「蒼い歯車と、ある時計職人の話」2 終

職人は、歯車を作る度あの少女を思い出しました。

―蒼い蒼い美しい歯車のドレスを着た少女―

職人の目には彼女は神秘的に見えました。あの少女は昔話の“時計の少女”なのではないか。そう思いました。
それ以来、彼は蒼い歯車を作っています。彼女のような美しい歯車を作る為に。
もう一度彼女に会える気がして。

チクタクチクタク。

「違う。」
今日も職人のそのセリフと一緒に心臓の山が増えます。
何度作っても少女のような美しい歯車は完成しません。

どんどん時間だけが過ぎていきます。

少女は今日も鳥籠の美しい歯車を見つめます。

― 何故、この心臓は温かいの? ―

鳥籠のごと心臓を抱えます。

― どうして、私の心臓と違うの?私はすごく冷たいのに ―

ふと気付くと、職人の様子が違うことに気付きました。

いつも以上に静かな世界で久しぶりに見た職人は、自分の心臓の色のような歯車を作っていました。

色々な蒼。

海のような蒼だったり、宝石のような蒼。

夜のような蒼。

けれど、どれも自分に似たような色で形も柄も違います。
どれも少女と同じものではありませんでした。

― 何故、職人はこんなに蒼い歯車を作っているの? ―

しかし、職人は以前にも増して黙々と歯車を作っています。


この時、彼女は“チクタク”という音が聞こえない事に気付きました。

全く聞こえません。

試しに数を数えてみます。けれども、数えられるわけがありません。
チクタクという音に合わせ数えていたからです。

彼女は焦りました。何故、聞こえないのかと。

職人も焦っていました。

どんなに作っても彼女のような歯車は完成しないからです。
時間が永久に続くかのようにずっと同じ色の歯車を作ります。

― もう一度、彼女に会うにはどうしたらいいんだ ―

自分でもわけも分からず、がむしゃらに歯車を作っては少女がどこかにいるのではないかと探していました。
この心臓を取りに彼女が来るのではないかと。
この心臓こそが、彼女の心臓なのではないのかと。


少女は色々なことに気付きました。
この歯車を持ち去ってから、仕事をしなくなってしまった事。
彼が寝ることも忘れずっと歯車を作っている事。波の道がどんどん彼の足元で渦を巻いている事。
自分の周りの波の道が消えている事。絡まり合って、重なり合って。

目の前の職人は悲しい顔で、手の蒼い歯車を捨てます。

「わたしが・・・仕事をしなくなったから・・・時間が止まってしまった?」

彼は時間に囚われてしまった。囚われるべきは私。

彼女は鳥籠の美しい歯車を職人に返すことにしました。

これは彼が作った歯車、私が持っているべきものじゃない。
だから、時間が止まり波の道に溺れ彼は蒼い歯車を作り続けている。時間が流れていない証拠。


「もう、作らなくていいんだよ。」

私のせいでこんなことになってしまったのだから。

彼女は鳥籠から歯車を取り出し、手に持ち彼の方へ歩き出しました。

職人は自分の後ろで声がした気がします。
振り向くと少女が目線に入りました。
少女こそあの少女でした。
「君は…」
職人は呆気にとられてしまいました。
少女は彼にあの美しい歯車を差し出します。
「これは?」
職人が不思議そうに聞きます。

歯車を渡した少女は何故だかとても温かい気持ちになりました。
波の道が彼女に戻ります。ふいに体が軽くなり、視界は無くなりました。

職人は少女から渡された歯車を見つめました。それは温かい色をして、よく見ると、美しい細工がありました。
作業場で立っていたようで、いつもの机に蒼い古びた時計の心臓が1つありました。

それはとても見覚えがある心臓でした。蒼い美しい色が所々、未だに残っています。
細かい模様はサビで埋め尽くされていますが、うっすらとハートの繊細な模様が見えます。

ふと、自分が初めて作った歯車を思い出しました。
初めて作った歯車は小さく、心臓としては使い物にならないものでした。
ですが、細かい複雑なハートの細工模様を入れた事を思い出していました。
「これは・・・」

そう初めて作った歯車。少女の心臓。


手の内の心臓と見比べてみると、それは彼女の心臓と同じハート模様でした。

― 人にもある見えない歯車…そっくりな時計の歯車…“真の心臓” ―

昔話を思い出していました。これは人の“心”ではないのかと。そうなると、これが自分の心。

「これをどこで?」

少女に尋ねようと顔を上げて振り向きました。
しかし、もう少女はそこにいませんでした。

そこには蒼い歯車だけが残りました。

チクタクチクタク

職人は“真の心臓”を完成させました。また憧れた時計の少女に会う事ができました。



しかしそれは残酷な真実でした。




真の心臓とは人の心と同じもので、それは時計を侵食し時間を侵食し全てを止めてしまうものだったのです。

それ以来、彼はずっと蒼い歯車をまた作っています。
また少女に会えると信じて歯車を作っています。

少女は未だに眠っています。波の道に埋もれながら。彼がまた彼女の心臓を完成させるまで。


END

「蒼い歯車と、ある時計職人の話」2 終

貴方がどうか時間の波に囚われてしまいませんように。

「蒼い歯車と、ある時計職人の話」2 終

時計職人と時計の少女のお話完結。

  • 小説
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更新日
登録日
2012-10-15

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