絵画教室

みなみ☆たえと

絵画教室に通ってみた男の話

 俺は、週に二回、絵画教室に通っている。教室、といっても、生徒のほとんどは美大の同期だが。先輩が開いた同好会のようなものだ。

俺は美大を出たあと、漫画家になった。あまり売れているほうではないので、画風の参考にするためだ。
取る給料も少ないので、同期生の伊藤と、アパートで同居している。

そこに、いつのまにか、加わった人物がいる。奈々という女だ。家出したのか、何なのかは詳しく知らないが、それ以上の素性はよくわからない。
警察に知らせようとしたが、知らせないでくれと、泣いて頼まれた。そこで仕方なく、そのまま部屋に置いている。
ごはんはガツガツ食うし、丸まって寝るし、キャッキャとよく笑うし、たまにゴテる。

まるで、拾ってきた猫のような、自分の妹みたいな感覚で、二人ともかわいがっている。
 
彼女は、絵画教室の時、決まってついてくる。教室に入ると、先生である俺の先輩に気軽に挨拶をし、キャンパスをあちこち見てまわる。
そのうち、日あたりのよい自分の席につき、ふと絵筆を数分間とる。そして、すぐに書き疲れて、眠ってしまう。

彼女のすごいところは、ここからだ。

「……そうだよ、エリちゃん。失恋したって、負けちゃだめだよ……ムニャムニャ」

ガヤガヤ……とたんに、教室がざわめきだす。
はっとして、俺はメモ帳にペンを走らせる。(今のは俺のネタだ)

「……、このまえキヨシのライブ、最終回だったよね……」

ガヤガヤ……先輩がおーい、と小声で知らせる。



「え~っと、キヨシの話は福井さんが書いていたよね?」
「え、は、はいっ」

呼ばれた福井さんは、慌ててメモをとり、奈々の言う寝言を必死に書き取っている。

「よぉおっしぃ……青い海へ出発だ!……」

ガヤガヤ……、次は福井さんが、手をあげる。

「え~っと、これは、杉野君のネタかな?海のようだし」
「うぃ~す、いただきです」

「こら、……タッセル!勝手に出かけちゃダメじゃないか……」

ガヤガヤ……、今度は、杉野さんが小声で斜め向かいの席へ。

「え~っと、これは。はいはい、僕のあとは必ず、幹くんの絵本ネタだったね」
「はい。聞いていますよ、どうも」

こうやって、奈々の寝言に気づいた人物が、それぞれ反応する。

そう、俺たちは、彼女の寝言から、ネタを提供してもらっているのだ。本人はまったく気づいていないのだが。
俺や福井さんは、漫画家なので次号のネタを。杉野さんはイラストレーターなので、次回作品のテーマを。
絵本作家の幹さんは、人気のタッセル・シリーズ(タッセルというのは、奈々の夢の中に登場する子どもらしい)の次回作品のネタを。
先輩は、奈々の寝顔をそのままスケッチして、肖像画に……というふうに。

彼女の寝言から生まれた作品は、分野は違えど、何故だか全てヒットするからまた不思議なのだ。


もちろん、俺は自分で思いついた作品も、色々と描いている。でも、どうしても頭が煮詰まって、スランプに陥ることがよくある。
ある時に偶然、絵画教室で彼女の寝言を聞いた。これだ!と思い、それをもとに描いて、投稿してみたら、一発で入賞したのだ。

それからというもの、「本人には、可哀相だけれどあまり画力がないのだし、せっかくの発想が、もったいないのではないか?」ということになり、福井さんや杉野さん、
幹さん、先輩もネタのおしょうばんにあずからせてもらっているというわけだ。だから、彼女だけ、月謝代なしでここに通ってOKになった。
本人は、理由は知らないはずなのに、「私は顔パスになったのよ!」と何だかよろこんでいるし、まぁいいだろう。

ある時などは、全員で、ギクリとしたことがある。奈々が、寝ぼけながらふらふらと席を立ちがったのだ。

「アカネちゃん、あなた……プロヂューサーって……知ってるぅ……」
「(福井)え……、知ってるけど?」
「あれってぇさ~、思いついたヒトでぇ、お金もらえるんだよ~。ね~長谷川~ぁ?」
「(先輩)は?あ、そ、そうだよ、当然さ。」
「ね~、あははは、私、知ってるよ~、すごい?新也の馬鹿ぁ……ムニャムニャ」
「馬鹿ぁ、って何だよ俺だけ。名前あってるし……」

みんながクスクスと笑をかみ殺す。

奈々は眠っている間、時々、教室のメンバーの名前を、ちがうふうに呼ぶ。福井さんは福井かおりという名前だが、アカネちゃん。
先輩は瀬尾という名前なのに、長谷川で、呼び捨て。他にも、杉野さんは杉野篤なのに、タカシくん。幹さんは幹喜久なのに、リンくん。
たぶん、奈々の過去の知り合いか、登場人物の名前なのだろう。何故だか俺と伊藤だけは本名でインプットされているらしい。

起きているときには、俺と伊藤にしか会話しないし、メンバーに話し掛けられると顔を赤くして、うつむいているだけで、そんなに親しくも付き合っていないのに、
おかしな話だ。

「しかし、『プロヂューサー』とは驚いたね。起きた時にハッキリ言われたら、僕達は全員、ほんとにあの子にプロデュース料を払わなくっちゃならなくなるよね」
「いいんすよ。タダの寝言っすから。気にしないで、もらっときゃいいんです。ここに来るのも、月謝タダにしてもらってるんですから。住むところも俺達が提供してるし。な、伊藤?」
「ああ。あいつがよければ、それでいいと思う。」
「ほんと、ただでネタをもらっているなんて、なんだか悪いよう気がするわ」
「うん、まぁ、いいんじゃないかな?確かに思いついたのは彼女だけれど、福井さんのようには描けないだろうからね」
「ありがたいことです。またシュークリームでもお礼しますよ」

こんなわけで、奈々はこの絵画教室にはなくてはならない存在なのだ。彼女にとっても、ここは大切な「自分の居場所」だ。
俺たちは日なたで眠る彼女を、微笑を持って見守る。そうして時折、彼女の寝言に耳を澄ます。

帰り道。起きている奈々は俺と手をつないで歩く。いい年して恥ずかしいのだが、つながないと、一歩も進まないので仕方ない。

「ね、新也ぁ。失恋しても負けちゃダメだよね」
「あたりまえだ。そんなんでヘコたれんな。またいい奴が現れるさ。」
「私ね、あの人に最初をあげること、始めはかまわないと思っていたのに、今では少し、後悔してるんだ。それを思うとなんか、ね。」
「そりゃおまえ、もったいないことは確かなんじゃねえの?」
「うぅ~、新也の馬鹿ぁ。え~ん。伊藤~、何とか言ってよ~」
「お前は悪くない。相手が悪いんだ。落ち込むことはない。」
「だっよね!ね!だから伊藤大好き!バカ新也~、べぇだ!」
「あのな~、バカはやめろ、バカは。」
「あの人の話をしたのは新也と伊藤だけなんだよ。なぐさめろ、バ~カ!」
「わかってるって。でもホント気にすんじゃねえぞ。そんな事ぁ、大人の男なら気にしないんだからな。絶対に、次にはいい奴に出会えるって。なぁ、伊藤?」
「俺が保障する。」
「そうかな?そうだよね。うんうん!」

奈々は、実はけっこう色々な経験もしているらしい。言葉や態度が極端に幼稚なのは、傷ついた心が退化しているのだろうか。
時々、ポツリポツリと話す会話の端々に、悲しげな響きが残る。けして、あまり多くは語らないが。

毎週二回。夕日のなか、背の高い男二人の間に手をつながれて、ブランコしている小さな女の姿。
その三人の長くて黒い影ぼうしは、周囲からはきっと奇妙に思えるに違いない。

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絵画教室

主人公がロリオタでなくてよかったです。

絵画教室

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-05-07

CC BY-NC-ND
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