embalming*Monolog

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彼女と僕は、いつの間にか共に暮らしておりました。

僕は彼女の名前を知りません。
彼女も僕の名前を知りません。
いつも相手を呼ぶ時は「ねぇ」「君」「貴方」とかでした。

君が何故僕の家にいるのか、誰なのか、何も分かりません。
ああ、否、一つだけ分かっている事がありました。

彼女は切々と、死を望んでいました。

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「ねえ貴方、私、一体何時になったら死ねるのか知ら?」
「そんなの知らないよ。ああほら、ご飯を食べなければ死ねるんじゃないか?」
「嫌よ、そんなの。ご飯を食べないだなんて、食べられる為に死に逝く命を冒涜している様なものだわ」

彼女は、矛盾しておりました。
死にたいのならばご飯を食べなければいつか餓死出来るだろうに、人並み以上に食べるのです。
今日の晩御飯はシチューでしたが、彼女は僕が一杯目を食べきった時にはもう鍋の底をお玉で擦るようにして、スプーン一杯分も残すまいと必死にかき集めていました。
・・・個人的には、「そんな事」をして死のうとするより、餓死の方が余程美しい死に方だと思うんだけれど・・・。
鍋を持つ左手に、ふと目をやります。君の手首は皮膚が茶色く変色して、何本もの横線が走っています。
日に日に新しい躊躇い傷は増えていって、今はもう数え切れない程になっておりました。
君の手首を握った時のあのざらつきと云ったら、あの違和感と云ったら、如何とも表現し難いものです。
ぼろぼろの爪、枝毛だらけの毛先、瘡蓋だらけの頂頭部。
美しい君の身体に不釣合いだけれども、そのような死に方には賛成し難いけれども、それらは君の魅力を一層引き出していたように思えます。
彼女に対する恋愛感情とか、そういった類のものは残念ながら持ち合わせておりませんでしたし、彼女もまた僕を男として見ていないようでした・・・が、やっぱり生理的にそうなってしまうというか、なんというか、情けない話ではありましたが、「そういう」関係に溺れてしまう事も多々ありました。
ベッドの上で乱れる彼女の白い肌、薄く桃色に染まった頬、艶のある黒髪・・・全てがとても美しく、さながら一枚の絵画を見ているような気分になるのと同時に、彼女はもしかするともう死んでいるのではないか。人間では無いのではないか。なんて思ってしまうのです。
だってここまで完成された人間というものを、僕は目にした事がありませんでしたから。

「君がもし死んだら、どうやって保存するのが好ましいかな」
「他人の事言えないけれど貴方、とっても悪趣味だと思うわ。死体愛好(ネクロフィリア)の癖があるんじゃあない」
「違うよ。君は余りにも美しいんだ。・・・ああ御免、そんな冷たい目で見るなよ。別に口説こうってんじゃないんだからさ。ただ、本当にそう思うんだ。仮に君が死んだとして、其の侭にしておいたら目が転げ落ちて、蛆が湧いて・・・、そんなの御免だから、保存する術はないかなあと思ったんだよ」
「エンバーミング」
「え?」
「エンバーミング、がいいかしらね。一人では絶対に出来ないでしょうけれど」
エンバーミングとは要するに遺体の長期保存を可能にする方法で、遺体から血を抜いたり、臓器を吸い取ったり、防腐剤を注入したりするものらしいのです。またそれに加えて髪の手入れ、全身の消毒・洗浄等を行わなければなりませんでした。
「うーん。難しいね。この方法が実行できればとても良いのだけれど・・・」
「ふふ、そうね。まあでも死体の処理に関しては、もうそろそろ真剣に考えた方が良いかも知れないわ」
「またなんで急にそんな事」
僕が全てを言い終わらない内に、君の声が届きました。僕の言葉を遮っても構うもんですか、といった感じで。
「私多分、あと5日の内に、死ぬ事が出来るわ」
とても穏やかな、それでいて明るい、少女のような笑みを携えて、そして軽やかな口調でそう、言ったのです。

embalming*Monolog

この文章に目を通してくださり、本当に有難うございます・・・!
自分自身こうした場所で文を書くのが初めてなもので、ききき緊張しております(笑)
なんだか好きな作家さんが丸分かりな感じの文になっちゃいました・・・。
正直申し上げますと、結構勢いでババッと書いてしまったので、続きがどうなるかは分かりかねます(笑)
もし続きが気になるよ、という天使様がいらっしゃいましたらば、すみませんが少しお時間を頂きたく思います・・・。
最後までお目通し下さいました貴方様に最大級の感謝を。
本当に有難うございました。

embalming*Monolog

いつの間にか「君」と「僕」は共に暮らしていました。 いつも通りに君は沢山のご飯を食べ、いつも通りに会話をします。 死を望む「君」と、形式上でも君の永遠を望む「僕」 ゆっくりと運命の歯車が廻っている事に、君は気付いていました。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-10-16

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