歌うたいのわに

 わにが、和菓子が、好きなの、わたし、知っているし、あの、わには、どうにもにんげんくさいので、わたしはひそかに、もともとにんげんだったひとが、わにに変えられた(いわゆる、魔女、的なものに)のだと、思っている。和菓子のなかでは、最中が好き。けれど、羊羹も捨てがたく、死ぬ前に食べたいのは、たい焼き、なのだと、わには言う。わたしは、そろそろ、スカートにもなれて、わたし、という一人称も、さまになってきた頃です。
 夜から、朝にかけての公園で、いつも、歌をうたってる。
 アコースティックギターを、ぽろぽろと弾きながら、わには、うたってる。夜が去るのを、惜しむように、太陽が目覚めるのを、悲しむように、わには、せつない歌を、うたっている。
 わたしはただじっと、聴いている。春は、つめたかったのが、てのひらの熱で少々ぬるくなったお茶を、飲みながら。夏は、クーラーバッグに入れてきた、つめたいままのビールを、飲みながら。秋は、コンビニの、カフェラテを飲みながら。冬は、自動販売機の、あったか~いコーンスープを、飲みながら。わにの歌声を、ギターの音色を、聴いている。没入している、というほど、聴き入っているのでもなく、ときどき、きこえる、車の音や、樹々の葉の擦れる音や、なにか、よくわからない音にも、反応する。わには、うたいおわると、かならず、自動販売機で売っている缶のおしるこを、飲む。春も、夏も、秋も、冬も、わには、缶のおしるこを、飲んでいる。秘密のルートで、入手しているらしい。なので、真夜中から、明け方にかけてのわには、実に、甘いにおいがする。あんこのにおい。キスをしたら、きっと、わには、おしるこの味なのだろうと、想像する。しかし、わには意外と、ガードがかたいのだ。
 夜風にふくらむ、スカート。
 あしが、空気に触れると、やっぱりまだ、どことなく、心許ない気がする。
 おしるこを飲み干した、わには、ふたたびギターを弾き、歌をうたいはじめる。恋の歌。むくわれない、片想いの歌。
 そしてわたしは、静かに泣く。

歌うたいのわに

歌うたいのわに

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-08

CC BY-NC-ND
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