かけがえのない存在
遠い遠い、不思議な世界のお話です。
波打つたびに小さなシャボン玉がたくさん生まれる虹色の海があって。
雨が降るたびに木の色が変わる不思議な森があって。
風が吹くたびシャラシャラと音の鳴る草原があって。
その不思議な世界のすみっこに、チャルフという男の子とリンという女の子が住んでいました。
チャルフは茶色の毛並みで元気いっぱいで、オオカミのような姿。
瞳は太陽のように金色に輝いています。
リンは真っ白な毛並みでやさしく、シカのような姿。
瞳は月のように静かに青い光をたたえています。
ふたりは小さいときから家が隣同士で、いつもいっしょ。
チャルフはリンのことが大好き。
いつもリンのことを考えていました。
今日、チャルフはリンが大好きな花を摘んで来ることにしました。
すこし遠い、音の鳴る草原にひとりで出掛けて行きます。
シャララン♪シャララン♪と足元の草が音を立てています。
チャルフの足取りも軽やかです。
「確かこの辺りだ。」
チャルフは鼻を効かせて、フワリラの花を探します。
色はピンクや白で、八重咲きの甘い香りがする美しい花です。
花言葉は『かけがえのない存在』。
リンと夢の中でも会いたいくらい好きなのです。
その頃、リンはというと。
「チャルフ。朝ごはんできてるよ~?出ておいで!」
チャルフを探して家やその周りを走り回っていたのでした。
チャルフは必死でした。
今日こそフワリラの花でブーケを作って、リンにプロポーズをしたかったのです。
「とにかく100輪集めよう。早く集めないと、夕方になっちゃうぞ。」
40輪ほど集めた頃、お日様は空のいちばん高いところでチャルフを見つめていました。
なかなかチャルフが戻ってこないので、リンは心配になってきてしまいました。
「どこいっちゃったのかなぁ…お魚でも釣りに行ったのかな?それとも、森で木の実をとってるのかな?」
たまらなくなって、近くにある森へ駆けて行きます。
ポツポツと雨が降ってきて、森の色はすこしずつ移り変わって行きます。
チャルフの瞳のように金色に輝いたり、リンの毛並みのように真っ白にお化粧をしたり。
いつもチャルフが気に入って寝そべっている切り株のところまで来たけれど、チャルフの姿はありません。
「チャルフ?どこいったの??」
いつもなら、リンが呼ぶとうれしそうにしっぽを振り回して駆け寄って来るのに。
お日様が傾いて、赤く燃えて来る頃。
「まずいな、99本しかない…。」
チャルフはまだフワリラの花を探しています。
「そうだ、あの辺りに生えてないかな…?」
草原の外へ走り出して行きました。
シャララン♪と音を鳴らしながら、リンが草原へ足を踏み入れて、いつもの甘い匂いがないことに気がつきます。
「あれ?フワリラの香りがしない…?」
ご飯も食べずにチャルフを探しているリンはお腹が空いています。
「フワリラ食べたいなぁ…。」
なんとなくフワリラの花の香りがする方へ、音を鳴らしながら歩いて行きます。
お日様が眠りについた頃、チャルフは虹色の海にいました。
虹色の泡の中、1本のフワリラを見つけたチャルフはよろこびでいっぱい。
「これでリンは僕のお嫁さんになってくれるかな…?頑張るぞ!」
そんなチャルフの耳に自分の名を呼ぶ愛おしい声と、その声の主の足音が入って来ます。
「チャルフ!どこいってたの?!」
「リン!」
ふたりはお互いを抱きしめようとしましたが、間に何かが挟まって抱きしめあえません。
不思議に思ったリンは、香りで気付きます。
「フワリラ…すごい!こんなにいっぱい!!」
「100輪のフワリラを、リンのために集めたんだ。」
「え、私のため…?どうして?」
「そ、それは…ごほん。いいかい、リン。僕の話を聞いてくれる?」
「構わないけど…手短にしてね?私、お腹空いてて…そのフワリラの花を食べたいわ。あーん…」
「わかった!わかったからまだ食べないで!」
チャルフは深呼吸をして…
「…リン。僕と結婚してほしい!」
思い切って思いの丈を伝えます。
「チャルフ…うれしいわ。待ってたわ、その言葉を!もういいわよね、いただきます!むしゃむしゃ…」
リンはたまらずフワリラの花を食べ始めます。
チャルフが朝から晩までかけて苦労して集めたものを、リンは3分もしないうちに平らげてしまいました。
チャルフは呆然とそれを眺めています。
「ごちそうさま、チャルフ!」
すごくうれしそうな顔でお礼を言うリンを見ていると、なんだかどうでもよくなってしまいました。
「うん。リンがうれしいならよかった。また摘んでくるよ。」
「またいなくなっちゃうの?そんなのいやよ。」
リンの細い脚がチャルフのがっしりした体を抱きしめます。
そして、柔らかな感触がチャルフのおでこに。
「リン…?」
「大好きよ、チャルフ。結婚しましょ。」
「わわ、リンにキスされちゃった!」
「ね、結婚してくれるんでしょ?」
チャルフは真夏の太陽のような色の瞳を輝かせて、
「絶対にしあわせにするよ。」
とリンの耳元でささやいたのでした。
かけがえのない存在