Mariaの日記 -3-

Mariaの日記 -3-

 真理子は「Mariaの日記」に捕らわれた。
 これは偶然だ、似ているだけだと割り切って読むのを止めたほうが楽になると思うのだが、朝になると気になってしまい更新された日記を読んでしまう。
 そして仕事中もブログの内容が気になってしまい集中出来なくなってしまう。

――またミスしちゃった……。

 計算違いの見積書を見詰めながら、真理子は頭を掻いた。
 営業社員が出払うと、事務所の中は事務員の真理子と課長だけとなる。その静かな空間で真理子は大きな溜息を吐いた。

「どうしたの?」

 課長が、真理子を案じる様に優しく声を掛けた。

「あ、すみません。計算を間違えて……直ぐに作り直します」

 仕事に集中せねばならないと自分に言い聞かせながらパソコンに向かうのだが、どうしても頭の片隅に「Mariaの日記」が住みついて離れない。

「顔色が悪いよ、大丈夫?」

 声を掛けてくる課長と目が合うと、真理子は取り繕おうと笑顔を見せる。

「大丈夫です」

「そう? ……具合が悪いなら休憩してね」

 休憩という言葉に、真理子の体がビクリと震えた。
 「Mariaの日記」の大路真理亜は、休憩と称してサボっていた。
 真理子は仕事をサボったことなど無いのに、妙な罪悪感に苛まれて胸が締め付けられるような息苦しさを覚えた。
 こんなにも「Mariaの日記」に精神を犯されていることに、真理子自身が驚いた。



Mariaの日記 51日目

こんばんは。
今日も沢山のコメントが残っていて驚愕です。
皆さん、私のことが気になって仕方が無いんですね……。
質問も沢山あって、とても一人ずつに答えることは難しいです。
大まかで申し訳ありませんが、ザッと回答していきますね。
年齢は答えたくないのですが……アラフィフとだけ……。
でも実年齢よりも相当若く見えるらしくて大学生からナンパされたりすることもあります。
家族は父母と妹が一人いますが、昨年末に家を出て現在は一人暮らしです。
お父さんの勧めで家を出たのですが、理由は私がお母さんを頼り過ぎて何も出来ないからって……。
ご飯すら炊けないのは駄目だって言われたんです。
酷いですよね、そんなの主婦がすることじゃないですか。
家事なんて結婚してから覚えるんでも良いと思います。
私はパート社員なので、お小遣いを貰う条件で家を出てあげました。
お洗濯と掃除は週末にお母さんが来て手伝ってくれます。
妹は、「自分でやりなよ!」なんて生意気なことを言いますが、私は結婚してないんだから当然のことですよね。
自分は実家で暮らしているくせに生意気です。
妹は、いつも私に五月蝿く言ってきます。
お姉さんって損ですよね!
趣味はネットゲームです。
週末の過ごし方は一人カラオケ行ったりパン屋さん巡りしたり……でも基本は家でマッタリ派です。
好きな食べ物はマンゴーとサクランボ。
嫌いな食べ物は納豆、レバー、匂いキツいのはダメです。
ペットは実家にシマリスがいます。
長くなったので、今日はこれで終了です。


 ブログ主は満足そうに溜め息を吐いた後、煙草に手を伸ばした。
 煙草を楽しみながらブログの中身を読み返してチェックをしていく。

「俺の記憶力って凄いな……完璧だ」

 自画自賛した後、ブログ主は更新のボタンをクリックした。
 深夜、そうしてブログ主が嬉々としながら更新した「Mariaの日記」を、翌朝、悲痛な表情を浮かべた真理子が読むのだ。

「アラフィフ?」

 冒頭に書かれていた言葉を見て、真理子の表情は明るくなった。
 真理子は二十八歳のアラサーだから世代が全然違う。
 やはり大路真理亜は真理子ではなく、偶然が重なっただけなのだと思うと気持ちが軽くなった。
 家族構成は同じだが一人暮らしを始めた時期も動機も全然違う。
 真理子が実家を出た理由は単純なもので、田舎を離れて都会に住みたくなっただけだ。
 パート社員の身分で生活は苦しいが親から援助など受けていないし、妹とも仲良しだ。
 だが読み進むうちに再び真理子の表情は暗くなる。趣味、週末の過ごし方、好きな食べ物、嫌いな食べ物……真理子が職場関係の呑み会や合コンで男性から質問されたら答えている内容と全く同じだ。
 ペットは実家にシマリスがいます……この行を読み、真理子はゾッとした。
 犬や猫と違ってシマリスを飼っている人は少ない。

「もう、嫌……」

 真理子が呟いた言葉は絶望。
 もう酷似しているだけだとは言い難い。
 今回の更新は、このブログは何者かが真理子自身を書いているのだと確信するしかない内容であった。
 大路真理亜は大路真理子のことだ。
 これが確定なら問題は犯人がブログを始めた目的だ。
 どうして真理子のことをブログに書くのだろうか。

――私の趣味や嗜好を知っている相手なら、炎上しているブログを読むことが好きなことも知っているのだろう……それなら「Mariaの日記」を見つけさせるつもりで炎上させたのか……。

 ブログを見せる目的が嫌がらせや悪意なら問題ない。飽きれば止めるだろうし、リアルで接触してこない相手など気にすることもない。
 だが、歪んだ好意だとしたら……。
 僕はキミを知り尽くしているんだという……。
 思案するうち、真理子の手が恐怖で震えだした。

「会社、行かなきゃ……!!」

 自分はパート社員なのだ。一時間でも多く働かねば暮らしていけないのだ。
 真理子は自分に言い聞かせた後、気持ちを奮い立たせて身支度を始めた。

Mariaの日記 -3-

Mariaの日記 -3-

インターネットって怖い。

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-06

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