秘密戦隊ゴレンジャー #5
1
山間の荒れた道。
護衛の隊員が運転するジープを先頭に、イーグル基地への物資を輸送するトラックが二台、砂ぼこりを巻き上げて走っていた。
「おかしいな」
ジープの助手席に座っていた隊員の表情が曇る。
その視線の先――
「緑色のガスが出るなんて」
「ああ」
運転席の隊員もうなずく。
地面からうっすらと立ち昇る不気味な色のガス。
と、次の瞬間、
「うっ!」
意思を持つかのようにガスがジープを包み、隊員たちは喉が焼けつきそうな苦痛に襲われた。
「なんだこれは!」
「くっ……苦しい!」
運転をあやまったジープが脇にそれ、後続のトラックがあわてて止まる。
すぐさまトラックの後部から銃を持った隊員たちが降りてきたが、同じようにガスに包まれ苦しみ始めた。
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇ……ふへぇーっへっへっへ」
かん高い笑い声と共にガスの一部が人の形を取り始める。
ガスマスクを思わせる仮面。ドイツ将校のようにきらびやかな衣装。
それはまさに『怪人』の姿だった。
「き、貴様……何奴だ!」
ジープの隊員が苦しみながらも声を張り上げる。
怪人は高らかにその名を言い放った。
「黒十字軍の毒ガス仮面だ!」
「くっ……」
ふるえる手で銃を取り出し、毒ガス仮面に向かって撃ち放つ。
銃声が谷間に響く。
しかし、仮面の怪人がゆらぐ様子はまったくなかった。
さっとその手が上がる。
崖の上に黒ずくめの全身スーツをまとった男たち――黒十字軍の兵士ゾルダーが姿を現す。その手に機関銃が構えられ、
「うわーーっ!」
「ぐおーーっ!」
容赦のない銃撃に隊員たちが次々と倒れていく。
「くそっ……」
毒ガス仮面に向かって銃を構えていた隊員が、せめて一矢を報いようと最後の力で銃爪を引く。
響く銃声。しかし、結果は変わらなかった。
「死ね」
毒ガス仮面の右腕が水平にかかげられる。腕に取りつけられていた小型ミサイルが瀕死の隊員たちを目がけて、
「うわーーーーーーっ!」
爆炎が上がる。抵抗を続けていた隊員たちは完全に沈黙した。
「ホイーーッ!」
「ホイホイーーッ!」
奇声をあげながらゾルダーたちが隊員の生死を確認していく。そして、そのまま乗り手を失ったトラックに搭乗する。
「我々も工場を建設中だ! 資材はもらっていく!」
毒ガス仮面が高らかに宣言し、彼らを乗せたトラックは本来の目的地とは異なる場所を目指して走り出した。
と――
その光景を高台から見下ろす二つの影があった。
「毒ガス仮面め……!」
それは、黒十字軍襲撃の情報をつかみつつも、間一髪のところで間に合うことができなかった海城剛(かいじょう・つよし)と明日香健二(あすか・けんじ)だった。
「奪い返してやる。来い、明日香」
「よーし」
二人はまたがっていた戦闘用バイク・ゴレンジャーマシーンのアクセルを回した。
2
山道を疾走する二台のトラック。
その後ろに、剛と健二はぴったりとつけた。
「行くぞ」
「おーし!」
そんな追跡者の存在に、トラックに乗る毒ガス仮面も気づいていた。
「ゴレンジャーめ。よーし、俺の力を見せてやる」
トラックとそれを追うバイクがトンネルを通過する。
「!」
剛と健二がバイクを止める。
前方を走っていた二台のトラックがなんとその姿を消していたのだ。
「おかしいな」
「バックしたんじゃ」
「そんなはずはない」
そこに、
「にぃやっはっはっはっは……」
はっと顔をあげる剛と健二。
「ゴレンジャー諸君」
「毒ガス仮面……!」
トンネル入口の上から二人を見下ろす怪人の姿に、健二の表情がゆがむ。
毒ガス仮面は――仇だ。
彼がかつて所属していたイーグル関西支部の仲間たちの命を奪ったのは、この不気味な仮面の怪人だった。
そして、そのとき自分は……何もすることができなかった。
「くらえ!」
毒ガス仮面の腕からミサイルが放たれる。
かろうじてそれを避ける剛と健二。ミサイルの直撃した道路から爆炎が上がる。
「明日香! 転換しろ!」
「おう!」
共に跳躍する二人。
「ゴー!」
二人の姿が空中で変幻する。剛は赤い姿の戦士となり、健二は緑色の戦士となる。
二色の戦士は、毒ガス仮面をはさみこむように着地した。
「ミドレンジャー!」
「アカレンジャー!」
名乗りを上げる二人。
「レッドビュート!」
アカレンジャーの仮面から分離・変形した鞭が毒ガス仮面を襲う。
「ぐあっ!」
右腕にからみつく鞭。逃れようとする毒ガス仮面だったが、アカレンジャーはそれを許さない。
「おのれぇ……!」
「ミド! とどめだ!」
アカレンジャーの声に応え、
「ミドメラン!」
巨大なブーメランが毒ガス仮面を目がけて放たれる。
「!?」
命中したと思った瞬間、爆煙と共に毒ガス仮面の姿が消えうせた。
獲物を失い手元に戻ってきた鞭を見て動揺するアカレンジャー。しかし、ミドレンジャーは敵の動きをとらえていた。
「やつはトンネルだ!」
「オーケー!」
× × ×
「!」
トンネルに入った二人を待ち受けていたのは、壁から噴出される緑色のガスだった。
「くっ……」
「ごほっ、ごほっ……」
ミドレンジャーの膝が折れ、とっさにアカレンジャーが支える。
と、ガスの向こうに毒ガス仮面の姿が現れた。アカレンジャーはすぐさま鞭を手に挑みかかる。
「ひゃっひゃっひゃっ……」
かん高い笑い声と共に、ガスにとけこむようにして姿を消す毒ガス仮面。
一方、ミドレンジャーはたちこめるガスのためにアカレンジャーの姿を見失っていた。
「アカ……」
そんなミドの背後に毒ガス仮面が立つ。
「ふっふっふ……」
「!」
笑い声に気づきふり返るミド。その顔に容赦ない拳の一撃が見舞われる。
「ぐあっ!」
「ミド!」
倒れこんだミドに駆け寄るアカ。
「レッドビュート!」
鞭が当たる寸前、毒ガス仮面は再び姿を消した。
「ひぇっひぇっひぇっひぇっ……」
へらへらとした笑い声がトンネルにこだまする。
「また会おう! ひぇーっひぇっひぇっひぇっ……」
とっさにトンネルの外に出るアカ。しかし、すでに怪人の気配は完全に消え失せてしまっていた。
× × ×
噴煙のたちこめる渓谷。
岩壁に偽装された入口が開き、資材を積んだトラックは地下へ向かい進んでいった。
× × ×
地下秘密基地――
立ち並ぶ機械の間を悠然と進む毒ガス仮面。
ある一室に入った彼は、中央に置かれた寝台に身体を横たえた。そんな彼の周りを白衣の男たちが囲み、身体にシーツがかけられる。
「手術開始」
「はい」
責任者らしき男の言葉に他の者たちがうなずく。
「では始めます」
「よーし」
毒ガス仮面の了承を得ると、男たちは手早く仮面の頭頂部を開いた。そこに埋めこまれた無数の機械の中に工具を差しこむ。
取り出されたのは、謎の装置だった。
「アカレンジャーの鞭が首にくいこみ危ないところだったぞ」
「申しわけありません。不死身回路がまだ不完全なのでありましょう」
手にした『回路』に目を落とし、責任者の男が言う。
「ガスのように蒸発できる回線にしろ。そうすれば天下無敵」
自身の手術が進む中、毒ガス仮面は憎々しげにつぶやいた。
「ゴレンジャーめ……いまに見ろ!」
3
「彼奴らは今度もパイプ類を狙った。どうやらガス工場を作るらしい」
「ガス工場?」
ゴレンジャールーム。
総司令・江戸川権八(えどがわ・ごんぱち)の言葉に剛が疑問の声をもらす。
江戸川はうなずき、
「殺人毒ガス工場だ」
その場にいる者たちの表情が変わる。
「恐ろしいことだわ……」
青ざめた顔でペギー葉山(はやま)がつぶやく。
「早く見つけ出してつぶさなくちゃ!」
「まずその工場を探り出すことが先決だ」
「その役目、僕がやります!」
頭に包帯を巻いた健二が声を張る。
「おーっと、坊や。無理はしないことだな」
「……!」
健二は隣にいた新命明(しんめい・あきら)をにらみ、
「毒ガス仮面を倒したいんだ!」
そして江戸川に、
「お願いします!」
気持ちをたかぶらせる健二に、江戸川は冷静な口調で、
「ゴレンジャーの任務は復讐を果たすことではない。黒十字軍の陰謀を暴き、犠牲になった人たちを無事救出することだ。無駄な戦いは避けろ」
健二は納得しきれないという顔ながら、それでも口を閉じた。
× × ×
繁華街。
多くの人が行きかう交差点を、黒い帽子とマントで全身を覆い隠した不審な人物が歩いていた。
一時間後――
人気のない路地を行くパトカーの前に、その謎の人物が立ちはだかった。
とっさにブレーキを踏むパトカー。
と、マントの人物は人間離れした跳躍を見せた。
「ふへぇーっへっへっへっへっへっ……」
地面に落ちたマントが、むっくりとふくれあがる。
そこに現れたのは毒ガス仮面だった。
「化け物め!」
パトカーから降りた警官が拳銃を撃ち放つ。
毒ガス仮面の身体に開く風穴。しかし、怪人はわずかなゆらぎも見せず、
「死ね」
放たれたミサイルが警官の腹に突き立った。
「不死身回路は完璧だ! さあ、出てこい! ゴレンジャー!」
× × ×
「ミド! 待て!」
ゴレンジャールームを出ようとした健二の腕を江戸川がつかんだ。警官が毒ガス仮面に殺害されたという報告を受けた直後だった。
「やつの目的は我々ゴレンジャーなんですよ! 戦うなと言うんですか!」
「この作戦に関わってはいかん」
「じゃあ、尾行してやつのアジトを!」
「それならすでにつけてある」
× × ×
イーグル諜報部員・林友子(はやし・ともこ)が、同じく諜報部員の中村春子(なかむら・はるこ)をうながした。
「行こう」
と、はっとなり、建物の影に身を隠す。
彼女たちの見つめる先――現れたのは帽子とマントで身を包んだ毒ガス仮面だった。
「出てこないなら、こっちから捜し出してやる」
そうつぶやき歩き出す毒ガス仮面。
その後ろ姿を見やり、
「いいわね」
「うん」
二人もまた怪人を尾行して歩き始めた。
繁華街を行く毒ガス仮面と友子たち。と、ほんのわずか、人ごみの中に毒ガス仮面の姿が消えた直後だった。
「!?」
突如として怪人の姿を見失った二人は、あわててその場から走り出す。
「まかれたのよ……」
友子はすぐさま、
「春子、向こう探して!」
そして自分も反対へ駆け出そうする。
そのとき、背後から彼女の肩に手が置かれた。
「!」
ふり返った友子が見たのは、ガスマスクを思わせる不気味な仮面だった。
× × ×
「きゃあっ」
廃工場の床に倒れこむ友子。
毒ガス仮面はそんな彼女を見下ろし、
「ゴレンジャーのアジトはどこだ。言え」
とっさに立ち上がり逃げようとする友子だったが、ゾルダーたちが素早く逃げ道をふさいだ。
「知らないわ!」
「おいおい、イーグルのスパイだろ。知らないはずはない」
ゾルダーたちに、
「やれ」
長剣を手に友子に襲いかかるゾルダー。しかし、イーグルの一員として友子も格闘訓練は受けている。
「ホイッ!」
「ホイッホイッ!」
「たあっ! えいっ!」
三体のゾルダーを相手に互角以上の立ち回りを友子はくり広げる。
しかし、
「くっ!」
柱の陰から伸びてきた毒ガス仮面の手が友子の首をつかんだ。
「さあ言え。言わないか」
「苦しい……!」
友子を床に投げ出す毒ガス仮面。その上から容赦なく軍靴で踏みつける。
「しぶといやつだ」
と、こちらに向かって駆けてくる足音が響いた。
「邪魔が入った」
陽炎のように毒ガス仮面の姿が消える。
そこにやってきたのは、外で別れた春子だった。
「友子、どうしたの!」
「毒ガス仮面にやられたの……」
× × ×
スナックゴン――
「大岩さんたち、どうして来ないんだろう、今日は」
「知らないわ」
カウンターに座る弟の太郎の問いかけに、加藤葉子(かとう・ようこ)は首をふった。
「なぞなぞできないなんて、つまんないの」
そこに、
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい」
無言のまま、黒い帽子にマントの男が店に入ってきた。
注文を聞くため葉子が近づく。
「……いらっしゃいませ」
その表情にかすかに緊張がにじむ。友子たちと同じようにイーグルの一員である彼女は目の前にいる男の正体が毒ガス仮面だということを知っていた。
「ご注文は?」
「ガス……いや、カレー」
「……はい」
カウンターの奥にいる料理人姿のマスター――江戸川に向かい、
「カレー」
「はいよ」
二人は目で合図を交わし合う。
と、そこに、
「からだの中にガスをいっぱい吸いこんで大空に浮いているおばけなーんだ」
「っ……」
葉子は驚いて太郎を奥へ連れて行こうとする。
しかし、
「おじさん、知ってる?」
「そりゃあ『気球』……じゃねえか?」
「ご名答! ……あれ?」
目を丸くする太郎。うつむいた黒マント男の身体からなんと白いガスが立ち昇り始めたのだ。
「煙が出てるよ、おじさん!」
「煙じゃねえ。ガスだ」
そのやりとりに思わず苦笑する江戸川。
と、男が席を立ち、カウンターの江戸川に近づいてきた。
「おい。こういう男、知らんか」
「えっ」
差し出されたのは剛の写真だった。
「さあ……見かけねえ顔だねえ」
「どれどれ」
太郎が横から写真を見ようとする。
「あっ、太郎、あのね」
葉子はまたもあわてて、
「食べるためにあるのに絶対食べられないもの知ってる?」
「簡単だい! お箸!」
「さっすがぁ!」
弟の頭をなでながら男の様子をうかがう葉子。
「……あばよ」
「お、おい」
店を去っていく男によそったばかりのカレーをかかげる江戸川だったが、扉が閉まった瞬間、葉子と安堵の笑みをかわした。
しかし、すぐにまた険しい表情に戻る。
「うーむ……」
と、はっとなり、
「あっ、そうだ」
× × ×
料理人姿にカレーを手にしたまま江戸川が向かったのは、剛たちのいるゴレンジャールームだった。
大岩大太(おおいわ・だいた)が目を丸くし、
「あれ、マスター? おいどん、カレー、頼んだかの?」
大太にカレーを渡すと江戸川は剛を見て、
「来たんだよ、毒ガス仮面が」
「毒ガス仮面?」
「うむ」
その脇を通り、モニターのスイッチを押す。
映し出されたのは、ゴレンジャールームを探してなおも繁華街を行く毒ガス仮面の後ろ姿だった。
「やっつけてやる……毒ガス仮面!」
「ミド!」
江戸川が止める間もなく、健二は飛び出していった。
× × ×
黒マントの男を追う健二。
追跡に気づいたのか、男がかすかに振り返るそぶりを見せる。
あわてて路地に身を隠す健二だったが、
「!」
戻ると、男はすでに離れた大通りを歩いていた。
「あんなところに……!」
あわてて走る健二だったが、人通りのないビル街の狭間に入ったところで完全に相手を見失ってしまう。
「あいつ……どこへ消えやがった」
そこに、
「ふへぇーっへっへっへ……」
健二にとって決して忘れることのできない笑い声が建物の間に響く。
「私に用かね、明日香健二」
高所に姿を現した毒ガス仮面は健二を指さして言った。
「ミドレンジャー」
健二は毒ガス仮面を指さし返し、
「貴様は俺の部隊を全滅させた! 仇を討つ!」
「討てるかな、小僧に」
「ぬかしたな!」
健二は高々と跳躍した。
「ミドレンジャー!」
空中で転換し、華麗に降り立つ。
「行くぞ!」
毒ガス仮面を目がけてジャンプするミド。迎え撃つように毒ガス仮面も跳び上がる。
「てやーっ!」
「とーっ!」
空中で交差する二人。
着地するなり、毒ガス仮面は抜き放ったサーベルで斬りかかった。
ミドは俊敏な体裁きでこれをかわす。
「ひっひっひ……」
逃がさないというように毒ガス仮面が迫る。
「よぉし……」
ミドは仮面から巨大ブーメランを分離させ、力強く投げ放った。
「ミドメラン!」
しかし、毒ガス仮面の姿は消え、背後にあった彫像が爆炎と共に真っ二つになる。
ミドは驚いてその姿を探す。
と、空を舞う金色のマントが視界に入った。
地面に落ちたマントから、毒ガス仮面がその身体を持ち上がらせた。
「ひへぇーっへっへっへ……」
再びミドメランを投げる。だが、またも同じように怪人は消え、その背後にあった樹木が断ち切られる。
直後、ミドの背後に現れた毒ガス仮面がミサイルを放った。
「死ね」
「!」
不意をつかれた攻撃にミドは対応しきれず、
「ぐあーっ!」
爆炎が上がる。
まともにミサイルをくらったミドはそれでも立ち続けていたが、
「ぐぁっ……ぐっ……」
ふらふらと膝が崩れ、うつぶせに倒れこんだ。
「負けてたまるか……」
それでも執念で伸ばしたミドの手を毒ガス仮面が蹴り払う。そして、後方に控えていたゾルダーたちに言い放った。
「つれていけ!」
4
「ぐ……ぐぐ……!」
電流を放つ拷問機械に拘束されたミドレンジャーは、身体を焼け焦がされる苦しみに身もだえていた。
「仲間を呼べ! 俺が始末する!」
声を張る毒ガス仮面に、ミドは弱々しいながらも首をふる。
「死んでも言うものか……」
「強情なやつめ。電圧をアップしろ」
機器を操作していたゾルダーがその言葉にうなずく。
「う……ぐああああああっ!」
満足げな毒ガス仮面。
と、そこに白衣の男たちが入ってきた。
「不死身回路交換の時刻が参りました」
「よし」
男たちにうなずくと、
「もっといじめるんだ!」
ゾルダーにそう言い残し、毒ガス仮面は隣室に移った。
「ぐっ……ぐうううう……」
電流にうめきながら、ミドは手術台に横たわった毒ガス仮面の頭部に何かの機械が埋めこまれるのを目撃した。
(あれが不死身回路……)
やがて作業を終えた白衣の男が口を開いた。
「よし。最後の不死身回路の交換手術です。これでボスの不死身回路はチェンジ不要です」
「うむ。ご苦労」
寝台から起き上がる毒ガス仮面。
そのとき、ミドが声を張り上げた。
「仲間を呼ぶ! 運転を中止しろ」
「やっと仲間を呼ぶ気になったか。電圧を下げろ」
毒ガス仮面の指示に従い、ゾルダーが機器を操作する。
そして、ミドに向かって通信機を突き出す。
「『硫黄谷に来い』――それだけ言え。よけいなことは言うな!」
「……手を自由にしろ」
ゾルダーがミドの手枷をはずす。それでも身体はまだ拷問機械に拘束されたままだ。
ミドは通信機を受け取り、
「こちら、ミド……」
× × ×
ゴレンジャールームに緊急通信を知らせるアラームが鳴り響く。
通信を受け取ったペギーが表情を硬くする。
「ミドからの連絡よ……」
すかさず彼女からヘッドホンを取る剛。
『硫黄谷……』
「硫黄谷!?」
『硫黄谷の地底に毒ガス工場があるんだ!』
× × ×
「やめろ!」
ゾルダーがあわててミドから通信機を奪い取ろうとする。
「地底のガスを毒ガスに変える工場だ! つぶさなければ大変なことになるぞ!」
「よけいなことをしゃべるな!」
× × ×
「ミド! ミド!」
剛が呼びかけるが返事はなかった。
明が部屋を出る。剛、ペギー、大太も互いにうなずき合う。
「よし行こう!」
「はいな!」
× × ×
秘密戦隊の空の要塞バリブルーンが飛び立った。
操縦するのは、神命明が転換した青の戦士・アオレンジャーだ。
硫黄谷に到着した彼らは、すぐさまゴレンジャーマシーンに乗って敵基地があるとおぼしき場所に向かった。
× × ×
「とうとう参ったな。ひへぇーっへっへっへ……」
拷問機械による電撃でぐったりとなったミドレンジャーを見て、毒ガス仮面が高笑いをあげる。
と、傍らのゾルダーから、
「ゴレンジャーが現れました!」
「なに、ゴレンジャーが!?」
× × ×
アカレンジャーがゴレンジャーマシーンを止める。
「ミド!」
もうもうと白煙が湧く谷間。
そこに無残に張りつけにされていたのはミドレンジャーだった。
「ミドレンジャー!」
「待て」
飛び出そうとしたモモレンジャーをアカが止める。
キレンジャーに、
「ガスを調べろ」
「はいな。まかしときんしゃい」
持参してきた検査機器を地面からうっすら立ち昇る白煙に向ける。
「自然なガスじゃ。心配なか」
「よし」
張りつけ台に駆け寄ったアカが呼びかける。
「ミド!」
反応はない。
その胸に耳を当てたモモが声を震わせる。
「心臓が停止してるわ……!」
「そりゃ大変じゃ!」
「すぐチャージだ」
アオレンジャーの言葉にうなずき、
「ゴレンジャーチャージだ!」
アカの号令一下、左手をそれぞれ隣の肩に乗せ、残った右手をミドに向ける。
「ゴレンジャーチャージ!」
特殊スーツのエネルギーがミドに注がれる。心臓停止してまだ間がなければ、これで生命力を活性化させることができるはずだ。
「……!」
ミドの身体が動いた。
「ふんっ! でやあっ!」
パワーを充填されたミドはあふれる力のまま自分を拘束していた荒縄を引きちぎった。
復活したミドにアカが近づく。
「工場の入口は?」
「ガス工場の入口はあそこだ!」
岩壁に偽装された秘密の入口を指さす。
走る一同。
と、入口を見下ろす高台の上に、
「毒ガス仮面!」
大勢のゾルダーを左右に従えた毒ガス仮面が現れる。
「おまえたちが噂の五人か」
その言葉に、
「アカレンジャー!」
「キレンジャー!」
「モモレンジャー!」
「ミドレンジャー!」
「アオレンジャー!」
「五人そろって……」
五つの声が重なる。
「ゴレンジャー!」
負けじと毒ガス仮面も声を張る。
「ゆけ!」
ゾルダーたちが坂を駆け下りていく。
「レッドビュート!」
アカの鞭が次々とゾルダーたちを打ちすえる。ミド、モモ、アオも華麗な立ち回りを見せる。
キは力まかせに、
「おいば阿蘇山たい! 怒ればでっかい噴火山たーーい!」
ゾルダーたちの頭をぶつけ合わせ、肩にかつぎあげ投げ飛ばす。
それでもひるむことなく襲ってくるゾルダーたちに、
「ちょっと待った!」
突然のことに驚いて動きを止めるゾルダー。
その顔面に強烈なパンチをくらわせ、背後のゾルダーたちごと吹き飛ばす。
「たあっ!」
毒ガス仮面が不意をついてキに襲いかかる。
「しもうた!」
バランスを崩して崖から足を踏みはずすキ。そのまま急な斜面を転がり落ちる。
「ひへぇーっへっへっへ……」
「キレンジャー、大丈夫か!?」
「キレンジャー、大丈夫!?」
仲間たちが駆け寄る。
「ああ。ちょっと油断してしもうた」
そこへ毒ガス仮面が飛び降り、
「おのれ、ゴレンジャー! 毒ガス噴射、開始!」
基地に設置された機械が作動する。
緑色のガスが地上に噴出し、ゴレンジャーたちを襲う。
「毒ガスだ!」
アカの声にあわてて後ろに下がる一同。
「地の底からは無限のガスが噴出する。我々はその自然ガスを毒ガスに変える装置を発明したのだ」
毒ガス仮面が高らかに言う。
「思う存分吸え。毒ガスは無限にわくぞ。ひへぇーっへっへっへ……」
「悪魔め……」
苦々しげにつぶやいたアオが自分の仮面に手を当てる。仮面から分離・変形した弓矢を怪人に向かって撃ち放つ。
「ブルーチェリー!」
しかし、これまでと同じように命中したと思った瞬間、
「消えた……!」
「ひへぇーっへっへっへ……」
笑い声と共に、ゴレンジャーたちの背後に出現する毒ガス仮面。
と、ミドが前に出る。
「ミドメラン!」
ブーメランを投げ放つ。しかし、
「また消えた……!」
そして、怪人は再び離れた場所に姿を見せる。
「ひへぇーっへっへっへ……」
「私が!」
モモがイヤリングを手にする。
「いいわね? 行くわよ!」
投げられたイヤリングが地面で爆発する。
しかし、またも毒ガス仮面は消え、
「ああっ!」
爆風を受けて舞い上がったマント。それが地面に落ちたとき、そこにまたしても無傷な毒ガス仮面が現れる。
「私は不死身だ。おまえたちは毒ガスで死ぬ」
五人をいたぶるように、じわじわと周囲のガスの濃度が上がっていく。
「くっ……」
息苦しさにのどを押さえるミド。
――と、基地内で見た光景を思い出す。
(そうだ! 不死身回路はあの後頭部に……)
そして、
「たーーっ!」
するどい跳躍を見せ、毒ガス仮面と対峙する。
「行くぞ!」
「おのれぇ……やられてたまるか!」
ミドは再びミドメランを手にする。
「何度やっても同じだ!」
「そんなことはないぞ! てやあっ!」
またも見せるあざやかな跳躍。攻撃してくるものと思っていた毒ガス仮面は意表を突かれる。
「ど……どこだ!? どこ行った!」
「ここだ!」
言うなり、ミドはさらなる跳躍を見せる。
たびかさなるジャンプに毒ガス仮面はかく乱される。
「素早いやつめ……!」
こちらの位置を完全に見失ったと確信したミドは、
「……行くぞ」
小さくつぶやき、
「ミドメラン!」
放たれたミドメランは見事に毒ガス仮面の後頭部を直撃した。
「ぐあっ!」
怪人の仮面から白煙が上がる。
「しまった! 不死身回路がやられた……くそっ!」
ためらうことなく毒ガス仮面は逃走に入った。
「ミド! いまだ!」
「おう!」
アカの声を受け、横一列に並ぶ五人。
「五人そろって……ゴレンジャー!」
あたふたと逃げまどう毒ガス仮面に、
「ゴレンジャーストームだ」
「おう!」
モモがバレーボール型爆弾を取り出す。
「いいわね、行くわよ! ゴレンジャーストーム!」
モモが蹴ったボールをキがヘディングする。
「まかせんしゃい! ミド!」
飛んできたボールをミドが蹴り飛ばす。
「オーケー! アオ!」
やってきたボールをアオが、
「アカ!」
最後にアカへ目がけて、
「てやあっ!」
渡されたボールをアカが蹴りつける。
「フィニッシュ!」
五人の力を乗せたボールは、
「ぎゃああああーーーーーーっ!」
上がる爆炎。毒ガス怪人はその炎の中に飲みこまれた。
× × ×
そのとき――
「ゴレンジャーを工場へ誘いこめ。工場ごと爆破しろ」
黒十字軍の支配者・黒十字総統より非情の命令が下された。
× × ×
「おかしいな。ゾルダーの姿がない」
毒ガス工場の中に入ったゴレンジャーたちだったが、抵抗がまったくないことにアカが不審の声をもらす。
と、奥の一室から時計の音が聞こえてくるのに気づき、あわててそこに踏みこんだ。
「時限爆弾だ!」
「しまった!」
「爆発するぞ!」
五人が身をひるがえすのと、工場の各所で爆炎があがったのはほぼ同時だった。
「うわーっ!」
「ぐわーっ!」
取り残された数人の作業員が崩落に巻きこまれる。
「大丈夫か!」
「しっかりしてくんしゃい!」
キが倒れた作業員を肩にかつぎ上げる。
「運び出すんじゃ!」
× × ×
「しっかりしてくんしゃい」
「しっかりするのよ」
「さあ」
負傷した作業員たちをバリブルーンに収容する。
工場全体が完全に爆炎に飲みこまれたのは、バリブルーンが飛び立った直後だった。
× × ×
「やった!」
「調子に乗るんじゃないの」
ゴレンジャールーム。
無事生還を果たし、あらためて勝利の笑みをもらした健二の頭をペギーが叩いた。周りから笑いがこぼれる。
「だけどもう負けたと思ったわ、ガスにやられたときは」
剛もうなずき、
「そう。明日香がいなけりゃ、いまごろは地獄の三丁目だ」
「ああ。まあ、今回は立派だったぜ。ええ、坊や?」
そう言って明は健二に笑みを向けた。
そこに江戸川が、
「ゴレンジャーは五つの力が一つになって初めて勝利を得ることができる」
肩を叩かれ、健二が真剣な顔でうなずく。
「どれ一つが欠けてもだめなんだ」
重々しくそう言ったあと、険しい顔が一転やわらかな笑顔を見せ、
「しかし、まあ、よくやってくれたよ。ごくろうさん」
五人にも笑みが浮かぶ。
と、大太が江戸川に、
「腹ペコたい。カレー出前してくれんかの」
「まあ」
あきれるペギー。
江戸川は表情を険しくし、
「コラ! 総司令に向かって何という口の利き方をするんだ」
「ばってん、さっきは出前したばい。のう」
同意を求められ、明が苦笑する。
「ゴンのマスターは仮の姿。本職がこれなんだ。よく覚えとけ!」
「あの、あんまりお怒りになりますと血圧のほうが。総司令殿」
明の言葉に目を剥く江戸川。
ゴレンジャールームに大きな笑い声がはじけた。
× × ×
毒ガス仮面の恐怖の毒ガス作戦も、ゴレンジャーたちの硬いスクラムの前にくだかれてしまった。
五つの力を一つに集め、世界を守れ――
ゴレンジャー!!!
秘密戦隊ゴレンジャー #5