猥接
いつか君に触れる前触れ
「もっと引くかと思った」
佐倉は心底驚いた、というよりは侮蔑を望んでいるように思えた。奥二重の瞳を見開くことなく数度瞬くだけのそれは、訪れるべき非難や罵声が彼を殴りはしなかったことへの落胆。ならばどうしてやるべきだったのだろう。自分より頭の半分ほど背の高い男を見上げながら、佐倉の爪先へと視線を落とした。
彼とは出会って間もない知人でしかない。共通点はコーヒーを愛することと、お茶請けには和菓子を添えたいだけの、男性にしては珍しいであろう趣味を持っている。だがそれだけだ。週に一度会って茶会、という名の会合を開いてだらだら話すだけの間柄だった。それに自分も向こうも豆の銘柄や産地に明るくなく、コーヒーと菓子が美味しければそれでいい。下手すれば飲み物が黒くて苦ければ何でも良かったのかもしれない。
苗字は佐倉、下の名前は聞いたことがない。年は自分より三つ下、知っていることと言えばトークアプリのIDだけ。それ以外は無知であったし、彼が何者で、普段何をして過ごして、どんな趣味に興じているかなんて興味すら湧かなかった。それは同様に彼が自分に関しての情報を得ていないということになるが、どちらかといえば彼は他人に関心を持つタイプらしいので、自分の名前も職種も覚えているはずだ。
そんな自分が、佐倉の家族や旧知にすら暴かれなかったであろう事実を告げられた。だがそれだけなのだ。自分からして大したことでもなく、この秘密が自分に多大なる損害を与えるものでもない。ただ、どうして自分が選ばれたのだろう、とは思う。
彼が住むアパートに招かれ、老舗和菓子店の豆大福と有機栽培のコーヒーを戴いて一息つくまでは、現状に至るだなんて考えもしなかった。これから下らない話に花を咲かせて、落ち着いたら適当に帰ろうと目論んでいた矢先のことだったので、佐倉が「見てくれ」と秘密をひけらかすまでは、いつもの日常をコーヒーと共に飲み込んでたのだ。
オレンジの閃光が佐倉の部屋を突き刺している。初めて招かれた部屋で、何の変哲もない空気の中にて、佐倉の爪先だけが嫌に目立っていた。漆黒を塗りたくった足の爪と、形良く並び、先細る指先。大きく広い足の甲を包むのは真っ黒な網状のストッキングだった。
長くも細く、肉付きも決して良いとは言えないふくらはぎや、硬く浮き出た膝、臀部に掛けて特に抑揚のない貧相な大腿を包むようにしてストッキングが纏い、白シャツの裾から留め具が覗いている。佐倉は恥ずかしそうに裾を握り締め、内股気味になりながらベッドの端に鎮座しており、自分は三つ目の豆大福に手を出していた。
「本当に引いてないんだよな?」
佐倉の秘密とは女装癖だった。念を押されて問われるが、自分は聞かれる度に首を縦に振って豆大福を頬張る。綿雪のようにふわふわとした餅と、表面に感じられるきつめの塩気が、餡との甘さによく合う。それだけどうでもいいことだった。
しかし当の本人は納得していないようで、テーブルの向こう側に座る自分を訝しげに睨み付けながら、自身のマグカップにコーヒーを足している。湯気も立たない液体も、カップの半分ほどで切れてしまった。ちぇ、とつまらなそうに口を尖らせるものだから、早急に大福をコーヒーで流し込んだ。
「俺が引けば満足か。なら今すぐお前を否定してやる。気持ち悪いとか変態とか、そういったのでいいか?」
「悪かったよ……流石にそれは嫌だ」
「なら何故不満を持つんだ」
「お前が無反応すぎるからだよ」
どう反応すれば彼は満足するのだろう。そもそも彼を満足させるために彼の部屋を訪れたのではないし、仮にも友と呼び合う仲なら彼に媚びてどうしろと言うのだ。どうにも佐倉は掴み所のない人間だ。黒が濃紺のように艶めく網目から、抜いたか剃ったか分からぬ肌を眺めながら、また一口大福を頬張る。できれば新しいコーヒーを淹れてほしかったのだが、言おうものなら彼は不服だと立腹するだろう。
友達は持つべきではないな、と餡を舌で潰しながらマグカップを持ち上げたが、飲もうとしたコーヒーは雀の涙ほどしかない。口の中が甘ったるくて仕方なかった。
「佐倉がどんな趣味を持ってもいいさ。何が好きで嫌いかなんて、俺の人生に何も影響を及ばないだろう」
「あーそう、そうね。そうじゃねえよ。本っ当にお前ってわけわからねえな」
「だって俺にも分からないんだ。どうしたらいい」
片栗粉に塗れた指先を捏ねくり回しながら、佐倉の求める先を自分なりに考えてみようとするものの、思考が鉄綿みたいにこんがらがって、絡むどころの騒ぎではなくなった。
自分には友人がおらず、かろうじて友と呼べるのも佐倉という男ひとりだけだった。友がいなくて不便したこともない、暇なら自分で消費できる。故に佐倉と決別したところで痛くも痒くもないのだから、然して自分は困らない。好かれようか嫌われようが、それもまた人生なのだし。
だが佐倉がここまで粘着するのだとしたら、自分に強いてほしいことがあるのかもしれない。あらゆることに無頓着なせいで、人の気持ちというものも想像ができない。そういう病か性格なので、なぜ彼がここまで怒るかも謎でしかなかった。正解なんて言いたくもないが、わざわざ自分に秘密を打ち明けたのだから、それ相応の何かが。
だがべたつく片栗粉みたいに下らないオチがついたら嫌だと思う。洗い流せるくらいの理由だったら今すぐ帰ってやろうと決めた。ついでに大福をもう一つ食べてやろうと手を伸ばしたら「俺のがなくなる」と叱られたので引っ込めた。
「分からない分からない、って。自分の意思ないの」
「事実そうだからだ。俺が分からないのに、お前なら分かるのか。お前が嫌いで言ってるんじゃないんだ。ただ、本当に分からない。お前がどうしてほしいのかとか、俺はどうすればいいのか、とか。珍しく悩んではいるんだが」
面倒ではあった。だが一応、友人なりに分からないというそれを繙こうという気があることに自ら仰天しているのだが、体も心も着いていかない。やはり面倒だ。
西陽が容赦なく殴り込んでくる部屋で、ふたりで半身を燃やしていた。佐倉の鎖骨まで伸びた髪が光に透けて黄金色になっている。染めているだけなのに、光に当てると案外良い色になるらしい。小麦畑を彷彿とさせる髪色の下はワンサイズ大きめのリネンシャツ、それからストッキング以外は履いていない下半身が飛び込んでいる。
膝の形がくっきりと浮かび上がっている。海に浮かぶ島のようにぽつんとふたつ並んでいて、何故か触ってみたくなった。その時初めてテーブルからベッドへと移動し、彼の脛の隣に腰を掛けてみる。陸上部の経歴を持つ割には筋肉も脂肪も薄く貧相な脚だった。だが女性みたいに着飾る脚はどこか誇らしげでもあり、いじらしくもあった。
「……気持ち悪いならそう言えよ」
「膝」
「なに」
「良い形、しているんだな」
上からじとりと凝視していた佐倉は「え」と小さな声を上げたきり黙り込んでしまった。また何かおかしいことを言ってしまったのだろうか。だが自分には行儀良く並べられた膝が双子の娘みたいに可愛らしく見える。母親の帰りを待って遊びながら寄り添う女の子みたいな愛着を抱いている。それもおかしいことなのだろう、だが触れてみたかった。
驚かせぬように細心の注意を払いながら、膝の窪みを軽くつつく。コツコツと小突いてもやめろと制することはなかったので、そのまま続けることにした。薄い皮膚に覆われた膝には余分な脂肪もなく、川原に落ちている丸い石みたいなみたいな骨が嵌め込まれている。
貧相ではあるが、惹き付けられる。これがミリョクテキ、というものだろうか。人の体なんて個体差があるだけで何が面白いのかと疑問だったが、網に包まれた脚は親しみやすい芸術品のように意味を持ち始める。窪みをずっとつついていると、それまで不貞腐れていた佐倉の表情が緩んでいた。擽ったそうに肩を持ち上げながら、しかしこちらが可笑しい何かというように白い歯を剥き出しにしていた。
「はは、荊木に膝を気にされるとは思わなかった」
「そうだな」
「実は俺も気に入ってる」
自分の脚を石膏像に触れるかのように恭しく手を這わせ、佐倉は自らの脚を頬へと引き寄せた。シャツから覗く下着も女物で、大柄の花の刺繍が施されていた。しかしお世辞にも収まりが良いとは言えず、あまり見てはいけないものが視界をちらつかせていたが、佐倉本人は気にしていない様子だ。
この頃にはコーヒーのこともすっかり忘れていて、佐倉も余った大福に手を出そうとしない。体育座りをして、膝に頬擦りをしている。身長は一八六センチと大柄なのだが、痩躯を折り畳んでしまえば少女の風貌に寄ってしまう。とても小さくて、ちっぽけな友人は嬉しそうに膝を擦りながら、ガーターベルトに指を引っ掛け始めた。
「俺、さ。女になりたいとか思ったことはないんだよね」
「なら女装癖があるということか」
「うーん、多分、そう、なんだけど。ちょっと違うかも」
「そうなのか」
「そう。女物の服は俺の体型もあるからたまに着てるけど、そういうことじゃない。どっちかといえば下着とか、ストッキングとか、人から見えないものを着けていたい」
「女性の気持ちになりたいからか? それとも興奮するとか? 落ち着くのか?」
「どうなんだろう。ただ分かるのは、俺には似合わないってこと」
そう言うなり佐倉は後方へと倒れ込み、長い脚を前方へと伸ばした。マニキュアを塗った爪先が大福入りの真っ白な箱を転がし、中からころりと大福が転がる。多分食べても咎められない気がしたので、すかさず手にして頬張ったが、案の定反応はない。ぶらぶらと足をばたつかせたり、ベッドの上を転がっている。
随分と落ち着きのない奴だ。大福を齧りながら自分もベッドの端に腰掛けると、窓から差していた夕陽はいつの間にか彼方へと沈んでいる。オレンジに縁取られる住宅街を眠らせるようにカーテンを閉めると、相手はこちらに一瞥もくれずに己の膝を撫でている。柳のようにほっそりとした指が接触する様は骨の交合、といったところだろうか。
「俺さ、体は貧相で好きじゃないんだけど、自分の骨の形は気に入ってるんだ」
「ああ」
「俺には似合わないけど、何となく俺の骨に似合う気がした」
大福は三口で食べ切った。水分が調達できないのは心苦しかったが、白に塗れた指先をジーンズに擦り付けて食を終えると、佐倉がようやくこちらの存在を認識し、膝に触れていた手で自分の手を取った。先端だけ冷えた指先が指の頭に触れ、こつりと当たる。
確かに骨の形は魅惑的だった。理科室に置かれた骨格標本を連想させるようなか細さで、肉が薄い彼なら尚更骨の造形が際立つ。自分は骨マニアではないが、彼が言う、他人からすれば意味が不明な言い回しも少しだけ分かってやれる、そんな気がする。人の気持ちが理解できない自分に、共感する能力が備わっているとは思えない。
だとしたらきっと欲望だ。菓子を摘むように、彼の骨に惹かれ始めている自分を認知したら、欲望は行動になる。似合いもしないと自覚している女性物の装飾を施す彼の感性や情緒を大事にしてやりたいとすら思い始めていた。
「俺はファッションにも明るくないから、上手くは言えない。だけどお前がそう言うなら、きっと似合うんだと思う」
「俺に流されて言ってないか?」
「いや。本当にそう思う」
自分からひけらかしておいて、本人は疑心暗鬼に下から見上げていた。人はこんな形相になれるのか、というほどに悪どい顔つきだった。顔はそれなりに男前だろうから、尚更酷いものだ。
了承を得ぬままに彼のシャツに手を掛けた。黒のボタンをひとつずつ外したが、佐倉は抵抗しない。四肢を投げ出してこちらの動向を伺っている。その間にもボタンを外す毎に、布が彼の胸元から逃げて色素の薄い肌を露出させている。そこに見えるのは先程覗いてしまったショーツと同じ柄のブラがあり、慎ましやかにも程がある胸元をすっぽりと覆っていた。
目を擦ったところで、どうしても佐倉本人には似合う代物ではない。だが骨には似合うだろうという不可解な理屈がすとんと腑に落ちるということは、少なからず彼を形作る組織には合うのだろう。性的な象徴だとか、ジェンダーファッションすら置き去りにした彼の言い分は、ずるいくらいに彼にぴったりなのだ。そう、皮膚の内側で眠る骨に、よく合うのだと。
「黒じゃないんだな、青に見えなかった」
「さっきの夕焼けのせいだろ。俺、青が好きなんだ。それに白いものが余計白く感じないか」
「そんなものなのか。そうか」
細長い図体に、無理矢理嵌め込まれたピースのように着飾った女性物の下着。黒に見えた下着はよく見ればダークネイビーのサテン生地に紫系の大振りな花が咲いている。女性の下着はあちこちに可愛らしさや美しい装飾が施されていて、身に付けたいとは思わないものの、客観的に見れば惹かれるのは一理ある。
彼は日に焼けづらい体質らしく、外に出ることが多くとも白い肌が小麦に色づくことがないらしい。だからか、黒よりも青が透ける血管を際立たせて、一層不健康に、貧弱な存在に落とし込む。男よりも、女よりもか弱い生き物みたいだった。あくまでそう見えるというだけで、彼は現状に困ったわけでもなさそうだ。
「俺が気持ち悪いって言ったらどうしてたんだ」
「まあ……友達やめても困らないよ。困らないけど」
「ああ」
「寂しいかも」
足の指を彩る色彩もネイビーだった。ぎっしりと大粒のラメに覆われた足元がたまに丸まったり、反ったりしながらベッドを行き来している。腹が満たされたせいか、それともカフェインを摂って間もないせいか、生欠伸が止まらない。急ぐ用事もなく、帰れる雰囲気でもなかったので彼の真横に横たわると、藍色のように寂しがる彼はこちらへと体を横転させ、先程掠めた指先を控えめに握る。
握るというよりは摘むか重ねるかだけの触れ合いだった。やはり彼の末端は温度がぬるくて、近寄ってもふたりの隙間を暖めそうになかった。
女らしい顔立ちでもなく、骨格でもなく、肉付きも悪く、どう足掻いても女性にはなれない佐倉は、あちこち跳ねたウルフヘアをくしゃりと乱しながら、くしゃりと笑ってみせる。部屋を染めていた夕陽みたいに朗らかで、これから去る寂しさや夜の微睡みを含んでもいる。
ひとりで美しい骨を抱えているのは寂しいものな。根拠はないけれど。美しくも不似合いな装飾で骨を讃える友人は、きっと自分より変わっていて可笑しい。だが面白い。
「もしかして、下着じゃなくても良かったんだろ。似合うなら」
「…………よく分かったな。というか俺以上に理解してる?」
「さあ……何となく。お前のことを知らないから適当に言ってるけど」
「はは、変なの荊木って。名前も変だけど」
苗字みたいなへんちくりんな名前をいたく気に入っていたのも、そういえば彼だった。命名に不満も文句もなければ、執着もなかった。しかし彼に呼ばれるなら、自分が荊木という人間だと許可された心地になる。それで彼を認める、ということでもないが、好きにすれば良いのだ。咎める権限は自分にはないし、興味もないし、面白ければいいではないか。
それに彼が言う骨の形状は自分も気に入っている。丘の頂上に聳え立つ樹の枝や根のように規則的に広がっていて、なだらかな曲線や硬度が、柔らかな白玉の中にひっそりと収まっているようなしめやかさで、主張されればされるほど、手に取りたくなった。
「お前が羨ましい」
「そう? 得もしない趣味だけど」
「そうやって夢中になれることがあるだなんて、俺にはない。精々お前と語らって、菓子を食って、コーヒーを飲むくらいしかすることがない。だからお前が俺に教えてくれた秘密は尊重してやりたいと思うし、それにお前の骨は良いものだと思う。その下着とか、多分、悪くない」
掴んでいた指が川辺の小魚みたいに勢い良く跳ね、手を擦り抜けたかと思うと、今度は細枝の指がしっかりとこちらの手を掴んだ。手の甲は白雪を被せたように頼りないくせに、手の内側はじんと熱くて厚い。目蓋の内側から無理矢理力が働いて、閉じかけないようなあたたかい誘惑。
これがここちよい、という感情。いや、彼と出逢ってからずっと味わってきた。苦い湯や菓子の甘味に誤魔化されて気付かないだけで、佐倉の隣は寝具のように何でも受け止めてくれた。知らないことだらけだったが、暴かれない快さもあった。全てなんて受け止めてやろうと思わないが、眼前に投げ出された腕も、ストッキングに飾られた脚も、心の内で大事にしてやろう。たとえ自分に価値がないものだとしても。
「いばらぎ、眠いのか」
「ん。なんか、落ち着く」
「女装野郎の隣でもか。はは、やっぱ変なの」
虚ろになる意識の中で、佐倉の腕が引き寄せた気がした。若者に人気だというボディーローションは人工香料独特の甘ったるさで頭が痛かった。何の匂いとも取れぬそこからは密やかに佐倉の体臭が入り交じっている。
男だし、女じゃないし、恋は数度しかしたこともない。報われなかったし、そもそも友達を作らなかった自分には、他人の体温ほど持て余すものもない。触れられたらどうしたらいい。触れたらいいのか。友人同士でもこうして触り合う間柄は存在するのだろうか。同じ人なのに分からない。浮き出た鎖骨だとか、陰る窪みだとか、自分とて同じものを持っているはずなのに、到底同じ生き物に思えない。
恐る恐る腕を回すと、上背の男でもすっぽりと腕に収まった。自分と同じ胴回りか、またはそれより細いか、不安すら煽る体を労わるように摩ってみると、肩甲骨の下あたりに硬いものが引っ掛かる。それは後にブラのホックだと判明するのだが、この時の自分は背骨が浮き出ているものだと勘違いして、必死にその箇所を撫でていた。
ご飯も食べているし、金がないわけでもないし、ブラック企業に勤めているわけでもない。それでも痩せっぽちで、大人っぽい下着を身に付けていても童顔は変わりやしない。へらへら笑うところも、成人を迎えているはずなのに幼くて。
変なのはどちらだというのだろう。絶えず背中を慰撫していると、佐倉の指が項を擽った。佐倉ほどとは言わずとも、首が隠れるくらいに伸びた髪を引っ張られて、揺れる意識はますます波打つ。遠くて掴めない。
「さくら、眠い。俺もう帰らないと」
「良いよ、寝ていけよ。俺も寝る」
「でも半裸は風邪引くぞ」
「うん……まあでも、湯たんぽがあるし」
漫ろな指先を捉えてくれたのは佐倉だった。落ちないように、沈まないようにと優しい手付きで自分を抱き抱えると、佐倉は短い睫毛の帳を降ろし、あろう事か自分より先に意識を手放してしまった。
長い脚が自分の脚へと入り込む。硬い棒みたいな大腿を脚の間に挟みながら、ぼんやりと考えるのだ。骨に似合うのが女物の下着とは、やはり難解だ。それが分かると思った自分はもっと難解だ。だが薄っぺらい佐倉に抱かれて眠るのはきっと気持ちが良い。鼻につくボディーローションの香りに顔を顰めながらも、もう一度彼の背骨に触れる。
ひとつひとつの節に自分の指を一本ずつ配置して、アコーディオンのようにばらばらに指を動かしたところで、洩れるのは肺から押し出される寝息だけだった。
骨も楽器になるのだっけ。悠長に彼の背骨を押し上げ、ぬるい体温に浸かりながら彼の下着を見詰めるのだが、やはり彼には似合わない。だけど不似合いな下着を着ける佐倉は嫌いじゃなかった。
「佐倉、骨に似合うものって知っているか」
もっと良いものがあるのだと教えてやりたかったが、自分を包む腕に意識はとうとう揺蕩って、離れていく。辿り着くなら彼が好きな濃紺みたいな夜がいい。ラメを鏤めたぎらついた夜にまた出逢えたら、今度は自分の秘密でも教えてやることにした。
「さくら。…………」
彼の秘密より些細なものであるし、そんなに大事なものでもないから。折角なら教えてくれたひとりの友にくれてやってもいいと、そう思える日暮れだった。
猥接