ソレとわたし 3
一緒に逝きたいのに……
その日、ララは風邪をひいて、苦しそうに唸り声をあげていた。
病院で「そろそろかも知れない。入院しますか」と聞かれた。
入院したらララの傍にいられなくなるから、と処置をしてもらってから、私はララと家に帰った。
庭に毛布を敷いてララを寝かせ、私は縁側に布団を敷いて、私たちは向かい合って寝ていた。
私は布団に包まって、いつものようにソレに懇願した。
「ねぇ、分かってるよ!
いつもいつもお願いばかりで、ずるいよね。
都合がよすぎるのはわかってるけど、まだララとお別れしたくない!
ララを助けて!どうしたらいいの?」
「ララを助けるために、きみは何ができるの?ララのために何ができる?」
ソレは優しく語りかけてきた。
「私がララのために出来ることなんてない! だから、何にもできなくてオロオロしてソレにお願いしてるんじゃない」
ララは10歳を超えていた。人間で言えば70歳位らしい。だから、今死んでしまっても、老衰の部類に入るらしい。
でも、そういう私だってもういい年だ。だから、私たちは年寄り同士仲良くやって来た。
もしかしたら一緒に逝けるかな、なんて思っていたのに。一緒に逝きたいのに……。
「ねぇ、ララが死んじゃうのは仕方がないって思うの。
だけど、私の身勝手だけど、私の心の準備ができないの。
だからもう少しでいいから……生きてほしい。
あのね、私の寿命1年、ララにあげたらどうかな?」
「それが、君の望み?ずいぶん身勝手なんだね。
自分のためにララに生きてほしいなんて。
ララは苦しくて、今すぐにでも、楽になりたいかもしれないのに?」
「身勝手だって思う。本当に傲慢だって思う。だけど、もう少しだけでもいいから、ララと一緒にいたい。お願い。私の寿命1年、ララにあげる。
その間に、私もちゃんと準備するから」
ソレは、ため息をついて呟いた。
「そうだね。じゃあ、そうしようね。君がそうしたいなら」
私はたぶん今年中に逝くだろう。
それからのララは1年といわず、そろそろ3年目の秋を迎えようとしていた。
これも癌の進行が遅れているせいだろうか。老犬で良かったと、しみじみ思った。
今年の私は忙しかった。
私は、今まで書き溜めていた日記やら写真やらを段ボールに詰め込んで、「開封厳禁!」とでかでかと書き殴った。
ついでにむかし集めた漫画とか、要らない洋服なんかを処分した。
夫や子供が、引っ越しでもするのか?と笑うくらい、身の回りを片付け始めた。
だってこの前、ララの背中をなでていて急に思い出したから。
私がいなくなった後に、昔の日記とか写真とかが出没する事ほど、恥ずかしい事は無い!
ああいうものは、生きているうちに何とかしなくてはいけない。
そう、私はたぶん今年中に逝くだろう。
本当は来年だったけど、ララに1年あげたから。
1年しかあげていないはずなのに、ララは元気そうで。あれ?私の方が先?という感じだ。
ソレにはあえて確認しなかった。
聞いてしまったら、答えをあっさり言われそうで。やっぱり怖い気持ちがあったから。
思い残すことは無いようにしてきたけど、それでも死ぬのは怖い。痛いのも、苦しいのも嫌だし怖い。
ソレというものと一緒に……
今夜はお気に入りの香りがしていた。
向かいにある公園に金木犀の木がずらーっと並んでいて、あの独特の甘い香りが風に乗って、部屋の中にまで入ってきていた。
私は気分がよくなって、縁側に布団を敷いた。
カラカラカラとサッシを開けると、ララが暗闇から姿を現し、尻尾をふさふさと振って、縁側に頭を乗せた。
布団に寝転びながらララの頭を撫でていたら、ララの体がどんどん縁側に乗り出してきて、あれよあれよと、私の隣に潜り込んできた。
「あーララ、布団に入っちゃダメでしょ。甘えて。今夜だけだよ。
ねぇ、ララ金木犀がいい香りだからねぇ」
布団の中のララは、低温湯たんぽのように暖かった。
ララは目をつぶって、気持ちよさそうに体をゆだねているし、私も気持ちが良くなって目を閉じた。
「ねぇ、そろそろ、いいかな?」
ソレは少しだけ遠慮しているみたいな声で話しかけてきた。私は目を閉じたまま
「いいよ」と答えたあと、ちょっと気になって尋ねた。
「ねぇ、ララは一人で大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。ララも一緒だから。」
「え?そうなの?ララ、1年どころじゃなかったね。頑張ってくれたんだね」
「そうだね。ララは頑張ってたよ。それにね、人にとっては1年でも犬にとっては数年だからね。だから、丁度良かったんだよ」
「あーそうなんだ。……ララと一緒で嬉しいなぁ。
私ね、フランダースの犬に憧れてたの。
あれは、悲しいお話だけど、最後は楽しそうに終わるでしょ。
私も楽しく終わりたかったから」
ソレは、本当に最初から最後まで私と一緒にいてくれた。
どんなことがあっても私の傍にいて、私を見守ってくれた。
私はララのぬくもりを感じながら、ソレというものと一緒に眠りについた。
ソレとわたし 3