八月の流れ星

お盆の頃に書いた作品。
現実と非現実が交錯した場面を書くのが好きです。

 見上げた夜空がとても綺麗だった。あたりはもう真っ暗で、天の川がはっきり見えた。

 洋弓部の試合に備えて、私達は夏休みの一週間分を今日か合宿に費やして、大学の蒸し暑い校舎で過ごしていた。

そして、とうとう明日、本番がやって来るのだ……。

私は夕方の練習が終わった後も、一人グランドに残っていた。
懐中電灯を持ってきていたけれど、スイッチをつけずにギュッと手に握ったまま星々を見つめていた。
生ぬるい風が吹き渡る。

 ”明日勝ったら全国大会へ行ける!”

昔からの約束。私はポケットに入れてあるお守りの小石にそっと手を触れてみた。
そして中学校の時まで一緒だった男の子のことを思い出す。
「全国大会で会おうな!」と、お互いライバル意識を燃やし、競い合ったあいつの顔。
弓を引く姿勢に独特クセがあって、皆が一目置いていたっけ。

あんなに元気に笑っていたのに。

 あいつは高校二年生の時、突然の事故で亡くなってしまった。
前日に私の家に来て、家族旅行のお土産だと言って、この小さな水晶の石をくれたばかりだった。
その年の大会も、目前に迫っていたところで……。

そんなことを思っていた、その時。

見つめていた星の一つが、それだけ強く光ったような気がした。
次の瞬間、たくさんの光の筋が夜空に走った。流星群だ、と思ったけれど、まぶしすぎて目が開けられなかった。
ようやくかざしていた手を降ろしたが、私は目の前の光景に、文字通り目を見張ってしまった。

 グランドの真ん中に、私の小石くらいの、ひとつひとつが星形をした白い石がたくさん、たくさん落ちていた。
それぞれが淡く光を放っていて、暗いあたりをボンヤリと照らし出していた。

けれど私の意識はむしろその光の粒達の真ん中に立つ、二つの影にくぎづけだった。

 そこには懐かしい笑顔を浮かべたあいつと、小さな女の子の姿があった。

 「やぁ、久しぶり。」

あいつは私に気づくと、そう言った。小石を持ってきてくれた時の、あの服装のままで。

 「お前元気そうだな、よかった……。」

 「うん、あんたもね。」

なんだかうまい言葉が思い浮かばずに、とっさにそう答えていた。その時横にいた女の子がしくしくと泣き出した。

 「まいったなぁ。」

あいつは片手で頭をかきながら呟いた。私は勇気をだして、聞いてみた。

 「その女の子、どうしたの?」

 「うん、さっきの流星群で、”道しるべ”とはぐれちゃったらしいんだ。俺はその、ちょうど近くにいたもんだから……。」

 「”道しるべ”って何よ。」

 「あ、そうか。うん、あのな、人は死ぬだろ、そしたらみんな宇宙に出て、星巡りの旅をしなきゃならいんだ。おまえ知ってた?
それで、その時”道しるべ”が必要なわけ。宇宙ってめちゃくちゃ広いだろ?それがなきゃ、俺達はどこに行ったらいいのか全然わかんなくなっちまうんだ……。」

女の子は泣き続けていたが、涙は一粒も落ちていなかった。体がなくなると、涙もでないのだろうか。

 「それじゃあこの子、迷子なのね?」

 「まぁ、そうなんだわ。ってゆーかお前さ、その、悪いけどちょっと一つだけ頼まれてくんないか?」

 「いいけど、何したらいいの?」

横で女の子があいつのズボンの裾を引っ張って、なにか言ったようだった。あいつはうん、うんと頷いて、私に言った。

 「あのな、この子の”道しるべ”をそこの矢で打ち落としてくれないか?」

 「そんなことして大丈夫なの?それ大事なものなんでしょ?」

 「あぁ、大丈夫さ、生き物じゃないんだからな。こっちに気づかせればいいだけだから。俺は多分、あそこの白っぽい大きいのだと思うんだけど……。」

あいつは夜空の一点を指さした。そこにはクリーム色の強い光を放つ星があった。

 「やってみるわ……。」

私はまだ片づけていなかった自分の洋弓に矢をつがえて、その星へねらいを定めた。

 「お前なら出来るよ。俺と互角で張り合っていたくらいなんだから。」

なにが互角よっと思ったけれど、とりあえず私は矢先に神経を集中した。

 ”ヒュッ”

矢は真っ直ぐに飛んでいった。あんなところまで届くのだろうか、という現実的な心配はなぜか湧いてこなかった。
数秒してからあいつが”よしっ!”と短く言って、的中した時によくしたポーズをしてみせた。

 私が放った矢が、貫いた星ごと降ってきて、女の子の足下にストン、と落ちた。

 「ネコちゃん!!」

女の子がそのクリーム色の星を拾うと、それはネコのぬいぐるみの形になった。
矢は真ん中に突き刺さっていたが、女の子が拾い上げた時ぬいぐるみをすうっと通り抜けて、地面に転がっていた。
彼女のネコちゃんには穴さえ一つもあいてなかった。私はなんとなくほっとした。
あいつは、 「さすがだな。」と一言評し、ニッと歯をみせて笑った。そして女の子に向かって話しかけた。

 「さぁ、そろそろ行こうか。」

 「うん。」

女の子も小さくそう言って頷いたみたいだった。もう泣いてはいなかった。かわいらしい微笑みさえ浮かべていた。
 ふたりは自分の”道しるべ”を目の高さにまで持ってくると、そっと手を離した。それらは、闇の中で宙にふわふわと浮かんでいた。
女の子のはネコちゃん、あいつのは私にくれたのと対の形をした水晶の小石だった。

 「いろいろありがとな。」

 「うん、あんたも元気でね。」

死んだ人間にこれが適当かどうかわからなかったけれど。あいつも苦笑しているみたいだった。そのうちに、何か思い出したとでも言うようにポンっと手を打って、

 「あ、そうだ、今お盆(ぼん)だろ?俺の石とお前の石、対になってるから。お盆の間だけさ、のぞくとお互いの様子がみられるぞ。」

 「へぇ、そうなんだ。わかった、時々のぞくよ。」

 「それじゃあ俺達はもう行くわ。」

”道しるべ”がぼうっと淡く輝きだした。そして流れ星みたいに尾をひいて、逆に夜空へと昇っていった。
それを追い駆けるようにして、二人ともふわっと地面を蹴って飛んでいった……。

 いつの間にか地面に落ちていた流星群のかけらたちも、夜風にさらわれて空へと帰っていったらしかった。
あたりはまた、いつもの静かなグランドに戻っている。 

 明日は試合当日。会場の的を、今夜の白い星だと思って矢を放とう。

あいつの果たせなかった夢を、あたしがきっと叶えよう。


☆終わり☆

八月の流れ星

手元にある透明の水晶のタンブルを見ていて思いついたお話です。

八月の流れ星

弓道の試合の前日の夜に学校のグランドに行ってみたら、亡くなったはずのあいつが現れて…

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2019-05-07

CC BY-NC-ND
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