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「カフェオレを一つ、お願いします」

今日も彼女は僕が働いているカフェにやって来た。彼女は毎日昼過ぎ頃にやって来て、いつもカフェオレを注文する。大学の講義の合間のコーヒータイムかな…僕の妄想は止まらない。
彼女はとても可愛らしくて、彼女が初めてこのカフェに現れた時に僕は一目で恋に落ちた。明日も来てくれるかな…と僕は期待していて、次の日も彼女がカフェに現れた時には僕は心の中でガッツポーズをしたけれど、彼女はもちろん僕を気に入ったからこのカフェにまた来た訳では無く、このカフェのカフェオレが気に入った様だった。二度目に彼女が現れた時にマスターが彼女に声を掛けた。

「昨日も来て頂いてましたよね?」
「はい。ここのカフェオレがとても美味しかったので…マスター、このカフェオレは何のコーヒー豆を使っているんですか?」
「気に入って頂けましたか?この豆はフレンチローストのコーヒー豆で…」
彼女と楽しそうにお喋りをするマスターに僕はジェラシーを感じた。僕も彼女と仲良くなりたい…けれど照れ屋な僕はお待たせしました、とそっと彼女にカフェオレを差し出す事しか出来ないでいた。それから約二か月…このカフェに通い続けてくれている彼女に僕は、今日は良い天気ですね、大学はこの近くのあの大学ですか、と何気無く声を掛ける事すら出来ないでいる情け無い男だ。

「彼女の事気になってるな」
「え…別に」
「バレバレだよ。彼女は気付いていないだろうけど」
今日もカフェに現れた彼女を見てにやけている僕にマスターがヒソヒソと話しかけて来た。
「いいね、若いって。俺も店を始めた頃にカミさんが店にやって来て…一目惚れだったな」
「マスターはどうやって奥さんと仲良くなったんですか?」
「秘伝のレシピがあるんだよ。恋に落ちるレシピが」
「マスター、教えて下さい!」
僕は自分が思っている以上に大きな声で叫んでいて、マスターが声がデカイ、と慌てていた。

マスターは丁寧にコーヒー豆をコーヒーミルで粉砕していく。
「いつもカフェオレに使うコーヒー豆はフレンチローストだけど、秘伝のレシピではライトローストの豆を使うんだ。この二つの豆の違い分かるか?」
「はい。フレンチローストの豆は焙煎度が深くて風味が苦くて、ライトローストの豆は焙煎度が浅くて風味は酸味が強い…」
「正解。伊達にカフェで働いてないな」
次にマスターは沸騰したコーヒーサイフォンに粉砕したコーヒー豆をスプーン二杯より少し少なめに入れた。
「カフェオレの場合、普通はコーヒー豆は二杯の量で抽出するんだけど秘伝のレシピでは少し少なめにするんだ。この微妙な割合がなかなか難しいんだ」
「苦味を少なくする為…?」
「正解。恋に苦味は必要ないからな。良いコーヒーとは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い。フランス人の誰かが言ってたな。愛のように甘いコーヒーにする為には%、つまり割合が重要なんだ」
抽出されたコーヒーに温めた牛乳を一対一の割合で
注いでいく。そこにマスター秘伝の隠し味の蜂蜜を小スプーン一杯、シナモンを少々。そして最後にスチームした牛乳でハートの絵を描く。これでマスター秘伝の恋に落ちるカフェオレが完成した。

「お待たせしました」
僕はカウンターに座っている彼女にそっとカフェオレを差し出した。
「ありがとうございます」
彼女はカフェオレの香りを嗅ぐと、いつもと違うレシピに気が付いたのか、少し首を傾げたけれど、ゆっくりとカフェオレを口に含んだ。
「…いつもと味が違う…」
彼女はびっくりしていた。僕は心の中でガッツポーズ。マスター、ありがとうございます!マスターもキッチンの奥でニヤニヤしている。

「そんなに美味しいんですか?」
カウンターの彼女の一つ隣りに座っていたサラリーマン風の男性が彼女に声を掛けた。
「…美味しいと言うか今日はいつもと違って…変なんです、不思議な味がするんです。いつもはもっと美味しいんです、いつもは。今日は私の体調がおかしいのかな…」
マスター、秘伝のレシピのカフェオレは変な味がするみたいじゃないですか…これで本当に恋に落ちるんだろうか…僕は不安になって来た。
けれどサラリーマン風の男性を見つめる彼女の瞳はキラキラと輝き始めた。それはまるで恋する瞳…

「このカフェにはよく来られるんですか?」
「はい、大学が休みの時以外は殆ど毎日」
「僕は今日初めて来たんだけど、すごく雰囲気の良いカフェですね」

二人は楽しそうに会話をしていて、それはまるで恋人同士の様で…マスター、彼女はどうやら他の人に恋をしてしまったみたいです。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-29

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