ピアノ

夏借悠

 そういえば僕はピアニストと付き合っていたことがあるなぁと思ったのは土曜日の午後のことだった。
 土曜日の午後というのはたぶん、世界中どこでも、一番平和な時間帯であることは間違いない。外は寒かったし、出かける気にはなれなかった。故郷を離れて就職してまだ一年と経たない僕は、職場以外に知り合いがあまりいない。少なくとも休日に連れ立って遊びに行くような友人はいなかった。そういうわけで、家でゆっくり映画でも観ようと思ったのだった。なんの変哲もない、極めて平凡な独身男性の休日の過ごし方と言っていいだろう。
 DVDがずらりと並んだ棚を眺めて、どれを観ようか考える。ここで微妙な映画を選んでしまうと、このあとの数時間が台無しになってしまう。矛盾しているようだが、貴重なサラリーマンの休日に余裕は無い。若い頃は手当たり次第に映画でも芝居でも観ていたが、観る映画を慎重に選ぶというのは、今では僕の休日のルールになりつつある。
 余念無く選んだつもりの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は少し失敗だったようで、僕はビョークが橋の上で歌っているシーンでディスクを止めた。これは間違いなく良い映画で、ベスト映画のリストの中でもかなり上のほうにランクインしていたが、繰り返し観る種類の映画ではなかった。そして僕はちょっとだけ途方に暮れてしまった。映画のせいもあるだろうがなんとなく暗い気分になってしまった。
 かわいそうな「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を棚に戻すときに、なぜかふと僕の記憶が蘇ったのだった。そういえば僕はピアニストと付き合ってたんだっけ。あれはいつのことだったかな、と思い出すと、もうDVDを再び選ぶ気ではなくなっていた。そうして僕は音楽を聴きながらコーヒーを飲むことに決めた。方向転換は早いうちにしてしまったほうが良い、というのが僕なりの休日のルールその二だった。
 そして僕はCDを選び始めた。CDの棚はクラシックが三分の二を占めていて、あとは古いジャズとフランスのシャンソンだった。フランスのシャンソンのCDは学生時代にフランス語を勉強していたときにやや熱狂的に集めたものだ。その半分くらいはセルジュ・ゲンズブールのCDだった。僕は折角ピアニストの彼女のことを思い出したので、ピアノの音楽を聴こうと思った。
 コーヒーを淹れてソファに座って、ラヴェルの作品集をCDプレイヤーに入れた。いつ買ったCDだか忘れたが、曲は「ソナチネ」からだった。平和な土曜日の午後にぴったりの、暖かくて美しい曲だ。

 彼女と付き合っていたのは僕が大学生の時だ。僕は大学オーケストラの指揮者をしていて、彼女は音大でピアノを専攻していた。僕が彼女と出会うきっかけになったのは、二〇一一年三月一一日の出来事だった。あの金曜日の午後、僕は社会学の授業に出て熱心に教授の言葉をメモにとっていた。地震があって、教室も多少揺れて、講義は中断してしまった。ほどなくしてどうやら東北が震源と分かると、教授は授業を中止して足早に教室をあとにした。教授は仙台出身だった。
 チャリティーコンサートをやろうと誰が言い出したのかは覚えていないが、僕たちは悪くないアイデアだと思った。毎年夏に開いている、地域のための無料コンサートをチャリティーコンサートに変えてしまおうというのだ。しかしチャリティーにするんだったら、多少は目玉の曲目があったほうがいいだろうというのが大方の意見だった。いつもは大抵ドラマや映画の音楽と、有名なクラシックの曲を演奏して地域の人に喜んでもらっていた。チャリティーとはいえ、それだけでお金を取るのもなんなので、もうちょっと派手で本格的な曲もやろうと誰かが言い出した。僕はソリストを招いて協奏曲をやるのはどうかと提案した。
 ソロ楽器とオーケストラが一緒に音楽を作る協奏曲は聴き応えもあるし、プロを呼べば客も集まる。しかし貧弱な大学オーケストラのチャリティーコンサートを手伝ってくれるプロの音楽家はなかなか見つからなかった。実際僕たちはいろんな伝手を使ってプロの演奏家とコンタクトを取ったが、どの奏者もスケジュールが埋まっていた。夏は音楽家にとって稼ぎ時なのだ。
 そういうわけで、音大に知り合いがいる団員に頼んで、都合のつく腕の確かなピアノ奏者を見つけてきてもらった。音大生ならギャラも安くて済むし、同世代なのでコミュニケーションも取りやすい。そして僕は彼女と出会ったのだ。
 大学の薄汚い地下練習場のろくに調律もしていないピアノの前に彼女を座らせて、こんな楽器で申し訳ないが何か一曲弾いてみてくれないかと言った時、彼女が選んだのはショパンのピアノ協奏曲第一番だった。
 僕の好きな曲だ。ひと通り聴いてみて悪くないと思った。何よりミスが少ないし、音がくっきりとしている。正統派の解釈でテンポも安定しているし、時折見せる「崩し」も歌心を押さえていた。それらはアマチュアオーケストラと共演するにあたって必要な資質だった。これならオケを引っ張れると思った。そしてそのままショパンの一番の協奏曲をプログラムに載せることにした。
 夏のコンサートに向けて練習の日々が始まった。団員の方は協奏曲を演奏したことがないので、どうしてもピアノを主役にした演奏ができずにいた。彼女は彼女で、毎日音大で練習しているとはいえ、実際のオーケストラをバックに弾くのは初めてらしかった。しかも大きなコンクールが秋に控えているらしく、なかなかオーケストラとの練習には参加できなかった。そういったことをうまく調整していくのが指揮者である僕の仕事だった。僕は団員に複数のショパンのピアノ協奏曲の音源を配布して、常にピアノをイメージして演奏するように繰り返し指示した。彼女が練習に来ることのできる日は、なるべく彼女の要望を聞いて、とにかく基本的な線を合わせることに注力した。指揮者にとってもオーケストラにとっても地味で辛抱が必要な作業だったが、皆彼女のことが気に入っていたので苦労とも思わなかった。彼女は長い黒髪の美しい女で、古臭い言い方をすれば富豪の娘だった。しかし嫌味なところがなく、アマチュアでやっている僕らに熱心に寄り添って演奏してくれた。隙間のような時間をショパンの練習に充ててくれていることは、誰が聴いても分かるような演奏だった。僕はピアノとオーケストラが時間をかけてゆっくり一つになっていくのを感じた。そうして本番の日を迎えた。
 本番の演奏は絵に描いたようにうまくいった。僕は緊張していた。はじまりの拍手のあと、長い沈黙の時間を取ってから棒を振り下ろした。振り下ろした瞬間、一音目がピッタリと合った。悲劇的な運命を暗示するこの曲の開始は、彼女の美しさをより引き立てていた。オーケストラの前奏が始まって少しすると、彼女は僕をまっすぐ見て、こくりとうなずいた。
 それから四十分ほどの演奏の間、彼女はショパンの音楽に完全に溶け込んでいた。悲劇的な世界に取り残された乙女を演じ切っていた。僕は当然のように恋に落ちた。いや、その四十分のうちに落ちていったと言う方が正しいかもしれない。

 これは古典的な問いなのかもしれないが、僕が恋をしたのは、ピアノを弾いている彼女なのか、それともピアノを弾いていない彼女なのか分からなかった。もちろんきっかけはあの夏の共演だった。僕が恋に落ちたのは、熱心にショパンを弾いている彼女の姿だった。でも僕は、付き合い始めて彼女のいろんな面を知った。ピアノが無いところで会う彼女はとてもリラックスして見えた。そういう彼女の姿を見られるのは、恋人に許された特権のようなものだったと思う。誰も知らないであろう彼女の姿を見て、僕はどんどん彼女のことが好きになっていった。
だから僕は、どちらの彼女も好きなんだという風に納得していた。そしてきっと彼女も、指揮しているときの僕も、そうでない僕も好きなのだと思っていた。少なくとも彼女に曲をリクエストするまで僕はそう思っていた。

 その日僕は立派なピアノの置いてある彼女の部屋に居た。ちょうど今日みたいな土曜日の午後で、やわらかい秋の日差しが大きな窓からカーテン越しに降り注いでいた。彼女は例のコンクールでまずまずの賞を取った後で、神経が大分ほぐれているようだった。その時に僕と彼女は初めてのキスをした。なんとなくコンクールが終わるまではお互いにそういう雰囲気にならなかった。
 少し気まずい沈黙の後に、僕が彼女に何か一曲弾いてくれと言った。思えば僕が彼女に曲をリクエストしたのは二回目で、これが最後だった。その時彼女が選んだのがラヴェルの「クープランの墓」のトッカータだった。僕はその時まだその曲を知らなかった。曲の名を僕に告げたときに、彼女もどうやらそのことに気がついたらしく、弾く前に簡単に解説してくれた。
「『クープランの墓』というタイトルは、実は誤訳と言ってもいいくらいなの。確かにル・トンボー・ド・クープランを直訳すれば、クープランの墓にはなる。でも、別にクープランのお墓の話しじゃないのね。それってなんだか幽霊の音楽みたいじゃない。
ラヴェルはとても愛国心の強い人だった。だから、古典的なフランスのピアノ音楽に愛情を持っていたの。特に十八世紀の作曲家たちを好んでいたわ。その代表格がクープランという作曲家なの。そしてクープランの時代には、トンボーという言葉で始まる音楽の形式があったのよ。どういう形式かというと…そうね、死んでしまった作曲家たちに捧げる、先人を讃えるための音楽といったところかしら。
ラヴェルが面白いのは、この曲の名前に二重の意味を込めたことね。一つ目はさっき言ったように、クープランへの敬意を込めて、十八世紀の失われてしまった音楽を自分なりに復活させたいという意味。二つ目の意味は、彼自身が従軍した第一次世界大戦で死んでしまった友人たちに捧げるという意味。
どう、曲のタイトル一つとってもなかなか深みがあるものよ。それで、この曲はあたしの一番好きな曲」とピアノ椅子に座った彼女は長い髪をかき上げて言った。「そして多分、一番うまく弾ける曲でもあるの」
 そう言うと彼女は目を瞑ってピアノに顔を近づけた後、短く鋭く息を吸って即座に鍵盤を叩いた。

 同じ音の執拗な連打でその曲は始まった。まわりの空気が一瞬で張り詰めたのが分かった。僕が聴いたピアノ曲の中でたぶん一番速いテンポの曲だった。細かい音の刻みが震えるような旋律を織り成している。まるで彼女の指から火花が散っているような印象を受けた。最初は少ない音の数が、曲が進むにつれて段々と増えて、ますます激しくなっていった。激しいのに、時折現れる美しい和音を彼女は丁寧に響かせた。僕はなんだか喉を締め付けられているような気がしてきた。息も出来ないくらいに、その音楽は僕の胸に迫ってきた。
 うねるような音の洪水の後で、曲は叙情的な部分に差し掛かった。さっきまでの火花を散らすような激しさとは変わって、彼女はゆったりと豊かに音を膨らませた。しかし彼女はそのなめらかな旋律に冒頭と同じ種類の熱を乗せることを忘れていなかった。同じ楽器が奏でているとは思えなかった。たった一台の楽器が、百人のオーケストラよりも深い幅の音色を持っている。僕はそのメロディーの儚げな美しさに強い劣等感を覚えた。僕がやっている音楽はいったい何なのだろうと。僕が一本の細い棒で支配するオーケストラよりも、彼女の十本の指のほうが広い世界を旅することが出来るのだ。
 そうして曲はまた冒頭の激しい部分に戻った。弾いている彼女は、まるで何かに取り憑かれているように見えた。僕が知っている彼女じゃない。僕の棒でショパンを弾いていたひたむきな彼女じゃない。それは例えるなら魔女のような姿だった。火刑の中で天を睨む魔女と同じ眼で、彼女は白黒の鍵盤を追っていた。彼女は五線譜の中に閉じ込められた魔女だった。僕はなんだか、この曲は永遠に終わりが来ないような気さえした。彼女はラヴェルの音の魔法に完全に囚われていた。
 しかしちゃんと終わりはやってきた。曲は短く複雑に展開して、鋭く高い音と深く低い音が交互に響いて、彼女は一瞬のうちに終わりへと導いた。最後の和音を広い部屋いっぱいに響かせた後、彼女は大きくため息をついて、また髪をかき上げた。
「どうだった?」彼女は額にうっすらと汗を浮かべていた。
「すごい」僕はほとんど言葉を失っていた。「十本の指で弾いたとは思えない」

 それからどうなったんだっけ、と僕はコーヒーを冷ましながら考えた。CDはラヴェルの「ソナチネ」を演奏し終わって、まさに「クープランの墓」に突入していた。彼女が弾いてくれたトッカータは、六つの曲で構成される「クープランの墓」の終曲にあたる。幻想的な夜を思わせる前奏曲が始まって、僕はまた記憶の糸を手繰り寄せた。

 僕たちが別れたのは次の年の春のことだった。彼女はフランスに留学することになったことを僕に告げて去っていった。僕は特に抵抗せずに別れを受け入れた。なぜなら僕は、あの日以来彼女をもう愛せなくなっていたからだ。フランスに留学することは、別れのきっかけに過ぎなかった。
 あの日を境に、僕の彼女を見る目は変わってしまった。僕にとって彼女は、あの日にラヴェルの世界にさらわれてしまったのだ。トッカータを弾いている彼女は僕の知っている彼女ではなかった。僕は知りすぎてしまったんだ、と思った。彼女の知らない一面を見て惹かれていった僕は、あまりに遠くに行きすぎてしまったのだ。
 結局のところ僕が好きだったのは、熱心にショパンを弾いて、僕の日々を楽しく彩ってくれる彼女だった。彼女はいつも僕のそばにいると思わせてくれる素敵な女だった。でもあの日あの時の彼女は、確実に僕の知らない世界にいた。僕と彼女はピアノを挟んで、全く別の世界にいた。僕はとてつもない寂しさと、同時に激しい劣等感を感じたのだった。同じ音楽家ゆえの嫉妬だったのかもしれない。その劣等感は僕には埋められないと思った。そして彼女のいる方の世界にはラヴェルが立っていた。
 そう、僕はラヴェルに嫉妬していたのだ。でも僕は簡単にはあきらめなかった。彼女を好きでいるために、ラヴェルの書いたありとあらゆる楽譜を熱心に研究しはじめた。いったい何が彼女をあんな風に変えてしまうのか知りたかった。それを知ることができれば、僕もあの時彼女がいた世界に少しでも近づける気がしたからだ、
しかし結局ラヴェルの謎を突き止めることができなかった。あんな音楽を生み出すのは天才か魔術師の仕事に違いなかった。実際ラヴェルは天才であり魔術師だった。僕に太刀打ちできる相手ではなかった。まして相手は死んだフランス人だった。僕はラヴェルが羨ましかった。結局、あんな風に彼女を熱狂させてしまう魔法のありかを突き止めることは出来なかった。
 あの日から僕は彼女と会う度に辛い思いをした。僕の目の前にいるこの美しい女は、ラヴェルの世界に囚われてしまっていると思った。そして僕は彼女をそこから引きずり出す術を持たなかったし、彼女に僕の感じていることを正直に打ち明ける気にはならなかった。そんなのは子供じみた嫉妬だと思われるのが嫌だったからだ。彼女がどう思っていたかはわからないが、僕は自分でも分かるほど素っ気無くなり、彼女を遠ざけるようになった。彼女を好きになることで、これ以上ラヴェルの亡霊に悩まされたくはなかったのだ。
彼女と別れてからは、その必要もなくなったので、ラヴェルの研究もぱったりと止めてしまった。僕はオーケストラで新しい曲に取り組み、講義を熱心に聴き、就職活動をして故郷である関西から離れた東京の会社に就職した。

 そんなことを延々と考えていると、五曲目が終わった。大学時代の友人から伝え聞いた話によると、彼女はフランスがずいぶん水に合ったらしく、今はパリで演奏家として活動しているそうだ。六曲目のトッカータに入る前に僕は停止ボタンを押した。ラヴェルは今でも良く聴くが、トッカータだけはまだ聴けそうにない。もし彼女が有名になってレコード店に彼女のCDが並んだとしたら自分は買うだろうか。多分僕は買ってしまうと思う。でもそれを聴いたとしても、あの時みたいな致命的な経験にはならないだろう。たぶんこの冷めたコーヒーみたいに、薄くてほろ苦い感触を僕の体に残すだけだろう。
 少なくともそうであって欲しいものだ、と僕は心の中で祈りながら、CDを棚に戻した。もう一度「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観るのも悪くないと思った。二度目の方向転換はルールになかったが、今日だけは仕方ない気がした。

ピアノ

お読みくださってありがとうございました。
楽器とその楽器が創り出す人格を題材にした小説を書いていて、その「ピアノ」にあたります。
私自身はピアノを弾けないのですが、昔からピアノ音楽が好きです。
とくにモーリス・ラヴェルの作品が好きで、その想いから書いたものです。
もしよければ、ご感想をtrombone.magique@gmail.comにぜひお寄せください。

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過去にピアニストと付き合っていた「僕」は、ある土曜日の午後、取り憑かれたようにラヴェルを弾いていた彼女の姿を思い出す。

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更新日
登録日
2019-04-26

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