八月の流れ星
お盆の頃に書いた作品。
現実と非現実が交錯した場面を書くのが好きです。
見上げた夜空がとても綺麗だった。あたりはもう真っ暗で、天の川がはっきり見えた。
☆
洋弓部の試合に備えて、私達は夏休みの一週間分を今日か合宿に費やして、大学の蒸し暑い校舎で過ごしていた。
そして、とうとう明日、本番がやって来るのだ……。
私は夕方の練習が終わった後も、一人グランドに残っていた。
懐中電灯を持ってきていたけれど、スイッチをつけずにギュッと手に握ったまま星々を見つめていた。
生ぬるい風が吹き渡る。
”明日勝ったら全国大会へ行ける!”
昔からの約束。私はポケットに入れてあるお守りの小石にそっと手を触れてみた。
そして中学校の時まで一緒だった男の子のことを思い出す。
「全国大会で会おうな!」と、お互いライバル意識を燃やし、競い合ったあいつの顔。
弓を引く姿勢に独特クセがあって、皆が一目置いていたっけ。
あんなに元気に笑っていたのに。
☆
あいつは高校二年生の時、突然の事故で亡くなってしまった。
前日に私の家に来て、家族旅行のお土産だと言って、この小さな水晶の石をくれたばかりだった。
その年の大会も、目前に迫っていたところで……。
☆
そんなことを思っていた、その時。
見つめていた星の一つが、それだけ強く光ったような気がした。
次の瞬間、たくさんの光の筋が夜空に走った。流星群だ、と思ったけれど、まぶしすぎて目が開けられなかった。
ようやくかざしていた手を降ろしたが、私は目の前の光景に、文字通り目を見張ってしまった。
☆
グランドの真ん中に、私の小石くらいの、ひとつひとつが星形をした白い石がたくさん、たくさん落ちていた。
それぞれが淡く光を放っていて、暗いあたりをボンヤリと照らし出していた。
けれど私の意識はむしろその光の粒達の真ん中に立つ、二つの影にくぎづけだった。
☆
そこには懐かしい笑顔を浮かべたあいつと、小さな女の子の姿があった。
「やぁ、久しぶり。」
あいつは私に気づくと、そう言った。小石を持ってきてくれた時の、あの服装のままで。
「お前元気そうだな、よかった……。」
「うん、あんたもね。」
なんだかうまい言葉が思い浮かばずに、とっさにそう答えていた。その時横にいた女の子がしくしくと泣き出した。
「まいったなぁ。」
あいつは片手で頭をかきながら呟いた。私は勇気をだして、聞いてみた。
「その女の子、どうしたの?」
「うん、さっきの流星群で、”道しるべ”とはぐれちゃったらしいんだ。俺はその、ちょうど近くにいたもんだから……。」
「”道しるべ”って何よ。」
「あ、そうか。うん、あのな、人は死ぬだろ、そしたらみんな宇宙に出て、星巡りの旅をしなきゃならいんだ。おまえ知ってた?
それで、その時”道しるべ”が必要なわけ。宇宙ってめちゃくちゃ広いだろ?それがなきゃ、俺達はどこに行ったらいいのか全然わかんなくなっちまうんだ……。」
女の子は泣き続けていたが、涙は一粒も落ちていなかった。体がなくなると、涙もでないのだろうか。
「それじゃあこの子、迷子なのね?」
「まぁ、そうなんだわ。ってゆーかお前さ、その、悪いけどちょっと一つだけ頼まれてくんないか?」
「いいけど、何したらいいの?」
横で女の子があいつのズボンの裾を引っ張って、なにか言ったようだった。あいつはうん、うんと頷いて、私に言った。
「あのな、この子の”道しるべ”をそこの矢で打ち落としてくれないか?」
「そんなことして大丈夫なの?それ大事なものなんでしょ?」
「あぁ、大丈夫さ、生き物じゃないんだからな。こっちに気づかせればいいだけだから。俺は多分、あそこの白っぽい大きいのだと思うんだけど……。」
あいつは夜空の一点を指さした。そこにはクリーム色の強い光を放つ星があった。
「やってみるわ……。」
私はまだ片づけていなかった自分の洋弓に矢をつがえて、その星へねらいを定めた。
「お前なら出来るよ。俺と互角で張り合っていたくらいなんだから。」
なにが互角よっと思ったけれど、とりあえず私は矢先に神経を集中した。
”ヒュッ”
矢は真っ直ぐに飛んでいった。あんなところまで届くのだろうか、という現実的な心配はなぜか湧いてこなかった。
数秒してからあいつが”よしっ!”と短く言って、的中した時によくしたポーズをしてみせた。
☆
私が放った矢が、貫いた星ごと降ってきて、女の子の足下にストン、と落ちた。
「ネコちゃん!!」
女の子がそのクリーム色の星を拾うと、それはネコのぬいぐるみの形になった。
矢は真ん中に突き刺さっていたが、女の子が拾い上げた時ぬいぐるみをすうっと通り抜けて、地面に転がっていた。
彼女のネコちゃんには穴さえ一つもあいてなかった。私はなんとなくほっとした。
あいつは、 「さすがだな。」と一言評し、ニッと歯をみせて笑った。そして女の子に向かって話しかけた。
「さぁ、そろそろ行こうか。」
「うん。」
女の子も小さくそう言って頷いたみたいだった。もう泣いてはいなかった。かわいらしい微笑みさえ浮かべていた。
ふたりは自分の”道しるべ”を目の高さにまで持ってくると、そっと手を離した。それらは、闇の中で宙にふわふわと浮かんでいた。
女の子のはネコちゃん、あいつのは私にくれたのと対の形をした水晶の小石だった。
「いろいろありがとな。」
「うん、あんたも元気でね。」
死んだ人間にこれが適当かどうかわからなかったけれど。あいつも苦笑しているみたいだった。そのうちに、何か思い出したとでも言うようにポンっと手を打って、
「あ、そうだ、今お盆(ぼん)だろ?俺の石とお前の石、対になってるから。お盆の間だけさ、のぞくとお互いの様子がみられるぞ。」
「へぇ、そうなんだ。わかった、時々のぞくよ。」
「それじゃあ俺達はもう行くわ。」
”道しるべ”がぼうっと淡く輝きだした。そして流れ星みたいに尾をひいて、逆に夜空へと昇っていった。
それを追い駆けるようにして、二人ともふわっと地面を蹴って飛んでいった……。
☆
いつの間にか地面に落ちていた流星群のかけらたちも、夜風にさらわれて空へと帰っていったらしかった。
あたりはまた、いつもの静かなグランドに戻っている。
明日は試合当日。会場の的を、今夜の白い星だと思って矢を放とう。
あいつの果たせなかった夢を、あたしがきっと叶えよう。
☆終わり☆
八月の流れ星
手元にある透明の水晶のタンブルを見ていて思いついたお話です。