強膜の宇宙
夕風が涼しい春の暮、強い西日に照らされたアパートの廊下を歩く。指定された部屋のドアは、ノブを回すだけでなんなく開いた。玄関に上がり、後ろ手にドアを閉めると辺りは真っ暗で、唯一の光は遮光カーテンの隙間から漏れ入る一筋の太陽だけだった。その光ももはや紅葉色に色づいて、あと一時間ほどでこの部屋には一筋の光も入らなくなることを知らせていた。アパートのワンルームというのはだいたいどこも間取りに大きな差はない。真っ暗な中、靴を脱いで一直線に部屋の中心へと進む。途中、フローリングから使い古したカーペットのような布へ足元が変化する。そして、部屋の中心から左手に大股で一歩。足裏の感覚が伝えているのは、カーペットにほんの少し厚みを足したような煎餅布団だった。
そのまま足を円を描くようにゆっくり動かすと、すぐに重いものに当たった。ぐぅとかうぅとかよく聞き取れなかった声を小さく漏らし、ごそごそと動く気配。その場にしゃがむと微かに寝ていた人間の体温を感じた。さっき足が当たった辺りを手で探ると、髪の毛、そしてこれは鼻?それから少し先に、これは瞼。そのまま指でゆっくり瞼を押し上げる。途中からは半自動的に瞼は上がり、恒星の明かりが瞳から漏れ出て、睫毛の影をやせた頬に落とした。そして瞼が上がりきったその時、私は勢い余って角膜からはみ出した彗星の尾を運よく掴み、その瞳の強膜に住み着く宇宙を根こそぎ引き抜いた。
「赤ん坊のうちはなんら害はないんですよ。そう、少し青みがかっているでしょう?あれは裏に隠れているからでしてね、大人になってもたまに残っちゃってるのがいるんですよ。それはもう取ってあげないとどうにもなりませんから。」
強膜の宇宙