人間以上
SF、幻想系小説です。縦書きでお読みください。
ロボットは椅子に腰掛けると、ちょっと離れた作業場にいる製作者の彼のほうに顔を向けた。
テーブルの上には、チェコから買って来たカットグラスのワイングラスが二つと、赤紫でとろりとした葡萄酒が特製のデキャンターに入れられて置かれている。
「よろしいでしょうか」
透きとおった、遠慮がちな女性の声がロボットの口から洩れた。
彼はその声を聞いて思わず微笑んだ。
「もちろんです、僕も一緒にいただきたいのだが」
製作者らしからぬ、丁寧な口調で立ち上がった。
ロボットも微笑んで頷いた。
彼は電子ゴテのスイッチを切ると、隣の部屋に行き、あわてて汚れた作業服を脱ぐと、糊の利いた白いワイシャツをつけ、ネクタイを着けると、ズボンを取り替えてガウンを羽織った。
ロボットは彼が戻るまで待っていた。
彼がテーブルの前に腰掛けると、ロボットが立ち上がり、デキャンターの蓋を取ろうとしたので、彼が押しとどめた。
「僕の役目だから」
それを聞いたロボットは、また優雅にテーブルに腰掛けた。
彼はロボットの前に置かれたグラスに、デキャンターから葡萄酒を注いだ。自分のグラスにも入れると椅子に座った。
ロボットがワイングラスを持ち、彼の前に差し出した。
彼はワイングラスをロボットのグラスにほんのちょっと接触させると、
「はじめまして」と言った。
ロボットは彼を見ながら、グラスを口に持っていった。
「どうかね」
「すばらしい、お味ですわ」
「いや、からだの具合を聞いたのだが」
「ほほ、お酒が好きなのを知られてしまったかしら、からだは大丈夫ですの、ちょっと、目を動かすのがきついかもしれませんが、大したことはありませんの」
「良かった、ワイン利きのあたなを作ったのだから、お酒がすきなのは当たり前ですよ、目は後でみましょう」
「ありがとうございます」
「どうかな、お腹もすいたでしょう」
「はい、少し」
「ちょっと、待ちたまえ、家内にサンドイッチでも運ばせるから」
製作者は立ち上がると、自宅の作業場から居間に電話をかけた。
「お前、とうとう出来上がったよ」
テレビ電話の彼の妻はそんなことには興味が無いようで、ソファアに腰掛けてテレビを見ていた。
「そう、それは良かったわね、今日からまともな生活に戻れるわね」
「うん、腹が減ったのだが、何か持ってきてくれないかな、サンドイッチなんかあるかい」
「ええ、朝、あなたが食べないで作業場に行ったので残っているわよ」
妻は仕方なさそうにソファから立ち上がった。
妻が皿にのせたサンドイッチとサラダをもってきた。
「あなた、なあに、ガウンなんか着ちゃって」
そう言いながら、テーブルのデキャンターを見た。
「あ、いいワインを開けたのね」
「うん、出来上がったお祝いにね、それに彼女はワイン利きだからね」
やっと、妻はロボットを見た。
「まだ、骨組みだけなのね」
ロボットは顔を妻のほうに向けると
「よろしくお願いします」と丁寧にお辞儀をした。
「今度はうまくいったのね、前のはどもっていたじゃない」
「そう、今度のロボットは、人間と変わらない機能を持っているんだ、これから、合成の皮膚をつけなきゃならないけどね」
「それじゃ、食べなきゃ死んじゃうの」
「いや、死なないけど、味は分かるし、楽しむこともできる」
「それじゃ、トイレに行くの」
「もちろん、だす楽しみももっている」
「面倒ね」
「人間は面倒なことをたくさんしなきゃならないからね」
「お上がりなさいな」
彼の妻がサンドイッチをロボットの前に置いた。
「ありがとうございます」
ロボットは腕を伸ばすと、細い指でサンドイッチをつまむと口に入れた。
「美味しくできています」
「主人が自分でつくったのよ、料理が得意で」
「素敵なご主人ですね」
「あら、ロボットもお世辞いうのね」
妻はロボットの頭に髪の毛だけ植えられているのをみて、そばによると触った。
「綺麗な髪ね、真っ黒でまっすぐ、素敵、合成なんでしょ」
「いや、試したのだけどね、頭の金属の上に細胞の皮膜を貼り付けてみたんだ、人の髪の細胞だよ、だから、本物の毛だよ」
妻がロボットの髪の毛を引っ張った。
「きゃあ」
ロボットが悲鳴をあげた。
「お前、彼女はすべての感覚を持っているんだよ、髪の毛を引っ張れば頭の痛覚が刺激されて痛いんだ」
「あーら、ごめんなさい、よく出来たロボットね」
ロボットは頷いて微笑んだ。
「そりゃ、そうさ、このロボットは世界ではじめての人間ロボットだ」
「でもねえ、子どもは無理でしょう」
「できるんだ、からだの中で細胞を生産する機能をそなえたんだ」
妻はロボットの特殊な金属で作られている胸や手足を見た。
「でもね、男がその気にならないわねえ」
「これから、彼女のからだに、皮膚の細胞を植えるんだ、それが増殖すると、人間と見た目も変わらなくなる」
「でも、硬いんでしょ」
妻はロボットの胸の膨らみに触れた。
ロボットが「あっ」とからだをよじった。
「なあに、これ、柔らかい」
「新しい、金属でね、人間の皮膚の柔らかさをもっているんだよ」
「よく出来ているのね、高く売れるでしょう」
彼はそれには答えなかった。売りたくなかったのだ。
「お手伝いも良くしてくれるのでしょうね」
「ああ、何でも出来るよ、料理も買い物も」
「電気を食うんでしょ」
「いや、床を掃除するロボット掃除機と同じくらいさ」
「すごいわね、わたし遊んでいてもいいのね」
「掃除をしてもらうために作ったんじゃないよ、酒利きのロボットだから、そういうところで働いてもらうんだ」
「でも、働いて帰ってきたら、家のこともやってもらえるわね」
妻がロボットに言うと、
「はい、奥様」と丁寧に返事を返した。
「ただ、これから、いろいろな葡萄酒を飲んでもらって、より繊細な味を知ってもらわないといけないから、働くようになるまで、一年かかるかな、その間に皮膚の細胞を増殖させ、植えつけるのだよ」
「それじゃ、その間、私の代わりに料理してくださいな」
「はい、奥様」
ロボットは素直に頷いた。
それから、彼が作業場にこもって、研究を続けている間、ロボットは自宅の居間にいるようになった。家の中のすべてをロボットがするようになった。
彼は、夕食の時に彼が選んで買って来た葡萄酒を開けた。
彼はロボットと妻のグラスにワインを注ぎ、ロボットの作った前菜をつまんだ。ロボットの料理は天下一品だった。
ロボットがグラスをゆっくりと持ち上げ、口にワインを注ぐのを好ましげにみた。どうしても、妻と比べてしまう。顔やからだがまだ金属のままなのだが、妻よりもはるかに優雅に見えるのはどうしてだろう。しぐさと話し方だと彼は思った。
ロボットの舌はだんだんと肥えてきて、味から葡萄酒の銘柄から年代まで、すべてあてることができるようになってきた。一方で妻はすべてをロボットにさせて、ただ、テレビをみたり、ショッピングに出かけたり、友達を呼んでパーティーを開いたりするだけになった。
皮膚の細胞培養がうまくいき、そろそろロボットに皮膚を植えようかと考えて、彼はロボットを作業場に呼んだ。
「皮膚を作ってあげよう、そうするとヒトと変わりがなくなるよ」
ロボットは前より元気がない様子である。
「私はこのままでいいのですが」
「どうしてかな、自由に外に出て買い物にいったり、レストランに行っておいしいものをたべたりできるじゃないか、それに、ワインの会社に勤めて、その舌を使って働くのは楽しいよ」
「はい、だけど、心配なのです」
「なにがかい」
「奥様がどうおっしゃるか」
「それはどいうことかな」
「私が人と同じになると、きっと私はここにいれなくなります、私はあなたといっしょにいたい」
彼はそういったことに気が回わらない性格であることを自身で知っていた。しかし、今ロボットが言ったことは察しがついた。金属製の顔に黒い髪が生えていて、からだも金属のロボットにもかかわらず、妻より、ずーっと優雅で女性らしいと感じていたからだ。皮膚がついたらどうなるか。
そのとき彼は悟った、このロボットは人間以上だということを。そして決めたのである。
「大丈夫、皮膚をうえよう、私があなたの顔を決めていいかな」
「もちろん、好きな顔をつくってください」
彼は、最初は妻と似た顔にするつもりだったのだが、今はその気がなくなった。
「それに、家を買おう、そこにあなたは住みなさい。そこから勤めに出て暮らしなさい」
「それでは、あなたに会えなくなる」
「大丈夫、召使の男のロボットをこれからつくり妻にあてがう、私はたまに君のところにいくよ」
「はい、子供もつくれますね」
これには、彼もびっくりしたが、とても嬉しそうに頷いた。ロボットが思春期をむかえたのだ。
人間以上