私を愛して
バーのカウンターでお酒を飲みながら店内を見回した。それほど大きくない店内だが、テーブル席は埋まっており、出来上がった男性達が騒いでいる。
「はぁ……」
溜息をつくと、それを見たママさんがカウンター越しに近寄ってきて、声を掛けてくれる。
「あらあら、若いのに溜息なんかついちゃって。」
ニコリと微笑むママさんの前で心臓を激しく鳴らしながら追加のチップスを頼む。
「全く、いつ来ても男共がデレデレしちゃって。私に向けてじゃないにしてもこっちにいやらしい視線が来ると、お酒も食事も不味くなる。」
「でもさ、結乃ちゃんだって私目当てでしょ?」
「そんなことないって!」
何とか落ち着いて返事が出来た。
「怪しい……まあね、私目当てのお客さんがいてこの店が成り立ってるんだから、あんまり悪いことは言わないで、ね?」
艶やかな声でそう言われて、思わずうなずく。それから飲み終わったグラスを手渡す。グラスを受け取るママさんの手が私の手に僅かに当たり、今日一番の心拍数が記録される。
「はいお待たせ、お代わりのチップスとお水。明日も学校でしょ? これ飲んで、今日はおしまいにしておきなさい。」
手渡された水に口を付け、チップスをつまむ。ママさんはその間、テーブル席の男達の相手をしていた。
この世界で魔物が珍しくなくなってからもう何年も経つというのに、人間はまだ魔物に対応出来ていない。そこにいる男達もそうだ。ただ魔物達の尻に敷かれ、奴隷のように働きながら酒を飲み散らかすだけだ。
それから今までに食べてきた女の子を思い出してにやけていると、ママさんがカウンターに戻ってきた。もちろんママさんもまた人間ではない。夢魔だ。男達をこのバーに引きつけ、閉店後に酔い潰れて寝ている客から絞っているらしい。私も試しに潰れてみたことがあるけれど普通に起こされた。やっぱり男にしか興味は無いらしい。
チップスが終わってしまった。ママさんを呼んでお代を払う。今日は水割りが三杯、ソーセージとチップスが二皿ずつ。お釣りは手を包んで渡してくれる。最後に顔を耳に近付け、こっそり訊ねる。精一杯の色気を込めて。
「あの…私のこと、いつ抱いてくれるんですか?」
「あら、四留もするような悪い娘は嫌いよ。結乃ちゃんが高校出たら考えてあげる。」
そう言うと、ママさんは私に一つ投げキッスをしてから、テーブル席に向かっていった。
高校なんて正直面白くない。それでも行くのは、年下の女の子を一日中眺めていられるからだ。クラスメイトの女の子達の方も、年上の女性に興味津々という風で、休み時間には代わる代わる私の元に来てくれる。
昼休み。いつも通りクラスで一番仲の良い澪ちゃんを膝の上に乗せてパンを食べていると、隣のクラスの女の子達がやって来た。
「ほー、これが噂の結乃さんかぁ。」
「顔も整ってるし、胸も大きいし、確かに惹かれるわね。」
口々に言っている彼女達に訊ねる。
「ええっと、ご用件は何でしょう。」
先頭に立ってた子がふと我に返ったかのように僅かに弾んでから口を開いた。
「え、あ、あの、結乃さんって、女の子によくモテるんですよね?」
「そうだけど、私に抱いてもらいたいの?」
「いえ……」
彼女は赤くなってしまい、顔を手で覆ってしまった。
「緊張しなくていいのよ。深呼吸して。落ち着いて、ゆっくりでいいから話してごらん。」
少しだけ時間が掛かった後、彼女は私への依頼を話し始めた。
「私の実家の方の話なんですけど、そのっ、ある屋敷、今は誰もいないんだけだ、そこに女の子の幽霊が出たみたいで」
「要するに口説き落とせ、と?」
「は、はい。ごめんなさい……。」
震える彼女を手招きし、頭を撫でてあげる。拗ねている澪ちゃんも逆の手で撫でてあげる。
「いいのよ。じゃあ携帯出してもらっていい?」
彼女が出した携帯を受け取り、LINEを開いて友だちに登録してあげる。携帯を返すと、彼女は真っ赤になって、今にも倒れそうだ。
「詳しいことは後で送ってちょうだい。もう昼休みも終わりそうだし。」
時計を見た彼女たちが教室から去ろうとする。最後にウインクを一つ飛ばしたら、彼女は気が抜けたのかその場にへなへなと座り込んでしまった。
「また機会があれば、一緒にご飯、食べましょ。」
そう言ってから膝の上の澪ちゃんをどかし、授業の仕度をする。
あまり澪ちゃんに構ってやれなかったな、そう思いながら流れるチャイムを聴いていた。
週末になって、女の子の幽霊が出るという屋敷に向かう。依頼主の沙苗さんとその母親の舞子さんで行くことになっていたが、運悪く沙苗さんが風邪を引いてしまった。仕方なく二人で車に乗る。うっかり魅了しないように後部座席の左側に乗せてもらった。
三時間程走ったところで、車は山道へと踏み込んでいった。周りの景色も暗くなる。そのまま深い森を十数分進んだところで車は止まった。
車から降りると、目の前には石造りの小さな家が建っていた。
「この家ですか。お母さんはここで待っていてください。」
「でも……」
あくまで一緒に行こうとする舞子さんを魅了で止め、一人家のドアを開ける。
そこはまだ生活感の残った、単なる一軒家であった。家具はそのまま残っており、誰か住んでいてもおかしくないくらいだ。
それから一階、二階と一通り入ってみる。第一印象と違わず、空き家なのが信じられないくらいだ。
最後にキッチンへ行き、床下収納を確かめる。何か隠し事をするには、床下収納が最適だ。思った通り、床下には階段があった。
ゆっくりと階段を降り、その先の扉を開く。玄関より重い扉を開くにつれ、鼻を異臭が襲った。それは腐臭と言うべき、鼻につく臭いであった。真っ暗な部屋から、明らかな異常が漂ってくる。
思い切って扉を全開にする。
その瞬間、私は床にたたきつけられた。それから身体を翻す間もなく、襲いかかる縄のようなものに縛り上げられる。そして最後にぐいっと引き上げられ、私は宙吊りになった。
「ここに人が来るの、久しぶり。」
感情の無い声が聞こえてくる。きっと例の幽霊だろう。けれど彼女は生きている。幽霊ではなく、魔物だ。
「どう? 縛られるの、気持ちいいでしょ。」
相変わらず平坦な声だが、内心惚れ惚れしているのだろう。久々の獲物を前にして、心が躍らない者はいない。
足音がこちらに近付いてくる。そして私の頭の辺りで止まった。首を曲げ、正体を拝もうとする。ようやく慣れてきた私の目に映った影は、私より数段小さい少女だった。少女は私の頬をそっと撫で、囁く。
「素敵な顔ね。女の子なのに惚れちゃいそう。」
少し声色が妖しくなる。こうなれば私に魅了させるのもきっと難しくない。彼女自身も私の虜になるのに気付いてないだろう。
「縛られるのもたまには良いものね。私、新しい扉が開いちゃったかもしれない。もっと犯して。もっと気持ち良くして。」
彼女を求めてみる。出来るだけ甘く、出来るだけ艶やかに。すると彼女は私の服を鋭利な爪で切り裂いた。服の端切れが取り除かれ、私は裸にされてしまった。
「やっぱり、縄は全裸の方が映えるね。」
そう言うと彼女はその手で私の身体中を撫で回し始めた。秘所に手が当たる度、思わず身体が跳ねてしまう。終いに彼女の手は、私の胸を丹念に撫で回す。その感触に思わず声が出てしまった。
「胸……弱いのね。大きいのに。」
感心するように言う彼女はすっかり胸に夢中になっている。もう充分に魅了された。そう踏んだ私はもう一つお願いをしてみる。
「ねえ、……降ろして。そうしてくれたら、もっと気持ち良くしてあげる……。」
半ば喘ぎの混ざったお願いに、彼女は黙って腕を縄に当て、長い爪で切り落とした。私が地面にたたきつけられる寸前、吊っていた縄を掴み軟着陸させてくれる。それから身体中を縛っている縄、その一つ一つも爪で切っていく。
ようやく身体が解放された私は、彼女を抱き寄せた。
「ありがとう。寂しかったのね……。」
頭を撫でると、彼女は私の身体を強く抱き締めてきた。長い爪が肌に刺さって痛い、その痛みで顔が歪まないように堪えつつ、彼女の耳に囁く。
「さあ、お楽しみの時間よ。」
それから彼女を床に押し倒し、お返しとばかりに彼女の身体を撫で回す。しかし彼女の身体に走る無数の痣、そこに手が触れる度に引っ掛かった。その時の彼女の表情を見ると、まるでこの世のものではない快楽を得たかのような恍惚であった。
そのまま痣をなぞる。彼女の息が荒くなった。その吐息を感じ、私の口で彼女の口を塞ぐ。彼女は激しすぎる快感に恐怖を感じたのか、私の身体を強く抱き締める。
私は口を離すと、顔を耳に近付けそっと囁く。
「怖くないよ。私の腕の中で果てなさい。」
それから、耳にキス。
その瞬間、彼女の身体が激しく跳ね、彼女は絶頂に達した。
彼女を連れて車に戻る。舞子さんは裸の私と縄の痕が鮮明な彼女を見て驚いた様子だったが、すぐに上着を羽織らせてくれた。それから私と彼女を例のバーまで連れてもらった。
ちょうど開店準備にかかる所だったママさんは驚きながらも私と彼女を入れてくれた。それからまかないの料理を分けてもらい、今回の成り行きを聞いてもらった。
「また結乃ちゃんの被害者が増えたってことね。悪い女だわ。」
そう言いながらも彼女を引き取ってくれることになったママさんに感謝しつつ、私は着替えに家に帰った。
バーは今日も繁盛している。テーブル席を担当しているのは、屋敷から連れて来た彼女。名前が付いていなかったらしく、ママさんにより「佐井那」と命名された。
「佐井那ったら、結乃ちゃんのことが忘れられないみたいで、暇な時に慰めてあげなさい。」
「分かってますよ。私が女の子をぞんざいにするわけないでしょ。」
カウンター席でいつも通りチップスをつまみながらママさんと一緒に佐井那の働きぶりを眺める。真っ黒なメイド服が彼女の白い肌によく似合う。
「でも、あの娘のメイド服の下、縄で縛っているのよ。縛るのも縛られるのも大好きなのね。」
「痣が付いてまでするのはちょっと分からないけどな……」
半ば呆れ顔の私。それを見たママさんが溜息のように私に話す。
「しかし、貴女の魅魔の力……ちょっと使い過ぎではなくて? 出会った女の子、片っ端からヤり倒して。」
「そんな、ヤり倒すなんて。ただ私は女の子達に快感を味わってもらっているだけですよ。」
急に真面目な口調になったママさんをあしらいながら、また佐井那に視線を送る。気付いた彼女はこちらへウインクを飛ばしてくれた。
「ま、匙加減をよく覚えることね。それさえ出来ればもっと素敵な魅魔になれるわ。」
「じゃあそうなったら、私と一晩過ごしてもらえます?」
「あら、私が食べるのは男だけよ?」
また拒まれてしまった。
いつも通りママさんに見送られて店を出る。けれど、どうしても寂しくなって言ってしまった。
「私は貴女にさえ愛してもらえれば満足です。でもそれが叶わないから、他の人で発散するしかないのです。」
その瞬間、私の頬が強烈な音を立てた。
頬を叩いたママさんが手を扇ぎながら言う。
「それは脅し? もう少し大人になりなさい。」
閉じられた扉を見つめ、私はそっと涙を流した。
私を愛して