ある春の日に

犬棒あたる

 私はALSという病気のために縄で縛られた様に自由が効かない。意思と意欲は有っても縄を切ることは難しい。歩けない、持てない、話せない、食べれない、呼吸しにくい。そのために車椅子、胃ろう、時にオムツを使い、必要に応じて痰吸引をする。いよいよ意思伝達装置、陽圧呼吸器の準備だ。また看護師、理学療法師、マッサージ師、訪問入浴業者らの定期的訪問も受けている。要するに自由で快適な老後生活を送る夢は崩壊してしまったのだ。
 この状態で生きるには妻の全面的な介護が不可欠である。そこで介護をするという事をより深く理解するために、逆の立場だったら私はどうするのか、病人はどうなるのかを頭でシミュレーションしてみた。
すると第一段階で私は「困っている人がいたら助けてあげるのが人間として当たり前。まして家族なら愛情を持ってあたるべきだ。治る見込みのない病人なら尚更のこと。」と胸を張って立派に言う。病人はアリガトウ、アリガトウと涙を流さんばかりに感謝する。
ところが第二段階では「自由は無くなり、何から何まで我慢して介護、介護の毎日だ。とんだ貧乏クジを引いてしまった。コリャ タマラン、トホホホホホ」と不満、愚痴を言うようになる。病人は切なそうに、ひたすらスミマセン、スミマセンと謝る。
第三段階になると睡眠不足、食事の不規則が慢性化し、心身の疲労がたまる。一日中不機嫌な顔となり、怒りっぽくなって大きな声を出す。我慢できずに手を出すこともある。病人は恨めしそうに涙をうかべてゴメンナサイ、ゴメンナサイと言う。
第四段階では「もう駄目だ、限界だ。疲れたヨー、死にたいヨー、助けてヨー」と言い、自分の事も介護の事も何もしなくなる。病人もシニタイヨー、シニタイヨーとボロボロ涙を流す。
第五段階では、とうとう二人で命を絶つという悲劇的事件が起こり新聞、テレビのニュースとなる。
 私は介護をする側、受ける側の様子を知った。つらく悲しいものだった。参考になったけれど全面的には納得できない。私が妻を介護したらそうなる危険性があると頭のコンピューターは示すのだが、とんでもない。そんな事では妻に対して申し訳ないではないか。
それにしても私の病気は益々悪化して来ている。それでも妻の介護ぶりは四年たっても変わらない。妻は私とは違うようだが、長期になれば体力、精神力、プラス愛情はどうなるか。
 我が家の庭は厳しい冬が過ぎて、クリスマスローズ、福寿草、ヒヤシンス、沈丁花に始まって、次々といろんな花が咲いてきた。妻は一つ咲くごとに私に話し、花の色と香を私の手元まで届けてくれる。嬉しい。
今日も春の花と妻に助けられて、私の身体にさわやかな風が吹き、ビバルディの「春」の曲が流れた。硬くなっていた心がほぐれ、私は病気などに負けていられないという気持ちになった。治る見込みは無いらしいが、これ以上症状が進まないようにリハビリを頑張ろうと思う。
今年はカラスに代わってウグイスが毎朝五時ごろ来て家の近くで鳴く。私を応援するように夕方まで時々鳴いてくれる。それも励みになる。そうだ、私にも応援したい人たちがいる。
  我が家族に幸いあれ
  我がはらからに幸いあれ
  優しき友に幸いあれ
   2019/4/20

ある春の日に