たいくつな女王さま
むかしある国にとてもえらい女王がいました。
女王がのぞんでかなえられないことは、何ひとつありませんでした。
あるとき女王は大臣をよびつけてこういいました。
「これ大臣、なんぞおもしろいことはないかのう」
女王は毎日毎日お城のなかにいましたので、すっかりたいくつしてしまったのです。
「おそれながら女王さま、それではこの国でいちばんの手品師をよびましょう」
「あれならすっかりタネが知れてしもうた」
「ならば、国でいちばんの軽業師をよびましょう」
「あれは見ていると目がまわる」
「ならば、国でいちばんの講談師をよびましょう」
「千ある話をみんな聞きおぼえてしもうたわ」
大臣は「ウーム」とうなり、すっかり弱りきってしまいました。
「これ大臣、もうよい、さがれ」
大臣はもうしわけなさそうな顔で部屋を出ていきます。
「こうもたいくつでジッとしていては、そのうちに体じゅうにツタがまきついて身動きがとれなくなってしまう。どうにもこたえることじゃ」
そのとき女王の頭にパッとひらめくものがありました。
「そうじゃ、城の外へ出てみよう。思えばわらわは町のことをなにも知らぬ」
そうと決めると女王はさっさと寝室に行き、ベッドへもぐりこんで寝てしまいました。
あくる日の朝早く、女王は目をさますと侍女に向かっていいます。
「これ侍女や、今日はおまえの着ている服を着るぞ」
「女王さま、それではわたしの着るものがなくなってしまいます」
すると女王はにっこりわらって、
「あんずるでない、わらわの服をおまえに貸そう。もしも大臣が部屋にきたら、うしろを向いたまま、きっと返事をするのだぞ」
そういって、さっさと自分の服と侍女の服を交換してしまいました。
すっかり侍女になりすました女王は、どうどうとお城の門から出ていきます。
そのようすにひとりの兵士が気づきました。
「やや、もしやあれは女王さまではないか?」
兵士はこっそり女王のあとをつけることにしました。
はじめてひとりでお城の外へ出た女王は大変な上きげんです。
青い道をしゃなりしゃなりと歩いていくと、やがてひとりの農夫に出会いました。
「おまえはそこでなにをしている? その手にあるふくろはなんじゃ?」
「見てのとおり、これはタネぶくろさ。タネを畑にまいているところさ」
「するとどうなるのじゃ?」
「おかしな人だな、野菜ができるにきまっているじゃないか」
こっそり後をつけてきた兵士は、木かげでそのようすをハラハラとながめています。
農夫のらんぼうな口のききかたに、女王がいつ怒り出すかと心配だったからです。
しかし女王は怒るどころか、
「わらわもやるぞ。これ、そのふくろをこちらへ」
と、農夫といっしょになってタネまきをはじめたのです。
やがて畑いちめんにタネをまき終わるころには、もう日もくれかけていました。
「すっかりくたびれてしもうたの。これ、馬車をこれへよべ」
「まったくおかしなことをいう人だ。馬車なぞよぶお金はないよ」
「そうか、ならば歩いて帰ろう」
女王はきたときと同じように、しゃなりしゃなりとお城へ帰っていったのでした。
お城へもどった女王は侍女と服を交換し、なにくわぬ顔で夕食の席につきます。
テーブルには野菜スープの入ったお皿がならんでいました。
「これ大臣」
「は」
「野菜は小さなタネが土の中で大きくなってできたものなのじゃ、知っていたか?」
「いいえ、ぞんじあげておりませんでした」
女王はにっこりわらうと、野菜スープをおいしそうにたいらげてしまいます。
大臣は野菜ぎらいの女王がスープをすっかり空にしてしまったのを見て、とてもふしぎに思ったのでした。
次の日も女王は侍女の服を着てお城をぬけ出しました。
そのあとをまた兵士がこっそり追いかけます。
黄色い道をしゃなりしゃなり歩いていくと、羊飼いに出会いました。
「これ、おまえはそこでなにをしているのじゃ? その生きものはなんじゃ?」
「見てのとおりこいつはヒツジさ。ハサミでこいつの毛をかっているのさ」
「するとどうなるのじゃ?」
「きまってらあ、この毛糸からあったかい服ができるのさ」
このようすを岩かげにかくれて見ていた兵士は、女王に向かってなんて無礼な口をきく男だと思いました。
しかし女王は、
「そのハサミをこちらへわたせ。わらわもやってみる」
と、ヒツジの毛がりを手伝いはじめたのです。
やがて牧場じゅうのヒツジの毛をかり終わるころには、日もすっかりくれていました。
「わらわはもうもどらねばならぬ。馬車をこれへ」
「お城の女王さまみたいなこといってらあ。馬車なんてもの、ここにはありゃしないよ」
「ならば歩いて帰るゆえ……」
女王はしゃなりしゃなりとお城へ帰っていくのでした。
お城へもどった女王は侍女と服を交換してたずねます。
「これ侍女や」
「はい」
「おまえはこの服がヒツジの毛からつくられたことを、知っておろうな?」
「いいえ、ぞんじあげておりませんでした」
女王はにっこりとわらいます。
その日の夕食の席で、女王がときどき服のそでやスカートのはしをゆかいそうにつまむのを見て、大臣はとてもふしぎに思ったのでした。
その次の日も女王はお城をぬけ出しました。
兵士もまたそれを追いかけます。
白い道をしゃなりしゃなりと歩いていくと、五人の子どもをつれた母親に出会いました。
「これ、おまえはそこでなにをしているのだ?」
「見てのとおり、これから川へ洗たくしにいくのさ。それが終わったら家で麦をひいて、食事の用意をして、後片付けだってしなくちゃならない」
そこで女王は母親を手伝うことにしました。
子どもたちはとてもおなかをすかせていました。
「食べるものがほとんどないんだ。毎日おなかペコペコさ」
やがて日もくれてきたので、女王はお城へもどることにしました。
「これ子どもたち、おまえたちの父親はどうした?」
「父さんはお空の上さ」
女王はしゃなりしゃなりとお城に帰っていきました。
お城へもどった女王は侍女と服を交換すると、何もいわずベッドに入ってしまいました。
大臣はいつまで待っても女王が夕食を食べにこないので、心配して部屋に行こうとします。
すると侍女がやってきて、
「女王さまはお夕食をお食べにならないそうです」
とつたえます。
大臣はびっくりしました。
なぜなら、女王が夕食を食べなかったことなんて、これまで一度もなかったからです。
「どこかお体のぐあいでもお悪いのだろうか?」
すると兵士がやってきて、
「じつは……」
と、これまで見たことをすべて大臣につたえたのです。
大臣はおでこに手をあてて「ウーム」と考えこんでしまいました。
あくる日の朝になっても女王は起きてきません。
大臣は心配でたまらず部屋の前をうろうろしています。
やがて太陽が空のま上にのぼるころ、部屋のドアが開き、女王が出てきてこういいました。
「これ大臣、わらわは今まで城の外のことはなにひとつ知らなかったようじゃ。だが、これからはちがうぞ」
「は」
「さあ、うたげの用意をするのじゃ」
女王は家来にいいつけると、たくさんの金貨で農夫から野菜を買い、お皿がお城じゅうのテーブルをうめつくすほどの料理をつくらせました。
そしてまた、同じくらいたくさんの金貨で羊飼いからヒツジの毛を買うと、お城じゅうの家来の指を合わせても数えきれないほどの服をつくらせました。
そうしてお城に国じゅうのものをまねくと、みんなに料理をふるまい、服をあたえたのです。
玉座に座る女王に気づいたあの五人の子どもたちは、そろって目配せをします。
女王はそれを見てにっこりとほほえんだのでした。
それからは毎月の終わりに必ずお城でうたげが開かれるようになり、国じゅうの人々は前よりもずっとしあわせになりました。
そして女王もそれからはたいくつすることがなくなったのでした。
なぜなら、たいくつしそうになると女王はお城を出て、タネをまいたり、羊の毛をかったり、子どもたちと話をしたりダンスをしたりしてすごすようになったからです。
たいくつな女王さま
この作品は映画『エリザベス ゴールデン・エイジ』のCMを見て「おそらくこんな話なのでは…」と勝手に想像して書いたものです。