フルーツ
SF、幻想系小説です。縦書きでお読みください。
彼は二階の部屋の窓を開けた。
真っ青な空に向かって果物のなる木がそびえたっている。
一本の枝が窓際に伸びていて、手の届くところに実がたくさんなっている。まだ硬そうだ。
彼は彼女にささやいた。
「だいぶ熟れてきたね」
「ええ、でも発酵させたほうが美味しいんでしょう」
「そうだよ、あんな小さな生物を表面に塗るだけで、たった数日で果肉をほじくり返し、柔らかくして、食べやすくしてくれる。そのうちにそいつらは他の果実に乗り移ると、コロニーを作って、同じことをしてくれるんだ」
「いつ、その虫を植えるの」
「明日にするよ、もう取り寄せてあるから、数種類をばら撒くんだよ、不思議なんだけど、しばらくたつと、植えていない虫が現れるんだ。果物の中で突然変異を起すのだよ。僕の友達がこの動物を使って遺伝の実験をしているよ」
彼は空を見た。明日も晴れるだろう。
翌日の朝、予定通り、その虫を果物に植えつけた。送られてきた箱の中の、粉のような虫を小さな匙で、果物のヘタのところに擦り付けるのだ。手の届くところの実につけるだけで、なっているすべての実に虫は繁殖していく。
ただの粉にしか見えない虫だが、バクテリアよりはずーっと大きい、ルーペで見ても虫の形ははっきりしない。バクテリアと同じように発酵を引き起こす。もしかすると、この虫の唾液にそういったバクテリアがすんでいるのかもしれない。
「一週間たてば確実に美味しくなる」
そこに、彼らの子どもが歩いて来た。
「パパー、実をちょうだい」
「まだだめだよ、もう少し待ってね」
「今食べたいな」
子どもが駄々をこねる。
「でも、きっと酸っぱいよ」
「いいよ」
彼は、今虫を植えたばかりの実を一つ採った。
「はい、ママのところにもっていって、甘く煮てもらいなさい」
大きな実を手にした子どもは、キッチンに行った。
「ママー」
「なあに」
「パパがこれを甘くしてもらいなさいって」
母親は子どもが差し出した実を見た。
「そう、発酵させていない実だから、煮てあげましょうね」
父親が家に入って来た。
「こっちにおいで」
子どもを呼んだ。
「なーに、パパ」
「ほら、毎日、実の絵を描いて、小学校にもっていこう」
「うん」
子どもは彼に連れられて、木の下に来た。
ノートに、木の実を描いた。部屋にもどると、色鉛筆で色をつけ、こう書いた。
今日、パパが実の上に粉の虫をつけました。それで甘くなります。虫の粉をパパがルーペで見せてくれました。ただのこなしか見えませんでした。でも、白いのや、黄色いのや、黒いのがいて、動いていました。
次の日、青い実に白い点々ができていました。お父さんのルーペを持ってきて、見たら、白い点々は、粉のような虫が集まっているところでした。何をしているのか分かりませんでした。
三日目、青い実が真っ白になっていました。粉が全部に被さっていました。虫が増えて、いっぱいです。ちょっと匂いが強くなりました。
四日目、実が黄色になっています。小さなぽちぽちの穴があいていて、粉の虫はそこから中に入ってしまったようです。なんだか、実の内側が動いているようです。匂いは果物の匂いになってきました。林檎と蜜柑と葡萄の匂いです。ミックスジュースの匂いです。
五日目、実の中に泡が見えます。泡が虫のように皮の中で動いています。小さな穴からぷちっと泡が出てつぶれます。とても面白いです。きっと、実の中で、虫たちが果物をかき回しているのでしょう。それに、パパが虫を塗った実より上の枝になっている実もみな真っ白に包まれてしまいました。
母親が子どもと一緒に日記を書いている父親のところにきた。
「ずい分発酵したのね、匂いが部屋にまで入ってくる」
「そうだなあ、そろそろ食べごろになるだろう、そうだ、一つ取ってみようか」
彼は子どもを連れて、木の下に行った。
「それをとってごらん」
子どもを抱き上げて、一番下になっている木の実を取らせた。
「ママのところに持っていって、剥いてもらいなさい」
子どもは台所に行って、母親に実をわたした。
洗って、むいた実をわたされた子どもは一口かじった。
「どーお」
「甘い」
ちょっと食べさせて」
母親が少しかじりました。「まだまだね」
六日目、木になっている実から甘い匂いがたくさんしてきました。虫たちが実の中だけではなく、表面にもでてきました。とても美味しそうで、パパにそこで食べていいか聞きました。
「明日だなあ」
七日目、今日は、木の実を取って食べていい日です。パパに取ってもらいました。
「虫も一緒に食べると栄養になるよ」
とパパは言いました。だけど、虫を食べたらどうなるのでしょう。
実の色は赤くなっていて、柔らかくなっています。タオルで拭いて食べました。じゅうっと橙色の汁がでました。いい匂いです、甘酸っぱくて美味しい実です。
パパは食べられるようになった実をもいで、キッチンにもって行きました。
「たくさん取れたのね」
ママが綺麗な器に実を乗せました。
パパの話では、夏まで実が食べられるそうです。
パパに今まで書いたものを見せました。
「よく書けたね、絵もいいよ、これを学校に持っていくと、先生が褒めてくれるよ」
子どもは嬉しそうにうなずいた。
「でも、虫が画けないんだ、見えないもん」
「そうだな、それじゃ、顕微鏡を買ってあげよう」
「顕微鏡って何」
「顕微鏡はルーペでも見えない小さなものを見ることができる機械だよ、粉のような虫を見ることができるよ」
「嬉しいな」
子どもは顕微鏡が待ち遠しくて仕方がなかった。
土曜日にお父さんが顕微鏡を買ってきた。
子どもは顕微鏡の使い方を教わった。
彼が熟れた実をもって来た。
「実をかじって、唾を顕微鏡で見てごらん」
そう言って、顕微鏡の下に置くガラスを子供にわたした。
子どもは熟れた実をかじって、唾をガラスの上にのせた。
「それを顕微鏡の下に置いて、覗いてごらん」
子どもは覗くと目を輝かせた。
「虫が唾の中であわあわしている」
「そうだろう、虫はすぐ死んじゃうよ」
「どうして」
「我々の唾は、その虫には毒なんだよ」
「パパ、この虫、目が二つもあるよ、二本の手と、二本の足があるよ、可笑しな格好をしてる、唾の中で泳いでいる、死んでいるのもいるよ」
子どもは、おでこの一つ目を、顕微鏡から離すと、父親に言った。
「そうだね、この虫は、他の星から採ってきたんだよ」
子どもは一つ目を顕微鏡にくっつけた。
顕微鏡の下では、唾液の中を二本足で歩いている虫が次々に死んでいく様子を見ることができた。
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