八番目の少女

本郷聡

  1. 1 わたしの仕事
  2. 2 竹田くんと変態クラリネット奏者
  3. 3 ガブリエル・ピエルネさん
  4. 4 曲名は?
  5. 5 歴史を語るジャック・スパロウ
  6. 6 平和を目指して
  7. 7 吹奏楽部のクリスマス
  8. 8 お正月
  9. 9 はじめての空中分解
  10. 10 カンツォネッタの秘密
  11. 11 冬の快進撃
  12. 12 クラッシュ・シンバル
  13. 13 王子の受難、そして団結
  14. 14 ねずみ男の逆襲
  15. 15 踊れるようになりました
  16. 16 踊れなくなりました
  17. 17 大号泣
  18. 18 八番目の少女
  19. 19 耳鼻科のイエス・キリスト
  20. 20 またいつか会いましょう

1 わたしの仕事

さて今日も仕事に、と思いながらわたしはいつも家を出る。ほんとは仕事 じゃない、わたしは働いていない、そんなのわかっているけれど、わたしはど うしても仕事と言いたい。 学生の仕事は勉強だと誰かが言っているのを(それも何万回も)聞いたこと があるけれど、わたしはそれは違うと思っている。わたしにとっての仕事は、 部活。それも、音楽。それ以外の仕事なんてない。わたしにとっては部活がす べて、音楽がすべて。
わたしは世間で言うところの女子高生で、普通の高校に通っている。何を もって普通とするかは、これはまた議論がありそうだけれど、わたしの高校は わりと普通だと思う。普通の頭脳を持った生徒が集まり、普通の先生が普通の 科目を教える。普通のグラウンドと、普通の図書館と、普通の教室がある。
でもたった一つ普通じゃないところがあるとすれば、それはわたしの愛する 吹奏楽部だろう。わたしの吹奏楽部には、わたしを含めて部員は八人しかいな い。これはちょっとおかしいことだ。普通の学校の普通の吹奏楽部には、部員 は三十人くらいいるべきなのだ。わたしの高校が取り立てて小さいわけではな い。この街で、一番大きい私立高校なのだ。生徒は一年から三年まで合わせて 六百人。そのうちのたった八人が吹奏楽部員だ。これはやっぱりおかしいこと だ。
そんなことを部長であるわたしは顧問の先生にいつもこぼすのだけれど、先 生は笑って言うのだった。 「なつかしさんね、部活ができるってことだけでもありがたいことなんだよ」 ふむ、確かにそれには一理ある。吹奏楽部のない学校だってある。実際、わ たしの住む坂の多い街の、家からいちばん近い高校には吹奏楽部がないのだ。 わたしははじめ、その学校に行こうと思っていたのだけれど(制服がとてつも なくかわいい)、吹奏楽部がないと知ってあきらめた。それで隣町のこの高校 を受験した。でも、部員がこんなに少ないのを知っていたら、わたしはこの学 校に入っていなかったかもしれない。中学校には部員がちゃんと三十人くらい いた。
でもわたしはぜんぜん後悔なんてしていない。わたしの愛する吹奏楽部に は、普通じゃないけど素敵な人ばかり集まっている。三年生であるわたしは部 長として、毎朝一番に音楽室に来て鍵を開ける。本当は生徒が音楽室の鍵など 持っていてはいけないのだけれど、顧問の先生がこっそりくれたのだ。窓を開けて、新しい空気を入れて、ほうきとちりとりで掃除をする。朝練のメニュー を考えて、それを黒板に書く。そうして一人で腹式呼吸をしながら、部員が やってくるのを待つのだ。

2 竹田くんと変態クラリネット奏者

「な、なつかしさん、ぼぼぼぼく、いい曲見つけたんですけど、きき、聴いて もらえませんか」
 とチューバの一年生の竹田くんが言ったのは、ある秋の日のことだった。練習を終えたわたしたちは、やわらかい夕陽の差す音楽室で楽器を片付けてい た。
「竹田くん、それはいいけど、またシャツがズボンから出てるわ」
 竹田くんはどもりで、ちょっと太っていて、背が低い。わたしよりも低い。 髪の毛はちりちりだ。でもチューバという宿命的に重要で巨大な楽器を担当している。はっきり言っておく。チューバのいないバンドとは、ジョン・レノン のいないビートルズのようなものである、とイエスは言った。
 あわててシャツをズボンに突っ込んだ竹田くんは、今度は大丈夫です、いい 曲なんです、と言った。
「また、変な曲なんじゃないの。こないだ借りたCD家で聴いてたら、お母さ んがすっ飛んで来たわよ」
 その時借りたCDは確か、ストラヴィンスキーとかいうロシア人の書いた曲 が詰ったCDだった。
「『はるか、あなたなんなのこの曲、まさかやるんじゃないでしょうね、気が 狂いそうだわ』って言われちゃった」
「そ、それは、すみません。ででででででも、スト、ストラヴィンスキーが」
「まぁそれは良いわ。その前に借りたマーラーは良かったわ」
 うん、あれは良かったよねーと横でサックスを掃除しているさやかが割り込 んでくる。さやかはスワブという重りの付いた布を楽器の中に放り込んだ。小 さな重りだけがサックスの先から出てきて、それを引っ張れば布が管の中を 通って掃除が出来るという寸法だ。
「でも、四楽章だけでいいよね」とさやか。
「うん。わたし四楽章だけパソコンにコピーしたわ」とわたし。
「こここ、交響曲というのは、最初から最後まできき、聴かないと」と竹田くん。
 竹田くんは見てくれは不恰好だけど(それに楽器も実はあんまり上手くない)、音楽の知識で言えば他のどの部員、いや、顧問の小倉先生よりもある部分では上だった。そんな竹田くんは毎日色んなCDを持ってきて部員を啓蒙し ていた。竹田くんはよく小倉先生に「こここ、この曲知ってますか」と言って CDを見せるのだけれど、小倉先生はたいていにっこり笑って「知らない」と言うのだった。「いやー僕声楽出身だから、オーケストラとか吹奏楽とか実はよく分かんないの」と彼は言う。小倉先生は三十代とおぼしき眼鏡の優男だったが、彼が結婚し ているか否かについては部員の間でも随分意見が分かれた(でも誰も確かめない)。 「ここ、これなんですけど」と言って竹田くんはわたしにCDを渡した。
そのCDのジャケット写真はなかなか素敵だった。シュールと言うのかも知 れない。どう見てもプールと思える水の中で(だって、魚もいないし岩ひとつない)、一人のタキシードを着た男が目を瞑ってクラリネットを吹いていた。 うーん、吹いてはいないだろうな、正確には咥えているだけだろう。彼の髪の毛が海藻のように揺れているのが分かる。それよりも、こんな水の中にクラリネットを入れても大丈夫なのかしら? とわたしは思ってしまった。プラスチックの模型なのかもしれない。そうであってほしい。
「ふうん。今回はクラリネットの曲なのね?」
「は、はい。ぜひなつかしさんに、きき、聴いてもらいたくて」
「それなら、心して聴くわ。聴いたら返すね」
「あ、はい。かか、感想きかせてくださいいい」
「うん。わかった。じゃあ、おつかれさま」
そう言ってわたしは、自転車に乗って家まで帰る。線路沿いの国道を走ってわたしの街に向かう。わたしの家は、坂の多い街の中でも、一番長くて厳しい坂のてっぺんにある。わたしは坂の中ごろにさしかかると、いつもあきらめて 自転車から降りる。

3 ガブリエル・ピエルネさん

 
 父と母と夕食を食べ終わったわたしは、部屋に戻ってCDを聴いてみることにした。竹田くんが貸してくれた、クラリネットの曲が入ったCDだ。
 前衛的なジャケットの割には、中に入っている音楽は古典的だった。まず一曲目。モーツァルトのクラリネットコンチェルト。うん、いい曲だ。一楽章のはじめの方を聴いただけで、この曲がいい曲であることがわかる。なんとものびのびとしていて、平和で、まるで美しいものだけを見て育った人が書いたみたいな曲だ(でもモーツァルトはそんなことなさそう)。コンチェルトとか交響曲は、だいたいいくつかの曲の集まりでできている。竹田くんは全部聴くべきだというけれど、わたしはたいてい最初と最後しか聴かない(ももも、もったいないです)。でも一番おいしい部分は、その二つに詰っているのだ。わたしはモーツァルトをバックに日記を書くことにした。中学生の時から、一日も欠かさずつけている日記だ。わたしは珍しく最後の楽章まで全部通して聴いた。わたしには演奏できそうにもないけれど、聴く分には一向に構わない。やわらかなクラリネットの音色に合わせるように、わたしはゆっくりと文字を書いた。
日記帳を閉じたあとに、次の曲がはじまった。
 クラリネットは滑るように音階を駆け上がった。それも一瞬のうちに。そして登りつめた音を頂点に、大きくスキップするようなメロディーがはじまった。おお、これはいい、モーツァルトよりもいいぞ、とわたしは思った。軽くて、明るくて、甘い。でもどこか切ない。そんな曲だ。伴奏はピアノだけ。ピアノとクラリネットが会話するようにメロディーをつないでいく。これならわたしでも(たぶん)演奏できる。
 短い曲だったが、わたしは繰り返して聴くことにした。うんうん、これはいい。すごくいい。なんだろう、誰か、女の子が、枯葉の沢山積もった場所で、一人で歌っているような歌だな。いや、踊りか? ああ、多分踊りながら歌っているんだろう。ステップが枯葉を散らして、舞い上がった葉っぱがかさかさと音をたてながら少女の体に落ちてくる。たぶん季節は秋と冬の間くらい。天気は晴れ。ちょっぴり哀しいことがあったんだけれど、それでもわたしは生きていくのよ、そんな風な曲だな。
 こんこんとノックの音がして、わたしは「はーい」と言った。母が入ってきた。「なに、その曲」と母は言った。ストラヴィンスキーの時に比べれば随分穏やかな表情だった。
「竹田くんに借りたの」とわたし。「素敵でしょ?」
「うん。すっごくいいわ。明るくて、軽い」
「クラリネットっぽい曲よね」
「なんだかフランス風だわ」
「フランス?」
 母はフランスというものを異常に愛していた。自分が良いと思うものはすべてフランスで作られていると思っている節があった。朝ごはんはぶどうジュースと、バスケットに入ったフランスパンに、ブルターニュ産の塩入りバターとあんずのジャム。食後にはきちんと小さなコップでエスプレッソが出た。我が家の食卓に和食が登ったことは一度もない。
「フランス音楽じゃないの、それ?」
「いやちょっとわかんない」わたしには音楽の国境がいまいち分からない。「ちょっと見てみるね」
 そしてCDケースの裏面を見た。曲の名前は「Canzonetta」とあった。わたしには読めなかった。作曲者の方はカタカナで書いてあった。
「ガブリエル・ピエルネですって」
「ガブリエル、ピエルネ、うん」といって母は少し考え込んだ。「多分フランス人だわ」「ほんとに?」わたしは名前だけでその人の国が分かるとは思えなかった。
「いや、絶対フランス人よ。あとでそのCD貸してね」
「いいわよ」
そして満足した母はドアを閉めてリビングに戻っていった。わたしはもう一度日記帳を開いて、今日のページに書き足した。「すごくいい曲に出会った気がする」と。
この時、わたしの中では何かがふつふつと湧き上がっていた。

4 曲名は?

 翌朝わたしが腹式呼吸をしながら音楽室で部員たちを待っていると、珍しく竹田くんが一番乗りでやって来た。
「ななな、なつかしさん、あの、」
「うん、あれ、すっごい良かった」とわたしは感想を述べた。
「そそ、それはよかったです」
「モーツァルトも良かったし。ピエルネ?も良かったよ」
「ピピピ、ピエルネのほうをき、聴いてもらいたかったんです」
「おーセンスあるね君」と言ってわたしは楽器のケースを開いて、クラリネットを組み立て始めた。
「ところで、ピエルネさんって、どこの人なの?」
「フラ、フランスです」
「やっぱりね」とわたしは母の代わりに得意げに言った。
 午前の授業中、確か数学の授業中だったと思うけれど、わたしの頭の中にあるアイデアが浮かんだ。あのピエルネさんの曲をコンサートでやるのはどうだろう。これはわたしにしてはちょっと思いきった考えだった。なにせ自分のソロの曲をやりたいというのだから。でもそれは抗いがたい誘惑だった。あの曲を吹いてみたいという、さらにそれを沢山の人に聴いて貰いたいという、確かな欲望がわたしの中に生まれていた。
わたしの吹奏楽部の直近のコンサートはまず文化祭。これはやる曲が決まっている。パイレーツ・オブ・カリビアンとディズニーメドレー。文化祭には映画音楽と相場が決まっている。ここでクラリネットソロの曲をぶち上げるのはいただけない。なにせ吹奏楽部を全校に見せ付ける場なのだから、失敗は許されない。それに準備する時間もない。次が十二月のクリスマスコンサート。ここは合唱部と共演で賛美歌とハレルヤ・コーラスなど(あわれなイエスのために)。そして三月の定期演奏会だ。一年で最も重要なコンサートだ。卒業式よりもあとに行われるこのコンサートでわたしたち三年生は引退する。やるとしたら、ここだろう。ちょうど選曲の会議をしはじめたところだ。
 朝は朝練、昼は昼練と清少納言が(まさかね)言っていた気がするが、わたしたちは昼休みも練習するのだ。普段ならそのあとみんなでぱぱっとお昼御飯を食べて、午後の授業に向かう。わたしはその日の昼練の時間を、ゆっくり御飯を食べながら選曲会議をすることにした。何せわたしは部長だから何でも(ある程度は)決められる。
 顧問の小倉先生のすみかである音楽研究室は、音楽室とドア一枚でつながっている。わたしはドアをこんこんとノックした。「どうぞー」という先生の声がした。「先生、CD聴きたいんですけど」音楽研究室はいつもおじいちゃんの家の匂いがする。「あー、じゃあそれ持っていって」と言って先生は持ち運びのできるCDデッキを指差した。先生は眠たそうだった。
 音楽室に戻り、教壇の上にデッキをどんと置いて、お昼御飯を食べている部員たちにわたしは言った。「さて、今日はみなさんに聴いてもらいたい曲があります」
わたしの愛する部員たちは全員揃っていた。フルートの美里、サックスのさやか、トロンボーンの聡子、ホルンの咲子ちゃん、それにクラリネットのわたしを合わせた五人が三年生。打楽器の藤枝さんだけが二年生で、あとの一年生は男子二人。チューバの竹田くんにトランペットのユメくんだ。男が少ないのはこの世界の常である、とイエスは言った。「はるかちゃん、それってあれだよね、定演でやる曲の候補ってことだよね?」と言ったのはホルンの咲子ちゃんだった。咲子ちゃんはちょっと天然ボケなところがある。だが、分からないことを放っておかない性格なのはわたしも見習いたいところではある。「もちろんよ」と言ってわたしはCDをデッキに入れた。カチカチとスキップ
ボタンを押して、ピエルネさんの曲が始まった。
 みんなはもぐもぐとお弁当を食べながら黙って曲を聴いていた。わたしはなぜだか緊張した。演奏しているのは変態(たぶん、だって水中だよ?)クラリネット奏者だというのに、わたしが演奏しているかのような錯覚におちいった。なんならちょっと汗もかいていたかもしれない。そんな四分間が終わって、わたしは停止ボタンを押した。「ど、どう思う?」竹田くんみたいに少しどもった。最初に口を開いたのは、フルートの美里だった。「すごーくいい曲だね。なんか、ふわふわしてて、素敵だわ」美里らしい感想だった。彼女はふわふわしている女の子だった。「うん。長くないし、いいんじゃない」とトロンボーンの聡子が低い声で言った。彼女は背が高い。中学時代にバレーボール部だったのもうなずける。そしてわたしの右腕、副部長だ。
「いやいやいや、ちょっと待って」とさやか。「これ、吹奏楽じゃないじゃん。クラリネットとピアノじゃん」
 現実的な意見というものは、いつもサックス奏者から(なぜか)もたらされるものだ。「編曲してやるってことでしょ?」と聡子が言った。「もちろんソロははるかがやるってことで」
「うん、そのつもりでどうかなと思って」とわたし。
「確かにいい曲だけど......」と言ってさやかは腰に手を当てて唇を噛んだ。困ったときの彼女の癖なのだ。
「そもそも、編曲ってどうやるのよ?」
「ピアノの楽譜を探して、それを適当にみんなに割り振るんじゃないの?」と咲子ちゃんが言った。
「そんな適当な曲を、定演でやるの?」とさやかが言うと咲子ちゃんは「すみません......」と言ってしょんぼりした。これは幾度となく見てきた光景だ。
「先輩、編曲するのはいいんですけど、打楽器って出番ありますか?」と二年生の藤枝さんが手を上げて言った。
「あ......」とわたしは漏らした。いつも打楽器のことを忘れてしまう。「ごめん......」
 そうしてしばらく沈黙が訪れたのだが、それを破ったのはなんと竹田くんだった。
「ピピ、ピエルネは、じゅ、十九世紀のフランスで生まれて」
「竹田くん、今そういう話してないでしょ」と藤枝さん。彼女はしっかり者だ。
「ちょっと整理すると」とさやかが口を開いた。
「曲はとてもいいと思うし、はるかのソロっていうのもいいよね。最後だもんね、わたしたち。部長が目立つ曲をやるっていうのは良いと思う」
「ありがとう」とわたしは素直に感謝した。
「でも、そもそも吹奏楽の曲じゃないじゃん?」
「うん」
「それだったら、何か別の吹奏楽の曲でクラリネット目立つ曲を探した方が......」
「さやか、はるかはさ、この曲がやりたいんだよ」と聡子がわたしの気持ちを代弁して言ってくれた。
「でも、難しそうだよ?」とさやかは技術的な問題を指摘した。
 確かに簡単ではない。四分間ほとんどまるまるソロだし、出さなくてはならない音域も広い。高い音から低い音まで、クラリネットの良いところを全部ひとまとめにしたような曲なのだ。まず何より体力がいる。それに、駆け上がるような音階を吹くための技術もいる。指が速く正確に回るようにしなくてはならない。
「はるか、どうなの。できるの?」と聡子はわたしに聞いた。
「できる、と思う」わたしは顔を地面に向けていたが、正直に言った。
「こんなワガママ言うのどうかと思ったんだけど、わたし、この曲聴いて、初めて絶対にやりたいって思ったの。正直ソロって嫌いなんだよね。いっつも楽譜にソロって書いてあると、緊張しちゃって指が回らないし、顔は赤くなっちゃうし......でも」
わたしは顔をあげてさやかをまっすぐ見た。「この曲は、わたしがやらなきゃいけない気がするの」と言った。
 さやかは腕を組んでしばらくわたしから目をそらしていたが、最後にはこう言ってくれた。
「定演てさ、お客さんあってのものだからさ、あたしはそれが気に掛かるわけ。自己満足で終わっちゃだめじゃん?」
「うん」
「でも、今まで部活のために一生懸命部長やってくれたはるかが、そこまでしてやりたいって言うなら、やろうよ。うん。やろう!」
彼女の表情がぱっと明るくなった時、きれいな八重歯がはっきり見えた。わたしもあんなにかわいい八重歯が欲しい。
「じゃー決定だね。どこに入れるかは未定ってことでいい?」とフルートの美里が言った。彼女はパンフレット作成を任されている。
「一部か三部だと思うけど、それはまぁ今度決めるってことでいいや」と聡子が言った。わたしたちの演奏会は三部に分かれていた。一部では流行りの音楽や映画音楽、二部は演劇部との共演で音楽劇、そして三部で、吹奏楽の曲や、オーケストラの曲を演奏する。指揮は全部小倉先生。
「あの......」と咲子ちゃんが遠慮がちに口を開いた。「結局、その、編曲はどうするのかな?」
確かに、やるということは決まったとしても、編曲の問題が解決されたわけではない。
「小倉先生に頼んでみたらどうですか? 音楽の先生だし、それくらいはできるんじゃ?」と藤枝さんが言った。研究室からタイミング良くごほん、ごほんという咳の音がした。
「いや、無理でしょう......指揮はしてくれるけど、それ以外は全部部員で、っていうのがあの人のスタンスだからさ」とさやかは小さな声で言った。
「編曲、どうしよう......」
わたしが解決しなければならないのはまずそれだった。
「げげ、原曲のが、楽譜なら、インターネットで」と竹田くんが言った。
「そっか。著作権切れてるのね」とわたし。「はは、はい。ダ、ダウンロードします」
「ありがとう」
竹田くんはむしゃむしゃとお弁当を食べ続けていたが、ずっとある一人の顔色をちらちら見ていた。その一人とは、今日一度も発言していない、もう一人の一年生だった。トランペットのユメくんだ。「ゆゆ、ユメ、おまえ」と竹田くんは言う。
「なんだよ」
「でき、できるだろう、編曲」
「できねぇよ。黙れよ」とユメくん。
ユメくんは、細くて、金髪で、肌が白くて、(ある一部の人から見れば)王子様みたいらしい。わたしは金色に髪を染めちゃったただの不健康な少年だと思っていたが、トランペットの腕は確かだった。
「ユメくん、君、編曲なんかできるの?」とさやかが言った。
「できませんよ」
「うう、うう、嘘ですよ先輩、ここ、こいつ」
「できねーって言ってるだろ!」とユメくんは声を荒げた。
「まあまあ落ち着いて」とわたし。揉め事をおさめるのが部長の役割である。
「竹田くんは嘘、って言ってるけど、編曲とかしたことあるの?」
「......いえ、ないです」とユメくんは伏目がちに言った。
「本当に?」わたしはユメくんの座っている机まで行って、両手を机の上に置いて言った。
「部長に、嘘なんか、ついちゃだめよ?」
黙るユメくん。
「もしできるなら、やってくれないかしら?」わたしはユメくんの目を覗き込むようにして言った。
椅子の上で後ずさるユメくん。お茶を飲んだ竹田くんがまたどもりながら言った。「ユユユユ、ユメのお母さんは、ピ、ピアニストなんですよ。ここ、こいつ、作曲もできるんです」
 さっきょく! とイエスは言った。そしてユメくんを除く七人の音楽家たちはもちろん驚いた。「作曲って」咲子ちゃんの大きな目はいつもの一.二倍くらいに大きく開いていた。
「あの、作るに曲って書く、さっきょく?」要領を得ない言葉だった。「すごーい! かっこいい......」美里はまるで夢を見ているかのように言った。ちなみにユメくんを王子様と言ったのは美里だった。「作曲ができるんだったら、編曲なんてのは朝飯前だよね?」と聡子。「何で今まで教えてくれなかったの」とさやか。「別に、言う必要なんてないと思ったからっすよ」
「まぁでもとにかく、決まったわね」とさやかは言って、お弁当を再び食べ始めた。
「ユメくん編曲で、はるかがソロ。これで決まり」
 そういえばなんていう曲なんですか、と藤枝さんが言った時に、わたしも曲の名前がよく分かっていないのを思い出した。「カカ、カンツォネッタです」と竹田くんが言った。

5 歴史を語るジャック・スパロウ


 編曲をユメくんはしぶしぶ同意してくれた。「でも俺、ほんとできるかわかんないっすよ」と彼は言ったが、なんとなく出来そうな感じだった。根拠はないけれど、そんな気がしたのだ。そういう直感みたいなものを大切にして生きていきたいなといつも思っている。
 文化祭の演奏はまぁまぁだった。今年の吹奏楽部の演奏は合唱部の次、つまり文化祭の最後の演目だった。わたしたちは毎年交代で大トリを務めていた。つまり去年は合唱部が大トリ。これはなんでも三十年ほど前にあった取り決めらしい。
「前の顧問の先生から受け取った、申し送り事項の第一番がこの取り決めだったよ」と小倉先生は言う。「むかしは、『実力勝負』で大トリを決めていたらしい」
わたしには『実力勝負』が一体何を指すのかわからなかったが、三十年前といえばこの高校がまだ共学になる前のことだ。男子校時代の勝負などロクなことがなかったのだろうと想像する。「むかしは吹奏楽部と合唱部はだいたい同じ規模だったらしいけどね......」と小倉先生は少し淋しげに言う。ちなみに現在の合唱部の部員数は約百人。これもちょっとおかしい。全校生徒が六人手をつないだらそのうち一人は歌を歌いだすなんて。「なんでも合唱部とのあいだに『血なまぐさい戦争』があって、それ以降吹奏楽部は急速に弱体化したらしい」と小倉先生は歴史を語る。
 わたしにはやっぱり『血なまぐさい戦争』というのが想像できないが、もし戦争らしきものがあったとしたら、吹奏楽部が圧倒的に不利なのは分かる。楽器をつぶされたらわたしたちはなにもできない。でも、彼らはのどをつぶさない限り歌い続ける。さすがにのどをつぶすような戦争が起こったとは考えにくいが、楽器にガムをつめるとか(考えただけでむかつく)そういう戦争はあったかもしれない。
 いつか部室を大掃除した時に、「いまいましい合唱部め!」という落書きを楽譜の棚の裏に見つけた時は、結構根深いものがあるのかもしれないなとわたしは思った。
文化祭の本番で、ジャック・スパロウの格好をして(といってもドン・キホーテで買ってきた海賊の帽子をかぶせただけ)登場したキャプテン小倉先生はなかなかウケたようである。海賊が指揮をするというのもなかなか悪くないものだ。ほとんど全校生徒が集まった講堂(兼礼拝堂)で、わたしたちはパイレーツ・オブ・カリビアンの音楽を演奏した。そのあとにディズニーの害のない音楽を演奏した。こういう音楽を演奏することもわたしたちには必要だ。ディズニーの世界に心奪われた少女が入部したいと言ってくるかもしれないのだ。
 そのようにして文化祭が終わった後、テストやら何やらあって、わたしたちはすぐにクリスマスコンサートの準備に取り掛かった。

6 平和を目指して

 むかし何があったか分からないが、今では合唱部と良好な関係を保っている。クリスマスコンサートが近づくと、わたしは頻繁に合唱部練習部屋(物理実験室)に行って、合唱部の部長と細かく打ち合わせをする。向こうの部長も女の子だ。わたしたちはとても仲が良い。
「むかしは大変だったそうね」と彼女は言う。
「男子校だもん。ロクなことがないよ」とわたし。
「時代は戦争じゃなくて協調よね」
「うん、協調」
しかし新しい戦争の火種みたいなものはちゃんとあって、それは指揮者同士の戦いだった。われらが小倉先生はそもそも音大出のテノール歌手である。それに対して合唱部の指揮者は物理の先生で、そろそろ定年のおじいちゃんだ。こちらはアマチュアだが顧問になってもうすごい年数が経っている。おじいちゃんの名前は高山という。彼はいつも白衣を着ている。物理の先生にはそういうルールがあるのかもしれない。
 物理のおじいちゃんはそれこそ男子校時代から合唱部の顧問で、小倉先生はつい五年前にこの学校に来た若い教師だ。小倉先生がこの学校にやって来たとき、彼はもちろん合唱部の顧問をやりたいと言った。
「小倉先生、それは無理ですよ」と優しい先輩教師は小倉先生に向かって言った。
「わたしは大学で声楽をやっていたんですがね」
「いえいえ、合唱部は『聖域』なんですよ」
「はあ」
「たぶん、小倉先生が生まれたときにはもう、物理の高山先生が合唱部の顧問をなさってたんですよ」
「なるほど」小倉先生は唇を噛んだ。「それは結構なことで」
「でも、小倉先生にぴったりの部活がございます」
 そうして小倉先生はしぶしぶ吹奏楽部の顧問になった。当時から部員数は五人から十人のあいだを行ったり来たりしていた。彼は不介入主義をその時から貫いている。「一応、指揮はするけどね」と小倉先生は、わたしが部長になった最初の日に言った。「あとぜーんぶ任せるから、好きにやってちょうだい」と言ってわたしに音楽室の鍵の複製を与えてくれた。顧問になった経緯もこの時に聞いた話だ。
 この二人が競演し、火花を散らせるのがクリスマスコンサートだ。しかしここにも先人の知恵というものがあって、どちらかに偏らないように、半分の曲を吹奏楽の先生が、半分の曲を合唱の先生が指揮する。例えば、賛美歌百六番「荒野の果てに」は小倉先生が指揮する。「吹奏楽、小さい! フォルティシモで! 合唱に負けてるぞ!」と彼は叫びながら指揮をする。吹奏楽部の一年間のうち、彼が唯一熱血指揮者になる瞬間
である。寒い講堂での前日練習で、わたしたちはちょっとうんざりする。合唱部からは、さすがにバランスを考えて全部員ではなく、五十名の精鋭が聖歌隊として選ばれている。わたしたちは当然、ずっとフォルティシモでは疲れる。そんな練習を見て、講堂の一番奥の席で聴いている白衣のおじいちゃんはほくそ笑む。
次に、賛美歌百十二番「もろびとこぞりて」を高山先生が振る。よっこらしょ、と言って指揮台に登った彼はやはりニヤニヤしながら言う。「今年の吹奏楽は、元気がいいねえ。どれ、合唱十人ばかし増やすか」
 彼がそう言うとどこからか合唱部数名が現れて聖歌隊の列に加わる。今度は合唱が元気になる。わたしたちはかき消されそうになる。
 ヘンデル作曲「メサイア」から「ハレルヤ・コーラス」は小倉先生。さらなるフォルティシモを要求。
「フォルティシシシシシモくらいの気持ちで!」
 そうして最後のバッハ作曲「天のいと高きところには神に栄光あれ」というやたら難しい(でも一番素敵な)曲では、さながら高校野球の応援合戦のような、絶叫の応酬が講堂を包む。はじっこの方で練習を見学している聖書科の先生はわたしたちが顔を真っ赤にして演奏しているのを見て、きっとイエスの誕生日にふさわしくないと思っているはずだ。
 そのへんで満足した高山先生が「じゃあ、いい塩梅に戻しましょうか」と言って追加合唱隊を戻し、わたしたちに楽譜通りの音量で演奏するように指示する。そのようにして平安な音楽が礼拝堂に満ち、聖書科の先生は安心して明日の本番を迎えることが出来るのだ。
「なんだか、料理の下手な人みたいよね」と咲子ちゃんは練習後の部室で言った。「塩振って、砂糖振って、とんでもないものができちゃうみたいな」
「咲子にしてはいいこと言うね」と聡子。
「きっと、バカなのよ、あの人たち」と美里が笑顔で言ってのけた。
私が一年生の時も、二年生の時も、クリスマスコンサートはこんな調子だった。平和を目指したはずの先人の知恵が、必ずしも幸福をもたらすものではないことをわたしは学んだ。

7 吹奏楽部のクリスマス

 クリスマスコンサートといっても、十二月二十四日に行われるわけではない。もっといえば、本当はコンサートではない。そもそも、クリスマスの前に学校は冬休みに突入してしまう。このコンサート、いや、特別礼拝は二学期の終業式に行われる。暖房の入っていない、ところどころに大きなストーブが置いてあるだけの講堂で、終業式のあとに、礼拝が始まる。
 聖書科の先生が聖書を読んで(わたしの好きな『一粒の麦』の話だ)、お祈りを捧げてみんながアーメンと言っている間、わたしたちは幕の後ろでひたすら楽器に息を吹き込んでいる。冷えると楽器の音程というのは下がってしまうのだ。だからなるべく温かい息を吹き込んで、演奏するときに音程が安定するように保つ。
 お祈りのあとに幕が開いて、わたしたちは演奏をはじめる。わたしはキリスト教徒ではないが(わたしの学校はキリスト教主義なだけ)、このクリスマスを祝う時間というのはなかなか好きである。この学校に入って初めて味わった感覚だった。舞台には大きなクリスマスツリー、合唱は聖歌隊のなにやら神聖な真っ白な衣装、わたしたちは、制服。残念ながら特別な衣装をこしらえる余裕はないのだ。でも、悪くない。全校生徒が歌う。聖歌隊が歌う。そしてわたしたちも楽器で歌う。約六百人。これはなかなかすごい数だ、とイエスは言った。
 最後のバッハはみんなが歌うことのできるような歌詞ではなく、ラテン語のややこしい歌詞である。これは本当にいい曲なのだけれど、いつもこの曲で聴衆のテンションは少し落ちてしまう。ちょっと、神聖すぎる曲なのだ。普通の高校生にはクラシカルに過ぎる曲なのだ。それでもこの難しい曲を演奏して、生徒に聴かせるのは、高山先生の強い意志だということだ。わたしは高山先生のそういう頑ななところはすごく好きだ。
 とはいえ、これではなかなかオチがつかないので、最後には「ジングル・ベル」を演奏するのが慣わしになっている。これは指揮者なしで(これこそ平和)、合唱隊と吹奏楽部員は簡単なダンスを踊りながら演奏する。自然と手拍子が沸き起こる。そしてサンタ姿の校長がサプライズ(一年生にとってだけ)で現れて、講堂を走り回って飴だとかチョコレートだとかをばら撒いて退散し、礼拝は終わる。
「うちの学校って、普通だけど、何か変だよね」と現役最後のクリスマスコンサートを終えたさやかは言う。「いまどき高校生にお菓子って、なんのつもり? それ、どっちかって言うとハロウィンだよね?」
「いいんじゃない、日本的で」と聡子が皮肉を言った。
「あれは蛇足、っていうのよ」とさやかも返す。
 演奏終了後、礼拝堂いっぱいの拍手の中で、竹田くんがバッハに感動してずっと震えていたのをわたしは見た。このようにしてわたしの愛する吹奏楽部の一年は終わる。

8 お正月

 日本的な正月は望むべくも無い我が家も一応新年を迎える。おせち、というものをわたしは食べたことがない。甘酒も飲んだことがない。その代わりに母は、ホットワイン(ヴァン・ショーと母は言う)を作り、チーズフォンデュの材料に餅を使う。これが我が家の元旦の夕食。
「まぁ、餅くらいなら勘弁してもいいかなと思えるのよ」と母。
「おれは雑煮が食いたいなぁ」と父。
「実家に帰って食べなさいな」と母は料理の文句に関しては冷たい。
「おまえの実家はフランスか?」
「あながち間違いではないわ」
 その時思いついて母に聞いたのだが、実は母はフランスに行ったことがないらしい。ただ、夢の中で何回も行っているらしい。「去年は八十九回行ったわ」
「なんで回数が分かるの?」とわたし。
「日記につけてるの」
「夢の内容も?」
「ええ」
「覚えてるの?」
「はるか、これはね」と母はホットワインをわたしのグラスに注いだ。「訓練の結果なの」
「訓練?」わたしはもうほろ酔いだった。溶けたチーズがたっぷり絡んだ肉や野菜に(あと餅)、湯気を吸い込むだけで体がぽかぽかするホットワイン。この組み合わせほど美味しいものはちょっとない。
「そうよ。毎朝毎朝、夢が頭の中に残っているうちに、覚えてること全部書くの。そういうことを毎日続けていれば、だんだん夢をはっきり記憶できるようになるの」
「へえ」
「はるか、もうそのへんにしとけ」と父。「一応おまえ未成年だから」
「はあい」とはいえ注がれたものは飲まねばなるまい。
「夢日記つけてると発狂するって聞いたことあるな」と父がぼそっと言った。
「わたしが、発狂してるとでも?」と母は言った。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「小学校六年生のときからそうしてるけど?」
「筋金入りだな」と父は感心して言った。「おれも今初めて知ったよ」
「日記に何書いてるかなんて、これは絶対に言えないわね」と母は意味ありげに言った。「ほほう」と父は言ったが、ちょっとバツが悪そうだった。「あながち間違いでもないらしい」
 こんなにホットワインを飲んだのは生まれてはじめてだった。そもそもお酒を飲むのが人生で二回目なのだが。去年「ちょっと飲んでみる?」と母に言われた時は少ししか飲めなかった。でも今年はたくさん飲めた。飲んでしまった。ベッドの上で、わたしの頭の中では激しい渦が巻いていた。世界が回転しているようだった。何となくこんちくしょうという言葉が浮かんだ。わたしは大人になったら、結構な飲んだくれになるのじゃないのかなあ、と思ったあたりで意識を失った。
 翌朝目覚めたとき、わたしは案外スッキリしていた。お酒にはそういう効能があるのかもしれない。しかし、夢の記憶はすっかり消えてしまっていた。母が言っていたように、わたしも夢のことを日記につけようと思っていた。しかし無理だった。しかも、何だかとてもすばらしい夢を見たような気がする。逃した魚は大きい、とイエスは言った。まあ、初夢というのはだいたいこんなものである。
正月が落ち着いた頃にわたしは吹奏楽部の三年生を誘って初詣に出かけた。みんな住んでいるところはばらばらだったので、学校前に集合して、近くの小さな神社に行くことにした。
「絵馬、書こうか」
賽銭を投げて、お祈りして、おみくじを引いたあとに聡子が言い出した。
「みんなで?」と咲子ちゃん。
「そういうのって、個人的なものじゃないの?」とさやか。
「書こうよ、『定期演奏会が成功しますように!』って」とわたし。
「わたし、別のこと書いてもいい?」と美里が言い出した。
「何書くの?」とさやか。
「ひ、み、つ」美里はいたずらっぽく言った。
「いやいや、それは自分で別なの買ってよ」と聡子が言った。美里はそうするもん、と言った。
 そうしてわたしたちは一枚の絵馬を買い求め、「定期演奏会が成功しますように」と真ん中に書いて、その下に五人の名前を書いた。迷ったが高校の名前は書かないことにした。
「だって絵馬って誰でも見られるんだよ」と聡子が忠告したのだ。
「えっ、見られるの?」と咲子ちゃんが驚いた。彼女は絵馬というものを初めて知ったらしい。
「ほら、こうやって裏返せば」と言って聡子は絵馬掛のところへ咲子ちゃんを連れて行き、そのうちの一枚の絵馬を裏返した。そこにはカップルの恥ずかしい言葉が、二人のフルネーム入りで書いてあった。
「すごいの引いちゃった」聡子は苦々しい表情を浮かべた。
「愛ってすごいね」咲子ちゃんは見当違いなことを言った。
「わたし、やっぱり自分の絵馬書くの止めるわ......」と美里は深刻そうな顔で言った。
とにかくわたしたちは、そこに絵馬を掛けて、きちんと裏返しておいた。絵馬の表側には頭の良さそうな犬の絵が描いてあった。

9 はじめての空中分解

 さて仕事だ、と思いながらわたしは新年一発目の練習に向かった。実際仕事が溜まっている。演奏会を行うホールとの打ち合わせ、パンフレットのデザイン、ビラ撒きの計画、二年生(たったひとりの)への引継ぎ、そして練習。練習、練習、練習。ユメくんの年賀状(律儀な後輩)に、「ようやくできあがりました」と書いてあった。わたしは年末年始の休みにソロの部分だけこっそりと練習していたが、みんなと合わせられると思うとわくわくした。
 学校の前に来たときに、「なつかしさーん」と呼ぶ声がした。ユメくんだった。彼も自転車に乗っていた。わたしたちは自転車を降りて校内に入った。
「あけましておめでとうございます」とユメくんは頭を下げた。
「おめでとうございます」とわたしも頭を下げた。
「で、できたの?」わたしはさっそく訊いた。
「ええ」ユメくんはしぶい顔をした。「正月なんてものは僕にはありませんでした」
「変な言い方」わたしはくすくすと笑った。「それで言うと、わたしもなかったかも」
「忙しかったんですか?」
「練習してたのよ。言いだしっぺが吹けないんじゃ、話にならないからね」
「さすがです、部長」どうやらお世辞ではないらしかった。
「あと、飲んだくれてた」とわたしは余計なことを付け加えた。
「えっ?」
「ううん、なんでもない」わたしたちは誰もいない学校の中にいた。
 新年一回目の練習は、非公式の練習である。つまり、顧問の付き添いが無い。だから、何かが起きても顧問の責任ではない。
「まぁ君たちのことだから、酒飲んだり煙草吸ったりとかないと思うけどね。帰りはまっすぐ帰ってね」と小倉先生は年内最後の練習の時にわたしに言った。
 断じてそのようなことはない。わたしの愛する吹奏楽部では。誰も酒など一滴も飲んだことはない。
 正月明けなので、みんなの音もぼけていた。そういうこともある。わたしたちは指揮者なしで、定期演奏会でやる曲を適当に吹いていた。指揮者がいないと楽チンだった。そのうちにディズニーメドレーや海賊の音楽や賛美歌が混じった。五月の体育祭でやったマーチを演奏して盛り上がった。去年の定期演奏会でやった曲などもやり始めた。うん、なつかしい。驚いたことに、その時にはいなかったはずの竹田くんやユメくんも吹いていた。わたしは驚いた。「こここ、個人的に知っています」と竹田くんは言った。「中学のときにやりましたよ、それ」とユメくんは言った。
 そういうお遊びのムードでわたしたちの「吹き初め」(叩き初め、も忘れてはいけない)は進んだ。過去の曲と現在の曲をあらかたやり終わったあと、わたしは部長の厳粛さを持って、さて、と言った。「そろそろ、最後の曲をやりましょうか」
「最後の曲?」と聡子。
「まだ楽譜が配られていない、唯一の曲ですよ」とわたし。「ごほん」
「ああ、カンツォなんとかね」と聡子。
「カンツォネッタ、よね?」とさやかは竹田くんに言った。
「は、はい」彼の顔はチューバで完全に隠されていた。
会話の間ずっと、咲子ちゃんだけが意味の分からない音楽をひたすら吹き続けていた。誰も止めなかった。気の抜けたようなホルンの音だった。
「あ、楽譜配ります」と言ってユメくんはトランペットを椅子に置いてかばんを取りに行った。
「楽しみね、ユメくんの編曲」美里は冬休みにパーマを当てたらしく、どことなく垢抜けた感じがしなくもない。
「ユメくん、パーカスは何出しといたらいい?」と藤枝さん。打楽器は曲ごとに使う楽器が変わるので大変だ。
「あー、グロッケンと、ハープ......」
「あんた何言ってんの?」藤枝さんはややキレた。
「冗談ですよ。グロッケンと、トライアングルで大丈夫です」あわてるユメくん。
「もう、ハープなんかあるわけないでしょ」
藤枝さんはちょっと神経質なところがある。でもいい子だ。
「あのさ、ハープってさ、打楽器じゃないよね?」とさやかが咲子ちゃんに訊いた。彼女は吹くのを止めて少し考えてから言った。「たぶん、弦楽器だよね?」
「そうだよね」さやかは安心したらしい。
「一度でいいから生で聴いてみたいなあ。もしできるなら触ってみたいなあ」と咲子ちゃんは音楽室の薄汚い壁を眺めながら言った。「弾いたら、妖精が出てくるような音だよね」
「おもしろいこと言うね」と聡子が言った。「でも咲子には似合わないと思うよ」
わたしも同意見だった。わたしたちのうち誰もハープなど似合わなかった。
 楽譜を配り終えて、それぞれにちょっと音を鳴らしてみて、さあ合わせるぞっていう瞬間。わたしは、この時間がいちばん好きだ。音楽が生まれる瞬間だ。ドキドキする。どんなものが出てくるのか、誰にもわからない。それぞれの頭で描く音楽の形が、ぶつかったり、溶け合ったり、絡み合ったり、戦ったりしながら、何だか良く分からないものを作り上げていく。わたしは、最初に合わせる音楽がいちばんおいしいのではないかなと思ったりする。練習すればするほどに、確かに上手く、聴けるようにはなっていくのだけれど、それは何かを削っているような印象をいつも受ける。丸太を削って、ひとつの彫刻を作り上げるような。確かに一つの意味のある形にはなるけれど、実は丸太は、そのままでじゅうぶん力強く、価値がある。そんな風なことを思うのだけれど、お客さんに差し出すとなると、やっぱり意味の分かる形じゃなきゃあね、とも思うのである。
 ということを思いながら合奏に臨んだわたしだったが、結果はあまりにも悲惨なものだった。丸太? なにそれ? というレベルだった。わたしのメロディーは全体的に大きすぎる音の伴奏に邪魔されていた。八分の六拍子のはずだがどう考えても違うリズムが時々混じっていた。打楽器は入る場所を確実に間違っていた。わたしに応答するはずのメロディーが表れたり消えたりした。ホルンの音は最初の三秒しか聴こえなかった。
空中分解、とイエスは言った。この言葉がぴったりくる。わたしは幸いにして空中分解する飛行機(あるいは別の何か)を見たことがないのだけれど、それにかなり近い意味の演奏をしでかしたのではないかと思った。たぶん、みんな似たような意味の言葉を頭の中で探していたと思う。
「んー、見やすいね、この楽譜。パソコンで作ったんだね」とさやかが上ずった声で関係ないことを言った。テナー・サックスのキイをかちゃかちゃいわせながら、彼女は楽譜に見入っているらしかった。わたしは彼女の冷や汗みたいなものを見逃さなかった。
「しょ、正月だしね」と聡子が言った。その言葉の意味することは明らかだった。彼女はスライドにスプレーで水を噴きかけている。何回も何回も。
「ごめん、あたし初見苦手なのよね」と美里は目を伏せて言った。おそらく一番正直な言葉だろう。
 二年生と一年生は黙っていた。音楽室には咲子ちゃんの意味不明な音階だけが響いていた。「今日は帰ろうか」とわたしは言った。これもたぶん、部長の仕事。

10 カンツォネッタの秘密

 わたしはその非公式練習の帰り道、ユメくんと一緒に帰ってみることにした。彼は二学期の終わりごろから自転車通学にしたらしく、わたしと同じルートで帰宅する。彼も坂の多い街の住民だ。線路沿いの国道を二人で走ったあと、わたしたちの街の駅前のコンビニで自転車を停めた。
「事情聴取よ」とわたしは彼を脅した。その代わりに肉まんをひとつ彼に与えた。
「なんとおわびすれば良いか......」彼は肉まんに貼り付いたフィルムを丁寧に剥がした。
「その、何ていうのかしらね。編曲者としての。勘? で言って欲しいんだけど。今日のアレは、練習すれば何とかなるのか、それとも、もともとああいう編曲なの?」
「練習すれば、もちろん何とかなります」ユメくんは肉まんを半分に開いた。中から湯気が勢い良く立った。そして半分をわたしにくれた。
「でも、ちょっと特殊な編曲であることは、認めないといけませんね」
「特殊な編曲?」
「はい。うーん......何ていうのかな...普通の編曲とは違います」
「まず、普通の編曲って何だろう?」わたしにはちょっと分からなかった。
「普通は、今回の場合ピアノからの編曲で、クラリネットはそのまんまですから、まず考えるのはバランス。音量のバランス。ああ、その前に、そもそも楽器の限界がありますよね。それを超えちゃいけません」
「それは当たり前よね」小鳥のさえずりをトロンボーンが吹ける訳が無い、とイエスは言った。
「ピアノ伴奏を編曲する場合は、結構楽です。はじめから音域で仕事が分かれてますからね」
「ふむ」わたしは肉まんをほおばった。冬の味がする。「まぁ単純な伴奏のはずだしね」
「ええ」
「それで?」
「あとは楽器の相性を考えて音を割り振ればいいだけです。例えば、ホルンとサックスは一緒にメロディーを吹かせるととても豊かな味わいがある。トランペットとトロンボーンが一緒に吹けばまっすぐで力強い。フルートとグロッケンが一緒に鳴ればきらきらします」
「うん。分かるわ」
「そういう編曲なら三日くらいで出来ます」
「なるほど。で、君はそれをしなかったわけね」
「はい」
「率直に言うと、どういう編曲をしたのかしら?」
「そうですね......」彼はまだ肉まんに口をつけていなかった。「ちょっと恥ずかしいんですけど」
「恥ずかしい?」ユメくんの口からそのような言葉が出るのは少し意外だった。彼はクールな王子様(美里いわく)だからだ。
「その、俺なりに、先輩たちへの想いっていうか......」
 ユメくんの白い肌はみるみる赤くなっていった。ああ、こいつ分かりやすいなあとわたしは思った。
「ほうほう?」わたしは次をうながす。
「ああ、いや、そう、個性ですね。個性を尊重しました!」とユメくんはきっぱりと言って、思い切り肉まんをほおばる。
「なるほど。個性ね。それはとてもいいことのように思えるけれど、なんであんな演奏になるのかしら」
「うーん、まず第一に、指揮者がいないとダメです。やっぱり。全体を見れる人がいないと」
「確かにねぇ。小倉先生に頼んでみようかな」
「嫌です。止めてください」とユメくんは言った。「スコア見られたくないです。こんな微妙な編曲」
 とはいうものの、わたしは三学期が始まってすぐに小倉先生のところに行った。おじいちゃんの家の匂いのする研究室で、わたしは先生にお願いした。
「定演の曲がたくさんあるのは承知で言うんですけど」とわたし。「もう一曲、お願いできないでしょうか?」
小倉先生の手には、わたしがユメくんからぶんどってコピーしたスコアがあった。CDデッキで変態クラリネット奏者の音源をかけた。
「うーむ」小倉先生はぽりぽりと頭をかいた。「なかなかエキセントリックな編曲だ。ユメくんの髪の色みたいだ」
「わたしもそう思います」
「もちろん、君たちが、というなら僕は振ろう。それが僕の仕事だからね。ただし」彼は人差し指を立ててわたしの眼をじっと見た。
「僕はね、この曲は君たちで作り上げたほうがいいんじゃないかなと思うんだよ。その...何ていうかな。君がこの曲に出会って、やりたいと思って、部員を説得して、華麗な編曲まで施した。はっきり言って、それはすごいことだ」
「ありがとうございます」わたしは素直に感謝した。
「だからね、君たちに是非この曲を仕上げて欲しい。もともとがクラリネットとピアノの為の曲だ。指揮者を必要とするような曲じゃない。こういう曲で棒を振り回すと、小さな作品が持つうま味みたいなものが損なわれてしまうんだよ。僕はそういうことを幾度と無く経験してきたから言えるんだ」
「はい」
「ま、やってみなよ。時間はまだある」
「......わかりました」わたしにはあまり自信が無かった。
「もちろん、他の全ての曲は僕が責任を持って棒を振ろう」小倉先生はにこりと笑って言った。

11 冬の快進撃

 三学期は消化試合みたいな授業しか無かった。それぞれの進路に分かれて、ちょっと専門的な授業があるだけだった。わたしたちは大学入試という制度の外にいた。わたしたちの高校は、それなりの成績をとっていれば、付属の大学に行くことができた。もちろんそうしない人もいた。わたしなどはその一人だった。わたしは付属とは違う大学の推薦を貰っていた。ちょっと遠いところにある大学だ。
 そんなわけで、三学期にフルで学校に来ている三年生は吹奏楽部と、その吹奏楽部の遅い定期演奏会に付き合わされている演劇部くらいだった。運動部は夏で引退し、合唱部はクリスマスコンサートで引退していた。わたしたち五人の吹奏楽部三年は、その気の抜けた授業の無い時間に図書館で集まって演奏会の実務をこなした。
「パンフの表紙、できた?」ヒソヒソ声でわたしは言う。生徒は誰もいないとはいえ図書館だ。
「うん。これでどうかな」と美里はクリアファイルから一枚の紙を取り出して大きなテーブルの上に置いた。わたしたちは頭を寄せ合ってそれを見た。わたしたちは唸る。
「ほんとセンスあるよね美里は」と咲子ちゃん。
「うん。これはぴったりね。わたしたちらしいというか」と聡子。
「ちょっと奇抜な気もするけど、ね」いつも現実的なさやか。
美里はわれ知らぬ顔で窓の外を眺めていた。「部長、どうしますか」と副部長の聡子が言う。「これでいこう」わたしは確信に満ちた声で、でもちょっと声をひそめて言う。
「これしかない」
 その紙には、上のほうに大きく、まずこう書かれていた。「第38回定期演奏会」これはあたりまえだ。その8という数字だけが赤色になっている。そのタイトルの下に絵がある。見慣れた記号、ト音記号が左にあって、そこから五本の線が横に走っている。普通の大きな五線譜だ。そして、左から順番に、ドレミファソラシド、の音符がある。しかしそれは普通の音符ではない。それぞれが人物のシルエットになっている。それらはもちろん、わたしたち八人だ。一番低いドは竹田くん、レはユメくん、ミは藤枝さん、ファは咲子ちゃん、ソは美里、ラはさやか、シは聡子、そして一番上のドがわたし、夏借悠だ。みんながそれぞれ楽器を持って演奏している様子がうまくシルエットになっている。他のみんなが立って吹いているところなのに(あの重たいチューバでさえ)、わたしだけ椅子に右向きに座ってクラリネットを吹いている様子を横から描いたものだった。そしてわたしのシルエットだけ、黒ではなく、赤色。八人目のわたしはそのようにして上の8と対応する。長調と短調の二十四の音階は全て八つの音で完成する。そして三十八回目の定期演奏会。わたしたちは、たったの八人。こんなことに気付くのはたぶん美里くらいしかいないだろう。
「指揮者なんかが入ったら、九になってややこしいことになっちゃうもんね」
あとで小倉先生に表紙を見せた時、彼はちょっぴり淋しそうに呟いた。
 楽譜を他校から借りたり場合によっては購入したりするのは、本来は美里の仕事だった。定期演奏会ではかなり多くの曲目を扱うため、これは神経をすり減らす仕事だ。だがそれらはすべて竹田くんがやってくれた。彼はどこからか楽譜のコピーを入手し、印刷してわたしたちの元に届けてくれた。「べべべ、便利なじだ、時代ですよ」と彼は言う。わたしたちはどこから楽譜を入手したのかあえて訊かない。
 そういうわけで美里の仕事はあとパンフレットの内容を完成させることだった。曲の解説と、校長の言葉、顧問の言葉、一度も会ったことのないOB会長の言葉を集めるなど。部員の練習風景の写真なども入れることにした。例年であれば「卒業生の言葉」も入れるのだが湿っぽいので止めることにした。みんな同意したのには少し驚いた。「別に吹奏楽部がなくなるわけじゃないんだし」と聡子は言う。
 咲子ちゃんは演劇部関連の仕事を担当する。彼女は演劇自体が好きらしいのでこの仕事をすすんで引き受けてくれた。わたしは陰湿な感じのする演劇部の部室に行くのが嫌だったのでこれはありがたかった。二部は、音楽劇とはいうものの、実際は演劇部がメインだった。わたしたちは生のBGMをつけるというわけだ。しかし劇はどうやらとんでもない脚本になっているらしかった。
「なんだかナチス・ドイツに関する劇らしいの」と咲子ちゃんは言った。「それでね、フルートを吹くユダヤ人少女の役を美里ちゃんにやって欲しいって演劇部の部長さんが言ってるの」
 二部の演奏曲目のリストがリヒャルト・ワーグナーで埋め尽くされている理由がようやく理解できた。わたしは脚本を変えてもらうように咲子ちゃんに言った。
「平和な高校生の演奏会で血が流れるのはちょっとね」わたしは控えめに言った。
「でも結構、アングラっぽくておもしろいのよ」と咲子ちゃんは演劇部を擁護する。
「ちなみにその脚本で美里はどうなるのかしら?」わたしは興味本位で訊いてみた。
「えっとね......」咲子ちゃんは台本をめくった。「トウヒの木に磔にされたエノラ、ナチスの将校に、最後にせめてフルートを吹かせてくれと懇願。その将校はエノラの目の前で彼女のフルートをぽきりと折る。エノラ『ああ、いまいましいナチスの犬め! くたばれ!』響く四発の銃声。一九四四年、シュヴァルツヴァルトの森、夜のように暗い昼間の出来事である」
 わたしは冗談でなく頭が痛くなった。「その、エノラっていうのが美里なのね?」
「うん、ちなみにわたしはヒトラーの愛人をやることになってるの」と咲子ちゃんはこともなげに言った。
「咲子ちゃんも役貰ったの?」わたしはほとんど怒りを覚えていた。
「でも、ヒトラーと結婚してすぐ自殺するんじゃなくて、ヒトラーを殺してアイヒマンとアルゼンチンに逃げるんですって」
 これを知ったのが一月の半ばで本当に良かったと思う。わたしはじめじめした演劇部の部室に乗り込んで脚本の訂正を要求した。
「去年は確か、ディズニーの音楽で、不良の高校生が音楽の国に行って妖精と出会って更正するとかいう当たり障りのない話だったように思いますが」わたしの頭はもうガンガンと響くように痛かった。
「ああ、あれね。あれは実はウォルト・ディズニーを批判するメッセージが込められているんだけどね」ねずみみたいな顔をした演劇部の部長は釈明した。
「気が付かなかった?あの『ハイ・ホー』の挿入のタイミングは実は......」
「脚本を変更してください」わたしの怒りはそろそろ限界だった。このままではこの男を殴ってしまいかねない。
「定期演奏会には、資本主義批判もナチスもユダヤ人もとりあえず必要ありません」「ふむ」とねずみ男は言う。「まあまだ、間に合うかもしれんな」
「かもでは困ります」はるか、抑えてとわたしはわたしに言う。
「リヒャルト・ワーグナーについてはもう準備を始めているので変更の必要はありません」
「ふむ」ねずみ男は腰に手をやっていかにも困った様子だ。「何とか考えてみるよ」
「海賊の話でも大丈夫です」とわたしは去り際に言った。「あと、吹奏楽部員は演奏で精一杯ですので、ご理解ください。演技はできません」
 さやかが担当しているホールとの折衝はかなりハードな仕事だった。ホールといっても、きちんとしたコンサートホールではない。学校の近くにある市民会館の小ホールだ。大ホールは千二百人収容だが、もちろんわたしたちにそれは必要ない。五百人収容の小ホールがちょうど良かった。よく落語の寄席とかシンポジウムで使われているホールだった。
 しかしさやかはわたしの百倍くらい要領が良いので、わたしが確認するころには一歩先を進んでいた。
「ややこしいのは二部だけど、それは演劇部の脚本が固まってから伝えます、と先方には言ってあるわ」
 劇が入ると照明という要素が加わるので、ホールは綿密な打ち合わせを要求する。「台本が出来ないとね」わたしは不安になった。
「一部と三部のセッティングは大丈夫よね?」
「たった八人ですもの」さやかは笑った。「ホールの人も毎年やってるから慣れてるし」
「確かに。もっと大きな部活だったら椅子と譜面台を数えるだけで一苦労なんでしょうね」わたしの中学時代はそれが結構大変だった。
「あと、ホールの来年の抽選行っといたから」とさやかはさらりと言った。
 わたしが忘れていたことだった。わたしの背筋は凍った。先輩からも引き継いだことだったが、今の今まで忘れていた。ホールというのは、利用する日の一年前なり半年前なりに日付を申請して、もし他の団体と利用したい日がかぶったらくじ引きをしなくてはならないのだった。わたしたちが毎年使っているホールは一年前の、その前の月の一日に抽選が行われていた。今日は二月二日だった。昨日が抽選日だったのだ。
「あああ、ありがとう」わたしは竹田くんみたいにどもってしまった。
「どういたしまして」さやかは、つんとして言った。持つべきものは友だ、とイエスは言った。
 聡子はわたしの右腕であり、あらゆるチェックの担当だった。そういえばホールの抽選のことも二、三日前に彼女に言われていた気がする。
 それはともかく、聡子は主に技術的な面で部を支えた。小倉先生がいない時は彼女が練習を見た。でも棒は振らない。彼女は指を鳴らすのが抜群に上手い。それでリズムを取る。彼女は足を組んで指揮台の椅子に座る。とても格好いい。彼女はトロンボーンをやっているから、耳が良いのだ。逆に言えば、トロンボーンを吹きこなすためには細かい音程の違いを感じ取る耳が必要なのだ。
「ホルン、高いって」だいたい注意されるのは咲子ちゃんだ。
「ごめんよー」と咲子ちゃんが言うのを何回聴いたか分からない。
「咲子、全神経を耳に集中してごらん。いや違うな、全身が耳になったつもりで。一度眼を瞑って吹いてごらん」
 パチ、パチと聡子が指を鳴らして、素直に眼を瞑った咲子ちゃんが問題になったフレーズを吹く。わたしたちは驚く。別人が吹いているようだった。咲子ちゃんはそのフレーズを吹き終わって楽器を膝の上に置いたあともずっと眼を瞑っていた。
「咲子、もうあんたずっと眼開かなくていいと思うよ」とさやかは言うのだった。そういうときの聡子はとても幸せそうに笑う。彼女はこのクラブで一番の努力家だ。高校から未経験で楽器を始めたのは彼女だけだった。わたしは彼女をとても尊敬している。
「トロンボーン吹くのと、スパイク打つのはなんだか似てるね」と彼女はぼそっと言ったことがある。これこそが本物の才能である、とイエスは言った。
 このようにわたしたちは次々と仕事を片付けていったわけだが、もちろん休息も取らなければならない。疲れた体には甘い物と相場が決まっている。
バレンタインデーの練習のあとにわたしたちは、持ち寄ってきたケーキやらチョコレートやらを食べあった。竹田くんがトリュフを作ってきたのにはみんな驚いたが、その味が頭ひとつ飛びぬけていたことで更に驚いた。
「竹田くん、お母さんとかお姉さんが作ったんじゃないの、これ」と美里は言った。
「おまえ、才能あるよこれ。ほんとうめえわ」とユメくんが珍しく竹田くんを賞賛した。「ぼぼぼぼ、ぼくにおね、お姉さんはいません」竹田くんは顔を真っ赤にして言った。あとでみんなが聞き出したところによると、最後にチョコレートを切るときに包丁を少し温めるのが一番大切なことらしい。「かた、かたちが良ければ、ああ、ああじも良くなるんです」
わたしはなんだか負けてしまった気がした。

12 クラッシュ・シンバル

 懸案だった二部の台本は着々と出来上がってきていた。ねずみ男はワーグナーをそのまま使うと言ってきた。まだ詳しい内容は教えてもらえなかったが(演技と演奏の新鮮な出会いこそ最高の演出と彼は言った)、大まかに言うと童話的で、平和で、血の流れない、かつ啓蒙的な作品に仕上がりつつあるということだった。啓蒙的、という言葉が少し引っかかりはしたが、とりあえず咲子ちゃんに任せることにした。
 そして問題は一つに絞られた。カンツォネッタである。他の曲は小倉先生と聡子の指導のおかげで、聴かせられるようなレベルにはなってきていた。ただカンツォネッタだけが羅針盤を失った演奏から抜け出せないでいた。
 カンツォネッタの練習は、だいたいほかの曲の練習が終わったあとに行われる。小倉先生が指揮する曲をまとめて先にやれば、彼を早く帰してあげることができるからだ。
「実は、妻が妊娠中でね」と彼はある日わたしに言った。「きみたちはまだ分からんだろうけど、結構大変なことなんだよね。忙しい時に迷惑かけてすまんね」
 このようにしてわたしたちの長きに渡る疑問は一瞬で解決されてしまった。わたしたちは当然彼に協力する。「でも、指輪してないよね」と美里は言った。
他の曲の練習で疲れた後にカンツォネッタをやるものだから、練習として効率はあまり良くない。もう二月の末になっていた。定期演奏会まで三週間を切っていた。
 その日の練習で、なんとか曲を通すことには成功した。複雑に組み合わさった伴奏の謎は、長い時間をかけてユメくんが辛抱強くみんなに説明してきた。それがようやく功を奏し始めたのだ。
 しかしわたしはもどかしい思いがしていた。わたしの望むテンポになっていない。わたしが吹きたいように吹けない。わたしが伴奏に合わせている気がする。そしてわたしは無事に曲が通った後に、勇気を出して言ってみた。
「みんな、ちょっと聞いて欲しいんだけどね。わたし、苦しいの」
もちろんみんなは心配した。
「どうしたの?息が苦しいの?」とさやかは言う。
「違うの、その、引きずられてる感じがするの」
「演奏のことね」さやかは安心する。
「もちろん」とわたし。
「ユメくん、どうなの?」聡子がユメくんに尋ねる。
「ぶっちゃけ......」と言うとユメくんは口ごもった。
藤枝さんが割り込む。「ぶっちゃけ、何?言ってみて?」
「なつかしさんが引きずられているというより、みんなで引きずり合ってる感じがしますね」
 この言葉にユメくんを除く七人の音楽家たちはショックを受けた。というより、哀しんだ。
「でも、どうしろっていうのよ」さやかは色めき立った。「いまさら、小倉先生に頼む?奥さん妊娠してるのに?」
 ああ、やばいやばい、とわたしは思った。みんな疲れてきているのだ。毎日練習ばかりだし、演奏会関連の仕事もたくさんある。そこに来て、カンツォネッタがうまく行かないのだ。部活全体にイライラしている空気が漂っていた。でもそれは本番前だとよくあることなのだ。
「妊娠とかは関係ないっしょ、頼むんなら早いほうがいいんじゃないっすか」とユメくんが吐き捨てるように言ったのがさやかの気に障った。彼女はストラップを外して楽器を置こうとした。しかしそれよりも早くに美里が反応した。
「そんな言い方ないでしょ!」彼女は勢い良く立ち上がり、その反動で椅子が倒れてがたんという音がした。その音の後に、「わたしたちだけでここまでやってきたんだから、ここであきらめてどうすんのよ!」という言葉が続いた。誰もが彼女を呆然と見つめていた。
 とんでもない剣幕だった。美里はぽろぽろと涙を流している。斜めに切った前髪が垂れて彼女の顔を隠していたが、口元が奇妙な形に歪んでいるのを見た。わたしは美里のことを今まで分かっていなかった。彼女は、誰よりもこの部活を愛していた。愛がなければ、あの絵は描けない、とイエスは言った。
 美里は両手を顔に当てて泣き始めた。ずーんとした沈黙がやってきた。壁に掛けてある時計の針の音だけが聴こえる。時計の針って、こんなに大きい音だったっけ? とわたしは思った。落ち着いて、はるか、あなたは部長、あなたは部長、とわたしは言い聞かせた。沈黙を破ったのはまたしても竹田くんだった。
「ああああああああああ、あの......」彼はすごい勢いでどもるばかりか体まで震わせていた。
 わたしはちょっと救われた気がした。沈黙を終わらせる言葉によっては何もかもが崩れてしまう気がしていた。
「なあに?竹田くん」とわたし。
「ぼぼっ、ぼくが思うに」
「うん」「いいいいい、イメージが、曲のイメージが」
「うん?」
「ばばば、バラバラなんじゃないかと......」
「うん?」
「だだ、だから」
「うん」
「そそ、それを、みんなで、共有、すればばば......」
美里は泣き続けていた。わたしはうまく返事ができなかった。イメージがばらばらっていうのは、演奏していて何となく思うことだ。いつもだったら、小倉先生が曲の雰囲気やイメージといったものを分かりやすく説明して、みんなをまとめてくれる。でも、わたしたちはカンツォネッタでは、それができないでいた。イメージを共有するといっても、一体どうすればいいのか分からない。わたしに指揮棒は振れないし、きちんと楽譜を勉強して説得力のある解釈をする能力もない。今までやってきた練習は、とりあえず楽譜を音にして、整理して、メトロノームのテンポに合わせて演奏するということだけだった。
そう思っていると、咲子ちゃんが竹田くんの提案に応えた。
「イメージって大事だよね。イメージで音って変わるもんね。わたしも、聡子ちゃんに教えてもらって音が全然変わったような気がする。でもそれは、何かとくべつな練習をしたわけじゃないの」
 みんなそれに納得していた。咲子ちゃんの音が変わっていくのを目の(耳の?)当たりにしてきたからだ。
「眼を瞑って、全身が耳になったように想像するだけで、わたしの音に、かすみたいなものが混じってるのが分かったの」
 咲子ちゃんはゆっくりと喋ったが、ホルンの音色のような丸い芯が通った声だった。「それを教えてくれたのは、聡子ちゃんの言葉よ。言葉が変えたの。おまじないみたいに」
向かいに座っている聡子の眼がみるみるうちに赤くなっていく。
「だから、言葉にしてみない? はるかちゃんが感じるカンツォネッタ。そしてもちろん、この曲をこんなに素敵に変身させてくれた、ユメくんが感じるカンツォネッタ」
 咲子ちゃんはにっこりと笑ってユメくんのほうを見た。その笑顔は、いつもの咲子ちゃんの笑顔と違った。ホルンというのは不思議な楽器である。気の抜けたような音をひねり出すかと思えば、打って変わって猛獣の咆哮を放ち、時には今の咲子ちゃんみたいに、静かな風格を湛えた響きを奏でることもある。それは王の楽器にふさわしい。
ぱんぱんぱん、と手を叩く乾いた音が音楽室に響き渡った。さやかだった。
「さあ、やるよ。やるって決めたんだから」彼女は美里のところに行って、丸くなった背中をさすった。
「泣くのはやめて、やろうじゃんか。言葉にしてみようよ。ね?」
美里は涙を拭って無言でうなずいた。
「じゃあ取りあえず、部長のカンツォネッタのお話を聞こう」聡子は赤い目をこすって言った。
 その時だった。何かが割れたようなけたたましい音が八人の耳を貫いた。
がしゃーん、という長い音だった。一瞬何が起こったのかみんな分からなかった。「しつれいしました!」と藤枝さんがその衝撃音の後で叫んだ。「シンバルひっかけちゃいました」
 後で聞いた話によると、忘れ物を取りに、たまたま研究室に戻ってきていた小倉先生は、この一部始終を聞いていたそうだ。彼がその時どのようなことを感じたのか、わたしたちはそれを訊くというような、無粋な真似はもちろんしない。
「あの時ね、藤枝さんが居酒屋の店員みたいだなって思ったことしか覚えてない」と小倉先生は言った。彼が覚えていたのが本当にそのことだけなのかどうかは分からないが、いずれにせよ、藤枝さんのおかげでわたしたちはリセットされた。シンバルの音がすべての始まり、とイエスは言った。

13 王子の受難、そして団結

 もう時刻は七時を回っていた。仮に顧問の付き添いがあったとしても、下校時間はとっくの昔に過ぎている。けれども今日はそう簡単に帰るわけにはいかなかった。今じゃなきゃ駄目な気がした。今この練習にケリを付けておかないと、さっきのいざこざの意味は全くなくなってしまう気がしたのだ。鉄は熱いうちに打て、と言うけれど、音楽だって熱いうちに打たないと、取り返しのつかないことがたびたびある。
 そして今、わたしたちはある意味では最高に熱い状態だった。ただ、成り行きからそうなってしまったとはいえ、音楽を言葉にするというのは簡単なことではない。
「うんとねー......季節はね、秋と冬の間くらい。何かちょっぴり哀しいことがあった少女が、枯葉の中でダンスするの。そうすると、枯葉がぶわあって舞い上がるわけ。それでその葉っぱが体に当たって、かさかさ音を立てて、その少女はその音でまた少し哀しくなるの。でも、天気は良くて、哀しいことがあっても、わたしは生きていきます、という内容の歌詞で歌う」
わたしは正直に、この曲について思っている印象を語った。
「『という内容の歌詞で歌う』、だって」とさやかが復唱した。途端に音楽室は爆笑で包まれた。わたしは顔を真っ赤にして怒った。この怒りは、当然のことと言っても(たぶん)良いはずだ。
「なによ! こっちは真剣に言ってるのよ。これがわたしのイメージなの!」
「まあ、そうぷんぷんしないで」さやかは笑いすぎで泣いた眼をこすって言った。
「予想以上に具体的だったから、なんか笑えたわ」と聡子。
「はるかって、おもしろいよね」とふわふわに戻った美里が言った。
「わたし、すっごいよく分かる。やっぱりはるかちゃんってすごいなあ。わたしにはぴったり来たわ、いまのお話」そう言ったのは咲子ちゃんだった。彼女だけがわたしを真剣な眼差しで見ていた。
「これでだいたいはるかのイメージは分かったわね」とさやかが言った。「あたしの想像通りだったわ」
「じゃあ次は、ユメくんのお話聞かせて?」美里はにっこりと笑って言った。その時、彼女のこの笑顔が将来なぎ倒していくだろう多くのあわれな男性のことをわたしはなぜか想像した。
「俺は......」ユメくんはさっきまで泣いていた美里に問いかけられたことで少しびっくりしているようだった。
「俺は、なつかしさんみたいな、具体的なイメージはないです」
「別に、具体的じゃないし」とわたしはこぼす。
「じゃあ、具体的じゃないイメージはあるの?」と聡子。
「あります」とユメくんはきっぱりと答える。
「どんな?」
「それは......」そう言うと彼は窓の外に視線をやって、トランペットのピストンをかたかたと鳴らした。
「何よ、恥ずかしいの? 部長があんなお話までしたのに?」とさやかが迫る。あんなお話、とは何だ。
 そこでわたしはユメくんが話してくれたことを思い出した。肉まんを食べながら話した時のことだ。「ユメくん、わたしが代わりに話してあげよっか」わたしは彼に助け舟を出した。引きずり込みたいという気持ちがなかったわけでもない。
「え、でも」
「いいのよ」
わたしはごほんと咳払いをして、席を立って話し始めた。
「ユメくんはね、わたしたちのことを想ってこの編曲をしてくれたのよ」
「どういうこと?」さやかが眉毛を器用に動かした。
「つまり、もともとあった伴奏をばらばらにして、咲子さんにはこんな音が、さやかさんにはこんな音が、竹田くんにはこんな音が、って全部考えて作ってくれたの。だから時間がかかったの」
 ユメくんはうんともすんとも言わなかった。うん、大筋では間違ってないはずだ。それでわたしはちょっと調子に乗った。
「わたしたち一人一人への愛をぶちまけたって言ってたわ」
するとユメくんはみるみるうちにりんごみたいに真っ赤になった。
「ちち、違いますよ!言いすぎですそれは」
「あ、ユメくん、どもってる。竹田くんみたいじゃん」さやかは八重歯を見せてにやつく。「赤くなるんだ、かわいいね」美里はさらりと言った。ユメくんは更に赤くなった。
「じゃあ、後輩からのプレゼントでもあるんだね、この曲」聡子がしんみりして言った。
 この練習をきっかけに、わたしたちのカンツォネッタはひとつにまとまり始めた。しかし、この時、わたしたちが見逃していた(というか気付くわけがない)二つのことがあった。ひとつは、竹田くんが内心でガッツポーズを取っていることだった。彼はへらへら笑っていたが、心の中で勝利宣言をしていた。元はといえばこの曲をわたしに紹介したのは竹田くんなのだ。これも後で聞いた話だが、竹田くんは定演でこの曲をやると踏んでわたしに紹介したそうだ。そしてそのようになって、さらにちょっとしたいざこざも起きて、彼は大層満足していたようだ。わたしもみんなも彼に啓蒙された民ということになる。もうひとつは、この話し合いの間、あれだけシンバルで騒ぎを起こした直後の藤枝さんがすやすやと眠っていたという事実である。これも随分あとになってから発覚したのだが、彼女はティンパニの影に隠れて熟睡していた。いつも一番後ろに陣取る打楽器奏者が、いとも簡単に眠りに落ちるのはこの世界の常である、とイエスは言った。
 楽器を片付けて、音楽室に鍵をかけて、わたしたちはみんなで固まって、なるべく音を立てないようにして靴箱まで降りた。下校時間オーバーは割りと罪が重いのだ。まして、顧問の付き添いがなかったなどとバレると、多少厄介なことになりかねない。
 真っ暗になった学校の中を、みんなでびびりながら歩いていたのだけれど、スリルがあって、何だか楽しかった。靴を履き替えて、自転車を取ってきて、講堂の横を通って校門の前まで来ると、後ろから太い怒鳴り声がした。
「おい、何部だ!何時だと思ってるんだ!」
 教頭先生の声だった。わたしたちは後ろを振り返らずに、何の合図もなく一目散に校門を抜けて走る。きっと教頭先生の目には、暗闇の中を駆ける八つのシルエットが見えていただろう。門を出てしばらくすると、わたしたちは大声で笑った。オレンジ色の街灯の下では、笑い声も色付きの息になって冬の空に吸い込まれていった。

14 ねずみ男の逆襲

 卒業式は三月のはじめにあった。わたしたち五人は誰も泣かなかった。式のあと、わたしたちは音楽研究室に行って小倉先生に挨拶をした。
「今まで歴代の卒業生を送り出してきたけれど、と言っても五年だけだけど、君たちも吹奏楽部の伝統をきちんと受け継いでいるようだ」と小倉先生は満足げに言った。
「誰一人として泣かないね。式の間も、前も、あとも」
「仕方ないです」とさやか。「あたしたちの卒業式は三月十六日ですから」
「確かに。いよいよ大詰めだね。あとちょっと頑張ろう。でもとりあえず、卒業おめでとう」
 そう言って彼はわたしたち一人一人に、きれいな一輪のバラを手渡した。わたしたちは思いのほか喜んだ。
「先生、毎年こういうことしてたんですか?」と美里が訊く。
「それはトップ・シークレットなんだよ」
「やってるってことですね」
「うん」彼はあっさり認めた。「吹奏楽部のマイノリティである、男子生徒諸君にはもっとすごいものをあげるけどね」
「それって差別じゃないですか?」とさやかが言う。
「ごめんごめん、ぜんぜんすごくないものをあげるだけだ。バラのほうがすばらしい。将来竹田くんにでも聞いてくれ」
 男というのはよく分からない。多分ロクでもないものか食べ物だろうとわたしは推測する。
 卒業式の次の日からわたしたちは練習を再開する。わたしは演劇部にちょっと申し訳ない気持ちになりながらも、二部の劇のお披露目をしたいと向こうが言ってきたので咲子ちゃんと演劇部室に向かった。
「タイトルは『カイザーと桃太郎』にした」とねずみ男は言った。「桃太郎というのは、日本の古典中の古典だが、ワーグナーの音楽に通じるヒロイックな要素を持っている」
 わたしはもうどこかに行ってしまいたい気持ちだった。どうにでもしてくれ、と思った。いっそのこと二部を根こそぎ削り取るという考えが頭をよぎったが、一生懸命ねずみ男の説明を聞いている咲子ちゃんを見て我慢しようと思った。そもそもそんなことをしようにも手遅れだった。
 しかし劇を見てみると案外良かった。劇は桃太郎の筋と同じだった。ただ、桃太郎がドイツ皇帝で、犬と猿と雉がそれぞれビスマルクとモルトケとシュタインメッツという名前に変わっていた。鬼はルイ=ナポレオンという名前で、桃太郎を拾ったおじいさんとおばあさんは神様ということだった。普通の歴史の劇といった感じで、確かに啓蒙的な感じはしたが、その時代を生きたヨーロッパ人たちの気持ちを百倍希釈くらいにしたものは読み取れる感じがした。台詞はなかなか考えて作られているようだった。役者はおどろおどろしく、それでいてコミカルに演じた。もっとも、この劇をわたしがそれなりに楽しめたのは、わたしが母の影響で普仏戦争に詳しいからだった。証拠に上演中、アイヒマンは知っていても普仏戦争など知らないであろう咲子ちゃんは、なんと眼を開けたまま寝るという離れ業をやってのけた。しかし、冷静に考えてみれば、この話が普仏戦争の話であることがわかる人はたぶん客席でわたしの母だけになってしまうだろう。
「あくまで、桃太郎っていうことなんですよね?」わたしは確認した。「普仏戦争ではなくて」
「普仏戦争の『ふ』の字もこの劇には出てこない。これは桃太郎以上でも以下でもない。桃太郎そのものだ。だからカイザーはちゃんとライン川に流れてきた桃から生まれる。名前がドイツ風になっているだけだ」とねずみ男は得意げに言った。裏にはきちんと意味がありますよ、分かる人だけ分かってくれれば良いですよ、とでも言うように。
「そして桃がぱっくり割れる瞬間に」わたしは台本を確認した。
「そう。『ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲』が始まる。頼むよ」
わたしの頭はきりきりと痛んだ。その瞬間を想像しただけで寒気がした。

15 踊れるようになりました

 三月十五日土曜日、演奏会の前日である。わたしたちは音楽室を離れて、講堂兼礼拝堂で練習することになる。スペースを使う劇の練習のためと、ホールで音を響かせるイメージを掴むためだ。
 朝からまず二部の練習がある。やればやるほど滑稽な劇だった。モルトケという名の猿が「鬼の名はルイ=ナポレオン。実にいまいましい名前だ」と言うところでわたしはいつも噴き出してしまった。他の部員たちも劇と合わせることに慣れていないために、内容がいまひとつわからなくても、演技をじろじろ見ては指揮者のサインを見落とした。小倉先生はこれで五回目だったので慣れっこである。
「絶対に劇は見てはならない。そして、聞くのもダメ」と小倉先生はわたしたちに釘を刺す。「僕の合図で、きみたちは音楽を流す。二部の僕たちはそれだけに徹していよう」
 演劇部を早めに解散させてあげて、午後は一部と三部の練習。小倉先生は最後の調整をする。彼は指揮台ではなく、講堂の一番奥に座って音を聴きながら、すべてのパートに詳しい音量の指示を出す。そうしてわたしたちの演奏は見栄えがよくなって、ようやくショーウインドーの中に陳列されるというわけだ。
 最後にカンツォネッタの練習をした。これも先生は遠くで聴いていた。一度通した後、わたしは先生に感想を求めた。彼は両腕を使って大きな丸を作った。「なつかしさん、あとは思い切ってやるだけだ」と彼は良く通るテノールで言った。わたしたちは喜んだ。
「ようやくワルツが踊れるようになった気がするわ」とわたしは呟いた。外はもう真っ暗だった。わたしたちは講堂の中で楽器を片付けていた。
「ワルツ?カンツォネッタは二拍子よ」と聡子が言う。「ワルツは三拍子」
「あ、そうね。でも何ていうのかしら、ワルツ的な雰囲気を出せるようになったってこと」
「なるほどね」さやかはスワブをサックスに通している。
「あたしがはるかのイメージ聞いた時さ、なんで想像通り、って言ったかわかる?」
そういえばそんなことを言っていたな、とわたしは思い出した。
「なんで?」
「あんたの言う、イメージの中のちょっぴり哀しい少女っていうのが、あたしの中のはるかのイメージとぴったりだったのよ。あんたが枯葉の中で踊ってる」
 この言葉は意外だった。わたしの頭の中に浮かんだ少女は、もっと憂いを含
んだ、複雑な心理を持ったような女の子だったからだ。わたしとは程遠い存在だと思っていた。
それを言うと、聡子も笑って言う。
「わたしもさやかと同じ。ああ、はるかは自分のことを言ってるんだなと思ったよ」
「わたしも」と咲子ちゃん。
「うん。あたしもそう思ったなあ」と美里。
「じゃあなに、わたしはわたしを主人公にしたイメージを作ってたってわけ?」
わたしの中では二人の少女が重ならなかった。わたしはもっと真っ直ぐな性格のはずだ。クラリネットみたいに。
「そういうのって本人には分からないのかもしれないね」聡子は言った。
「でもあんたさ、さっき、踊れるようになったとか何とか言ってたじゃない?」とさやか。確かにそれはそうだ。
「でもそれは何となく言っただけよ」
「そういう何となく、っていうところに本性が出るらしいよ」と咲子ちゃんに教えてもらった。わたしは軽くショックを受けた。
 帰り道、街頭に照らされた道路を自転車で駆け抜けている時、わたしの頭の中では、二人の少女がぼんやりと重なった映像が見えた。わたしと、わたしの想像上の少女のシルエット。あなたは、わたし? わたしは尋ねる。しかしそのぼやけた二つの像が近づいたり離れたりするだけだった。左右で度数の違う眼鏡を掛けているみたいだった。春はもうすぐそこまで来ていたが、夜は寒かった。わたしの頭の中では二人の少女がワルツを踊っていた。その偶数の足音は頭痛に変わっていった。頭が少し痛み始めた時、きっと寒さのせいだろうとわたしは思っていた。

16 踊れなくなりました

 目が覚めると耳が聴こえなくなっていた。それに気付いた後、悠長にもわたしは、何か小説でそういうのを読んだことあるなあ、と考えたのだった。耳が聴こえないことに気付いたのは案外早かった。わたしは目覚ましの五分前に起きるような体になっていた。そのためにこの日も午前六時五十五分に起きた。起きて、いつもそうしているみたいに、ぼーっとした状態でけたたましい鶏の鳴き声がする目覚ましをぶちのめす。そのようにしてわたしの一日は始まるのだ。
 ところがその日、もちろん定期演奏会の本番の日なのだが、午前七時にいつもの鶏は鳴かなかった。誰かが鶏を絞め殺したのかなと思った。しかし、何かがかすかに鳴っている。それは、わたしが初めて聴く音だった。三十メートル先に置いた分厚いガラス瓶の中に閉じ込められた活きの良いアブラゼミが鳴いているのを聴いているような、ひどくぼやけて不快でまどろっこしい目覚ましの音だった。
 まだ薄暗い部屋の、窓の近くに置いた姿見の前に行って、自分を眺めてみた。ピンクのチェックのパジャマを着た少女は、わたしが毎朝顔を合わせている少女に違いない。何も変わらない。わたしは顔を近づけて、その少女の顔をよく見てみた。変なところはない。顔色も普通だ。わたしは両耳を触ってみた。鏡の中の少女も同じ動作をした。耳たぶを触ってみた。でも、何の異常も見当たらない。腫れているわけでもないし、変色しているわけでもない。いつもと同じ場所に、ちょこんと小さな耳が生えているじゃないか。
 そこで思いついて、わたしは手を叩いてみた。右耳の横で一度。左耳の横でもう一度。ああ、駄目だ。耳がおかしくなったらしい。わたしが知っている、手の叩く音が聴こえてこない。わたしは諦めてシャワーを浴びることにした。 これは新手の夢なのかもしれないと思いながらシャワーを浴びていた。もしかしたらシャワーを浴びると治るかもしれないなと思った。でも、熱いお湯が浴槽を叩く音がほとんど聴こえない。そこに来てわたしは初めて衝撃を受けた。体は温まってきているはずなのに、わたしの体の中を流れる血液がすべて凍ってしまったような気がした。その絶望はわたしの体を一瞬のうちに貫いた。鳥肌も立たない。汗もかかない。わたしは耳が聴こえなくなったのだ。そして、今日はコンサートがある。それも、今までの人生で一番大切なコンサートが。
 タオルで体を拭いた後、わたしは久しぶりに綿棒を使って耳の中を丁寧に掃除してみた。少しはましになったような気がした。でも、特に左耳がひどい。何かが聴こえるという気がしない。巨大なヘッドフォンをつけているような感覚だけがある。右からは少しだけ音が聴こえる。左はほとんど死んでいる、とイエスは言った。
 フランス風の朝食を食べながら、この記念すべき日についてわたしと家族は語り合うはずだった。
「今日で引退と思うと、少し淋しいわね。はるかのクラリネットも見納めかしら?」と母が言ったのが少し聴こえる。
「今日はちゃんとビデオ撮っておくからな。どうなんだ、はるか、大学では続けるつもりなのか?」父はパンにチョコレートペーストを塗っていた。
「うん」
わたしは誰とも眼を合わせず、独り言のように言った。すると母親が、何か尋常ではない雰囲気をわたしから感じ取ったらしい。
「はるか、食欲ないの?何だか顔色が良くないみたいだけど」
わたしは何も答えず、ただもぐもぐと口を動かす。
「お、何だ、緊張か。いいぞ。緊張は成長だからな」そう言って父は、パンの切れ端をコップの中のコーヒーに浸してから口に運んだ。
 もうこの場にはいられないと思った。わたしはわざと腕時計を見て、「ごちそうさま」と言った。
「今日本番だし、集合早いの。もう行くね」そう言ってそそくさとリビングを後にした。
「大丈夫かしらね、あの子。何か変だったけど」母親が心配そうな声で言う。
「まあ、あいつも部長なんだろう?色々あるんだろうよ」
 わたしは両親の声を聴きながら部屋に戻ったのだけれど、ほとんど聴こえていなかった。まるで水の中にいて、その外側から父と母が喋りかけているような、そんな感覚だった。奇しくもわたしは、この記念すべき日に、あの変態クラリネット奏者と全く同じ状況におちいってしまったと言えるのかもしれない。わたしは初めて彼に同情した。こんな状態でクラリネットなど吹けるものか。でも、吹かなくてはならないのだ。それはわたしの仕事だから。
よく考えれば危ない行為だったが、わたしはすいすいと自転車を走らせて市民会館に向かった。わたしにクラクションがきちんと聞けたのだろうか? わたしは自転車を漕いでいるとき、何も考えていなかった。水中を移動しているような感覚だった。八時には市民会館前に全員が集合した。天気の良い日だった。
「スプリング・ハズ・カムだね」とさやかは言ったようだ。わたしはうん、とだけ言った。
 聴こえるのは聴こえる、と思い込んで、実務も演奏もこなした。実際最低限が聴こえれば指示だって出来るし、誰かが何かを言うのを理解することが出来た。準備は完璧だった。あとは最後の練習をして、本番を迎えるだけ。それで全ておしまい。
 最初に二部の練習をした。ホールとの都合で、照明を合わせたりしなくてはならないからだ。演劇部の台詞はほとんど何も聴こえなかった。でもわたしには台詞が聴こえる必要はない。小倉先生の指揮だけ見て、その合図で曲を演奏すれば事足りた。
 そのあとに一部の練習が始まった。まずチューニング。わたしはシのフラットの音を出す。そう、いつもと同じように。みんながそれに合わせる。みんなの音は全部籠もって同じ音に聴こえた。まだ水中にいるみたい。
 あとちょっとの我慢だ、とわたしは思った。大丈夫、乗り切れる。そうして第一部の一曲目、スーザ作曲「海を越える握手」が始まった。わたしたちが三年通して演奏し続けた、ある種のテーマソングのようなものだ。わたしたちのコンサートはいつもこの音楽で始まる。全員が完璧に暗譜している。
 異常に気付いたのは聡子だった。やはり彼女は耳が良い。彼女はちょっと待って、と言ったらしい。その声は小さかったらしい。聡子から始まって周りのみんなが次々と演奏を止めていったらしい。
先生が突然指揮を止めた。あれ、なんでだろう、と思っていると、みんながわたしのほうを見ている。それも、とても不思議そうな目で見ている。
 わたしは指揮者の左手のすぐ近くに座っていた。つまり、わたしの右耳は客席を向き、左耳はバンドのほうを向いていることになる。そしてわたしは、左耳がほとんど聴こえなくなっていた。
 みんながわたしのほうを見ている。わたしもクラリネットを口から離した。そしてわたしの頬を、温かい涙がまっすぐに伝った。

17 大号泣

「はるかの音程だけおかしかったんだよ」と聡子は低い声で言う。「微妙に低かったんだ。ほんの少し、いつもと違った。でも、はるかは気付いてなくて、おかしいなと思って吹くのを止めたんだ」
「それでみんなが演奏を止めていったのに、はるかだけが気付かなかった」さやかは腰に手を当てて、唇を噛んでいる。「隣にいるあたしが止めても平気な顔して吹いてるんだもん。何かおかしいと思ったけど、まさか......」
 みんながわたしを囲んでいた。わたしが、左耳が聴こえなくなったことを話した後だった。
 わたしはぐすんぐすんでも、えーんえーんでもなく、ただ目と鼻を開いて涙と鼻水を垂れ流しにしていた。なぜあと一日遅くこうならなかったのだろう、とわたしは思った。なんなら、明日死んでもいいから今この耳を治して欲しかった。わたしにとって、あまりに大切なコンサートなのだ。少なくとも、今まで生きてきた中では一番練習したし、一番楽しみにしてきたコンサートなのだ。
 わたしたちはしばらく黙っていた。まるで、言葉なんて意味がないということを認めてしまったような沈黙だった。「なつかしさん、右耳は聴こえるんですか?」しばらくしたあと、ユメくんが大きめの声で言った。
 わたしはこくりとうなずいた。右手の親指と中指で、ビー玉をつまむような形を作って、「少し」を表現した。
「痛んだり、しないの?」と美里が不安そうな目つきでわたしの顔を覗き込む。
わたしは横に首を振った。
「音聴いてても大丈夫なの?」と咲子ちゃん。
「うん、吹いてても大丈夫」わたしは全部が濁点付きになってしまうような発音で言った(のだと思う)。
ユメくんが小倉先生にこう言ったのがうっすらと聞こえた。
「先生、配置を全部反対にしましょう」ユメくんの顔は必死そうに見えた。
「なつかしさんが右に来れば、左耳が客席に向いて、なんとか右耳で演奏が聴こえると思うんです」
「確かにそうだろうね」と小倉先生は眼鏡を外して言った。なんだか相当参っているようだ。「でも、まず病院に行くべきじゃないのかとも思う」
それに対しては誰も反論できなかった。わたしは激しく首を振った。そんなの嫌。出られないのなんて絶対嫌。
「わたし、死んでも吹きますから。いや、死んでもいいです。今日病院に行かなかったせいで耳が一生聴こえなくなったとしても、今吹きたいから! 吹かなくちゃいけないから......絶対に、絶対に舞台は降りません」
 それをちゃんと発音できていたかどうかもわたしにはよく分からない。しばらく誰も何も言わなかった。わたしたちは本番用の照明が当たっている舞台の上にいた。一瞬、わたしたちも何かの劇を演じているような気がした。照明にはそんな不思議な力がある。もしそうだとしたら、どんなにいいだろう。わたしのこの聴こえない耳も、全部演技だったとしたら。小倉先生が深い溜息をついた後、ゆっくりと口を開いた。「ぼくの言うことを、みんな聞いてくれるかい」と小倉先生は言った。
「今日は、ちょっと変な演奏をしよう」

18 八番目の少女

 小倉先生の打ち出した対策とは、要するにみんながわたしに全部合わせるということだった。ユメくんの言った通り、わたしは右サイドに配置転換した。初めてこの場所に座って何だか新鮮だった。もしわたしの音程が上がったり下がったりしたら、みんなはそれに合わせる。わたしはずっと指揮者を見て、勝手に吹く。まわりの音は聴こうとしなくていい。これは音楽の基本からあまりに逸脱していた。「まわりを聴いて吹きなさい」と何万回も言われてわたしたちは育ったのだ。
 わたしはこの時、自分の音が微妙に聴こえていたのだが、完全ではなかった。簡単に言うと、手で強く耳を抑えた状態のようになっていた。自分の声も遠くから聴こえるみたいになっていた。
 この状態でカンツォネッタをやるということは、ほとんど自殺行為に近い気がした。命綱なしで綱渡りをするようなものだ。自分の音がどのくらい響いているのか分からない。だからまず音量のコントロールが効かない。まわりが聴こえないから、テンポも保てない。音楽家にとって、考えうる最悪の恐怖と言ってもいいかもしれない。今までやってきた練習が水の泡だった。
 三部の、カンツォネッタのリハーサルが始まった時に、わたしは一音も吹けなかった。手が冗談みたいに震えて、一度クラリネットを滑らせて落としかけた。この曲は指揮者がいないから、わたしが合図を出して始まるのだ。でも、その合図を出すことができなかった。
 後ろを振り返ると、みんなが不安げな眼でわたしを見ている。手だけじゃなくて、全身ががたがたと震えてきた。もう駄目だ。わたしには吹けない。
 わたしは席から立ち上がって、つかつかと歩いて薄暗い舞台袖にやってきた。誰もいないその場所で、わたしは試しに思いきり叫んでみた。けれどもほとんど何も聞こえなくて、ただ喉が痛くなって頭の中が震えただけだった。わたしは体の支えを失って、膝をついて涙を流した。
 悔しい。こんなに悔しいと思ったことは人生で初めてだ。それも、誰かに負けたとか、拒絶されたような悔しさじゃない。何もできない悔しさなのだ。自分がこんなにまでやりたいと思った最初の曲、それがカンツォネッタだった。わたしはこの曲に心底惚れ込んでいた。わたしだけの愛情を注げる音楽に初めて出会った気がするし、カンツォネッタの方も、わたしだけのための場所を作ってくれているような気がした。とても親密な感じのする五線譜の内側で、わたしは自由に踊って歌うことができたのだ。
 でも、それができない。わたしには挑むことさえ許されなかったのだ。取りやめるしかないだろう。三部からカンツォネッタがなくなったとしても、そんなに大したことじゃない。パンフレットには曲名が載っているから、不審がるお客さんはいるかもしれない。でも、それが何だって言うの? どうでもいいことじゃないか。もう、終わったことだ。無理なんだ。このままお飾りみたいにわたしは舞台に座っていればいい。音なんか出さなくてもいいかもしれない。わたしがいなくたって、何とか演奏は成り立つだろう。
 舞台から伸びてくる光が、わたしの影を作っていた。わたしはその影に、ぼたぼたと涙を落とした。そうして叫びながら泣いた。子供みたいに泣いた。
 濃いわたしの影に、もうひとつの影が重なった。後ろからさやかがやってきて、わたしの背中をさすった。もう感情がおかしくなっていた。わたしはその場で死にたくなった。ナチスの将校がエノラのフルートをぽきりと折ったように、わたしもクラリネットを膝で半分に折ろうかと思った。
 でもさやかは優しかった。わたしをやわらかく抱きしめた。服で隔てられているはずなのに、彼女の体温がわたしの体に伝わってきた。聴こえなくなってしまったわたしの耳元で、ゆっくりと、温かい息を吐くみたいにわたしに言ってくれた。
「まってるから、いそがなくていいから、あたしたちが、あわせるから」
彼女はにこりと笑った。そうすると彼女のかわいい八重歯がのぞいた。
 わたしは立ち上がる。もうどうにでもなれという心境には、演劇部が『カイザーと桃太郎』を上演すると決めた時点で辿り着いていたはずだ。あとは野となれ、山となれ、とイエスは言った。
 わたしは立ってカンツォネッタを演奏したことなどなかった。でも、決めた。舞台に戻って、指揮台をどかして、わたしはその場所に立って、みんなを見た。わたしを除いて、たった七人の音楽家たちは、みんな笑顔でわたしを見つめていた。わたしの愛すべき吹奏楽部。普通の高校の、普通じゃない場所、わたしたちの場所。そして、八人目はわたし。真っ赤な運命の八がはじまる。一瞬のうちに駆け上がる。そして登りつめた頂点の音で、わたしの世界を手に入れる。わたしだけの世界。わたしたちの世界。客席に背を向けているなんて、こんなソリストってちょっといない。でもみんな、楽しそうな顔をして演奏している。わたしはその顔をずっと見ていたい。何も聴こえなくても、それを見ていたい。わたしの中で二人の少女はきちんと一人になっていた。ちょっぴり哀しいことがあった。でもそれでも生きていきますという内容の歌詞で歌う。わたしの体はとても軽くなる。吹きながら踊る。ほんとうの季節は、秋と冬の間なんかじゃなくて、今だった。春が来たのか来ないのか分からないような、こんな日の音楽だ。たぶんそういうことだった。ぼやけていた二つの影はぴたりと重なった。何も聴こえなくなったわたしは、完全な想像の世界で踊り、想像の音で歌う。

19 耳鼻科のイエス・キリスト

 わたしの記憶が次に繋がったのは家のベッドの上だった。時刻は午前六時五十五分。わたしは汗をかいている。そして五分後の鶏の声を待つ。しかしそれは聞こえない。また変な音だけが聞こえる。わたしは目覚まし時計をぶちのめす。
 わたしはリハーサルしていたんじゃなかったっけ? いやあれは本番だったのか? どちらにせよ、コンサートはどうなったのかな。それとも全部夢?でも目覚まし時計のカレンダーには三月十七日と記されている。そっか、終わったんだ。わたしは意識を失った。
 次には母と父に起こされた。わたしはあいまいな意識のまま母に寝巻きを脱がされた。耳元で大きな声で「着替えなさい」と言われた。出された白のブラウスを着て、まだ濃い紺色のジーンズを穿いた。呆然としていたわたしの口にはフランスパンではなく、食パンらしきものが突っ込まれた。確かに、固いフランスパンを口に突っ込むのは少し危険な気がする。わたしは再びほとんど音のない世界に戻ってきたらしい。
当然のことだが、父と母は車でわたしを耳鼻科医院に連れて行った。わたしは車の中で何も訊かなかったし、逆に何も訊かれなかった。あんまり聞こえないし、喋れる気もしなかった。
 耳鼻咽頭科に着いて、しばらくすると「なつかしさーん」と呼ばれたらしく、わたしは母と父に引きずられて診察室に入った。わたしは病院の待合いというものがあまり好きではない。わたしの名前が珍しいから、名前を呼ばれるたびに周りの人がわたしを見る。季節のなつに、借金のしゃくで、なつかしといいます。わたしはいつもそのようにして自分の名前を人に案内していた。
 文字通り引きずられたわたしは診察台に座らされ、次に横を向かされた。そして誰かがわたしの耳の中に何かを入れた。
 わたしが人生で経験した中で最も強く、残忍で、暴力的で、激しく、おぞましく、虚しく、無慈悲でそして耐えがたい痛みをこの時に経験した。想像したらだいたいわかると思うが、耳の中に何かをつっこまれてまともな神経でいられる人などいないだろう。わたしはもちろん叫んだ。声にならない声で叫んだ。おおイエス!とわたしは思った。神はわたしを見放したの?
 しかしその痛みはずぼっという何だか気持ちいい音で収まった。もちろん痛みはあとを引いた。多少は。
 左耳が聞こえるようになった。これを奇跡と言わず何と言う? とイエスは言った。
「『かび』です」とその医者はわたしに言った。
「『かび』ですか」わたしは呆然としていた。久しぶりに自分の声を聴いた気がする。
「ええ」
「あの、『かび』ですか」
「ええ、何か変なもの耳に突っ込みませんでした?」
「あの......わたしは音楽をやっていて」
「ああ、ご両親から伺いましたが、何の関係もありません」と彼は冷酷に言い放った。「じゃ次、逆もでしょ?」
 わたしは再びその拷問のような(わたしは帰宅したあとすぐネットで「耳 拷問」というキーワードで検索した)苦痛を耐えて右耳の『かび』を取り除いてもらった。そして医者は液体の薬をわたしの耳の中に落とした。これはちょっぴり滲みた。わたしは週に一度ここに来て、継続的な治療を行うようになる。「毎日風呂上りに、やわらかい綿棒でやさしく掃除するようにしてください。あと、枕カバーは時々洗濯してください」と医者は言った。わたしはその言葉を頑なに守っているし、たぶん死ぬまで守り続けるだろう。

20 またいつか会いましょう

「ベートーヴェンかと思った」と咲子ちゃんは言った。「音楽家の苦悩、みたいな」
「あたしも絶対に部活が原因だと思ったよ」そういうのは美里だ。「それがまさか、ねえ」
「かび、ですって?」さやかはぷんぷんしている。「どうやったら耳にかびなんか生えるのよ?」
 わたしたちはつかの間の春休みを楽しんでいる。それぞれの進路にすすむまで、あと十日くらいしかない。わたしの行く大学には、残念だけれども四人とも来ない。わたしたちは学校の近くの喫茶店で時間を潰していた。夜の予定の準備のために。
「もう、済んだことなんだからいいんじゃない」わたしもぷんぷんしている。「それより、決めた?何買うか」
「うん。やっぱりこれがいいと思うんだよね」聡子はそう言ってわたしたちに一枚の紙を見せた。
わたしたちは頭を寄せ合ってその紙を見つめる。
わたしたちは唸る。
「んー、聡子のセンスっちゃあセンスか......」現実的なのはいつもさやか。
「あたしはいいと思うよ、こう、もしかしたら一番大切なものかもしれない」と美里。
「うん。これはこれで、わたしたちらしいんじゃない? 今しか出来ないというか」咲子ちゃんは同意。
「で、どうですか、かびの生えた元部長さん?」聡子はわたしをからかう。
「うるさいなーもう」わたしはその紙を手にとってよく見てみた。
「うん、これしかない」
 わたしたち八人と小倉先生は学校近くのお酒を出すような店で、お酒を飲まないで鍋をつついた。これが伝統の追い出しコンパだ。高校生の癖に生意気な、とわたしも思う。でもこれは結構楽しい。小倉先生はお酒を一滴たりとも飲まない。「君たちが立派な成人になったらとびきり美味しいお酒をごちそうしよう」彼はいつもと同じ笑顔で笑う。わたしたちはそれを見て安心するのだった。わたしたちは吹奏楽部の今後について話し合った。
「四月から、三人ですよ」と次期部長である藤枝さんは言う。どこか投げやりな感じがする。雰囲気に酔うタイプなのかもしれない。「どうすればいいですか?」
「んーでも」聡子が答えた。「トランペット、チューバ、打楽器でしょ? それなりにバランスは取れてるよね」
「それなりにはね」とさやかが言う。「合唱部から部員もぎ取んないとやばいんじゃない?」
「あの二人とですか......」藤枝さんが見た先には、隅のほうではしゃいでいる男性陣がいた。「いや、三人ですね」
 ここで初めて、わたしがあの日あの後どうなったのかを話題にすることにした。
「リハーサルの時から記憶がないの。カンツォネッタ吹いてたのは覚えてるんだけどね」
「あんた、本気でそれ言ってるの?」とさやかは言う。
「うん。全然覚えてない」
「誰かにビデオとか見せてもらってないの?」
「お父さんが撮ってた」
「じゃ見せてもらいなさいよ」たしかにさやかの言うことは筋が通っている。知りたいのなら、見ればいいのだ。何があったか、すべてを撮影したとわたしの父は言った。立派なジャーナリスト精神だ。
「まあ、一言で言うなら、すごかった、ってことね。あんなはるかちゃん見せられたら、誰も文句言えないっていうか」と咲子ちゃんは言う。
そういえばわたしたちはさっきから全然鍋を食べていない。まあでも、そういうのはユメくんとか竹田くんの仕事なのだ。
「すごかった、って何が?」とわたし。文句が言えない?どういうことだ?
「んー、やっぱりわたしもビデオ見たほうがいいと思うけど......」困ったように言うと咲子ちゃんは美里の方を見た。
「怖くて見られないの」わたしは素直に言った。
その恐怖とは、わたしが映っていないのかもしれない、という恐怖だった。わたしはそれだけを恐れていた。
「ひとつだけ言えることは、はるかはずっと舞台にいたわ。最初から最後まで。それだけは間違いないわ」わたしの不安を察したのか、美里はきっぱりと言った。
「ほんとに?」わたしは救われた思いがする。
「ほんとよ」と聡子。「それもすっごいんだから」
「だから、そのすごいって何なのよ」とわたしは言うが、誰もそれを教えてくれないのだった。
 実は小倉先生はお酒を飲んでいた。というより、飲まされていた。ユメくんと竹田くんが共謀して(意外と仲良しなのだ)ウーロンハイをウーロン茶と言って飲ませたのだ。あまりにも古典的である。しかしこれはわたしたちも知らなかったのだが、小倉先生はとてつもなくお酒に弱いのだった。
「なつかし!おまえは......すごい!」もう小倉先生はべろんべろんだった。
「先生、お茶、これ本物ですから飲んでください」と言ってわたしはウーロン茶を差し出した。
「え?あ、ありがとう」
「先生、わたしたち、プレゼントがあるんです」
「プレゼント?」
「はい。後輩たちと、先生のために」
 そうしてわたしたちはお店の人に言って隠してもらっていた大きな箱を持ってきた。酔っ払ってしまった小倉先生はともかく、ユメくんと竹田くんと藤枝さんは目をきらきらさせて期待した。
「このサイズは、まさか......楽器?」とユメくんは言う。
「ゆゆゆ、ユーフォニウムだったら、ぼぼぼ、ぼくが」と竹田くんは相変わらずどもる。
「そんなの買えるわけないでしょ。わたしたち高校生なんだから」聡子はぴしゃりと言った。
「先輩、開けてもいいですか?」と藤枝さんは餌を欲しがる犬のような顔で言う。
「そうだね、次期部長に開けてもらおっか」とわたしは言った。
 イエスは(これはたぶん本当に)言った。わたしは、始まりであり、終わりであると。音楽は、始まったときから終わってしまうから哀しいな、とわたしは思う。でもありふれたことを言わせてもらえるなら、わたしはこうも言いたい。終わりだって、ひとつの始まりであると。
 そうしてわたしたちが後輩たちに贈ったのは、ありふれてはいるけれど、品
の良い籐のゆりかごだ。わたしたちは(ある意味では)終わるけど、新しい生命がこの世界にやってくる。
「女だけが子育てする時代は終わったんですよ」とさやかは酔っ払いに向かって言った。
「あ、あ、ありがとう......」小倉先生は一瞬素面に戻ったようだった。
「奥さま、どんな方か存じ上げませんけど」美里は言葉遣いが丁寧だ。「このゆりかご、音楽室に置いてくださいね」
「そうすればみんなで面倒見られるしね」と聡子は言う。「わたしも時々見にこようかしら、赤ちゃん」
「絶対来てくださいよ」藤枝さんは本気でそう言っている。彼女が抱える不安みたいなものは、わたしも一年前に味わったものだ。
 このようにしてわたしの長い長い仕事は終わりを告げた。おつかれさま、とイエスは言った。
 わたしは帰宅した後、父に頼んでコンサートの録画を見せてもらうことにした。父はすでにそれをDVDに焼いていた。
「ここにはすべてが収めてある」父は必要以上に威厳を込めて言う。「お前は記憶を失っていたらしいが」
「うん、全然覚えてないの」
「だとすると、ちょっと......いや、なんでもない」
「なんなのよう」わたしはむすっとした。「もう、お父さんまで」
 わたしは部屋に籠もってDVDをノートパソコンに差し込んだ。もちろん(丁寧に自分で消毒した)イヤフォンをつないでいる。音が漏れたら、わたしが定演のDVDを見ていることが母にバレる。いやもうバレてるかもしれないが、なんとなく知られたくないのだった。というか、何があったか知らないのはわたしだけだった。
 DVDが再生され始めると、わたしはあの日の市民会館の小ホールにワープしたような気持ちになる。まだコンサートの始まっていない、空っぽの舞台が父のいる席から映されている。父と母が何か話しているのが録音されている。 わたしはどきどきした。一曲目の「海を越える握手」にわたしは参加しているのだろうか?少なくとも、本番で演奏した記憶はわたしにはない。
 開演のブザーが鳴って、客席の照明が消えた。お、わたしはこのブザーの音を聞いたことがあるなあと思った。しかも最近だ。一年前とか、二年前じゃなくて。
 そうして暗闇の舞台に、シルエットが現れ始める。ひとつずつ数えていった。八番目まできちんと数えて、舞台が明かりに照らされる前に、わたしは停止ボタンを押した。大丈夫だ。ちゃんとわたしたちは八人だった。
 わたしの何が「すごい」のかは気になったが、美里の言っていたことをわたしは信じることにした。わたしはたぶん、最初から最後までずっと舞台にいたのだろう。その事実だけで十分だった。DVDで何が起きたかをすべて見ることは、今のわたしには必要ない気がした。うん、たぶん必要ない。「それは蛇足、っていうのよ」とさやかなら言うだろう。わたしもそう思う。そしてわたしのイエスもそう思うはずだ。
 でもいつかそれが蛇足じゃなくなった時のために、わたしはこのDVDを大切に保管することにした。その日が来るのは、たぶんもっと先のおはなし。

八番目の少女

【あとがき】

お読みくださってありがとうございました。
特に意味もメッセージもないのですが、一番気に入っている作品です。
楽器とその楽器が創り出す人格を題材にした小説を書いていて、その「クラリネット」にあたります。
高校最後の演奏会前日に耳が聴こえなくなったというのは私自身の経験で、本当に辛かったです。
あと「かび」を取り除くのは本当に痛かったです。
もしよければ、ご感想をtrombone.magique@gmail.comにぜひお寄せください。

八番目の少女

心の中にイエス・キリストを住まわせている高校三年生の「はるか」。たった八人しか部員がいない小さな吹奏楽部で部長をしている。はるかはクラリネットという楽器を演奏している。まっすぐで、しなやかで、とても美しいこの楽器を愛しているはるかは、ある日、後輩からCDを借りて、その中に収録されている曲に魅了されるのだが……。

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  • 中編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
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