リリアン編みと永久束縛
ルビーの色に、似ていた、のは、きみの、●●、だった。
わたしたち、は、言語、というものを、制限されてしまった。声に出してはいけない、文字にしてはいけない、言葉、というのが、法律で決められて、学校でも、テレビのなかでも、それらをつかってはいけないし、歌詞や、小説や、辞典でも、それらの言葉は、検閲され、排除されるようになっていた。せせこましい世の中になった、と、おじいちゃんが、ぼやいていた。ルビーの色に似ている、きみの、●●、という、きみの、ある部分の、名称は、つかってはいけない言葉に、なっているらしかった。わたしは、でも、その言葉を、声にして、外に漏らしていないし、紙に書くことも、していない。スマートフォンに、入力しようとしたときに、その言葉は、●●、と自動で、勝手に、●●に変換されたので、ああ、そういうことなのか、と思った。
朝だった。
五月の。
おそらく、そろそろ、五月病のひとたちが、町はずれの屋敷に、集い始める頃で、わたしは、鬱屈している町の空気を、部屋に入れないように、ぴっちり窓を閉めて、リリアン編みをしていた。本で読んだ、本場モロッコのミントティーを作り、飲みながら、おともだちにあげる、ゆびわを、編んでいた。
朝が、いちばん、はかどるから、好きだった。五月病のひとたちが集まる屋敷では、ひたすら眠り、延々とだらだらし、ずっと食べたいものを食べて、リハビリ、のようなことをしていた。わたしのお姉ちゃんも、昨年、行った。その頃のお姉ちゃんは毎日泣いて、入って一ヶ月の会社を辞めて、行った。すぐに辞めるなと、お父さんは怒ったけれど、毎日泣いているお姉ちゃんをみて、お母さんも、毎日泣いていた。わたしは学校に行って、おともだちと遊んで、ひんぱんに、きみのことを考えて、ごはんを食べて、お風呂に入って、それから、リリアン編みをして、眠った。
ときどき、インターネットで、つかってはいけない言葉をいくつか想像して、検索したけれど、スマートフォンと同様、つかってはいけない言葉は、自動変換で、●●、となり、では、つかってはいけない言葉一覧、を検索すると、表示された一覧表は、すべて、文字化けしていたので、つかってはいけない言葉が法律で決まっているのに、わたしたちが知らないのはおかしい、と憤ってみたけれど、苛立ちや、怒りは、無駄にエネルギーを消費するだけなので、すぐにあきらめた。それよりもリリアンで、ゆびわを編んで、はやく、おともだちにあげなくては。きみには、昨年の冬に、マフラーをあげた。ルビーという宝石を、わたしは、紙面や、画面でしか知らないが、でも、やっぱり、あの、赤は、きみの、●●だと思った。
リリアン編みと永久束縛