りんごのパウンドケーキと春の宴
りんごを、角切りにして、パウンドケーキの生地にいれて、焼いて、きみと、真夜中に、天体観測をしながら食べようか、なんて思いながら、だいたい三センチ幅に、切り分ける、祝日の、金曜日の午後。
窓の外では、春の花が、揺れて、動物たちが陽気に、歌い、踊り、笑っている。ねこ、りす、こぐまと、ことり。その、にぎやかさに、ラジオの音も、聴こえなくなるくらい。火にかけた、小鍋のなかの甘夏が、くつくつ煮えて、ジャムになってゆく。紅茶を淹れるための、水筒を、洗わなくては。ねこと、りすと、こぐまと、ことりの声は、なんとなく、判別できるけれど、りすと、ことりは、少しだけ似ていて、ぼくは、ときどき、まちがえることがあった。ねこは、甲高く、すこしいじわるな感じで、こぐまは、野太く、けれど、やさしい調子で、りすと、ことりは、かわいらしく、にんげんの、こどものようだった。切り分けたパウンドケーキは、白い大きなお皿にのせて、ラップをかけて、バスケットに入れた。動物たちの歌にあわせて、ハミングしているのは、花たちだろうか。ぼくたちの住んでいるところは、おそらく、きっと、世界のなかでもかなり、いや、とても平和で、穏やかで、やさしさに満ちていると思う。太陽の光はやわらかく、月の光はうつくしく、星は、いつだって輝いている。空気は澄み、自然があふれ、艶めき、争いを知らない。動物も、にんげんも、仲が良い。ぼくたちは、彼らが好きだし、彼らも、ぼくたちのことを信頼している。
小鍋のなかの、どろりと、かんぜんにジャムになった甘夏を、スプーンでかるくかきまぜて、すくう。ひとくち、味見。うん、いい感じだ。甘みと酸味が、ちょうどよく絡み合っている。甘夏をくれた、アルバイトをしている本屋さんの社長の顔を思い浮かべながら、パステルイエローの小鍋を、コンロからおろした。
ねこが笑っている。
りすが歌い、誰かが手を叩いている。こぐま、だろうか。
ことりはさえずり、花がさわさわと揺れている気配がする。わずかに開けた窓から、風が吹きこんできて、彼らの声が、ときどき、大きくなったり、小さくなったりする。日が、傾き始めていた。
ぼくは、少しだけ、眠くなっていて、エプロンをしたまま、ソファに腰をおろした。天体観測は、二十三時から。紅茶は、アールグレイにしようと決めた。
りんごのパウンドケーキと春の宴