君の声は僕の声  第七章 6 ─故郷─

加賀谷樹里 作

君の声は僕の声  第七章 6 ─故郷─

故郷

「あれだ」

 視界のひらけた崖の上から、呼鷹が指をさす。

 緑の山々に囲まれた集落が一望できた。
 川沿いに小さく点々と家が並んでいる。村を囲む山の斜面には、まだ田植えをしたばかりの広大な棚田が広がっていた。棚田の水面は青い空を写し、太陽が反射している。田んぼに立つものは、鳥よけなのか、風がカラカラと心地良い音を運んでいた。

 美しい村だった。

 秀蓮がじっと見つめる横顔を聡は見ていた。
 秀蓮の父親の故郷だ。──そして杏樹の両親の。あの村には杏樹の両親、夜風と杜雪の親族や友人たちが住んでいる。杏樹はただ風景を眺めるようにその村を見つめていた。


「はあ……」

 村が近づくにつれて呼鷹のため息が多くなる。そのうち「ああ……」と声に出た。
 呼鷹は苦り切った顔で胸に手を当てていた。

 そんなに故郷に帰りたくないのだろうか。

「大丈夫かよ。おっさん。──帰ったら怒られるようなことでも仕出かして、ここをおん出されたのか?」

 少年たちの口もとが緩む。少年たちが心の中で思っていたことを櫂が口にした。
 呼鷹が振り返る。空は青いというのに、呼鷹の頭の上には雨雲が乗っかっているらしい。その顔は梅雨空のように陰鬱だ。少年たちは口もとを隠した。

 瑛仁がクスクス笑う。そしてリュックサックを肩から降ろし、ポケットから薬の包みのようなものを取り出した。

「ほら、これで少しは楽になるはずだから」
「………………」

 受け取りながら呼鷹は小さな声で瑛仁に言葉を返していた。話す元気もないらしい。
 こんな呼鷹は初めてだ。少年たちは顔を見合わせた。



「ここで待ってろ」

 呼鷹はそう言って馬の手綱を瑛仁へ渡すと村へ入って行った。
 村の人々が物珍し気に一行を見ていた。



※  ※   ※




 雪が解けると、瑛仁と呼鷹が馬を二頭連れてやってきた。馬の背には大きな荷が括り付けられていた。
 全て皇太后からだと言う。保存食の他に、少年たちへの服や皮靴などの旅支度が積まれていた。
 秀蓮の入れたお茶でひと息入れると、呼鷹は聡を連れて『食料』を確保するために森へと入って行った。手には猟銃を二丁。聡に銃の扱いを教える為である。家に残った秀蓮と瑛仁は荷物の整理を始めた。持ってきた荷の底から、瑛仁が分厚い書類の束を取り出した。

「これを」

 秀蓮に差し出す。秀蓮は手を止め、受け取った書類をパラパラとめくると、テーブルに置き、椅子に座ってじっくり目を通し始めた。英仁も隣に腰かける。

「これは……」

 秀蓮が口にすると、瑛仁が神妙にうなずいた。

「貴方が持ってきてくれた数式の解読です」

 難解な数式と馴染みのないアルファベットや記号の羅列に秀蓮が難しい顔をして瑛仁に目をやる。

「結論から言うと、──これからKMCが始めようとしている研究は、光と水からエネルギーを作り出す研究とみて間違いないでしょう」

 秀蓮の口がゆっくり開かれる。その顔を瑛仁へ向けると、秀蓮の言いたいことに「そうなのです」と答えるように瑛仁は頷いた。

「我々も、何か違っているのではないかと何度も確かめたのですが……。これは水素です。太陽の光を利用して、水から水素を作り出す。KMCは環境に十分に配慮し、安全で人にも自然にも優しいエネルギーを作ろうとしていることは、確かなようですね」

 秀蓮は腕を組んで書類に静かに目を落とした。

「光と水から……」

 それは秀蓮が予想していなかった答えだった。

「ただし──」
「?」
「これを見て下さい」

 瑛仁が書類の半分ほどを横にやり、アルファベットや数字ばかりが並んだ細かな票を見せた。

「こちらは暗号化されているようで何が書かれているのか、専門家でも分析できませんでした。──ただ、この表の右下に書かれている番号」

 そう言って瑛仁が指さした票の枠外には『C―001 SKIYОMZ―Q』と書かれていた。瑛仁が数ページめくると、どの表にも同じ場所に同じ記号が記されていた。

「これは秀蓮、あなたのことではないでしょうか」

 瑛仁がさらにページをめくると、『C―001』の部分が『N─001』『N─002』と、数字は082まで続いていた。

「そしてこれは、寮の少年たちの記録と思われます。今の寮生の数は確か五十八のはずですから、すでに亡くなっている少年の記録もあるのでしょう」

 ふたりは厳しい目つきで見つめ合った。KMCでは『特別クラス』を設立してからずっと少年たちの記録を取り続けているということだ。

「やっぱり採られてたか……」

 秀蓮は腕を組んでため息をついた。
 聡とふたり、事務所に忍び込んで銃で撃たれたとき、診療所の医者に診せたとシノは言っていた。医者には口止めしておいたとは言うが、その時に血を、医者の意思かはわからないが、何者かが医者から秀蓮の『血』を持っていったのか、それともあの男。血の跡は消したと言っていたあの男。リュウジが採取したのかもしれない。

 いずれにしろ、寮の少年たちと、秀蓮の血液を分析しているということだ。

「とにかく、KMCはあの新しい研究施設で、表向きは新しいクリーンなエネルギー開発を、そして裏では『賢者の石』をつくろうとしていることに間違いはないようだね」

 秀蓮の言葉に英仁は静かにうなずいた。

「それから、これを……」

 瑛仁が椅子から立ち上がり、荷の中から取り出したものをテーブルの上に置いた。それはこの国では手に入らない、大陸の果てから更に海を渡った地に生息しているという、貴重な動物の毛織物のケープだった。

「ずいぶん前に慶趙国より先帝に献上された毛皮から作らせたものです」
「そんな物を?」

 秀蓮があきれたように言うと「はい、聡に渡すようにと」瑛仁が苦笑いして言った。

「聡に?」
「はい。皇太后は聡をたいそう気に入られたようで、貴方のことはもちろんですが、聡のことを良く訊ねられるのですよ『あの子はどうしていた』とね。それから、必要な時に使わないのでは意味がないと」

 その言葉を聞いて秀蓮がクスリと笑った。首を傾げた瑛仁に秀蓮は笑いをこらえる様に言った。

「あのふたり似てるだろう?」
「?」
「紅蘭が自分で言っていたよ。『私に似ている』ってね」

 瑛仁は黒目を上に持っていきしばらく考え込んだ。

「頑固で意地っ張り、無鉄砲で言い出したら聞かない……。何にでも興味を持ち。興味を持ったら最後まで食らいついて離さない」

 瑛仁が「あっ」と漏らした口を慌てて抑えた。何か言いたげな黒目を秀蓮へと向けた。無理しないで笑えよ、と言わんばかりに秀蓮が瑛仁を小突くと、瑛仁は遠慮がちに笑い、慌ててせき払いをし、「えっと……」と、気を取り直し、荷物の中から一通の薄い封筒を取り出した。

「それと、これを」

 瑛仁が秀蓮に手渡す。封筒から中身を取りした秀蓮の目が驚きに見開かれた。

「そして、おふたりとも情に厚い……」

 瑛仁は静かに目を細めた。

「うん」

 中身を封筒に戻すと、秀蓮は目を閉じてうなずいた。



 数日後、研究所より北へ向かった森の中で櫂たちと落ち合った。森を抜け、山を越えいくつかの小さな集落に寄りながらトヨミシカへと辿り着いたのは秀蓮の家を発ってから七日が過ぎていた。

君の声は僕の声  第七章 6 ─故郷─

君の声は僕の声  第七章 6 ─故郷─

「これは秀蓮、あなたのことではないでしょうか」 瑛仁がさらにページをめくると、『C―001』の部分が『N─001』『N─002』と、数字は082まで続いていた。

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更新日
登録日 2019-04-25

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