福原令和

竹中透

  1. EPISODE.0
  2. EPISODE.1
  3. EPISODE.2
  4. EPISODE.3
  5. EPISODE.4
  6. EPISODE. 5
  7. EPISODE.6
  8. EPISODE.7

EPISODE.0

取材陣のフラッシュ音がパシャパシャとたかさる音。多くの報道陣並びに日本国民老若男女の視線がその1点に集中。紛れもなく緊張の瞬間である。官房長官が緊張した面持ちで台紙を掲げる。私はその瞬間声にならない声を漏らした。

「令和」

それは私の名前であった。

年号が平成から令和へと移り変わる。天皇制度という日本独自の年号が変わる瞬間。普段政治に全く興味を持たない人もこの時ばかりにテレビに釘付けになる。この一瞬も数年経てば過去の出来事へと変貌を遂げ、更に数十年後、新たな年号が変わる時に同じ場面が到来するだろう。

誰だったか忘れてしまったが、
「変化を受け入れなければ何も始まらない」というフレーズが頭を駆け巡る。誰だったっけ?しばらくの間、記憶をほじくり返してみるも思い出せない。出かかっていることは確かなんだけどな。

私の名前が年号になる。
真っ先に頭を駆け巡った先は高校だった。

クラスメート達が私をからかう姿が用意に想像できる。無視する事自体はとても容易だが、更にそこから派生して彼らを刺激してしまう可能性も考えられる。

「あ?、まいったなぁ?」
髪の毛をいじる。

そんなことを考えていると頭の中がごちゃごちゃしてきた。そしていつの間にか意識が遠のき、夢の世界へ誘われる。

数日後、新学期初日。
憂鬱とは正にこのことを差すのではないか。太陽が今日も元気一杯に仕事をしている。全国に令和さん、並びに令和君は同じ気持ちではないだろうか。それともこんな不安を抱えているのは全国で探してもこの私だけなのか?ふとテレビに目を移すと漢字違いの伶和さん(85才男性)がインタビューされていた。まさか全く同じ漢字の私に取材が来ることはないだろうか・・・。いやそれは勘弁してほしい。でも待って、ギャラがもらえるなら・・・いやないない。一生の分の恥を記録されてしまう。例え削除したところで一度ネット上に上がったものは、そう簡単に抹消されないご時世だ。数年たった後でも、後ろ指を差される人生だけは何が何でも避けたい。

札幌星稜高等学校二年生の私の学校での立ち位置をザックリ語るとすれば、まぁ《普通》という言葉がしっくりくるだろう。一応友達グループには属しているものの、それも最小限での付き合いだ。友達からはどう思われているかなんて正直わからないけれど、学校で無駄な労力を使いたくないのが何を隠そうこの私、福原令和である。言ってしまえば私の学校での行動は常に《省エネ》を第一に考えた先の行動と言っても過言ではない。

そんなこんなで重い足取りのまま、教室のドアの前に到着。こういう日に限って登校中に友達に会うこともなく、先生からも声をかけられることもなく到着してしまうのだ。身長164センチ、女子の中ではかなり背の高い部類に入る私。神様の存在は一切信じない主義だがあえてこの場で神様を一度憎むことにする。神様、ちゃんと仕事してよね!と。

悩んでいても仕方がない。悩んでいてもキリがない。時は残酷にも進み続けるのだ。新学期を迎える新一年生であれば仕方がない事だろうが、なぜ二年生になった私がこんなにもドアの前で緊張をするのだろうか。

私はドアを開く。
間違った、引き戸だ。誰にも見られていないことにホッと胸を撫で下ろす。ってこのドア、なぜ閉まっているの?体育の着替えの時を除き、常に解放されているのが教室の学校のドアの役回りではないか。今日に限って・・・やはり神はいないようだ。

ガラガラガラ。設立1977年の当校舎はかなり年期の入ったオンボロな音がする。予算がないことがその辺の幼稚園児でもわかるだろう。聞くところによると生徒数が年々少なくなる一方で、一つ下の一年生は私の学年よりも1クラス少ないらしい。この分だと校舎改修は私の在学期間中は無理な話だろう。

皆の視線が私に注がれていた。
シンと静まり返った教室。あまりの静寂に一瞬思考が停止するもハッと我に返り、黒板に貼られている席表を見る。窓側後方の席だ。当たり席ではないか。ちらほら拍手が鳴り響き始める。

あーはいはい、来た来た、来ましたね!今日の私はいつになく省エネで行動していくことに決めている。

口々に「福原令和の時代が来たなー」「バカ、あと一ヶ月あるって」等ニュースやSNSで流れていた内容がここでもしつこいくらい反芻される。

あぁかったるい。サボりたい。そんな気持ちに何度も何度も悩まされながらもホームルームが始まるまでこのくだらない会話を耐えなければならないと思うと憂鬱以外ものでもない。

友人グループにソッと目を向ける。明らかに目を逸らされる。仕方がないか、自分が逆の立場であれば同じ行動を取るかもしれないと諦め、机に顔を伏せる。第一に目立つ事を極力控え時間が過ぎるのを待つのだ。それに限る。
バカな男子達が私を取り囲む。「令和、令和」と合唱がスタート。
こういう時に限って時間の経過が物凄く遅く感じる。今私を取り囲むバカな男子とは同じ年月を生きてきた人間とは到底考えられないし、そもそも今回令和を決めた有職者、更に万葉集を憎むことにする。

ハハハ。なぜだろう、今日は憎んでばかりな気がする。いつからこんなに人を憎むようになったのだろうか。最近母に「あんた顔がキツくなったわね」と冗談で言われて「遺伝遺伝」と軽く返したが案外こうした下らない日常が私の顔面生成に影響を与えているのかもしれない。笑顔、笑顔。

「おい、令和がニヤけてるぞー」「おまえが令和令和、言うからじゃね?好きなんじゃね」「止めろってバカ」

令和、令和。

一人では何もできないくせして、集団行動になると羽目を外すバカ共。親の顔が見てみたい以前に、大学受験に必死になっている姿を高みを見物したい。そんないろんな思いが交錯した結果、吐きそうになる。もう我慢ならない。私は立ち上がる。椅子がガラッと響き渡る。男子達が一瞬驚く。

よく映画でとても重要なシーンになると無音になる、正直あざとい演出が使われる場面を見たことがある、まさにそんな感じ。映画を見ている訳ではない、これは現実だと後悔するも時既に遅し。絶対に省エネで数時間を貫きたかったのに・・・。

ガラガラガラ。

「おっはよーう!」

難を逃れた。
ターゲットの変更。全て持っていくムードメーカー。
教室に入って来た人物、それは広瀬多香美。
一年生の時も、嘘か誠か体調不良で学校を休みな病弱体質の女子。身長155センチ、真っ黒なロングストレートヘアで日本人形っぽい顔立ち。しかし喋るとそれらが一気にガラガラと崩れ去る。要するにクラスに一人はいるとても残念な子だ。相変わらずな天然っぷりを発揮する。

「あっぶなーい、あっぶなーい、まだ先生来ていないよね皆、これからもよろしくね」

ピース。
笑いが教室内を包む。

さてここでもう少し私の紹介を始めよう。

私は目立つことが嫌いなの高校2年生だ。私の両親は共働きで弟が一人いる。名前は龍。小学3年生、必死に隠し通していると本人は思っているが、既に名前負けをしてイジメを受けていることを私は知っている。ここで良い姉を演じるのであれば弟を助けるだろう。だが私はそれをあえてしない。なぜならば人は一度助けてもらうと、助けられグセが付くからだ。そして人はそれを繰り返す。と弟の漫画で読んだことがある。弟の性格上イジメを受けて命を自ら絶つことは絶対ありえない。むしろそんな弱い弟なんていらないよね。

そんな私、これといった夢がない。普通に目立たない生活を送って普通に大学へ行って就職して、結婚して子供を生んで死んでいく。特に大きな難題にぶつかることなく、ごくごく《普通の日常》を歩んで生きていければいいと心の底から思っている。そう、私にキャッチコピーが付けられるなら、ごくごくフツーのちょっとだけ背が高い女性だろう。・・・あぁ、一歩引いてみると誰にも興味を持ってもらえなさそうだ。

ちなみにこれまで自分をかなり蔑ましてきたが、私には何とびっくり、彼氏がいる。来月で丸2年になる、二歳年上の大学生だ。いわゆる秀才に見えるタイプだ。付き合った当初は二年多くに生きている訳あっての豊富な知識で、良いも悪いも含め普段の生活では見ることのできない新しい世界を見せてくれたのだが、最近は化けの皮が完全剥がれ、まるで別人だ。悪口が何百と軽く吐けるくらいだ。

正直な気持ち、別れるのがめんどくさくて付き合い続けているのだが、それもついこの間でシッカリと縁を切った。私の性格上、別れた後も友達関係をズルズル付き合うのは嫌い。引き出しに閉まってある数少ない思い出の写真もスマホにちょっどだけ残っている写真も全て闇に葬った。気分爽快、喉が極限まで乾いた時に飲むスポーツ飲料並に清々しい日を迎えた事がまるで昨日のことのように感じる。

さて物語の本筋はここから始まる。ある日私の日常に大きな変化が訪れる。自ら動いて変化を好むタイプの人間ではないことは既に周知の通りであるが、それでいて可笑しな世界を体験することとなるのだ。

多香美にかなり助けられたその日、午前授業終了のチャイムが校舎内に鳴り響き、私はネカフェで好きな漫画の新刊でも読んで時間を潰そうか、もしくわスマホのケース新しく買い換えようか迷っていると、前方で突っ走る広瀬多香美の姿を捉えた。

学校にうまく溶け込めない彼女を私は知っている。今日は額に大きな絆創膏が貼られていた。父親が酒乱で暴力を振るわれたのではないかとふざけ半分で指摘を受けるも、本人曰く転んだそうだ。はたして本当だろうか。

そんな多香美が目の前を颯爽と通り過ぎていく。しかも走全力疾走。子供走りで。失礼ながら笑ってしまった。

携帯ガサ片手に高校横の坂道を駆け上がる。
ネカフェよりも携帯ショップよりも多香美のその不思議な行動が私の何かを狩り立たせた。

ポツポツ。
知らぬ間に太陽が雲に完全に覆い隠され雨が降り始める。あれ程までに暑苦しいオーラを放っていた太陽も仕事が一段落したらしく、帰宅したわけだ。

ゼーゼーと言いながら多香美を追う私。約10センチの身長差があるはずなのに全然追いつけない。多香美ってこんなに足が早かったっけ。

一年前、彼女を初めて見た印象は、ぽっちゃり。でも今はどうだろうか、久しぶりに見たというだけで、ここまで人が変わるだろうかという程スマート体型になっている。でも走りは子供走りなのが笑える。思い出し笑い。誰も見ていないようだ。ホッとする。

そんなこんなで頭の中で多香美像を追っていると案の定、本物の多香美を見失ってしまった。まさか脇道に行くとは思えないので道なりに山を登り続ける。

バチン。光った。雷ではない地上で光ったのは確かだ。雨が強くなる。風も強く吹き出しこのままだと傘の骨組みが悲鳴をあげるのも時間の問題、引き返そうとした矢先、再び発光。
脇道の向こう100メートル先で光を感じた。多香美がそこにいるかもしれない。制服の汚れを気にすることなく、足場が悪い中を光に群がる虫のように私は光に吸い寄せられた。

御天山と呼ばれるこの山は私が小学生だった頃、遠足でよくきた山の一つだ。ちゃんと歩く道は舗装され、ご年配の方もミニ登山として利用されている方が沢山いるそうだ。でも今はこの雨天だ、人の姿は皆無。

けっこうな距離を歩いた。
私はその辺にいい感じの切株に見つけ、腰を降ろし空を見上げる。雨はいつの間にか引いていた。

虫。羽虫。
悲鳴。

子供の頃虫取りを果敢に行っていた天真爛漫な私はどこへ行ったのだろうか。本当に同じ自分なのか違和感を抱く程、最近自分自身と距離を感じることがある。人間とは変わる生き物だ。これも元彼氏の言葉だ。最悪。

バシュ!

再び眩い光。
私はラストスパートだとばかりに身を奮い立たせる。しばらく進むと前方に洞窟ような空洞を発見。とそこからあの広瀬多香美の姿が現れる。私はあまりの予想外の出来事に腰の抜かし後ろに無様にひっくり返る。

「痛タ」

多香美には気づかれなかったようだ。しかしこのタイミングで私のスマホが鳴る。見なくてもわかる。おそらく元彼氏だ。しつこい奴。慌ててスマホを手で抑え込む。
やっとおさまった。
ふと顔をあげると、多香美がこちらを見ている。

「もしかして、れ、令和さーん?」

沈黙という静寂が訪れる。

「あ、えっと、」
「どうしたの、酷い格好で」
見るとスカートを始め、体中泥だらけであったことに驚く。
多香美が突然笑い出す。それも甲高い子供っぽい個性的過ぎる笑い声で。

「わ、笑うなよ」

「ごめん」
口では謝っているものの、顔は相反して反省の色が全く伺えない。隠し事ができない典型的なタイプで間違いない。
背を向ける多香美。

「あのさ、見なかったことにしてくれる?」

は、はい?多香美さん、今なんて?
多香美と話したことは数えるくらいしか思い出せない。実際に一体一は初ではないだろうか。

「さっき光ったよね?」私だ。
「それは質問?」
「まぁそうかな、あんたなんか知ってるでしょ」
「・・・そうだ、令和ちゃんも来る?」
「えっ?」

振り返る多香美。

「ね、令和ちゃん」

ちゃん付けかよ。

「あっ、これも運命だよ。そうそう、ディスティニーだよ」
両手を大きく広げる。こちらに手招きをしている。

「正直、令和ちゃんも私達側だよね?うん、そう。絶対そう。令和ちゃんならスラッとしているから様になりそうだなー」

何言っているんだろう、この子は。
独り言を発する多香美。ぶつぶつ言いながらこちらに来る。

「じゃあ、決定ね」

突然手首を強く掴まれる。小柄な女子では到底出せない圧力を感じる。ギシギシと効果音が聞こえてきそうな強い握りに根負けし、洞窟へと強引に連れて行かれる。

「ねぇ、離して!」
「後で話すから」
「違う、その話すじゃなくて・・・」
「まーまー、時間はたっぷりあるんだからさ、令和ちゃん」

やはり多香美という子はオカシイ。間違っても友達になれるタイプではなさそうだ。もしかして私このまま殺されないよね?


☆ ☆ ☆


何が起きたのだろう、私は地面に叩きつけられた衝撃で目を覚ます。幸いにも下はコンクリートではなく草地が生い茂るジャングルであった・・・。

「えっ!ジャングル!?」



続く…

EPISODE.1

目を覚ました場所がジャングルだった。
うそ、ありえない!!
ここは札幌、確か御天山を登り続けて、洞窟を見つけ、そこで広瀬多香美の姿を発見して、そして・・・ジャングル♪

いやいや、オカシイって!
どこをどう間違えれば密林で目を覚ます人がいるの!
あーだーこーだ頭の中でボケ担当とツッコミ担当が言い争っているうちに、いつの間にか泥だらけの制服が完全に乾いていることに気づ

く福原令和であった。

本当にジャングルに来てしまった。

「おーい!」

遠くで声が聞こえる。多香美だ。どうやら私を探しているらしい。
ここで彼女を避けたところで今抱えている問題解決にはならない。地理感覚は一般レベルの私ではあるが、サバイバル経験なんて人生行

きてこの方17年、一切体験したことがない。あえて言うならキャンプ経験くらいは役立つだろうか。

低くくぐもった音がどこからともなく聞こえた。
何を隠そう私のお腹の音だと気づくまで数秒を要した。誰にも聞かれなかったようで安心。思い返してみれば午前授業を終えた後、その

まま御天山を駆け上がっている。あれからどれくらい時間が経ったのかわからない。鞄からスマホを取り出す。

時刻は10時15分。
違和感。
学校が終わったのが12時30分だったような気がする・・・どう考えたって計算が合わない。

「あっ」

アンテナが立っていなかった。
簡単な事だ、ジャングルでは電波が通っていない。どうりで別れたばかりの彼氏からの鬼電がピタッと沈まっていた訳だと一人納得する

「あーもぅ!」

行き先のない怒りに苛立っていると背後で、葉が揺れる音が聞こえた。

ガサッ。
再び背後で葉が揺れる。
ちなみに葉といっても笹の葉ではない。熱帯雨林地帯に生えていそうな傘サイズだ。ちなみに折りたたみ傘ではなく、一般的な傘サイズ

である。要するにバカみたいにでっかい葉っぱだ。子供の頃に見た恐竜図鑑とかで見たあれね。

ガサッ。
明らかに何かが接触した音。何者かが葉一枚挟んだ向かい側にいる事に間違いない。前方に多香美の姿が確認できることから、彼女では

ないことは明白だ。

ガサッ
全貌が見えた。

「っ!」

声が出せない状況。
呼吸をするのを忘れてしまうくらいの衝撃を受ける。

その姿、私は以前見たことがあった。
それも遠い昔の話。
今は亡きお婆ちゃんの築50年以上の家。
畳の部屋の隅っこで生活している、ワタワラ動くおぞましい生物である。

ワラジムシ。

しかも無駄にビックサイズ。
私の身長と大して変わらない、想像したくないのは十々承知であるが、恐らく立ち上がると2メートルは越す勢いだ。あれ、そもそもワ

ラジムシって立ち上がらよね。
触覚が小刻みに動いている。あまりに異質で不条理なこの瞬間、私は目の前にいる不格好で滑稽なワラジムシの姿を見て笑いがこみ上げ

た。でも声は出なかった。

間違いない、これは夢だ。

夢だと私の脳が判断すると、あれ程ガッチガチに固まっていた体が嘘のように動き始める。
どうせ夢なんだ。何だってできるとまではないにしろ、この場から逃げ去ることくらい、この私にだって簡単にできる筈だ。と思ったは

いいが、ビジュアルがワラジムシだけにゾワゾワ感が全然拭えない。

ドン。
あろうことかワラジムシが頭をぶつけてきた。
バランスを崩し転倒。変にリアルな感触。

夢なんだよね。

あの頃の記憶が蘇る。
小学生の頃に公園から自宅への帰り道、自転車に乗っていた小さな私は横から軽自動車に突き飛ばされた。あの時は上手いこと受け身を

取ることに成功し、大ごとに至らず帰路に着く事ができた。
勿論、転倒によって腕から出血していたので母からこっ酷く叱られた記憶が事故に遭ったことよりも鮮明に刻まれている。
そう、あの衝撃にとても近い。
ワラジムシってむちゃくちゃ硬い。

「令和ちゃん、逃げてっー!」

誰の声かと一瞬思考が停止したが、多香美の声と少したって認識する。
この際、彼女に満面の笑みで「私、ワラジムシを飼ってまーす」とでも言ってやろうか。

ガサッ

音のした方向に顔を向けると、多香美が飛んでいた。
文字通りに空を飛んでいた。手にはカマ?いや薙刀だ。
私の頭は未だにこんなファンタジックな妄想をする程の空きスペースがあったのかとウンウンと関心をしつつも、多香美がどんどん上か

ら接近してくる光景に目を奪われる…。

グッシャッ!

目を開くと、目の前にいたワラジムシの胴体が真っ二つになり、地面に転がっていた。
ピクピク痙攣している。
ドス黒い液体が周囲に飛散。
生暖かい感触に自分の額を触ると得体のしれない液が付着しているのが判明。反射的に悲鳴をあげる。そして襲ってくる物凄い吐き気。

「大丈夫?怪我はない?」

嘔吐。
キーンとした耳鳴りが私を襲い、多香美の声が反響してくる。視界がぐらつきはじめた。あ、もう無理だ。

「そうだよね、わかる。私も最初そうだったから」

ガサッ。
再び背後で葉の音。残念ながら一体ではなさそうだ。最低でも5体はくだらないだろう。
彼女に身体を支えられているからいいものを、今パッと手を離されたら間違いなく転倒するだろう。

再び視界が真っ白になっていく。
よく映画で演出されている、あれ。なんて言うんだろうか、あの白いモヤ。案外単純に〈白モヤ〉で通るかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えながら、私は気を失った。



顔面に葉が容赦なくバシバシ当たる衝撃に目が覚め、多香美にお姫様だっこ状態で抱えられている私。
なぜ自分より小さい女子高校生に。
目を開くと勇ましい多香美の顔が目の前にある。
こちらに気づいたようでニヤリと微笑まれた。
多香美は私を抱えたまま林を突っ切っている。
舌を噛んだ、血の味がする。意識が再び飛ぶ。



「もう安全だよ、令和ちゃん」と多香美の明るい声。何度か名前を呼びかけられハッと目を覚ます。

あのゾッとするワラジムシ集団から逃れたらしく、前方を見ると多香美が薙刀の刃先を葉で豪快に血を拭っていた。

「あっ」

まるで生まれたばかりの子鹿のように、バランスを崩し再び転倒し私は気を失う。



目を覚ますと辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
目の前には焚き火がある。
前方には多香美、そしてもう一人こちらを見ている同年代の女の子の姿。初めてみる顔。

ショートカットに短パン姿。

ケンカをしているのだろうか…大きな声が聞こえてくるが、内容までは届かない。よく聞こえるよう顔の向きを変えようとすると、短パ

ン女子がこちらにやってきた。

握手を求められた。
やはり初めて見る顔だ。

「私、明日奈。君は?」
「令和」
「えっ?」
「福原令和」
「レイ、ワさん、どんな字を書くの?」

きょとんとした顔に映っただろうか。多香美がこちらにきて口を挟む。

「年号と一緒だよ」
「ネン、ゴウ?」

割り込んでくる多香美。

「あー、そうだったね、明日奈ちゃんは知らなくて当然だよ。リアルワールドで年号改正があったの」
「へー」

たいして興味はなさそうだ。

「そうそう、言い忘れたけど、こっちの一日はあっちの5分なの。一週間が30分、一ヶ月は2時間くらいかな~」

「は?」

何度か説明をされた。
彼女の言っている事が本当に正しいのであれば、先程の時刻のズレに納得いくかもしれない。そもそもその背中に軽々背負っている薙刀

はなに?この夢のような現実はなに?あまりの情報量に頭がパンク寸前。

整理しよう。
とにかく私の願いは元の日常に戻りたい。
目の前で多香美と明日奈が意味のわからないワードを使って延々と続きそうな会話をしている。

狼の雄たけびが聞こえた。
狼がいるのかこの世界は。ちょっとやそっとの事では驚かない自分にちょっと引く。

暗がりの森の奥に視線を移す。
闇、闇、闇、真っ暗闇だ。
2、3歩くと前と後ろの概念が消えそうな危険過ぎる森。例え私が二人から逃れ、このジャングルの中をを走りきったところで命がいく

つあっても足りない、今はとにかく安全なここから離れないようにしなければならないという結論に達する。

お腹が鳴った。
二人の会話が止まり、あろうことか二人揃ってこちらに視線を送る。
私なのがバレバレだ。

「はい」

多香美の鞄から何か取り出された。
目の前には、差し出される得体の知れない物体。

「なに?」
「ほれ、ほれ」

得体のしれない物体を目の前でブンブン振り始める。無視していると、気に食わなかったのか物体を近づけてきた。私は自然とそれを避

ける。

「ん」
「え」
「ほら、お腹空いてるんでしょ?」
「いや、いい、いらない」

ふてくされて自らその物体を噛み始める多香美。
噛む?
クチャクチャとしばらく噛み続けているクチャラーのシュールな光景をただ呆然と見る私。

「スルメ」と明日奈。

うん、それはわかった、けどなんでスルメなの。女子高生の鞄の中にスルメが入っているなんて初めだ。彼女は強引に私の手の中にスル

メを滑り込ませてくる。そして颯爽と去っていく。どこか勇ましい後ろ姿。

「案外いけるよ」と明日奈。
意味がわからない。私は多香美を追いかけた。

近づいてくるのを事前に察知されたのか、振り向く多香美、笑顔。

「説明して…でしょ?」

読心術でも使えるんかい!



少し歩くとキャンプ場らしき場所に到着した。多くの人だかりができている。
みんな私たちと年齢がそこまで変わらないように見える。

リズミカルな音楽が鳴り響く中で、多香美に手を引かれその人だかりに入っていく。近づくにつれ大きくなる音楽。ライブ会場かと思う

くらいの熱気。しかしここは森の一角だ。

ダンスをしている集団がいる。
一連の動きに合わせてキレッキレのダンスを踊る。多香美が顔を出した瞬間、ザワザワと声が聞こえ始める。

「多香美だ、多香美だ」と周囲からのざわめきが聞こえる。
「まあまあ」と両手でなだめはじめる多香美。何食わぬ顔で、曲の切れ目のタイミングを見計らって、センターラインで踊り出す。

嘘だ。あの多香美がダンスを踊る?

しかも驚く事に無茶苦茶上手い。
高校のダンスの授業でもあんなキレのいい彼女を一度として見たことはない。どちらかというと運動オンチの部類に入っていた筈である

。美しい。私はただそのダンスを不覚にも魅入ってしまった。

肩に手が置かれる。

「凄いよね」

隣に顔を向けると明日奈。誰かと思った。初めて彼女の笑顔を見たような気がする。

「ああ見えてさ、天然ってずるいよねー」
「…」
「あ、多香美と同じクラスなんだって?」

距離感を探っている。

「まぁ」
「私は明日奈、小池明日奈」

再び握手を求められた。
反射的に握り返す私。

沈黙。

「令和、福原令和」
「知ってる」
「向こうの様子はどう?」
「どれくらいいるんですか?」
「質問を質問で返すなんて、ズルいなぁ」
「・・・ごめんなさい」
「あとそれ」
「えっ」
「私達同い年でしょ、フランクに行こう、フランクにさ」
「はあ…」

場所を移し、明日奈から多香美について聞かされた。この世界について。

ここはアナザーサイドと呼ばれているらしく、高校生しか入ってこれないらしい。

他にもたくさんの話を聞いたが、正直ダンスのの爆音と歓声が大き過ぎてあまり聞こえなかった。本人もかなり熱く語っていた為、聞き

返すのもあれなんで、私お得意の聞いているようで聞いていないふりをして流す。問題ないだろう。

しばらくして汗だくのタンクトップ姿の多香美が帰ってきた。
ちょっと距離感に戸惑いつつも、いつもの多香美であることにホッと一安心する。

これから、また旅に出るのだと話された。
女子高校生が「旅」って言葉を使うのもとても滑稽だ。

私は二人に見られていた。
どうやらこのまま二人に付いていくか、現実世界であるリアルワールドへ戻るのかという選択肢を与えられているようだ。



目を覚ますと御天山、洞窟前。
スマホを見ると13時を過ぎたばかりだった。
多香美の姿。更に後ろには明日奈。

洞窟の奥へ入っていく二人。
多香美、2,3歩歩いたところで振り返る。

「令和ちゃーん、もし、もしもだよ。気が変わったらいつでも声をかけてね」

無視するのもアレなので、片手をあげて聞いていることをアピールする。両手で大きな○を作る多香美。苦笑い。



ここはコインランドリー。
あの出来事は夢だったのだろうか。
あの後、服を着替えて、泥だらけの制服をコインランドリーで洗濯機に突っ込む。
確かなことは向こうで過ごした一日がこちらの世界で5分しか経過していないことだ。



それからというもの何も不自由がない日常生活に戻っていった。何日か経つと令和コールは自然と収まり、友達とのギクシャクした関係

も徐々に薄れていき、彼氏とも再び付き合うこととなった。弟の龍は相変わらず学校でいじめを受けている事も変わらない。

再び変わらない日常。
これが私の望みではなかったのだろうか。
うすうす気づいていた。
アナザーサイドでのあの体験。
あの世界に行ったことで私の中で何かが変わっていた。

授業中に常に上の空。
保健室の天井を見る機会が多くなった。

多香美はあれから学校を休んでいる。
もし彼女が登校して来ればやることは一つ。あの体験は現実に起こったことなのかを聞く、全てを繋ぐ鍵は彼女にある。
私は幾度となく御天山を登ったが、あの洞窟を一向に見つけることが出来なかった。

しかし一週間が経過した頃だろうか、突然クラスに彼女が現れた。
授業が全て終わり、速攻で帰る多香美を尾行。

「尾行がヘタだなー、令和ちゃん!」
「多香美!」
「ま、絶対来ると思っていたけどね」
「・・・」
「アナザーサイド、寄ってく?」

多香美を追いかける。

「ねぇ、多香美」
「へっ?」
「学校終わりのマック行く?みたいなノリは辞めて」

子供じみた高笑いが洞窟内に不気味なくらい響き渡る。


続く...

EPISODE.2

アナザーワールド、それは現実と全てが異なる世界。この世界での一日は現実世界の5分を意味し、一週間が30分、一ヶ月が2時間へと変貌する不思議な時間の進み方が適応されている。

そんなありえない戯言もこの世界で実際に体験した実体験によって私の意識は少しずつ変わっていくこととなった。とにかくこちらの世界では全てが違う。当たり前という概念がことごとく破壊されていく日常に、私は当初恐れを感じていたがそれを温和したのは紛れもなくクラスメートの存在であった。

そんな目から鱗状態の《世界ルール》をとても楽しそうに語り尽くす広瀬多香美が私の目の前に立っている。こちらから一言口を挟まない限り、永遠と話し続ける勢いがある。

要するに止まらないマシンガン多香美が特に念押しする内容があった。それは「こちらの世界で命を落とすと、現実世界に戻って来れない」ということだ。「他は忘れてもいいけど、これだけは絶対に覚えておいて」と何度も念押しされた。

彼女は嘘を付いていないだろうか、本当に彼女の言った通りなのだろうかと私は思考を巡らす。確かめようのない世界ルール、議論のしようがないことに落ち着いた。

当たり前だが生きてこの方18年、私は死んだことがない。故に実感が全く湧かないのである。多香美の滅多に見れない真剣な眼差しを見ていると、この話はリアルだろう、そう認識するしかないのだ。

顔色がコロコロ変わる多香美、滅多に見せない真面目なあのドシリアスな表情、最高に笑える顔、そんな妄想をしていると案の定、多香美に注意される。

「現実を見てって言ったばっかだよ」
「見てるから」
「じゃあ今、なんで笑ったの?」
「思い出し笑い」
「嘘」
「本当だって」
「そうは絶対見えない」
「はあ?」

しばらく続くくだらないやりとり。お互い頑なに譲らない。
なんやかんやで、こんなやり取りするのは私の弟、龍との間柄くらいなものか。別に悪くはない。

「一瞬のスキが命取りになる」。

多香見の親友、小池明日奈が続けて言葉を並べた。

「絶対ムリはしないこと、もしヤバイって感じたら大声で叫ぶこと、近くにいる誰かが助けにやってくるから。自分の力で何とかできそうなんて、一切考えない事」

はぁ・・・と無意識に顔に出してしまったらしく、また二人に注意される。かなり本気なようだ。



目の前には武器屋。
弟の龍は超が付くほどの無類のゲーム好きなので、私もこの風景は見たことがあった。きっと龍にこのことを話すと飛び跳ねて喜ぶだろうなと想像してしまい、またニヤける。龍なら現実世界を捨ててこっちの世界な方がうまく生きていそうなくらいだ。むしろ現実よりも生き生きと。

二人がこちらを見ていた。
ハハハと苦笑いする私。

「令和ちゃん、大丈夫かい?」と多香美。
「えっ、もしかして私の事心配してくれているの?」
「・・・うん」

なんか距離感が掴めない。

「だって、私が連れ出してきたじゃん、それでアナザーサイドで死んじゃったらさ、もう私生きていけないよ」
「はぁ?何言ってんの。私自らここに来たんだよ。ここから先は、多香美、あんたは関係ないよ」
「そうかなー・・・」
「そうだよ」
「でも心配だけはさせてよね、仲間なんだし」
「仲間?」
「これから一緒に旅に出る仲間じゃん」

満面の笑顔。
本当にやりずらい。

「宜しくね、令和ちゃん」
「・・・うん」

まさか、あの多香美に心配される日が来るなんて。

「で、令和ちゃん、決めた?」
「えっ」

多香美が手当たり次第、適当に武器屋の武器を物色している。
大剣、弓矢、杖、他にもゲームや映画の中でしか見たことのない、武器、いや凶器がたくさん並んでいる。

「あ、ごめん、私お金持ってない」

また二人に笑われる。
多香美、「まかせなさい!」とばかりに胸を貼り武器職人の前に仁王立ち。使い古された巾着をチャラそうな店員に渡す多香美。

「おお、これくらいありゃ、ここにあるもの、だいたいものは買えるぞ、お穣嬢ちゃん」
「お、お嬢ちゃん?」

またしてもゲームや映画くらいしか、出てこない言葉が飛んできた。

多香美が私を急かす。
私は迷った。数があり過ぎてどれか一つ選ぶことができない。幸い後ろにならんでいる人はいないのが救いだったが、そもそも武器なんて一度として選んだことがないので、何を基準にしたらいいかも正直わからない。単純にファッションとは違うのだ。

龍の言葉が思い出される。

「どの武器を選ぶかによって、その後のゲームの難易度が変わるんだ」

一通り武器に触れてみるも、なかなか1つに絞れない。明日奈がしまいには「2,3こ買っちゃえば」と放った矢先、多香美に怒られて小さくなる明日奈。多香美がプンプン起こりながら私の肩に手を置いてくる。

「でもさ、令和ちゃんなら、何でも何でも似合いそうだよね」
「えっ?」
「身長高いし、様になりそう」
「確かに」と後ろから明日奈。

「ねぇ、それ辞めてくれる?」と私。
「何?」
「そういうの」
「?」

これだから天然は困る。

最終的に槍を選ぶことにした。
決め手は龍だ。
槍はリーチが広いからかなりオススメだよ、反対側の柄でも相手を殴れるし、回転させたり、物干し竿にもなる。あ、最後のは余計だった。

槍も種類があり、私が選んだ槍は武器屋にある中でも比較的短いものだ。実際に長い柄の槍も試しに持ってみたが、掴んでいるだけで腕が痺れる。更に言ってしまえば振りかぶるだけで息切れをする程の重量感がある。最終的に私が決めた槍は約2メートルあった。リーチがある分、持つ位置がとても重要になってくるだろう。イコール訓練が必要だ。

早速、訓練とやらが始まった。
いや訓練というよりも実践だ。まさか練習をせずにすぐに現場に投げられるとは・・・鬼コーチとはことこだ。理由は簡単だった、時間がないからだ。実際の話、先生となる二人もすぐに戦場に出され、そこで戦いの基礎を必死に自ら学んだそうだ。

といってもいきなりダンゴムシが相手っていうのはどうかと思うのですが・・・。
多香美が語るには、雑魚中の雑魚、それがダンゴムシだった。
でも、ちょっと待って。あの時、多香美は「逃げて、危ない」と大声を上げていたではないか。

ダンゴムシを先端で突く。
多分数字が入るゲーム世界だったのなら1か2のダメージ表示だろう。後ろでスルメを食べている多香美と弓矢の手入れをしている明日奈に目を移す。

「ファイト、ファイトー!」

全く・・・、全然先生の役割じゃないじゃん。
目に掛かった髪をたくし上げ、グッと力を入れて槍の先端を標的に向かって突く。

ダンゴムシが怒った。

決っしてダンゴムシの感情がわかったという話ではない、凄い特殊能力を得たという話でもない。こちらに突進してくるダンゴムシ。驚いて反射的に手から槍を落としてしまう。悲鳴を挙げる私。どうやら二人は私を助ける気が全くないらしい。あろうことか私を指指して見て何か楽しげに言葉を交わしているではないか。マジかよ。しかも大爆笑しはじめる多香美。

マジかー、これは私一人でやるしかないらしい。

幸いにもダンゴムシの歩くスピードが無茶苦茶遅いというありがたい性質の為、何とか槍を掴み直すことに成功した。
今度はワラジムシの背後に周り込み、腰を落とし「エイッ!」と全力で槍を突く。一瞬手応えを感じたかのように思えたものの、再び槍が手から弾かれてしまう。

硬過ぎ。こいつ。

本当にこの雑魚を倒すことが私にできるのだろうか。
確かに距離を少し取ればなんとか、立て直すことができる。けど、あの体表はどんなに槍で突いても円前ダメージを与えることができない。30分近く戦って流石の私でも気づいてしまった。ちなみに現実世界ではここまで1分すらも経過していないと多香美が口を挟む。

「足元、狙らってみて」
突然、明日奈が先生らしいことを発する。

流石に勝負が付かない状況に見かねたのか、徐々に多香美からもアドバイスが飛んでくるようなってくる。しかし残念なことにそれも最初だけであった。どんどんアドバイスというよりか、指摘、否、ダメ出しに変わりつつある二人の怒声に変わりつつある。

そのピンポイントな指摘に私はついにキレてしまう。

「黙ってよ、全然集中できないから!」

私の初めての反発に驚いたのか、それから無言でダンゴムシと戦う時間がしばらく流れた。ちょっと言い過ぎたかなと反省をした。

それから更に数時間、惜しくも多香美の言った通り、ワラジムシの足を狙うと明らかにダメージを蓄積させることができること知った。しかし、このダンゴムシ、かなりグロイ。例え甲殻虫でガード力が高いにしろ、向こうにも痛覚があるのか、否、ないのかわからないが、いや知りたくもないのが本音。それでも明らかに獰猛さが増していることのが嫌でもわかる。あまり時間を掛けないほうが無難だ。

何度か戦うことを諦めようとした私、その度に多香美が軽々ワラジムシを一瞬にして分断する姿を見せつける。そんな姿を見せつけられたら、どうなるか・・・、自分でも意外や意外、私の中に眠っていた血が、負けられない精神に火が付き槍の火力がどんどん増していった。そうこうしているうちに、攻撃はもとより槍の回転切りなんていう特殊な棒さばき成らぬ槍捌きスキルを覚える。

なんだろう、難しい問題を解くことができた。そんなひらめきに私は一人感動をした。

身体の重心移動と共に槍を回転突き、相手の隙をついて全体体重を載せた一撃。着実ダメージを与えられるようになっていく。そしてついに実戦、約5時間かかって一匹討伐することに成功。それも誰の力も借りずにだ。

ちなみにこの世界で死はリアルだった。よくゲームなんかではそのまま消えていったりするだろうけど、アナザーサイドであるこの世界では、そんな綺麗な消え方ではなく、息の根を止める、生命活動を止めることを意味するのだ。倒した瞬間の歓喜の後にダンゴムシの亡骸に切なさを感じた。


「ひどっいなー」
「うっさい、バカ」

多香美が頭上の木の上から見下ろしていた。確かに彼女の言ったとおり、私はボロボロになっていた。地面を転げまわり、槍を全力で振った為、手がボ豆だらけ、福原令和史上最大の疲労困憊状態であった。

「流石、令和ちゃん」
「ふん、楽勝よ、次は?」

案外私は負けず嫌いであった。
それを知った一戦となった。

ちなみに後で聞いた話では、あのワラジムシは雑魚ではなく、比較的グレードが高いモンスターということを知らされた。コツを掴めば楽に倒せるが、初心者はまず倒せない相手。私の潜在能力に期待した多香美の策略も見事にはまったわけだ。

さてそんなこんなで、数時間で戦闘能力が上がったことを実感する。そして精神的な強さが増すことを実感した。ヘタをすればボス戦でも行こう!そんな気合を漲らせながら、多香美と明日奈と乾杯をする。

ついに明日から物語がの幕が開ける。これから長い長い旅が始まる。まるで冒険漫画の主人公になった気持ちで寝床で目を閉じる。

翌朝、事情が一変していた。私が目を覚ました頃には既に二人の姿はなく、書き置き一つ残されず、私は置いていかれたのだ。

同年代の戦士に話を聞くも、早朝に二人の走る姿を見た人が見つかった。

「めっちゃ急いでいたな」
「どこへ行ったんですか?」
「知るわけないだろう」
「ですよね」

この世界にスマホはないので。連絡の手段がない。一度はぐれてしまうと、そう簡単に再会することが難しい。

数日が経過した。一応近場の村での聞き込みを四六時中行ったが、全く情報がなかった。このまま二人が帰ってこなかった場合、私は何をすればいいのだろうか。まさか、ここまで来て元の世界へ戻る選択肢は考えたくない。なにしにここに来たのか?

そしてある日、私は決心をした。
多香見と明日奈をこの手で探すことを。そう簡単に見つかることはないと思うがこのまま無駄に時間をだけを浪費することだけは何とか避けたい。以前多香美が見せてくれたこの世界の地図。数年旅をしてきた多香美でさえその地図の100分の1も通ってきていない。二人がどこへ行ったの検討がつかない絶望的な状況。アテのない旅路。

数日後、私は冒険者令和として、前へ進むことにした。事前に討伐のバイトをしてある程度お金を貯めること成功していた為、数日分の食料を手にし、慣れ親しんできた場所から一歩出ることにする。

今まで見てきた風景との別れ、唐突に切ない感情、余韻が私を襲う。しかしクヨクヨしていても何も始まらない。愛用の槍を力強く握りしめ、私は福原令和の一人旅が始まった。

EPISODE.3

一人旅をはじめよう!実際に宣言すること自体はとても簡単なことだけど実際にやれと言われ「じゃあ始めてみます」なんてシンプルに有言実行・行動を起こせる人なんて一握りにすぎないだろう。私、福原令和史上初めてあてのない一人旅をはじめることにした。というか始めなければならない状況に陥ったと言った方が正解かもしれない...。

否、ちゃんと目的がある。
私のクラスメートこと広瀬多香美を探す旅だ。ある朝彼女がこつ然と消したことがそもそもの始まりであった。前日まで数日間に渡る猛特訓の末に、巨大ダンゴムシを誰の手も借りずたった一人で倒すという激務をやっとの想いでクリアし、次の段階、本来の目的である世界を救う旅に進めるとワクワクしながら床についたのであったが・・・。いない。一緒に旅立つはずだったのに多香美がいない。...あれ程楽しみにしていたのに。多香美は私を置きざりにして幼なじみである明日奈と二人旅立ってしまったのだ。

そんなこんなで寝泊まりしてきた街中で彼女達の動向を探る聞き込み捜査を地道に進めるも、全くもって音沙汰なし。このままだと全く埒が明かないと判断した私はついに重い腰を上げ、慣れ親しんだこの街から旅立つことに決意し、本格的に多香美探しを始めることにした。

ちなみに私が今いるアナザーサイドの一日はリアルワールド(現実世界)でいう5分に当たる。一週間は30分、一ヶ月は2時間という特殊な環境下の元で時間が動いている。

またモンスター、又はクリーチャーという化け物が生息しており、何とか生き残る為にリーチが長い点と、小回りが効くという2大特典で選んだ長さ2メートルの槍を愛用武器とし、私は戦士としてこの世界で生活をしていた。

既に訓練で倒し方を把握していた私にとってはまさに朝飯前となりつつある討伐。ダンゴムシに関して言えば、相手の重心となる足元をピンポイントで狙い、バランスを崩したタイミングで思いっきり柔らかい胴体内部を全力で突く。まさに当たれば一撃必殺、名付けて令和一本突き!

ほんの数日前まで普通の女子高校生でしかなかった私にしてはまるで別人ではないか。ちゃんと鏡で顔を見てていないが恐らくかなり勇ましい顔付きになっていることだろう。あまり嬉しくないことはおいておいて。そんなこんなで意外と苦労なく、楽しく一人旅を進めていた矢先、遂に多香美についての情報に辿り着くことに成功した。

「北北西に向かっていたな」

通り過ぎた馬車に乗った旅人が答えた。
力強く北北西に指が差される。

「あっちだね。あんたの言った通り二人組だったよ」
「ありがとうございます、とても助かりました!」

旅人に向け手を振って見送る。
ふと自分は何をしているんだと我に返る。旅を続けて早1週間が経過。初めて彼女の生存情報を聞き有頂天になってしまったが、思い返してみるとあまり有力な情報ではなかった。ただ方角が判明しただけである。この後の先が思いやられる。ただし私が進んでいる方向で間違いがなかったということなので、一先ず良しとしよう。

ガサッ。
大きな草が敷き詰められたこのジャングルの環境下ではどんな小さな音でも、聞き耳を立てていればどこで音が発生したのかすぐ位置が特定できる。私は背後に向かって声を掛けてみる。

「何かようですか!?」

実は数日前より私の後ろを必要以上に付いてくる怪しげな気配があった。しかし気配自体は感じることはできたものの、一度として肉眼でそのストーカーを捉えることはできず、特に向こうから声を掛けてくるわけでもなく、命を狙われるわけでもない為、しばらく無視し続けていたが、流石にずっと見られっぱなしは気持ち悪い、そして何より精神的によろしくない為、声を掛けることにしたのだ。

向こうも私の突然の行動に驚いたらしく、距離があってもビクついた様子が容易に想像できた。男はあっけなく姿を現す。口元を覆っていた布切れを取り除き顔を露わにする。知らない男だった。

「どちら様ですか?」

ぎこちない笑みを浮かべる男。
高校生くらいだろうか。少し自信のなさが伺える。
ゆっくりこちらに近づいてくる。背が高い。180はあるだろうか。

「それ以上近づかないで」

背中に背負っていた槍をサッと前に構え、50メートル程距離を保ちつつ、少しずつ後ろに下がる。何を思ったのか男は鼻で笑い出す。

「君は誰?」と私。
「・・・」
「私はあなたを知らない」
「酷いなぁ・・・まぁ、でも。そうだよね、無理もないか。もう7年経つもんね」

この男は何を勘違いしているのだろうか。7年と聞こえたが、生憎私は目の前にいる男を私は全く知らない。自分でも比較的記憶力はいい方だと思っていたのが本当に覚えがない。宇宙人に拉致されて記憶を消されたという失われた過去が別にあれば話が変わってるが、おそらくそんな展開がこれから語られるということは、ありえない。そもそも7年と言えばかなりの月日ではないか。一緒に生活をしていたら家族にはならないにせよ、かなり仲のよい関係になっていても可笑しくないだろう。まてよ、7年に会っていないという逆に意味を言っているのか?

ま、どちらにせよ、目の前にいる男は見ず知らずの相手であることに間違いない・・・でもなぜか妙に懐かしい感じがするように思える。どこかあの自信なさげの顔に見覚えがあるとでも言うのだろうか?

男が自らの槍を突然こちらに向ける。威嚇とみなし槍の先端部分で相手の槍を弾くも相手もなかなかの腕が立つらしく、すぐさま連続した突き攻撃が飛んでくる。あまりの速さに全て弾きかえせないと察知、横に倒れ込むようにひとまず回避する。相手も槍のリーチを熟知しているのか、常に間合いを考え上手く具合に距離を詰めてくる。本当に隙がない。対人戦をほとんど経験していない私にとっては相手が生身の人間というこの戦いは、恐怖と不安との戦いでもあった。

しばらく槍同士の攻防が続く。お互い全く一歩も引かず、正に互角とも言える戦い。次第に二人の息が上がっていく。

「いいかげんにして、なんなの」
「僕のこと、本当に覚えていないの?」
「知らないから、あんたなんて」
「ひっどいなー」
「人違いで襲うとか、ありえないから」
「福原令和」
「はっ!?」

突如フルネームを発せられ手元に隙が生まれる。この時を待っていました!とばかりに速攻男は足場を崩しにかかってくる。

「あっ」

転倒した。後ろを振り向こうと姿がない。するとどこからともなくヒンヤリとした冷気が感じられる。首筋に槍の刃先が当てられていた。

「負けた」と私。
「よっしゃ!」とガッツポーズをする男。

「あんた何なの?」
「強いね」
「ストーカーしてたでしょ、あんた」
「あんたじゃない、龍だ」

沈黙。

「福原龍、弟だよ。いい加減気づかない?姉ちゃん」
「ハアッ!?」

かなり大きな声が辺り一面に響き渡る。

「嘘でしょ?アリエナイ。ありえないからっ」

龍の顔面をまじまじと見る。
頬をつねる。背丈を比べる。目が合い笑われる。

「なんでいるの?」
「そっちこそ、やっと見つけた」
「龍?」
「ね、ねえちゃんだよね?」

無言。沈黙の静けさがしばらく流れる。
思っても見なかった再会。聞きたい話は山程ある。ふと大きな疑問が湧いてきた。確かこの世界は高校生でなければ入る事ができない場所だったはず。私の記憶が正しければ龍は小学3年だ。

「龍、あんた年は?」
「15だけど」
「・・・背、伸びたね」
「あ、うん」
「学校はどう?」
「どうって何が?」
「友達できた?」
「うるさいな、放っておいてよ」

やはり彼は成長した龍で間違いなかった。

高校生一年生。ということはザッと計算して7年近く経っている計算になる。

「私は24ってこと?ねぇ何か言いなさいよ。龍、龍っ!」

勢い余って龍の肩をグラグラ揺らしていた自分に我に変える。

「あ、ごめ」
「失踪届け出てるよ」
「あ、そうなんだ・・・って、え!」
「向こうはどんな感じ?」
「普通だよ」
「・・・わたしそんな長居してた覚えないんだけどな」
「姉ちゃん、その発言、典型的なゲーマーだよ」
「えっ」

その場で腰を落とす龍。続く令和。
龍の口から語られた話を鵜呑みにすると、福原令和は現実世界=リアルワールドで失踪し、その姉を探す為このアナザーサイドまではるばるやってきたという話だ。

「ちょっと、ちょっと待って」

話を途中で止める私。

「どうやって入ってきたの?」
「それは・・・言えないかな」
「は?言えないっ何?」
「その通りの意味だよ。タイミングが来たら言うから」
「・・・あんたムカつくわ」
「ごめん」
「そういうの、マジでムカつくから辞めて」

龍が私の槍を指差す。

「それ、選んだんだね」
「偶然よ、偶然」

槍。
姉弟揃って同じだ。

「そう言えば、」

龍が口を開いた矢先、遠方に光る軌道が見えた。

「危ない!」と私。

飛んできた斧を槍で跳ね返す龍。しばらく経って笑い声が聞こえてくる。手には斧や棍棒と原始的な武器を持った6人組がゾロゾロと登場。
アナザーサイドにもチンピラは存在していたらしい。しかも見るからに質が悪いそうな連中だ。それにしても今の軌道、気付かなければ龍の脳天に直撃していたことだろう。そうなった場合は死を意味する。

耳障りな高笑い6人分は相当胸糞悪く、現実世界でふざける男子高校生とデジャブを感じてしまった。あいつら高校卒業できたのかな?ま、今の私には微塵たりとも関係のないことだ。

目の前のチンピラ達は冗談を言い合ってバカみたいに笑っている。私は男達に近づく。途中龍が止めに入るも無視し槍の先端を奴らにかざす。

リーダー核の男が再び高笑い。耳に残りそうな不快な笑い声が辺り一面に響き渡る。

「おー怖っ」

いつの間にか私はリーダーを睨んでいたようだ。

「いいねぇ、いいねぇ、そういうの。強い女好きだぜぇ」
「なんのよう?」
「よう?」

背後に位置するチンピラに目くばわせをするリーダー。再び笑い出すチンピラ達。引き笑いが酷い。毎回会話のキャッチボールをする度にこの不快過ぎる高笑いを挟まなきゃいけないのかと思うと絶望を感じる。無駄過ぎる無駄無駄無駄。省エネな私にとって無駄が一番嫌いなのだ。

「あ、ボス!」

チンピラの一人がサッサと帰ろうとしていた私達に気付く。

「おいおい、まだ話終わってないだろ」とリーダーが声を張り上げる。

「ようがないなら、もういいでしょ」
「おー、悪い悪い。率直に言おう、まぁ待て。その槍をくれ」

龍の腕を引き寄せ、足早にその場を去ろうとする令和。

「おいおいおいおい、だから待てって。そう怒るなって」

「誰がが怒らせているさ」
「なんだなんだ、気性が荒いな」
「行こ、龍。私達はやらなきゃならないことがある。こんなチンピラ達に構う時間はないから」

リーダー、手を上げ合図すると、チンピラ5人が小走りし私達をグルリと取り囲む。背中合わせで槍を構える福原姉弟。クスクス笑い声が聞こえ、後ろを見ると龍が笑っている。

「なに」
「姉ちゃん、あれ・・・、マッドマックスみた?」
「はぁ?」
「あいつらさ、絶対見掛け倒しのザコじゃん」

背後からヤジが飛んでくる

「ザコっていうのは間違いないけどさ、そんな面白いこと?」

「めんどくせぇ、ヤレ」

リーダーの合図で一斉に武器を振り上げるチンピラ達。龍が一瞬構えた途端、閃光が走る。男たちの武器が一瞬にして破損。先程まで手に持っていた武器がなくなり、その場でおろおろするチンピラ達。

「次は、首行くよ!」

再び構える龍。

「待ちなって!」
「こういうやつは、言ってもわからないんだよ、だから」
「だからって、殺すのはよくない」
「はぁ?」
「刑務所入りたいの?」
「姉ちゃん、ここアナザーサイドだよ」
「だからって人を殺していいって話にならないでししょ」
「いや、ありつらまともじゃないから、ぶっちゃけ同じ人間かも正直怪しいよ」

しばらく続くやりとり。

「姉ちゃん」
「何?」
「もういない」

見ると先程まで威勢だけは良かったチンピラ達の姿はこつ然と消えていた。

「あーあ、つまんない。折角の機会、姉ちゃんにも見せたかったのに」
「あんた随分生意気になったね」
「それより、姉ちゃんさ」
「なに?」
「広瀬さんとは知り合い?」
「えっ」

広瀬?ヒロセ、ひろせ・・・広瀬多香美。
たかみ、タカミ!


「広瀬多香美って言った?」
「たかみ、あ、なるほどそういうことか」
「えっ、多香美に会ったんじゃないの?」
「航さんだよ、僕が話したのは。広瀬航、多香美のお兄さんだよ!」



続く。

EPISODE.4

一日仮眠を取る事で頭の中のモヤモヤが綺麗サッパリ晴れ渡るかと思いきや、いつにも増して不安な気持ちで目覚めることとなった。

私の目の前を歩く以前と比べ10センチは背が高くなった弟こと福原龍が楽しげに歩いている。

「ちょっと、何浮かれてんの、龍」
「えっ?どこが、浮かれてないし」
「今こうやってさ」

肩を大きく前後させ、リズミカルに歩いてみせる。予想に反して爆笑する龍。ちょっとオーバーにやり過ぎたようだ。バカ面をこちらに向けてきたので腹目掛けてボディーブローを反射的に繰り出してしまった。激しくむせる弟。力の加減がとても難しい。

「私、帰らないから。絶対にね」
「は?何が何でも連れて帰るから」
「なんか言った?」
「この世界いちゃダメだよ」
「何言ってんの、あんた」
「理由はとにかくダメなんだよ・・・この世界から抜け出さないといつか大変なことになる」
「だから何言ってんの。先にこれだけは言っておく。私はさ、広瀬多香美を見つけてからでないと絶対帰らないから」
「呑気だなー、姉ちゃんは」

呑気?これのどこが呑気と言えるのだろうか?世界を救う決断した翌日にクラスメートに裏切られ、しかも理由を知らされずに半ば放ったらかしにされたこの状況、その回答を得ずにして自分の世界に帰ることこそ呑気な選択ではあるまいか。

ましてや7年後の世界だ。実際のところ私はこの姿のまま7年ぶりに帰えることになる。その間止まっていた時間、どう足掻いたところで皆から面白がられ、メディアに注目されることは間違ない。さらし首は絶対に御免だ。最悪こっちの世界で一生を終えるという手も一つ残しておいていいかもしれない。

幾度となく旅の道中、弟に問を出した。広瀬航について。答えはいつも同じ一点張りの「ノーコメント」。

「じゃあ教えるから、帰ってくれる?」とお決まり文句を返される。
「全く、背だけ大きくなってんじゃないよ!あんた」
「悪かったな、って中身も成長してるし!」
「悪いと思っているなら反省しなさいよ龍、リアルワールドに帰りなさい、龍」
「ヤダね、姉ちゃんこそ諦めて現実世界に帰りなよ」

なんやかんやで私の弟だ。
口では突っぱねても、私のことがとても心配なのだ。そうこうしているうちに時間は刻一刻と過ぎていった。

暑い、暑過ぎる。ギラギラと照りつける太陽。身を隠せる場所が全くないので直射日光の直撃は免れない。リアルワールドから持ってきた唯一の希望である日焼け止めクリームは数日前に使い切ってしまい、後はどんどん皮膚が黒くなる絶望的なシチュエーションに反吐が出る。そんな憎い日差しが燦々と照りつける中、水分が底を突きそうな緊急事態に気づくのは時間の問題であった。。

「なんでもっとストック持ってこなかったの?」
「だってすぐリアルワールドに帰れると思ったから」
「甘いって」
「まあね、その甘さが仇となり、僕たち二人は野垂れ死ぬことになるかもね」
「あのさ、なんで私も道連れにしてんのよ」
「密かに自分だけ助かろうとするな」
失笑。

日が落ち、辺りは闇に包まれていた。
あれだけ猛威を奮っていた気温が、夜になると一気に冷え込む。体感マイナス8度くらいだろうか。いつの間にか雪が振っている。北海道で暮らす私達姉弟であるが、この気温と長い間生活していると意識がとうのく凍てつく寒さだ。手が小刻みに震え、足の感覚は既にない。もしかしたら凍傷になっているかもしれない恐怖に怯えつつも足を前へ進める。

周囲に街灯なんてものがあるはずもなく、ただただ暗闇を歩き続ける。どちらかのショブが魔法使いであれば少しは状況が変わっただろう。二人の姉弟が何を探すわけでもなく、ただただ進む。しばらく歩いていると意識が本当にとうのく瞬間を感じた。これは本当に危ないかもしれない。

「やばいよ、やばいよ」
「ダチョウ倶楽部か」
「だから言ったんだ、一旦万膳な体制を整えてから街を出るべきだって」
「そんな昔のこと持ち出さないで」
「全然昔じゃない。そーゆうとこあるんだよね、姉ちゃんはさ」
「わかった、じゃここらへんで休憩でもしていく?」
「死んじゃうよ、間違いない」
「アハハハハハ」

龍もわかっているはずだ。歩く事で自分を保っていることを。おそらく止まった瞬間、すぐさま頭が働かなくなり、再び脳に歩く指令を伝達を出したところで時既に遅し、ハッキリ言ってお陀仏だろう。数時間前に冗談で放った龍の言葉「共に野垂れ死ぬシチュエーション」が現実味に帯びていく。正に生死を賭けた絶望が頭をチラつき始めた矢先、突然救いの手が差し出された。

通された部屋はとても温かい部屋だった。木製の家具にところどころ継ぎ接ぎだらけのその家は天国に見えた。といっても雪に塗れた状態、意識がとうのいている瀕死状態の為、はっきり断言できないがとにかく命を繋ぎ止めることができた。

マグカップが差し出される。
「熱いから気をつけて」と住人より声がかかる。たった一言の感謝の言葉「ありがとう」も言えぬほど冷え切った身体、朦朧とする意識の中、徐々に室内の装飾が色づきはじめる。助かった。龍も同じ思考だったらしく姉と弟の笑い声が室内に響き渡る。数分後、てっきりお菓子ハウスの住人は老婆だと決めつけていたが、なんと私達と同じ高校生であった。

名は、まいなと言うらしい。
どのような漢字を書くのだろうか。意識が戻り始めた私達はとにかく何度も何度もまいなに感謝を述べた。彼女はここで一人暮らしをしているらしく、この時期に外を出歩く人は皆無、運良く私達二人の影を出窓から見つけ、心配になり追いかけてくれたのだ。彼女のジョブは白魔道士。要するに回復タイプに属する者だ。この凍てつく寒さはしばらくは続くそうで、おこがましいながら少しの間泊まることにした。

「まいなは、ここに来てどれくらいなの?」
「わからない。あなた達は?」
「・・・」

お互いの顔を見合わせる。
「わからない」が答えなのが明白だった。
このアナザーワールドで生活していると時間の感覚が本当にわからなくなる。更にリアルワールドの時間差を換算するともう頭の中がごちゃごちゃだ。

「これやらない?」

突然まいながトランプを持ってきた。しかもかなり古びたもの。猫の絵柄が書かれたトランプ。そう、この家には猫が3匹いる。それぞれの名前を紹介されたが聞き返すのも躊躇してしまうくらい長い横文字だった。そう言えば福原家がペット禁止物件のマンション生活をしていた際、動物を飼っているクラスメートと仲良くなりうちへお邪魔をしに行ったことがあった。それを聞いた龍が興奮し、翌日一緒に連れて行ってあげたことがあったっけ。考えてみればこの世界ではペット禁止の制限がないのだ。まいなの境遇も私達のそれと全く同じでこの世界で初めてペットとして猫を飼ったそうだ。ちなみに彼女はリアルワールドに戻ることは絶対にありえないと強く語った。その流れに乗って私も同感だと告げる。

ムスッとしている龍の異変に気づいたのは、それからしばらく経ってからであった。嫌悪感。この場ではあえて穏便に済ませているも、本人は気が気でないらしく、明らかに苛ついているのが行動から見て取れた。

まいなはゲームにめっぽう弱かった。特にばば抜きに関しては絶望的だった。とにかく表情が顔にダイレクトに現れるのだ。

一度あまりに弱い彼女を思って負けてあげようとしたところ、彼女自信私の企みを察知し、「本気でやらないと、この家から今すぐ出ていって」と叱られた。同じ高校一年生、その愛くるしい性格から妹のような存在になりつつあるまいなの新たな一面を垣間見ることになった。

数日が経過。遂にこの家を去る時が来た。降り続ける積雪はかなりおさまり、気温も未だマイナス気温ではあるもののあの頃と比べ幾分マシになりつつあった。明日の朝にこの家を立つことをまいなに伝える。なお私達二人は居間のソファーを貸してもらっていた。ちなみに動物好きが災いしてか猫に好かれる龍。熟睡中に首に猫が巻きつき、危うく窒息死しそうになることが何度かあった。こ今では笑い話だ。そして最後の夜、部屋の電気を消し寝ようとした矢先、まいなが口を開いた。

「実はあなた達二人に隠していたことがあるの」

基本笑顔がトレードマークと言っても過言ではないまいなだが、このときばかりはとても神妙な顔つきに変わり私達を二人驚かせた。

「今すぐ発って」

龍と顔を見合わせる。外は完全に真っ暗闇だ。時刻は深夜12時を回ったところ。まずは理由を聞こうとした矢先、まいなが声を荒げる。

「お願い、私を信じて」

その普段とは違う態度に龍はすぐさま支度をしはじめる。ぼーっと突っ立っている私に気づく龍、めんどくさそうに声をかける。

「姉ちゃん、何してんの?」
「まいなちゃん」

まいなはこちらに視線を移す。

「理由を聞かせてほしい」
「ごめん、令和さん、これだけは言えないの」
「あのね私以前、理由なしに嘘をつかれたことがあるの。私はまいなちゃんのことを信じたい、けど」
「ごめん」
「姉ちゃん、もう辞めろって。何か理由があるから言っているんだ、わかってあげろよ」

龍が私を諭そうとするも私は反論した。

「いいかげんにして、もうあんなことは御免なの。あなたがどういう理由で発つことを早めたのか」
「だから言えないの、わかって」
「だったら私はここに残るよ。予定通り明日の朝ここを発つ」
「姉ちゃん!」
「龍は今すぐすぐ発ちなさい」
「・・・残るよ」
「は?」
「姉ちゃんに万が一のことがあったら。一生悔やむから」
「龍、本当にそれでいいの?」
「わかるだろ、僕の目的は姉ちゃんを…」
「ということだから、あなたが今回の理由を明かさない限り、予定通り私達は明日の早朝にこの家を出ることにするわ」

無言のまいな。
静かな沈黙が流れる。

「わかった、そこまでいうなら言っちゃうよ。後悔は絶対しないって約束して」

頷く二人。決心したかのように口を開くまいな、その瞬間、大きな音が耳を貫いた。

ゴホゴホと咳払いをするまいな。
見ると吐血しているようだった。お腹に抱え苦しそうにうごめくまいな。よく見るとお腹が大きく裂けている。

「龍、なにか止血できるもの。早く」

まいな宅にて息を荒げながらそれらしき道具を必死に探すも龍。令和は強くまいなのお腹を手で抑える。どくどくと流れる血。時間だけが無情に過ぎ去っていく中、目の前に大きなテーブルクロスが敷かれてのを捉える。考える間もなく、クロスを力いっぱい引く。その反動で花瓶やらグラスやらが大きな音を立てて落下。その音に奥の部屋から手ぶらで顔を出す龍。

「手伝って」と私。テーブルクロスをまいなの腹に力いっぱい当て、止血を試みる。まいなの口からくぐもった声が漏れる。

「まいな、喋っちゃだめ」

何か訴えかけようとする目。口がパクパク開らかれるが声にならない状態。まいなの目がスッと閉じられる。と同時に手がパタリと床に降ろされる。

「待って、ちょっと起きて、まいな!」

龍も声をかけるが既に力尽きた様子。そんな彼女の姿を見て、背を向ける龍。

「姉ちゃんのせいだ、全部姉ちゃんのせいだよ」
「当てつけは辞めなさい」
「どうしたいのさ?姉ちゃんは。帰ろう、元の世界へ。僕たちが生活しているリアルワールドへ」
「帰ってどうなる?何が解決する?わたしの失われた時間はもう戻ってこない。7年だよ、もう遅いの」
「遅くないよ、全然遅くない。むしろ今戻らなきゃ全てを失う、それでもいいの姉ちゃんは」
「・・・」
「・・・」
「姉ちゃん?」
「わかんないよ」
「えっ?」
「わかんないって!もう全てのことが!多香美に会って変な世界に飛ばされて。こんなはずじゃなかった。私は平凡な人生を全うに歩むはずだった。普通に恋愛して子供作って老いていく。冒険者になろうだって?誘ったくせして逃げてんじゃねーよ、広瀬多香美!全てあいつが悪い、どこで一体なにして…」
「久しぶり」

声がした方向を向くと広瀬多香美、更にその後ろに明日奈の姿。

「多香美、多香美なの?」
「そうだよー、広瀬多香美とはこの私のことかな。遅くなってごめんね」
「遅くなってって…」

まいなを龍に任せ、多香美に向かって勢いよく飛びかかる令和。しかし薙刀が顔面すれすれに突きつけられ、動けなくなる。

「しばらく見ないうちに逞しくなったね、令和ちゃん」
「ハハ、誰のせいだと思う?」
「さぁ〜誰でしょう?」
「多香美、あなたよ」
「照れるなー、私影響力あるもんなー、やっぱ特別感を隠すことはできなかー、ね、明日奈ちゃん」

鼻で笑う明日奈。
多香美、笑いだす。部屋中に響き渡る多香美の笑い声。

続く・・・。

EPISODE. 5

広瀬多香美との再会は突然だった。

目の前には息絶えた女子高生まいなの姿。隣に弟の龍がいる。そして目の前には私がここ数ヶ月の間アナザーワールドを走り回った末、影・形すら見つけられなかったクラスメートの多香美がいた。

色々と同時多発に物事が起き過ぎてしまい半ばパンク寸前な状態な訳であるが、案外人間の脳は丈夫にできているらしい。これから選ぶ選択肢の中から最善を取りに行こうしている自分に心底驚いた。

①多香美を殴る
②死んだまいなを保護する。

どちらもリスクが少なからず発生しそうだ。ハイリスクハイリターン。選んだ選択肢によって今後の私の人生に大きく左右してもおかしくないと言っても過言ではない。

①《多香美を殴る》を選んだ場合、かなり高確率で反撃をされる可能性が考えられる。なにせ彼女の方がアナザーサイド歴は圧倒的に長い。その分経験者としての知識や技術が勝っている為、上手く一発当てられたところで状況によってはまいなの次に続くことになりかねないだろう。

②《まいなを保護する》を選んだ場合、多香美はその隙を見てサッと姿をくらますだろう。私の目的である「多香美を見つけ、全容を聞き出す」という目的に一番急接近している今、これ以上にないベストチャンスをみすみす逃すことになる。要するにリスタート、再び全てがゼロからのスタートになることを意味する。

どちらを取ろうか、本気で迷っていた矢先、突然思わぬ第3の選択肢がやってきた。

「私についてきて」と多香美が口を開いたのだ。

「何、馬鹿なことを言ってるの」と反論しようと立ち上がった瞬間、彼女の様子からどこかただならぬ雰囲気が感じられた。時同じくして龍も勘付き始める。声が出せない状況の為、自然にアイコンタクトで訴えかけてくる弟。私は彼のクセのあるジェスチャーがなかなか理解できず聞き返す。とここで獣の叫び声が室内に突然響き渡った。

一瞬の出来事であった。
3つのボール、否、3匹の猫が生存者である私達4人に襲いかかってきたのだ。まいなを置いてはいけないという私の信念が凝り固まった身体を瞬発的に解凍し、猫達の切り裂き攻撃を回避して出口へ走り出した。すぐ背後ではあの可愛い猫の叫びとは到底思えない爆音とも言えるうめき声が嫌でも耳に入ってきた。一旦難を逃れたことを確認し安堵しつつもやはり龍の安否が気になる。先に家から脱出できたのは奇跡だったのではないかと思い始めていたところで龍の情けない悲鳴が家の中から微かに聞こえてきた。手前味噌ではあるが龍はそう簡単にやられる玉ではない。しかしそうと頭で認識したつもりが今回相手が相手だ。本来の力を出しきれずに苦戦している可能性も考えられる。

バキッ!木製の家から傷だらけになりながらも家から飛び出してくる龍の姿を確認できた。とりあえず一安心。

「こっち、こっちーっ!」
深夜なので辺りは真っ暗闇。大きく手を振ったところで効果はないと思うが無意識に身体を動かす。数秒立たぬうちに龍が私に気づいた。

「姉ちゃん、僕放っておいたでしょ」
「えっ、何を言ってるのよ」
「酷いよー」
「・・・ひどい傷、大丈夫なの?」
「猫が襲ってくるなんて、ホント聞いてないよ!」と情けない顔ですがりよって来る。

動物好きの龍にはこの手の戦いは荷が重過ぎたらしい。彼は襲ってくる猫に何も反撃できず、ただただ切り裂かれながら逃げてきたことをすぐに暴露した。一瞬ではあるが猫が巨大化し、凶暴性が増していたからこそ、そのダメージ大きかった。

「ねぇ、龍」
「・・・」
「龍っ!」
「は、ハイ」

「あんた今までよく生き延びてきたね」

「酷っ」
「だって、動物殺せないんじゃ、基本今まで逃げていたってことだよね?」
「まぁそうだね。あ、でも昆虫は大丈夫」
「どこまでが線引きされているか、わからないんだけど」
「血が出るか、出ないかだよ」
「昆虫も出るでしょ、緑の」
「赤でなければいい」
「注射は慣れた?」
「なんだよ、いきなり」
「だって毎回予防接種の時、病院のお世話になっているんでしょ、あんた。流石にその大きさでまだなんてことはないよね」
「うるさいな」
図星のようであった。

ドサッ。
2体の猫の亡骸が家から吹っ飛ばされこちらに転がってくる。龍の悲鳴。風向きの関係で血生臭い匂いが漂ってきた。恐る恐る近づいてみると既に息絶えている。さっきまでの体積と比較してその身体は約4倍以上に膨れ上がり、猫というかもうその姿はもう百獣の王ライオンと言っても鵜呑みにしてしまうくらいの大きさだった。流石にこんな大きな相手だと私も苦戦を強いられるだろう。そう考えると一気に鳥肌が立ち始めてきた。鼻をつまみ距離を取る私達。

バッキッ。バキバキバキッ。家が破壊される音が聞こえる。明日奈、そして多香美が続いて現れた。もちろん二人は無傷だった。武器を軽々ブンブン振り回している。

「私、1体」
「同じく」
「えっ」と多香美と明日奈が同時に驚く。
「2体の間違えでしょ」と明日奈。

「私、一体しか倒していないよ。明日奈ちゃんとこ行ったからてっきり倒したのかと思ったけど」
「じゃあ、あと一匹いるってことか・・・・取り逃したかもしれないから、私その辺探してくるわ」と闇に消える明日奈。

そんな彼女に楽しげに手を振った多香美が、こちらに気づき堂々とした面持ちでゆっくり向かってくる。

「令和ちゃん」

龍、すかさず後ろに後ろへ下がる。背中に背負っている薙刀も相まって彼女の威圧感は半端ない。私はこんな相手と戦おうとしていたのかと思うと、手が震えてくるのを感じた。多香美が私をビシッと指差す。私は恥ずかしながらその場で尻もちを付いてしまう。

「令和ちゃんはさ、」

何か違和感を感じる。数秒後、私は大きな忘れ物をしていたことに気づく。

「まいな!」

今の今までまいなの事を忘れていた。自分に対して大きな引け目を感じる。私としたことが人生で一番にやっちゃいけない忘れものをしてしまった・・・。背後に立つ多香美に向かい、口を開く。

「多香美」
「なに?」
「この世界にどれくらい生活してるの?」
「愚問だねー、実に愚問な質問だよ、令和ちゃん。逆に聞くけどその質問、自分ならどう答える?」

沈黙。まいなの亡骸は先程と大差なく横たわっている。

「自分が答えられない質問を相手に投げかけるなんて、超無責任だよ、令和ちゃん、私が言いたいのはー」
「無責任?ま、私より長くいることは知ってる。だから、そんな先輩の多香美に聞きたいの。むしろ助けてほしい」
「なになに、とりあえず聞くだけ聞くよ」
「なぜ、あなたはあの日、私を置いて逃げたの?」
「語弊ありありな質問だねぇ。まるでそれじゃ私が悪役みたいじゃない?」
「だってそうでしょ。私の前から一切説明なしにいなくなった理由を今答えられる?」

思った通り反省の色は全く見えない。多香美の思考は全く読めないのだ。同じ年月を過ごしてきた人とは思えないと結論に行き着き始めたところで、その比較対象が誤っていたことに気づいた。

「確かに、そっちから見れば、そう見えなくもないか」
「納得できる説明、用意してあるなら答えてよ」
「それは難しいな、言ったところで全て話すと日が暮れちゃうよ」
「いいよ、時間はたっぷりあるから」

私は龍に視線を送る。

「わかったよ」とめんどくさそうに龍。。

「明日奈、遅いなぁ」とボソっと呟く多香美。
「まずアナザーワールドって、どういう時間軸なの」
「えっ?」
「だってさ、スマホ使えないじゃん、ここさ」
「確かにそうだ」と龍。

リアルワールドから持ってきたスマホ、この世界では回線が引かれていない為、ネットは全く繋がらない。今のご時世でネットが通っていないとは考えられない。更に言えば電化製品すら存在していないのだ。驚くべきことにここの住人はロウソクの火や焚き火で暖を取って過ごしているのだ。というよりもこの世界の住人は暗くなったら寝る数の方が圧倒的に多いかもしれない。正に自然との共存。まいな宅でも暖炉があった。そしてここからが革新的に違う部分になるのだが魔法の存在がある。日常生活にシレッと共存している魔法。これにははじめてみた当初は言葉を失った。この点だけ見れば電気よりも文明が発展しているように見えるのだが、はたして実際はどうなのだろうか。

「そんなこと、わたしに言われてもわかんないよ」

彼女の本音が出た。こればかしは嘘を言っているようには見えない。明日奈ならなんと答えだろうか。

「まいなを生き返らせて欲しい」
「・・・はい?」
「この子を復活させて」
「流石に無理だよ、どう考えても無理無理。子供でもわかる質問だよ」
「多香美っ!お願い」

珍しく感情的になってしまった。多香美の胸ぐらを掴み揺すっているところを龍に止められ、私は我に帰りその場でうずくまる格好となった。

「らしくないよ、姉ちゃん」

反論する気にもなれず、仰向けでその場に寝転がる。ザラザラした粒子の地面が皮膚にめり込み痛みを感じた。しかしそれも目前に広がった広大な星空を見て一気に吹き飛んでしまった。

思えば今の今まで星空なんて見ていなかった。ただただ目的の為、歩き回っていた。空はこんなに輝かしいというのに。街灯がないせいか、今まで見た星空と比べ物になら無いほど壮大で幻想的な光景に感動し、気づいた時には頬に涙が伝わっていた。

「凄いでしょ。私もはじめけっこう気づかなかったんだ。案外空なんて見ないよね。スマホばっか見てる今の現代人に是非見て欲しい景色だよね」

私は笑った。つられて龍も、そして多香美も続く。真夜中に三人の高笑いがしばらくの間、響き渡った。

「まぁ、無いわけって話じゃないけど」
「・・・えっ」
「もー相変わらずだなぁ。ヒントをあげるから考えてみてよ」
「は、何の話よ」
「令和ちゃん、あなた勘違いしているよ」
「は?」
「まいなを殺したのは猫よ」
「は?」
「まいなは口封じの為、殺されたの」
「じゃあの猫達が悪者だっていうの」
「操られているって言った方がいいかな」
「でも、それが本当だとして、なぜあなたはあの日、私の前から姿を消したの?」

多香美の元へズカズカと進める。
その私の行動に驚いたのか一歩後ろに下がる多香美。

「多香美っ!」

明日奈の大声が背後で聞こえてくる。退治してやっと帰ってきたように見える。しかし間近にやってきた彼女の表情からはとても緊迫した空気が感じられた。目の前を通り過ぎる明日奈。間近でその顔を見ると、場違いながらもきれいな顔立ちにうっとりしてしまった。

「逃げて、逃げて。とにかく逃げないと。やばいことになった」

次の瞬間後ろから大きな音が聞こえる。地響きだ。動物の鳴き声と判断するまで数秒とかからなかった。

現れたのは猫。否、トラ、否。バカデカイ猫だ。その場にいた全員が無言でその場から一目散に走り出す。殺気立つ猫の大きな眼球。咆哮と共に唾液が走っている私達に容赦なく降りかかる。

足を止めたらそれは死、間違いなかった。

先程逃した猫を追っていた明日奈はしばらくして猫を追い詰めることに成功した。しかしその猫は逃げていたのではなく、仲間を呼びに行っていたのだった。そして現在、その猫の親玉とも説明できる化け猫に追いかけられているわけである。

体積にして猫30匹は集まったであろうバカでかい大きさだ。走っても走っても距離は離れず、むしろ急接近されている。もう後がない状態になった瞬間、多香美が身を翻し、猫に立ち向かっていく姿を視界に捉えた。一瞬だった。それは幻想ではなく現実だった。流石の彼女でもあの大きさを一人で立ち向かうことなんて自殺行為だとわかるだろう。続く明日奈。私達は死にたくない一心で走り続けていると、ふと足が止まる。止めようとしたのではなく、反射的に止まる。龍も時間差で止めった。目が合う。背後では二人の気合の声が聞こえてくる。弟と気持ちは今回ばかりは一緒に間違いはなかった。ゆっくり頷き返され元来た道を戻る。正直このまま逃げたほうがいいだろう。どんなにあの二人が強くてもあの大きさは歯が立たない。それでも私達の気持ちは一つであった。

現場につく頃には戦いは終わったかのように見えた。いつの間にか発生している霧。辺り一面に大きな血溜まりが点々とあり音が全くしない静寂が広がっている。龍と息を殺しながら足を前へ進める。

次の瞬間、「翔べ」と声がかかる。その声と同じタイミング、反射的に上空に飛ぶ。一瞬の前で先程発っていたところに巨大な猫の爪が地面を切り裂く。風圧にバランスを崩し倒れる。

「なんで戻ってきたの!」
「わ、わかんない!」
「まぁいい、お荷物にはならないでよね」

多香美の薙刀がひと振りさらたと同時に目の前にはバカでかい猫が発っていた。今にも爪で身体を両断しかねない体制だった。

「4人ならぎり倒せるかもね」と明日奈。
「弟くん、この猫は大丈夫?」
「猫でないので大丈夫だと思います」

三人それぞれクスリと笑う。それぞれ武器を構える。


続く・・・

EPISODE.6

私の目の前にはとてもとても大きな猫がいる。それ
は猫と認識すべきか否か。猫と言えば人が歩くとソロッと隣を歩き、止まると足に絡まりついてくる。本を読み始めると構ってほしいが為にデロンと存在感たっぷりに本の上に寝そべり邪魔をする。温かいところがとてもとても大好きで飼い主がベットへ入ると、体温で温まった布団目掛けて潜りこんでくる。それが私、福原令和が思い描く猫のイメージだ。要するに癒やしの象徴が「猫」なのだ。

しかしそんな可愛げな猫のイメージを全く覆す化け猫が今、現に私の目の前に存在感たっぷりに存在している。否、お互い一歩も引かずに睨み合っている。目が血走り、呼吸するごとに開かれる口からヨダレと思われる液体がドロドロ垂れ流され、辺り一面にヨダレの水溜りが生成されている。ゴロゴロと唸り声が聞こえてきた。あれ…、ゴロゴロは懐いていると時に聞こえてくる喉の音ではなかったのか。あくまでもこれら全ては猫と一度も生活したことがない私の完全なイメージである。

ヒュンと一瞬風を切る音が聞こえ、爪の先が私の顔目前にやってくる。猫の爪は自由自在に伸縮できると本で読んだことがあった。その知識のおかげで一定の距離を保っていた為、難を逃れることができた。しかし相手は巨大猫、想定以上に距離感が掴めず、ちょっとだけ肩の服が部分的に持っていかれてしまった。恐らく一秒でも遅れていれば肉がアッサリ持っていかれていただろう。

こんな状態でありながらも意外と冷静でいられる自分に少し距離を感じつつ、私なりに猫を倒すことだけに一点集中を試みる。

遠くから「大丈夫っー?」と多香美だろうか、私を心配する聞こえてきた。「大丈夫だよー」と返答する間なく爪が再び私に襲いかかってくる。先程と逆方向からだ。身体が大きい分オーバーな動作なので必然的にタイムラグが発生。今回は単純に後ろに下がることで回避することができた。相手は私をターゲットとして狙いを定めている。必要以上に連続した爪攻撃が私単体にこれでもかと迫ってきた。4対1と数だけ見ると優勢な状況下、猫はこの中で一番弱そうに見える私を標的として捉えているのだろうか。もしそうであればその選択肢を取ったことを絶対に後悔させてあげよう。歯を食いしばり攻撃の隙を伺う。槍を回転させ、体の軸を考えながら「ここぞ」というところで思いっきり踏み込み、槍の先端を胴体目掛けまっすぐに突く。何度かこの一連の動作を繰り返すものの、相手のガードが全然崩せず、時間だけが刻々と過ぎていった。

ブウン。今度は尻尾が私に降りかかる。かなり危なかった。相手も私に少しでも致命傷を負わせようと必死らしい。爪攻撃と爪攻撃の隙間に差し込まれる尻尾、恐らくフェイントとして使っているだろうが正直爪と比べると打撃を受けたところで大きなダメージにはならない。しかし続けざまに仕掛けられると流石に私もバランスが崩し、その一瞬の隙を爪が襲いかかる。戦闘スキルの高さ、センスを感じさせられた。いやいや、尊敬している場合ではない、一歩間違えれば即死も免れない。しかし見るからにモフモフの尻尾、例え巨大猫といえぶつかったところでそこまでダメージはなさそうだが避けれるのならば避けるべきだ。

足場は砂。一動作するごとに大量の砂が舞い上がり、辺り一面の視界を奪う。そして攻撃の妨げにもなる。半径100メートル以内に多香美、明日奈、龍の3人が私と同様戦ってるのだが実は私と猫のみ一体一の決戦なのではないかと思えるほど、周りの音、そしてワンパターンな景色がしばらく続いている。このまま時間だけが経過するだけはどうしても避けなければならない。序盤と比べ確実に体力が落ち、身体が重くなっているのが痛感しているのだから。

しばらく攻撃の隙を狙っていくと、爪攻撃後に一瞬肉球が見え隠れすることに気づいた。

肉球目掛け槍を突く。「エイっ」と声が無意識に出てしまう。ガガッ。残念なことに一歩遅かったようだ。槍が弾かれ手元が転がる。この戦いに終わりがあるのだろうか、そんな不安が頭を過ぎり始めた矢先、前方で明日奈と多香美の阿吽の掛け声が耳に入ってきた。かなりぎりぎりの接近戦を繰りひろげているようだ。連続する金属音、息遣いが聞こえる。と同時にターゲットが私から二人に切り替わったことに一安心する。

砂埃が舞う中目を細めると明日奈の姿が見えた。今の今まで明日奈の使用武器を見る機会がなかったが、あれは、そう弓だ。かなりの接近戦、おそらくぎりぎりまで近づかないと攻撃判定とならない為だろうか。多香美が薙刀でガンガン接近し猫の足場を崩しに掛かり、その背後で矢を精確に射る明日奈。大きな咆哮。思わずガッツポーズをしてしまう私。大ダメージを受けているに違いない。

「姉ちゃん、さぼんなよ」

突然の背後からの声。それが弟の龍と気づくまで数秒かかる。先程手元から離れた私の槍が飛んでくる。

「あんたいたの?」
「いたよ!!武器を手放すなんて一番やっちゃいけないことだよ」
「手元が滑ったの、あんたにもあるでしょ」
「ない!」

龍が猫に突撃、その後ろに続き、猫の防御を多香美、龍、私の三人係で崩しにかかる。そのかいあって再び明日奈の弓がクリーンヒット。先程よりも更に大きな咆哮が周囲に轟く。またも自然に出るガッツポーズ。

「危ない、姉ちゃん」

龍に背中を押され転倒。勿論今度は槍は手放さない。目前ギリギリのところを爪が通り過ぎ、避ける間がなかった為、槍でガード。なんとか龍の力を借り弾き返すことに成功する。

「気を付けてよ、姉ちゃん」
「ごめんごめん」

再び攻撃に徹しようとした矢先、龍に強く肩を掴まれる。

「なにさ」
「見てわからない、僕たちの攻撃は一切効いていない」
「はぁ?」
「明日奈さんの弓」
「うん、わかっているよ。わかってる」
「見守っていようよ」
「あんたバカ?・・・やらなきゃ。何しにこの世界にきた訳なの」
「僕は・・・」

龍に槍の先端を向ける。

「あんたそれでも男?」

自分の槍で槍を弾き返す。私の助言がかなり効力を発揮したのだろうか、龍は顔色が変わり自ら攻撃をするようになった。そしてその数分後4人の力が合わさったことで猫はその場にドシンと倒れた。バカでかい図体だけあって倒れた瞬間、震度6強くらいの激しい地震が起き、咄嗟に私は高く飛び難を逃れたが、着地後の大きな地割れに足をとらわれ尻もちを付いた。

「イタタ」

目の前に倒れている猫。ふとおかしな点に気づく。はじめに見た時よりサイズが大きくなっていないか。後から聞いた話だが、この化け猫は怒れば怒るほど巨大化する猫だそうだ。ゾッとする。

戦闘終了後、龍はどこか悲しげな顔をしていた。

「長かったね」
「・・・」
「当てれた?」
「えっ?」
「あんたの攻撃」
「僕は無力だ」
「まだ言ってるの」
「・・・」
「頑張ったね、と言ってもらいたいの?」
「辞めてよ、上から目線」

ため息を付つかれる。おそらく私にではなく、自分自身に対してだろう。彼は意外と根に持つタイプなのでここはソッとしておこうと私は決めた。

「姉ちゃん」

まさか本人から声が掛けられるとは。

「なに?」
「家帰ることができたら、美味しいもの食べよう」
「なに、どういう風のふきまわし?」
「別に」
「あんたのおごりね」
「うん」
「えっ」
「バイトしてるから」
「そっかもうバイトできる年になったんだね」
「うん」
「何やってるの?」
「新聞配達」

意外だった。普通高校生ならコンビニとかレジ打ちではないだろうか。しかも新聞配達は確か中学生でもできる数少ないバイトだったような気がする。

「今、笑ったでしょ!?」
「いや〜大変だねー、大変だね!」
「おい」と本気で怒る龍。

「勉強はかどってる?」
「赤点だらけ」
「そうなんだ、・・・って、だめじゃん!」
「ま、長期休暇をもらったようなものだよ」
「それはサラリーマンが吐く言葉、あんたは夏休みでしょうが!」
「そうだった」
「じじくさ」
「うるさい」

稀に変な大人の片鱗を覗かせる龍。

「なんか目標でも見つかった?」
「えっ?」
「将来のこと、仕事とかさ、夢とか」
「姉ちゃんの口から夢って言葉はだけは聞きたくなかったな」
「うっさい!」
「まあ、夢よりも現実かな。姉ちゃん探しがメインだったから、なかなか時間がね」
「嫌味?え、でもさ、新聞配達でしょ、学校終わりの…」
「朝刊と夕刊。しかも僕の配達の腕を認められてか、配達範囲が最近広がったんだ。今頃慌てているだろうな社長」
「あんた、いくらもらってるの?」
「15万」
「へー・・・ええっ!?」

声が裏返った。大学生でも勉強しながらその金額を稼ぐことは難しい。改めて龍の謙虚さというか、変に真面目なところ、根は全く変わっていないことがわかってホッとした瞬間であった。

「令和ちゃん、こんなところにいたんだ」

振り返ると多香美の姿。
隣に明日奈がいる。

「まいなちゃんだっけ」
「えっ」
「あっちに寄せておいたよ」

一瞬にして真顔になった。自分が本当に情けなくなる。多香美の教えてくれた方向へ走ると、眠るように横たわるまいなの姿を発見。無事、いやもう死んでいるので無事ではない。

この後無言でまいなを埋葬することになった。魔法使い系はいないので火葬はできない為、穴を掘って原始的な方法で埋めた。「まいな、少しの時間だったけど、ありがとう」と心の中で感謝を述べ別れた。

闘いは避けられない運命だった。

第一戦、龍vs明日奈
第二戦、令和vs多香美

「もし私達が勝ったら質問に答えて」と私。

「うん」
「いち、多香美が逃げた理由」
「逃げてないし」
「逃げたでしょ」
「まあまあ」と龍と明日奈が止めに入る。

「その二は?」
「その二・・・殴らせて」
「は?」

笑い焦げる多香美。

戦いはどちらも一瞬でついた。
やはり経験の差が大きかったようだ。
もう少し粘れるかと思ったが、正直相手にならなかった。

「1つ目の質問はね」と多香美が突然口を開く。
「令和ちゃんの前を去った理由だっけ?」

疲労困憊していた私、気づくのに時間を要した。

「仲間を助けるため、時間がなかったので置いていった」

てっきり勝利しないと教えてもらえない回答がいとも簡単に明かされた。

緊急事態だった。
アナザーワールドが滅びる。
先程のタイマンバトルで嫌という程、自分の無力さを知った私に更に追い打ちが掛けられる。二人は真相を探る為、走った。それは明らかに私がお荷物だであり、置きざりにされた確固たる理由だった。

多香美が続ける。
「アナザーワールドが壊れる瞬間、この世界にいたら死ぬ。あくまでも噂の類いだけど、信じる人が殆どだったの。だからね、令和ちゃん。逃げ惑う仲間たちを引き止めたのに行ったの。でもね・・・でも」
「でも、効果がなかった」

感情的になる多香美、途中から明日奈がサラッと引き継ぐ。

「アナザーワールドを救う方法は簡単。悪の根源を断つこと。ただアイツに正面から勝てさえばいい。皆で協力すれば勝率は上がるのがわかっていながら、逃げる者が続出した。何故だと思う、令和さん?」

突然話を振られ思考が回らず、しどろみどろになる。それを見ていた龍が代わりに答える。

「こ、怖いから?」
「そう。やはり皆死ぬのが怖い。だから逃げた。わからなくもない理由よね。この世界で学んだこと、それは楽しい時間は永遠に続かないってこと。人はいつか死ぬ。いつか壊れてしまうの」

明日奈が続けて語り始める。

「私達はこれから悪の根源を倒しに行かなければならない。でも今の状態だと99%負け戦になる」
「はい」
「どうぞ」
「ちなみに残り1%は奇跡?」
「そうね、何かの間違えかな」

苦笑。

「時間が余りにも足りない。そこで・・・」

「ねぇ、ちょっといい?今までの話が本当なら今頃リアルワールは大混乱じゃない?行方不明者が一気に戻ってきたことになるでしょ!?」
「だったら良かったのにね」と明日奈。
「え?」
「全員死んだ」と多香美。

「転送場所で待ち伏されて、殺された」と龍が語る。
「えっ」
「なんであんたが知ってるの」
「戻れた人は一人もいない。ほんと僕がいなかったら姉ちゃんは今頃・・・」

あえて反対の意見を伝えることで、当人の行動を遠隔的に操る。要するに龍があの時私を帰らせようとすることで、私は帰る選択肢を選ばず、実質救われた。

「なんか腹立つ」
「ごめん」

多香美、明日奈、龍に視線を巡らす。全員が俯く。

「もうこの世界にいる高校生はかなり少ない。もしくわこの世界で最後を迎えようとしている変り者達だけ」


やるせない気持ち、沈黙がしばらく続き、私は素直に彼女達に従う選択肢しか選ぶことが出来なかった。全て話が終わる頃にはすっかり日が照り、辺りが明るくなっていた。

「これから生き残りの仲間に会いに行くよ」と多香美が口を開いた。

「ねぇ、どれくらいいるの?」
「聞いた限りで30人!」
「それは多いの?少ないの?」
「もともと100人以上はいたよね、多香美」
「もっといなかったっけ?」
「・・・」
「とりあえず、どこにする多香美?」
「私は断然、チームお抹茶だなぁ!」
「確かに。あとあそこ、チームサマーはどうだろう」
「総合力ならあり。でも私はお抹茶かな」
「あんた、弥生ちゃんに会いたいからでしょ」
「ばれた?」
「うん、バレバレだよ多香美」

多香美と明日奈は楽し気に会話を続ける。
また置いてきぼりだ。

「ねぇ、さっきから何話てんの?私達にわかるように説明してよ」
「ごめんごめん」
「チームお抹茶、全員茶道部のバランスの取れた3人組のチーム」
「お、おまっちゃ?」
「ふざけた名前だけど、超実力派。アタッカーが2人、ウィッチ1人。なにせコンビネーション技がとにかく強烈なの。正直私たちより強いことは確かね」
「コンビネーション?」
「ま、あなた達も姉弟なんだからその素質はあるかも」

龍と目が合った。
この時、私達の目標としてチーム‘お抹茶’に再会することが確定した。


続く・・・

EPISODE.7

巨漢大男が私の前で腕を組んで立っている。見上げる程の身長は2メートルは軽く超えているだろうか。彼もまたこのアナザーワールドに存在している=必然的に高校生であることに間違いはない。

彼の名前は「青年マッハ!」。本名不明。大柄な体格とは裏腹にその名に恥じない俊敏な足を持つ青年だ。崩壊間近なこの世界で現実に戻る選択肢をあえて取らず、また群れることなく孤独にこの世界を楽しく生きている青年であり、男子高校生だ。

私、福原令和とその弟の福原龍。私をこっちの世界に引き込んだ張本人の広瀬多香美、そしてその親友である小池明日奈は崩壊間近のアナザーワールドを唯一救い出すことができる手段、全ての元凶を打破出来る可能性が高いと噂される1グループ《チームお抹茶》の3人を探していた道中、彼にバッタリ出会った。

既に高校生どころか人の気配すら全く消えたこの世界で、動くものと言えば言葉が通じない相手くらいなものだ。そんな面白みのない風景を歩いていた時に、遠くから一直線に引かれる砂煙と共に猛ダッシュしている人を見つけたのはほんの数分前の出来事だった。

「マッハ!くーん」と多香美が突然大きい声を張り上げた。あんなに砂煙を巻き上げている状況でどう考えたって絶対に聞こえないだろうと思いきや、驚くことに一旦通り過ぎた後に大きくUターンしてきたことに心底驚いた。しかも一直線にこちらら向かってくるかと思いきや砂煙が私達を軸にぐるぐる回り始めた。僅か数秒後、遠心力で足場の砂が崩されその場に尻もちをつく4人。とんでもない量の砂煙が目鼻口に襲いかかり、わたしは今まさに死んでしまうのでないかと思われた瞬間、ピタッと砂嵐は収まり目を開くと堂々と腕組をした青年マッハ!の姿を視界に捉えた。

群れることを極端に嫌う、気難しい性格と事前に多香美から噂を聞いていたのだが、実際に会った第一印象もまさにその通りだった。

「いやー、相変わらずでっかいなーマッハ!君は!」と多香美が開口一番に近寄る。他の三人もマッハ!を見上げていることから異論ないようだ。そんな圧迫感のある彼に怯むことなく、いつもどおりのノーテンキさを出す多香美。

「誰かと思えば、多香美と明日奈か」

ニッコリ笑う多香美、片手を上げてクールを装う明日奈。青年マッハ!は一呼吸開けたのち、開いているか開いていないのかわからない細い目で私達姉弟に見つめる。

「ぼ、僕、福原龍です」。

恐怖を感じたのか一足先に自己紹介をはじめる龍。青年マッハ!はまるで占い師如く、龍の名前をゆっくりと繰り返し呟きはじめる。

「ふくはら りゅう」

太い声が辺り一面に響き渡る。残った知らない顔の私に視線が止まる。

「あ、えっと令和、福原令和」

ニコリともせず、私のフルネームを独り言のように呟く。

「ま、何人集めようと彼の足元にも到底及ばないね。多香美、残念ながら数じゃないんだよね」
「別に私は数で倒そうとは言ってないんだから」
「なら何で行くんだよ、無謀過ぎ」

多香美は青年マッハ!を腹目掛けてパンチを繰り出す。恐らくダメージ表示が出るゲームだとゼロと表示されているだろう。しばらくポカポカ殴っていた多香美、諦めるかと思いきやいつも持ち歩いているかばんからおつまみを突然取り出す。もう少し詳しく説明するとおつまみはおつまみでも干し肉である。

「ほれ」

以前に私もこれと同じ洗礼を受けた事があった。この一連の流れを彼はどう捉えるかと興味津々で見ていると、アッサリ干し肉を受け取り、普通に口に放り込む。流石大きいだけあって食に目がないようだ。この一瞬の出来事で明らかに友情の輪が一気に生まれたように見えた。

「うめぇ」

くちゃくちゃ干し肉を噛み始める。僅か数秒も立たぬうちに喉に流し込まれた。

「残念だけど、僕は君たちの仲間になれないよ」と青年マッハ!は太い声で発する。

「世界を救わないのなら、なにすんのさ、君はなにするの?」

一瞬の沈黙。図体が大きいだけに突然動きが止まると場合によってはとても恐怖を感じる。突然襲いかかってこないかと時間が経過するごとに不安が押し寄せてきた矢先、今度は楽しげに口を開く。

「僕はアナザーワールドの最後を見届ける、僕が最後の一人になるんだ」

言いきった。しかも満面の笑みで。なんてやつなんだ。自分さえよければいい典型的なタイプの大男だった。

「ありがとう」

干し肉に対しての感謝のお礼に気づくまで数秒掛かった。笑顔だけは善良なタイプの人間だけに、彼の口から発せられる言葉に正直失望させられたのは言うまでもない。

「ちなみになんてチーム名だい?」
「あ、そうだね、なんか忘れているかと思ったらそれだ!さっすがー、冴えてるねぇマッハ君は!」

声高々に私達の方に走る。チーム名をこの場で決めるつもりだ。すぐに決まらない様子を感じ取ったのか、青年マッハ!は明らかにその場を去る素振りをみせる。

「じゃ、もし次会う機会があったら聞かせてもらうことにするよ」
「お、相変わらず忙しい男だねぇー、あ、そうそうなんか変わったことはなかった?」

めんどくさそうに振り返る青年マッハ!

「チームサマーに会ったくらいかな」
「え、サマーと言えば、すぐる君元気だった?」
「あいかわらず和也を困らせているよ」
「相変わらずなんだね」
「まー、リタイアするのは僕も驚いたけど・・・」
「リタイヤ?」と明日奈が割って入る。
「いや、なんでもない」

顔に似合って、嘘を付けない性格らしい。

「えっ、ちょっとなに、教えてよマッハ!君。ねぇねぇ今なんて言ったの?ねぇ」

叩いたり、しがみついたりしてまるで親に欲しいおもちゃをねだり、駄々をこねる子供のような姿に若干その場にいる全員が引く、次の瞬間青年マッハ!はその場からこつ然と消失した。その反動で転倒する多香美。

「チームサマーに何かあったんだろう?」と明日奈。

多香美が悔しそうに立ち上がり、服に付いたホコリを払う。

「・・・まさか」と険しい顔になる明日奈。
「死んだ?」と多香美が呟く。この子は本当にバカなのか。思ったことすぐ口に出し過ぎだ。しかしその言葉があの青年マッハ!呼び戻すことになった。ちなみに姿は見せず、どこからともなく大きい声が辺り周辺に轟いた。

「いや、死んではいない。うん、それだけは断言できる。・・・ま、これ以上先は実際に君たちの目で確認してよね」
「なんだよ、もったいぶってさー、教えてよ、それくらいさ」
「やーだね」
「ケチケチケチっー!」
「じゃ、そういうことだから、せいぜい残りの時間楽しんでね」

そう吐き捨て加速音と共に数秒後、物凄い砂嵐が再び私達に襲いかかる。

そんなこんなで青年マッハ!に一方的に別れを告げられた。また会う機会があるかはわからない、それでもなお社交辞令で青年マッハ!は私達に情報提供してくれたことに感謝の言葉を述べる多香美。

それからしばらくして、多香美が悲鳴を上げた。その突然の大声にその場にいる全員が驚いた。

「マッハ!君、出てこい!マッハー!」

わかりやすい怒り方に一同大爆笑する。
しかし次に多香美の発する言葉に一同顔面蒼白することとなる。

「スられてる。無一文だよ、私達」
「えー」とまるで打ち合わせをしたかのように3人同時に声が重なる。もちろん打ち合わせなんかしていない。その阿吽の息にニヤリを微笑む多香美。

「おー以心伝心!これならチームお抹茶に勝つのも夢じゃないぞ」
「バカ」と明日奈。

いや彼女ならやりかねない。多香美ならボスを倒した後、どっちが本当に強いか勝負をしようと言ってチームお抹茶と戦ってもおかしくない。

焦る私達。しかしその後明日奈が呟いた言葉に一同落ち着きを取り戻すこととなる。

「崩壊するんだから、お金持っていても意味ないか」

「確かに」三人の声が再び揃う。しばらくその場でこの後の動き方を議論していると、ふと目の前が真っ暗闇になった。一瞬何が起こったかは分からず手探りで周辺に手を伸ばすと明日奈の背中に触れた。手を取り合いその場で腰を落とす。

「ちょっとどこ触ってんのよー」と多香美の甲高い声が聞こえてくる。「不可抗力です、不可抗力ですー」と必死に弁明する情けない龍の声に私たち2人は笑いを堪える。しばらくして目が徐々に慣れてきた。明日奈と離れ、近辺に視線を巡らすと、さっきまでいた場所となんら変わらないように見えた、いや・・・何かがおかしい。

「あっ!」という大きな声が上がる。多香美が彼指差す上空を見上げると、なんと空が真っ青になっていた。はじめ私の目がおかしくなったのかと思い、目を擦ったり、まばたき を何度も繰り返しすものの、一向に変化がない。遂にこの時が来てしまったようだ。アナザーワールド崩壊の話は、噂ではなく現実なのだ。こうして目に見える形で崩壊へのカウントダウン宣告されると、流石に息が詰まったものがある。

「わぁ〜綺麗!」

「は!?」と3人が同時に多香美にツッコミが入る。世界が崩壊するって時にあまりにも呑気過ぎ。しかしその数秒後、明日奈の「ほんとだ」に残った二人も不意を突かれた。

更にその数秒後「うわっ〜!」と龍がここイチ大きな声を発する。「またまた大げさな」と思いながら上を見上げると、確かに青空をさらに一層濃くしたような《蒼い空》が存在していた。その迫力は圧巻という言葉がピッタリでこのままずっと蒼空を見ていられるくらい壮観、間違いなく綺麗だった。

空を見つめ続ける4人。

しばらくは変わらないようだった。「よし、行こっか」と多香美が呟くと、おのおの気持ちを切りかえるを行う。私達は無言で歩いた。空が真っ青なだけでいつも見ている風景がこんなも変わるだなんて思いもよらず、これがこの世界を滅亡させる前兆ですと言われない限りはスマホでパシャパシャ写真を撮っていただろう。まぁスマホはこの世界で使えないんだけど。

「ねぇ、チームお抹茶の情報を教えて、さっきの彼以上に曲者なんているの?」「え?」と驚いた顔の多香美がこちらに歩み寄る。

「なになに?気になっちゃってるの?」

子供みたいにウキウキした表情を覗かせる多香美にちょっとだけウザさを感じた為、棒読みで「ハイ、そうです」と返答する。

「弥生ちゃんはね、最高だよ」
「はぁ?」

この子は本当に私と同じ高校生なのか。主語と述語で話が成立すると思っているのか?頭の中がお花畑もいいところだ

「相手をボコボコぶん殴って、最後は丸焼きにするんだよ」
「ええっ」と龍が私より先に驚く。

相当やばいやつじゃん。そんな人道を外れた人が入っているチームに会う為、私達は今歩みを進めているのか。待って、冗談じゃない、巻き添えを食らうのは正直ごめんだ。

「多香美、ざっくりし過ぎ」
「えっ、だってその通りでしょ」
「弥生、高校一年生で茶道部員、言ってしまえばこの中では多香美に圧倒的に似てるかな。あとゲーム好きで一度決めたことはテコでも動かない熱いタイプ。さっきの丸焼きって表現なんだけど、炎を自由自在に操ることができるので、あながち間違いではない。あまり怒らせないほうが得策かな」
「もう多香美の言うこと信じない」
「えっ、ええ、私に言ってることと全然変わらないよ」
苦笑。

「ねぇ、姉ちゃん」

何度か龍に声を掛けられ、気づく。

「なに?」
「姉ちゃんってそんなに笑うタイプだったんだね」

ポカンとする。

「あとさ、よく喋る」
「それあんたにも返す」
「えーなになに、福原姉弟って無口なの?」
「でも意外とそういうのあるかもね」
「おっ、明日奈ちゃんも意識ある系?」
「本で読んだんだけど、普段暗い人ほど、明るくて、反対に明るい人ほど中は暗いって話」

私、龍、明日奈が一斉に多香美を見る。

「いやいや、ないない、私は裏表ない、このまんまの人だよ!」と手足をバタバタさせて強く反論する。思わず笑う三人。

「ますます怪しい」
「ひっどーい令和ちゃん、じゃ令和ちゃんの中身をもっともっと穿りだして、常にニコニコ顔にしてあげようか」
「やめて、それは勘弁して」

言われてみればそうかもしれない。思い当たる節があると言うのか、なんやかんやで人とこんなに会話が続くのは久しぶりだ。学校では特にこれといったことがない限りクラスメートとは話さないし、弟とも家族とも最低限口を開くだけだ。彼氏は彼氏で話してばかりで私は聞き専門だったっけと遠い過去のように思い出された。

ドッカーン!

500メートル先で爆音と共に火柱が上がる見慣れない光景に私達四人は驚く。すぐさま走り出す多香美。追いかける明日奈。龍と目が合い二人に続く。


続く・・・。

福原令和

福原令和

福原令和は星稜高等学校二年生。学校生活に関しては常に省エネをモットーとして生きてきた私であったが、元号改正に唖然とした。

  • 小説
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  • ファンタジー
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