Mariaの日記 -2-

Mariaの日記 -2-

「Mariaの日記」が始まってから1ヶ月が過ぎた頃、「大路真理亜」を戒めるコメントが書かれた。

――始めましてMaria様。
ブログを読んでいると、Mariaさんより寺井さんの方が社会人として常識があるように見受けられます。
パート社員とはいえ、仕事をサボるような行動は慎むべきです。
もっと寺井さんを見習うようにしたらどうでしょうか?


 コメントを読み終えると、ブログ主は笑いながら手を叩いて喜んだ。
 嬉々とした様子で返信を書き込む。


――コメントありがとうございます。
お言葉を返すようですが、私より年下の寺井さんを見習うなんて考えられません!
普通は年上を敬うべきなのに、あの子は私を怒ったりして本当に常識のない子なんです!!
正社員だからって威張っていて腹が立ちます!!
とても社会人として常識がある子とは思えません!!
それから、私はサボってなんかいません、休憩です!!


 この日を境に、コメント欄には「大路真理亜」を戒めようとする書き込みが増えていった。
 ブログ主は煽るような返信を書き込みながら、あちこちの掲示板にブログのアドレスを張りまくる。
 自ら、ブログを晒すような行動を始めたのだ。
 アクセスカウンターの数字は鰻昇り、そしてブログ主は反省の言葉を述べることなく反論を続ける。
 当然の結果として、ブログは炎上状態となった。
 ここまではブログ主の計画通りだが、ここからが問題の運頼みとなる。
 「大路真理亜」が読まなければ意味が無いのだ。だがブログ主は確信している。
 きっと「大路真理亜」は「Mariaの日記」に興味を持つだろうと。


***


「気味が悪い……」

 大路真理子は、日課である炎上ブログの検索をしているうち「Mariaの日記」に辿り着いた。
 悪趣味であると本人も自覚をしているが、真理子は、炎上しているブログを読むのが好きだった。
 いつも通り、炎上している「Mariaの日記」を興味本位で読み始めたのだが……。
 このブログ主は名前だけではなく環境まで自分に似ているのだ。
 大手企業支店のパート事務員、週末の吞み会、二次会には行かなかった、課長がバツイチ、昨年のバス旅行、マー君と似た名前の雨山正人という営業社員もいる。
 そして今、真理子が手にしているスマートフォンのスマホケースには黒いトルマリンと白いタッセルのキーホルダーが付いている。
 これは昨年のバス旅行中に土産物屋で購入したのだ。だが、雨山と御揃いなどではない。
 真理子はブログを数回読み返してから、これは偶然似ているだけだと結論付けた。
 だって、寺井麻子のような若い女性社員など存在しない。
 あの支店にいる女性社員は真理子だけだから。



Mariaの日記 38日目

皆さん、こんばんは。
沢山のコメントを有難うございます……。
でも的外れな内容のモノが多くて理解に苦しみます。
本当はブスのくせに!なんて意味不明なコメントは止めて下さい!!
私は本当に可愛いんですよ、ナンパされまくりだし合コンは一人勝ちだし……ってくらい。
私を見たことも無いくせにブスって書くなんて酷過ぎます。
可愛いならアイドルを目指せば?ってコメントもありましたが、私は芸能界に興味は無いんです……ご期待に答えられなくて御免なさい。
それでは今日の日記を書きます。
マー君に、先日の二次会で行きそびれたカラオケに連れて行ってほしいとお願いしちゃいました。
そしたら週末に連れて行ってくれるって!
ブログだけじゃなくリアルでも、マー君……って呼べる日が近いかもしれません。



 真理子は「Mariaの日記」の存在に気付いた日から欠かさずチェックを続けていた。
 起床すると、真理子は直ぐにスマートフォンを手に取る。
 「Mariaの日記」は深夜に更新されるからだ。
 偶然似ているだけと結論付けてはいるが、やはり気味が悪くて放置することは出来なかった。
 昨夜書かれただろう38日目の日記を読み終え、真理子は小さな溜息を吐いた。今日の内容は真理子との共通点が無かった安堵の溜息だ。
 合コン一人勝ちなんてしたこともないし、週末にカラオケへ行く予定もない。
 「Mariaの日記」に出てくる雨戸真人はイケメン設定のようだが、真理子が勤める職場の雨山正人はイケメンと呼べるような要素は一つもない。
 マー君と呼ぶどころか、どちらかといえば犬猿の仲だ。
 やはり偶然が重なって似てしまっただけなのだと結論付けてから手帳型のスマホケースをパタリと閉じた。
 付けているキーホルダーが揺れた。ブログに書かれているものと同じ黒いトルマリンのタッセルキーホルダー。

「こんなの何処にでも似たようなの売ってるし! 偶然偶然!!」

 自分を元気づけるように声に出してみたが落ち着かない。
 このキーホルダーを本当に偶然としてしまって良いのだろうかと真理子は考え込む。
 もしもMariaが真理子だとしたら、「誰が」「何の目的で」ブログを書いているのだろうか。
 「Mariaの日記」と共通すると思われる職場内の人物は雨戸真人(雨山正人)と課長と主任だけで寺井麻子は存在しない。まさか雨山が書いているのだろうか?
 いや、登場してこない人物が書いている可能性だってある。
 真理子はテレビに出ている時計を見て、慌てた様子で身支度を始めた。

「あーもう! Mariaのせいで朝御飯食べる時間が無くなっちゃったよ!」

 真理子はアパートに据え付けられている小さな流し台へと小走りする。炊き立てのご飯で手早くお握りを作った。
 これは朝御飯ではなく昼食用だ。一人暮らしである真理子はランチに外食するなんて優雅な暮らしは出来ない。
 お握りを作りながら「Mariaの日記」を思い返す。強かに結婚相手を吟味するところはMariaを見習うべきなのだろうかと。

Mariaの日記 -2-

Mariaの日記 -2-

「偶然」とは予期せぬ出来事。自分に都合良い「偶然」ばかり起きたら良いのに。そしたら毎日楽しいのに。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-05

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