木蓮病

庭に木蓮が咲きました。白い白い木蓮です。
わたしはベランダというか、縁側の様なところに腰かけて可愛らしい花をみつめていました。

いつまでもいつまでも見つめています。そうしたら、そのうち木蓮の花が人間の手のように見えてきたのです。
白くて、華奢で、指が長い…まるであの人の左手のように見えてきます。
冷たくて血も通わない花弁と温かい血がめぐるあの左手が交差して、ぴたりと重なりました。ちっとも似てるはずなんてないのに、とても綺麗に。

無意識に手を伸ばしましたが、届きません。いくら飛び跳ねても届きません。

わたしは部屋に戻って、脚立と小さな箱を持ってきました。不安定な脚立の上に立って、一番綺麗な花をぷちんと千切ります。
あなたの左手をもぎ取ったようで、少し罪悪感に駆られました。
それから、脚立に乗ったままもいだ花の一つに箱から出した古い指輪をはめます。少し丸まってしまいましたが、きちんとはまりました。
何故かわたしは嬉しくなって、その左手をうっとりと眺めていました。そうしたら、ぐらりと視界が傾いて、


あっ。


放り投げ出されたわたしは鈍い痛みに目をうっすらと開きます。顔の横には愛おしい人の左手が落ちていて、指輪も抜けて傍に落ちていました。
土にまみれたその左手を見ていると、思い出したくないことが次々と蘇ってきて、色鮮やかに息を吹き返しそうで、わたしはこわくなりました。

似ていたって、ただの花なのに。指輪をはめても、あなたじゃないのに。なんてたちの悪い病なのだろうと嫌になります。

わたしの好きな人の左手によく似た花は、白い空を背景に同化してわたしを見下ろしていました。風が吹いて、ざわざわとゆれて、手を振るように見下ろしています。
わたしはいつまでも庭に寝そべったまま、さめざめと泣きました。
なのに遺影のなかのあなたはとても穏やかに笑っているので、自虐のつもりで「わたしはあたまがおかしい」と呟きました。

木蓮病

木蓮病

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-11

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