黒箱

黒箱

「もしもし、ちょっとお尋ねしてよろしいでしょうか」
 そう言って君を呼び止めたのは見知らぬ人物だった。君が立ち止まると、その謎の人物は小さな箱を出してこう訊いてきた。
「つかぬことをお尋ねしますが、あなたは先日私にこれを渡された方ではありませんか」
 その箱は煙草の箱ほどの大きさで、プラスチックでているように見える。黒地に白い文字が書かれているが、それは君の知らない外国の文字だった。この箱のことはまったく身に覚えがないので君はそのように言ったが、その人物は、
「そうですか? よく見てください」と言って箱を差し出した。
 君はそれをついうっかり手にとってしまった。
 その瞬間、その人物はいきなり姿を消し、君の手に謎の黒い箱だけが残された。これは一体どういうことだろうか? そしてこの箱は一体どういうものだろうか。
 箱は軽い。振っても音はせず、中に何か入っているようには思えない。ただの空箱だろうか。開けてみようと思ったが、どこからどう開けたらよいか見当が付かない。どうしたものかとしばらく手の上であれこれいじっていたところ、不意に手が滑って箱を落としてしまった。
 すると、どこからともなく風が吹き、その風に乗って白い小さな花びらが飛んできた。花びらが君の肩にあたった時、左の方からこういう声が聞こえてきた。
「早く箱を拾いたまえ」
 声の方を見たが、誰もいない。声の主を探してきょろきょろしていると、再び声が聞こえた。
「箱を拾うのだ。早く、急いで」
 君が箱を拾うと、声はこう言った。
「それを開けるのだ。開け方はわかるか」
 しかし箱の開け方はわからない。君がそう言うと、声が言った。
「振れ。強く振るのだ」
 君は箱を小刻みにすばやく振った。十回ほど振ったところでカチッと音がして箱が真ん中から割れるように開いた。だが、箱の中は空っぽで何も入っていなかった。これがいったい何だというのだろうか。
 その直後、左の方から突如として見知らぬ人物が現れた。まるで空中に突然出現したかのようだった。声の主は厳かに言った。
「残念だがハズレである」その声は先ほどの見えない声と同じだった。声は続けて言った。「その箱はゆっくりと大きく振るべきであった。そうすればアタリであったのだが、そんなに強く何度も振ってしまったことでハズレとなった。わかるかね」
 わからないと答えると、声の主は応用にうなずいて「うむ、やはりわからぬか。だが、いたしかたなかろう」と言って去っていった。
 君の手には黒い空の箱だけが残された。

黒箱

黒箱

君は見知らぬ人物から黒い箱を受け取る。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-30

CC BY-NC-SA
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