間だった。弥生が降りる駅まではあと二十分かかる。弥生の家の最寄り駅から高校の最寄り駅までは四十分間電車に乗らなければならない。瑞希はさらに十分かかるらしい。
 すやすやと眠る目の前の男子高校生。戸惑う弥生に、向かいに座るおばさんが微笑ましいというような目線を送った。
 確かに瑞希が電車で寝ているのはいつものことだが、まるで漫画のワンシーンのように寄りかかられるのは記憶の限り初めてだった。彼は大抵は窓側に寄りかかるからだ。
 「つ、つむくん?」
 心臓が爆発してしまいそうだったので、仕方なく彼をおこすことにした。
 「あっ、へっ、えっと、あっ、そのっ、ごめんっ!」
 起きて数秒がたって漸くことの重大さを意識した瑞希は、大慌てで顔を赤くして謝った。

 「明日のホームルームの親睦会ダルいね。」
 「弥生もー。クラスの男子とかまず名前知らないし、女子も女子でそんなに仲良くないからなー。」
 何とも白々しく会話をして、弥生が降りる駅に到着した。
 「バイバイ!」
 「また明日ね。」

 電車から降りて、ここから二十分ほど歩く。

 弥生は薄々自分の想いに気づいていた。

 これは完全に、そうだな。

 瑞希は、不器用なところもあるが、基本的には思慮深くて優しい。他人を傷つけるようなことは言わないし、誠実である。考えれば考えるほど素敵な人に思えた。

分からない

 時は過ぎ、九月になった。文化祭が終わり、三年生が引退した。

 「可愛い!」
 瑞希が何やらスマホを覗いて言う。
 「何々?」
 弥生が覗き込むと、瑞希は弥生に画面を向けた。画面には可愛らしい雑貨店のフェイスブックのアカウントが表示されていた。
 「可愛いねー!どこのお店?」
 「あの、隣町のモールにある、#Maria__マリア__#っていうお店。新しく出来たの!」
 「あ、あの、Handmade MIKAMIがあるモール?」
 「そうそう!マリアも行ってみたいし、ミカミも久しぶりに行きたいんだけど、あそこ何気に学生多くて私一人で行く気にはなれないのよねー。」
 「あー、まあそうだよね。男の子一人で可愛い雑貨屋さんもね…。」
 そこから数秒間の不自然な沈黙。
 「…ねえ、やーちゃん、一緒に行かない?」
 おずおずと切り出す瑞希。その言葉は、弥生が無意識に望んでいたものだった。ドクン、と心臓が高鳴ったのはその証拠。
 「いいよ。」
 これは、デートか否か。瑞希はこのお出掛けをどのように捉えているのだろうか。それを聞き出す術を弥生は持ち合わせていない。

 その日の夜は落ち着かなかった。

 つむくんは、弥生のことどう思ってるんだろう。同性のお友達と同じなのかな?え、でも、それは流石にないよな。少なくとも、自分は男の子だって分かってる筈だから…。二人でお出掛けっていうこの展開で、デートって意識しない人いるのかなぁ?普通の人だったら二人でお出掛けしようって誘ってくるのは脈アリとかって言われてるけど、つむくんの場合、その辺りの概念が読めないんだよな。気にしてない…とか?あー、もうっ!もっと分かりやすい人ならいいのにっ!

 どんな答えを求めているか分からないのに悩んでも答えが出る筈もなく、出掛ける当日になった。

 <三両目の真ん中のドアから乗れば私の姿見えると思う!>
 <了解!>

 ラインが来て、指示通りのホームに並ぶ。確か、ここが三両目の真ん中のドアだ。
 「まもなく、五番線に、下り電車が参ります。この電車は四両です。危ないですので、黄色い線までお下がりください。」
 毎日のごとく聞いている注意換気のアナウンスが、何故か弥生の焦燥を掻き立てる。

 今日の服装は薄手の長袖ブラウスにカーディガンを羽織り、フレアスカートを着用してみた。変ではないだろうか。偶然、昨日母と洋服を購入したのだ。ちょうど夏物のセールをしていた。髪型はいつもと同じだ。というより、弥生はボブなので変えようがない。でも、勇気を出して、誕生日にもらったヘアピンをつけてみた。

 電車がホームに入る。激しく音程の狂ったベルが鳴り、ドアが開いた。

 「あ、やーちゃん!おはよう。」
 入ってすぐの二人がけの席から声を掛けられたため、少し驚いてしまった。
 「おはよう。」
 心拍数が上昇したのは急に声を掛けられたからか、相手が瑞希だからなのか、はたまたその両方か。
 とりあえず瑞希の隣に座ると、自然と背筋が伸びた。意識的に脚を揃えてみてから、ふと瑞希を見やると、彼の脚も揃えられていた。
 「あっ、やーちゃん、ヘアピン!」
 まさかそこに突っ込みを入れられるとは思ってもいなかったため、カァーッと羞恥が込み上げてきた。
 「あっ、うん…。」
 「私、それ見つけてね、すぐにやーちゃんっぽいなーって思ったんだよね。」
 「そうなんだ。すごくかわいくて、気に入って使ってるから…。」
 たびたび学校につけていくこともあったが、そこまで頻繁でもなかった。
 ヘアピンは、金色のアメリカピンに淡いピンクのラインストーンが三つ並べられている、シンプルなものだった。でも、シンプルなものを好む弥生は、とても可愛らしいと思った。ここまで好みをピタリと当てられる瑞希はすごいなぁ、と思ったが、よく考えてみれば毎日のごとく一緒に布を見たりしていた。
 すると、隣の車両から見覚えのある人物が移動してきた。
 「あれ、田苗じゃね?」
 「弥生ちゃん!」
 声をかけてきたのは中学のときのクラスメートだった。
 「あ、富樫さんと千田くん…。」
 確か、二人は同じ高校に進学したはずたった。彼女らが纏う制服は、いつぞや瑞希に暴言を浴びせた奴らと同じ私立高校のものだった。
 「弥生ちゃん、めっちゃ可愛いじゃん!デート?」
 何故、一番突っ込まれたくないところにこうずかずかと土足で上がり込んでくるのだろうか。
 即座に否定しようとした。だけど、言葉が出てこなくて、黙り込んでしまった。否定して、この場を終らせたい。だけど、否定したくない。
 「だから何?おまえらもデートなんだろ?」
 口を開いたのは瑞希だった。いつものなよなよしい口調ではなかった。

 おまえらも…。

 そんなこと考えている場合ではないのに、何気ない助詞が弥生を惑わす。

 「あ…なんかごめーん…。」
 ばつの悪そうな顔をして、彼女らは出て来た車両に戻っていった。

 その瞬間、瑞希がふっとため息をついた。
 「私も話そうとすれば男っぽく話せるのね。」
 その口調はいつも通りで、安心感を覚え、でも少し残念な気もした。
 「ごめんね。弥生、中学でまあまあ浮いてて、あの子達もたぶん悪ふざけとかのノリだから。」
 「いいよ。気にしてない。」
 しかし、話題が話題だった為に少し気まずくなってしまった。やはり、彼も気にしてはいたようだ。
 とはいっても数十秒の沈黙の後、彼からこんな言葉が飛出すとは誰が想像できただろうか。
 「ねえ、その、やーちゃんって、彼氏いるの?」
 「えっ?!あっ、いや、いたことないけど…。」
 「そーなんだ!」
 急にどうした。質問の意図が掴みきれない。彼にとっては他愛ない雑談に過ぎないのだろうか。それとも、恋愛について聞くのは脈ありとか言う、そういうあれなのか。もう一言繋げてくれれば何かが分かるかもしれない。それか、「それがどうしたの?」等と聞き返すのが得策かもしれない。勿論、そんな質問をしたところで、瑞希は微妙な反応しか寄越さないのは分かっていたし、そもそもそのようなことを聞く勇気も持ち合わせていない。
 それきり、その話題になることはなかった。
 「そういえば二年生の選択科目何にした?」
 「弥生は文系Bコース。世界史と音楽。」
 弥生たちが通う高校の二学年の選択科目は文系と理系の二つがあり、そこから更にコースが十六に別れていた。社会選択で、世界史、日本史、公民、地理。そして、実技特別選択、通称実特(じつとく)で、美術、音楽、家庭科、技術。社会選択と実技特別選択の中からそれぞれがひとつずつ選ぶのだ。
 「あ、私もだ!世界史わりと好きだし、文理選択はなんとなくかな。実特は家庭科でも良かったんだけどクラスメートになに言われるか分からないのよ。」
 「そうだよね。私はただただ音楽の花館__はなだて先生が好きってだけ。実特はほぼ好みだしね。社会は、まあ、消去法かな。」
 「あー、ね。花館先生人気だよねー。うちのクラスの担任と取り替えてほしい。なんで四組の副担なんかやってんだって話よね。」
 心なしか、瑞希が早口な気がする。声も若干大きい。電車のなかなので普段よりは小さいのだが、いつも電車で話すときよりは明らかに大きかった。
 「え、でもさ、文理選択合わせたら全部被る確率って三十二分の一だね、なんかすごい!」
 「あ、確かに。特に世界史は人気ないし。ほとんど日本史か地理に持ってかれちゃう。」
 「まあ日本史はね。私戦国時代嫌いなんだけど、みんなそこにもえるみたいよね。なんか嫌なのよねー、戦いに勝った奴らが力つけてく世界。」
 「もえるってファイヤー?それとも原宿?」
 「え、原宿じゃなくて秋葉原でしょ。どっちの意味も含む。しかも突っ込みどころがさすがやーちゃんって感じ。」
 「あっ、うそっ、秋葉原か。」
 最初はどことなくぎこちなかったが、ようやくいつもの感じを取り戻していた。
 よく考えれば、電車でここまで話が盛り上がるのも珍しかった。いつもは大抵瑞希が寝てしまうのだ。「私オールウェイズ睡眠不足でいつも眠いの。できれば毎日八時間は寝たいんだけど、どうしても七時間が限界でねー。」と言っていた。また、二人とも口には出していないが、中学校での同級生の目を気にしているのも確かだった。先程のようなことが頻繁に起きていれば、こちらも疲れてしまう。

 読めない。分からない。彼が考えていることが検討もつかない。少なくとも、今日の瑞希はやたらとテンションが高い。それが何故なのかが弥生の心に引っ掛かる。
 その答えが出ないまま、モールの近くの駅に着いた。

真面目に

 モールにつくと、既に十一時だった。
 「ねえねえ、混む前にご飯食べちゃわない?」
 瑞希の提案で、フードコートに向かう。時間が早いせいか、まだそれほど混んでいる様子はなかった。
 「やーちゃん、なに食べる?」
 「クレープにしようかなー。」
 「りょーかい。ちょっと待ってて。」
 「あ、え?」
 そして、瑞希はクレープ店に並び、二つのクレープを持って帰ってきた。
 「チョコ好きって言ってたよね。」
 「あ、うん。ありがと、えっと、いくらした?」
 取り敢えずお財布を取り出すと、瑞希がそれを制止した。
 「いいよ、私の奢り!」
 「え、だって、申し訳ないよ。」
 「いいの。私が誘ったんだから。」
 「…ありがとう。」
 奢られて…しまった。しかも、瑞希が持ってきたクレープは弥生のお気に入りで、このクレープ屋さんに来ると必ず注文したいるものだった。
 「これ、弥生一番好きなやつなの!」
 「それは良かった!最初の自己紹介の時にチョコ好きって言ってたじゃん?だから、何となくこれかなぁみたいな。」
 「よく覚えてたね。」
 「あー、んー、まぁ、手芸部って聞いた直後だったからねー。」
 「まあ確かに弥生もつむくんの自己紹介は手芸部って聞いたのもあって結構覚えてるかも。メロンパン好きなんだっけ。」
 「あー、そんなことも言ったなー。懐かしい。」
 「まだ半年も経ってないけどね。」
 クレープを食べながら半年も経ってない昔のことを懐かしむ。
 「そーいえば、やーちゃん、クラスの男子のお名前覚えたの?」
 「覚えてるわけないじゃん。女子だってやっとだよ。」
 弥生はクラスでは所謂陰キャであった。一緒に移動教室をし、毎日ご飯を共に食べる程度の友人は二人いたが、二人ともバレーボール部に属しており、仲良しの二人組に弥生が一人混ぜてもらったという表現が適切であろう。
 「まあ、言って私もクラスメートろくに覚えてないけどねー。週番の時は大変だったね。」
 出席番号順に二人組を組まされる週番は、瑞希と担当していた。二人ともクラスメートを把握していないため配布物を配ったり個人的な連絡をするのにはだいぶ苦労した。
 「あー、そーだったねー。そりゃクラスメート覚えてない同士で週番やらせるとかクラス運営が崩壊の一途を辿るだけだよね。でも、つむくん以外の人とやれって言われるのもまあそれはそれでなぁ。」
 先述した二人、真昼と穂花もまあまあ仲良しであると言うだけで、遊びに行ったこともなければ、心から信頼し合っているというわけでも無さそうだからだ。
 「それはあるかも。男子らは私の本名も知らないでオカマだのおネエだのって呼ぶしさ。女子からは影で女子っぽいだのなんだのって言われてるのとっくに気づいてるのよ。前から思ってたけどさ、やーちゃんはぶっちゃけ、私のこと変だって思わないの?」
 さらっと、自然すぎる流れで重い質問。声のトーンから、真面目な話題に切り替わったことを悟る。
 「思わないよ。そりゃ、最初はちょっとだけびっくりしたけど。だって、つむくんはつむくんじゃん。弥生、この間真昼ちゃんと穂花ちゃんと、つむくんの話になったの。ここだけの話ね。真昼ちゃんには、なんで仲良くするのかって聞かれたんだけど、弥生もなんでか分かんない。でも、なんか、つむくんとは仲良くしたいし、喋りたいし、ってかんじかなぁ。兎に角、弥生は全くつむくんのこと変だなって思わないし、普通に、つむくんのこと大事な友達だと思ってる…かな。」
 少しの間沈黙が屯して、その後瑞希が口を開いた。何処と無く、彼の顔は悲しげだった。
 「…ありがと。なんか、うん。」
 明るいフードコートに似つかわしくない重々しい空気。
 「あ、なんか、ごめん、私重くしちゃった。」
 「ううん!クレープ美味しかった。ご馳走さま!」
 何となく、瑞希に対して思っていたことを言えた気がした。

恋人疑似体験

 目当ての雑貨屋に着いた。可愛らしいパステルピンクの店内。Maria、というお洒落な字体の看板をくぐる。
 「可愛い~!」
 商品も、可愛らしさと大人っぽさを兼ね備えていて、弥生の好みにストライクした。
 「あ、やーちゃんこれ好きそう!」
 瑞希が差し出してきたのはくすんだパステルピンクのタオルハンカチだった。端には、金色で八分音符とハートの刺繍があしらわれていた。
 「え!すごく可愛い!しかも二百円?!買う!」
 何故か瑞希は満足そうに頬笑む。
 男性向けのものはなかったので流石に瑞希はなにも買わなかった。
 「やーちゃんはこういうの好きなんだ!」
 「うん。シンプルで、可愛らしい感じのが好きだなー。」
 「そうなんだ!いいよね、なんか、ケバケバしてないし!こないだ最寄り駅で中学の頃のクラスメート見かけたんだけど、制服着崩してて、派手なメークして、すごくだらしないっていうか、うわっ、ムリ、みたいな感じだったのよ。」
 やはり、派手な服装は男性の目から見ても痛々しいらしい。弥生も、派手な女子たちは苦手だった。彼女らは弥生に優しく接する。その優しさは腫れ物を扱うかのようなニュアンスを孕んでいた。まるで自分は青春を謳歌し、それ以外のものは可哀想な輩であるということを見せつけるかのように。
 「弥生もそういう人たち苦手だなー。なんか幼いっていうかさ。」
 「分かる。やーちゃんはそういう奴らと違って落ち着いてるからいいよね。」
 然り気無く褒められた。しかし、何と返してよいかわからなかった。
 「逆にこの間スーパーの店員さんに主婦と間違えられたけどね。弟を試食コーナーに連れてったらお母様もお召し上がり下さいって言われちゃった。」
 「まあ、大人っぽいってことだよ。多分。」
 「だといいけどね。」

 次に寄ったのは手芸店、handmade Mikamiだった。
 「あ、このハギレ可愛い!そーだ、これでくるみボタンの髪ゴム作ろう!」
 「くるみボタンか!いいね。私は…あ、ピンクッション壊れたからこの布で作ろう。」
 「いいね~。」
 淡い紫色の小ぶりのギンガムチェック。
 布、糸、ワッペン。色々なものを見て、レジへ向かう。弥生が購入したのはハギレと緑の刺繍糸、チャコペンシル。
 ここの手芸店は品揃えもよく、比較的安価なので中学生の頃はよく母と訪れていたが、高校生になってからは全く来れていなかった。駅前の佐藤ソーイングにはよく寄るのだが、定期券の区間外に頻繁に足を運ぶほどの時間もお金もなかった。
 高校生が遊びに行く場所としても、デートコースとしても組み込まれることの少ないであろう手芸店。レジの店員のおばさんが優しそうに微笑む。
 「お若いわよね?」
 「あ、高校生です。」
 丁寧に紙袋に包みながら話しかけてくる。
 「なかなかお若い人たちっていらっしゃらないのよねー。しかもカップルでいらっしゃるだなんて!」
 「あ、いえ、あのー…。」
 勘違いをされているらしかった。でも、瑞希が言葉を濁すのみで反論をしなかったため、弥生も黙っていることにした。
 「おばちゃん、特別に学生カップル割するからね。三パーセントオフ!」
 この店はチェーン店ではなく、三上さんが一人で切り盛りしていた。
 「いいんですか?」
 「いいのよ、若い人たちが手芸してるの嬉しいの。その代わり、また来てよ。」
 「はい!」
 満足そうに包みを受けとる瑞希。
 「三上さんって、いつもなんだかんだ割り引きしてくださるよね。」
 「そうだよね。弥生も、ママと行ったときは親子割してもらっちゃった。」
 「私前に一人で行ったことあって、男子割だった。」
 穏やかに会話をしながら歩く。

 帰りの電車。
 「今日思ったけどさ、私とやーちゃんって、端から見ればやっぱりそうなるのかな。」
 何のことかは言われずとも分かった。逆に、そこを深掘りするほど無神経でもない。
 「まあ、二人であるいてたしね。」
 「そういうものなのかな。」
 「多分ね。しかも世間はそういう類いのはなし大好きだし。」
 「まあね。」

 最寄り駅まで、どうでもいい話をして、別れた。
 「バイバイ。明日ね。」
 「うん。」

 本当に恋人同士みたいな一日を過ごしたため、弥生は家に帰ってからも、しばらくはドキドキしていた。

 <今日はありがとう。楽しかった。もしよかったら、また行きたいな。>
 送ってしまってから、大胆なことをしたと若干後悔する。
 <そうだね。またどこか行こう。>
 でも、三分後の返信をみて、間違っていなかったと安心した。

二つの告白

 それから状況が変わらないまま三月になった。
 クリスマスには学校帰りにイルミネーションを見に行ったりもした。それなのに、状況は前と何ら変わりない。これ以上事態が動くことはないのか。出掛けたりするのも、瑞希にとってはただの友人同士のことでしかないのか。恋愛に疎い弥生ですらやきもきし始めていた頃のことだった。
 「お腹すいたなー。ねえ、やーちゃん、何か食べて帰らない?」
 「いいよ。」
 連れてこられたのは落ち着いた雰囲気で客もまばらなカフェ。でも、清潔感があり、弥生としては好みの雰囲気だった。
 瑞希はココアを頼んだ。お腹がすいたと言っていたし、瑞希のことなのでてっきりケーキか何かを頼むと思っていた。予想外の展開に、プリンを頼もうとしていた弥生も咄嗟に頼むものを変え、結局ミルクティーにした。
 弥生達の他には一人の女性がいたが、彼女が席を立ったため、空間には弥生と、瑞希と、一人の店員のみになった。
 「やーちゃんに話そうと思ってたことがあって。」
 何を言い出すか分からない雰囲気に、バクンと心臓が嫌な音をたてた。
 「ん?」
 瑞希はココアの入ったマグカップを静かに置くと、真っ直ぐにこちらを見た。
 「もしかしたら、これ言うことでやーちゃんが私のこと嫌いになるかも知れないけど、言ってもいい?」
 「嫌いにはならないよ。」
 何を話されるのか、余計に怖くなってきた。嫌いにはならない、といった手前感情的な返答は憚られる。仮に何か反社会的なことをやらかしたという告白を受ければ叱ることも視野にいれた。転校が決まったというのなら気持ちを伝えようと決意した。何にせよ、愛の告白かも、と浮かれていた五分前の自分を呪う。
 「やーちゃんは、LGBTって知ってる?」
 「知ってる…よ?」
 深呼吸をする瑞希。
 「私、トランスジェンダーでレズビアンらしくて。伝わった?」
 嫌な汗が背中に纏わりつく。一つ一つを整理して考えれば、結論に辿り着くのは容易だった。
 「つまり、つむくんは自分は女の子だと思ってて、でも、恋愛対象も女の子ってこと?」
 「そういうこと。」
 合点が行った。女の子らしい仕草はこれに由来していたのだ。相当気にしていたと考えれば、弄られることを嫌うのも自然だ。かといって男の子らしいことを褒めても微妙な反応しか返ってこない。なるほど。
 「それでね、ここからが本題で、私、やーちゃんのこと好きなの。恋愛的な意味だよ?だから、もし、やーちゃんが今のはなしも踏まえて、それでもって言うんなら、付き合ってもらえたら、嬉しい…んだけど。」
 直ぐには返事ができなかった。だけど、単純に考えれば、瑞希が自分を男だと思っていようが女だと思っていようが、端から見れば他と何らかわりない男女カップル。そう考えれば、ノーという理由は全くなかった。
 むしろ、トランスジェンダーであることを言ってくれた瑞希に好感すら持てた。何も言わずにいればどうにかやり過ごすことが可能な案件なのにも関わらず、言ってくれたのだ。瑞希の誠実さを改めて感じた。
 「ありがとう。弥生も、つむくんのこと、好き。付き合おう。」
 瑞希は、驚いたような表情をした。
 「本当に、いいの…?」
 伺いをたてる瑞希を見ていると何故か笑みが溢れた。
 「だって、弥生はつむくんが男の子だから好きになった訳じゃなくて、つむくんそのものを好きになったんだよ。弥生は、そのままのつむくんを受け入れるよ。」
 唐突に瑞希がわっと、泣き出した。大粒の涙をぽろぽろと溢す彼は、極度の緊張状態にあったのだろうと悟る。
 「ありがとう…。やっぱり、やーちゃんはいい人だよ。」
 「何もそんなに泣かなくたって。でも、こちらこそ、本当にありがとう。今まで辛い思いしながら毎日喋ってたんだなぁって思うと、弥生もなんか…。」
 思わず泣きそうになってしまった。いや、涙を少しだけ溢してしまった。瑞希の覚悟と勇気とそれまでの苦痛は弥生には計り知れないだろう。
 「なんで、やーちゃんが泣くの?」
 「だって…。」

 一頻り泣き終えると、様子を見ていた店員さんがケーキをサービスしてくれた。チョコレートソースでハートが描かれていた。途端に恥ずかしくなってきたが、美味しかった。

「私」という男の子

「私」という男の子

高校生同士のピュアで、少し複雑な恋愛を描いた物語です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-05-11

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