失われたシロヒメを探し求めてなんだしっ❤

koyasumi

「シロヒメころころ、ぷんりゅりこ~♪ ぷりゅぷりゅしちゃって、さーたいへん♪」
 歌声の響く夕暮れの公園。
 そこへ、
「シロヒメー、そろそろ帰りますよー」
「ぷりゅ」
 迎えに来たアリス・クリーヴランドの呼びかけに、小さな子どもたちと遊んでいた白馬の白姫(しろひめ)はうなずいた。
「白姫、またねー」
「またねー」
「ぷりゅねー」
 手をふって見送る子どもたちに、白姫もしっぽをふって応えた。
「ぷりゅやけぷりゅけでひがくれて~♪ ぷーりゅりおてらのぷりゅぷりゅりゅ~♪」
「なんですか『お寺のぷりゅぷりゅりゅ』って……」
「もー、アリスはすぐシロヒメの歌に文句つけるし」
「文句はつけてないですけど……」
「それに比べてシロヒメの友だちはみんないい子なんだし。いい子しかいないんだし」
 得意そうに胸をそらす白姫。
「さっきみたいなときも、わがままを言ってシロヒメを引きとめたりしないんだし。もっとシロヒメと遊びたいはずなのに」
「まあ、わがままさで言えば誰も白姫には勝てませんけど……」
 こっそりつぶやいたあと、アリスははっとなる。
「あの子たち、迎えは? もう暗くなるのに」
「大丈夫なんだし。家はすぐ近くなんだし」
「そうですか。それなら……」
 そのときだった。
「白姫ー」
 ふり返る白姫、そしてアリス。
 こちらに向かって走ってきたのは、ほんのすこし前まで白姫と公園で遊んでいた女の子だった。
「見て見てー。すごいきれいな葉っぱがねー」
 ――と、
「!」
 息を飲むアリス。
 なんと、子どもが道を横切ろうとしたそのとき、すぐ近くの曲がり角から乗用車が現れたのだ。
「あ――」
 閃光のように白姫が飛び出した。
 小さな女の子をかばい、その身を走ってくる車の前にさらす。
 ブレーキ音。
 そして、
「!」
 悲痛ないななきが夕暮れの街にこだました。

「ぷりゅ……」
「!」
 ぐしゃぐしゃに濡れていたアリスの頬をあらたな涙が伝った。
「よかった……気がついたんですね」
「………………」
「どうしたんですか? どこか痛いんですか?」
 白姫は、
「ここ……どこ?」
「病院ですよ。あのあと、すぐに運んでもらって……」
「病院……」
「安心してください。騎士の馬にも理解のあるところですから。依子さんのお知り合いだそうです」
「よりこ……?」
「はい」
 うなずいたアリスの顔に、ようやく安堵の笑みがにじんだ。
 あのとき――
 車がぎりぎりでハンドルを切ったため直撃こそまぬがれたものの、女の子をかばった白姫は接触の衝撃で縁石に強く頭を打ちつけた。
 意識をなくした白姫を前に、アリスはあわてて自分たちの暮らす屋敷に連絡を取った。
 かつて上位の騎士として名を馳せ、いまはメイドとして屋敷の家事を取り仕切っている朱藤依子(すどう・よりこ)に事情を話すと、彼女はただちにこの病院を手配してくれ、白姫は特殊な救急車で緊急搬送された。
 それからほぼ一日、白姫は意識不明の状態だったのだ。
「本当にもう痛いところはないですか?」
「そういえば……頭がちょっと」
「あっ、無理に動かないでください! はっきりとした異常は見られないらしいですけど、念のため安静にって先生がおっしゃってたんですから」
「………………」
「あっ、自分、葉太郎様に連絡してきますね」
 葉太郎――花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)は、見習い騎士のアリスの仕えるべき相手であり、白姫にとってもご主人様だ。もちろん事故にあった白姫のことをとても心配して、アリスが交代するほんのすこし前までこの病室に詰めていた。
「よう……たろう?」
「そうですよ。本当にもう真っ青になって心配してたんですから」
「………………」
「白姫が目を覚ましたって聞いたら、きっとよろこんで……」
「待って!」
 病室を出ていこうとしたアリスを白姫が呼び止めた。
「白姫?」
 けげんそうに首をひねるアリスだったが、すぐにはっとなり、
「どうしました!? どこか苦しくなったり痛くなったり……」
「違う。違うの」
 ふるふると力なく首を横にふる白姫。
 そんな白姫の姿に、アリスは何か違和感を覚えた。
「白姫……?」
 違う。
 こんなふうに気弱そうな姿を彼女が普段見せることはない。
 もちろん事故にあった直後で心が弱っていてもおかしくはない。それでも一緒にいることの多かったアリスの目にはいまの白姫がどうしてもおかしく見えた。
「あの……」
 アリスはおそるおそる、
「大丈夫……なんですよね?」
「………………」
 白姫は、
「……ぷりゅんなさい」
「えっ!」
「わからないの」
 アリスは、
「わからない……って……」
「………………」
「白姫!」
 アリスは抑えきれない不安にとらわれ、
「本当にどうしちゃったんですか? やっぱりどこか変なんですか!? ごまかさないでちゃんと教えてください!」
「違うの。違うの」
 またも弱々しく頭をふる白姫。
「変なのは……わたし」
「『わたし』!?」
 目を見開く。白姫が自分のことをそんなふうに呼ぶのをアリスは初めて聞いた。
「わたしが……わからないの」
「わたしがわからない……」
「ねえ」
 うるむ瞳がこちらに向けられ、
「わたしは……誰?」
 アリスは、
「……え?」
 何を言われたのかわからず間の抜けた声をもらした。
「ど……どういう意味です?」
「………………」
「あの……」
 じわじわと。
 あり得ない〝予測〟がふくらんでいく。
「白姫……ひょっとして……」
「やめて!」
 白姫の頭が勢いよくふられる。
「わからない! わからないの! シロヒメって誰!? ヨリコって誰!? ヨウタローって誰!?」
「そ、そんな……」
「ねえ」
 涙に濡れた瞳がアリスを見つめ、
「あなたは……誰?」

 信じられなかった。
 だが、他の可能性は考えられず、医師の下した診断も同様であった。
 記憶喪失――
 頭を強く打ったショックで、白姫の記憶になんらかの障害が生じてしまったのだ。
 アリスからの連絡を受け、ただちに屋敷の者たちが集まった。しかし、その中の誰一人として白姫は顔を覚えていなかった。
 生まれたときからずっとかわいがってくれた葉太郎のこともだ。
 脳自体に損傷は見られず、医師の判断では経過を見るしかないという。
 騎士の馬について知識を持っている彼にも、その記憶喪失というのは生まれて初めて見る症例だったようだ。
 結局、その夜は、アリスが付き添いを続けることになった。
 こんな白姫を放っておけない、自分がそばにいたいと強く主張した葉太郎だったが、彼はすでに昨晩寝ずの付き添いをしており、依子の「いまのあなたがいても何もできません」との厳しい一言で引き下がらざるを得なかった。
「白姫のこと……よろしくね」
 愛馬に忘れられたショックを引きずりつつ、それでも笑顔で葉太郎は言った。
 無理に作ったその笑みがアリスにはたまらなく痛々しかった。
「葉太郎様……」
 つぶやくアリスの目に涙がにじむ。
「っ」
 ぐしぐしと涙をぬぐう。自分がこんなことでどうするのだ。葉太郎、そして記憶をなくした白姫はもっとつらいはずなのだ。
(白姫……)
 目の前に横たわっている白姫を見つめるアリス。
 あれからずっと病室に詰めていたアリスだが、そろそろ明かりも落とさなければならない。それにあまり付きっ切りでは白姫も落ち着いて眠れないだろう。
「あの……白姫」
「………………」
 無言のまま背を向けている白姫に、アリスはできる限りの優しい声で、
「自分、外にいますから。何かあったら呼んでくださいね」
「………………」
「白姫……」
 ――と、
「ぷりゅんなさい」
「っ……」
 白姫がこちらを見ていた。
 その瞳がふるえ、
「本当に……ぷりゅんなさい」
「な、何を……」
 ぐっとこみあげてくるものを抑え、
「白姫があやまることなんて何もないじゃないですか」
「………………」
「本当ですよ? 白姫は何も悪くなくて……」
 そう口にした瞬間、こらえていた涙が噴き出す。
「何も悪くない白姫が……どうして……ううっ……」
「……ぷりゅんなさい」
「だから、白姫があやまることなんて何も……何もないんですよぉ……」
 そう言いながら、ついにアリスは声をあげて号泣してしまっていた。
「ああぁぁぁ……わぁぁぁぁぁ……」
 ぷりゅんなさい。
 またも白姫がそう言おうとする気配を感じたが、よけい泣かれると思ったのか何も言わずに彼女はそっとアリスに身体を寄せた。
「っ……く……」
 しばらくして泣きやんだアリスは、
「自分のほうこそ……ごめんなさい」
「いいえ。アリスさんは何も悪くないです」
 アリスさん――
 他人行儀のその呼び方に胸が締めつけられる。しかし、アリスはなんでもないという顔をしてみせ、
「じゃあ、自分、外に……」
「あ、あの」
 おそるおそるというように、
「もうすこし……いてくれませんか」
「えっ」
「………………」
 かすかにためらうような息をこぼしたあと、
「お話がしたいんです。アリスさんと」
「けど、もう夜も遅いですし、眠いんじゃ……」
「眠くはないです。ずっと眠ってましたから」
 そう言ってかすかに笑う白姫。つられてアリスの口もとにも笑みが浮かぶ。
 と、白姫がはっとして、
「あ、でも、アリスさんは眠かったり……」
「いえ、大丈夫です! ちょっとくらい眠くてもがんばれますから!」
 そんなアリスの言葉に白姫はまたも微笑む。
「じゃあ……」
 あらたまった調子で、
「シロヒメさんって……どんな子だったんですか」
「……!」
 白姫本人――本馬が自分のことを聞く。あらためて記憶喪失なのだという事実に胸を突かれつつアリスは、
「その……とっても元気な子でしたよ」
「元気?」
「はい」
 笑顔でうなずくアリス。と、その口もとがかすかに引きつり、
「ただ……元気すぎるところもあったと言いますか」
「それってどういう……」
「あ、いえっ、でもとってもたくさん友だちがいて、みんなに好かれてました! それは間違いないです!」
「みんなに……」
 白姫が目を伏せる。
「みなさんは……どう思ってるでしょうね」
「え?」
「わたしがこんなふうになってしまって」
「それはとっても心配していますよ。だから早く治しましょう」
「………………」
「あ、いえ、無理にというわけではなくすこしずつ……」
「わかりました」
「えっ」
 白姫が身体を起こす。
「いえ、あの……」
 アリスはあたふたと、
「ど、どうしたんですか? まだ寝ていたほうが……」
「大丈夫です」
「大丈夫って……でも……」
 戸惑うアリスを尻目に、白姫は病室の外に出る。
「し、白姫……」
 何をしようとしているのかわからないまま、アリスもそれについていくしかない。
 誰もいない病院の夜の廊下。
 白姫は静かな足取りで廊下を進み、そのまま中庭へと出た。
「ここならいいですよね」
「いいって……」
 次の瞬間、
「!」
 白姫が大きく頭をふった。
 そのまま中庭の大木に頭を叩きつけようと――
「白姫!」
 ぎりぎりだった。かろうじてアリスが間に入りその頭突きを受け止める。
「ぐふっ!」
「アリスさん……!」
 白姫が目を見開く。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないですけど……いつも白姫に蹴られてるのに比べたら」
「えっ」
「あ、いえ……そ、それより!」
 アリスは厳しい目を白姫に向け、
「何をしようとしていたんですか! 危ないじゃないですか!」
「……いいんです」
「ええっ!?」
「これくらいしないと……きっと記憶は戻らないから」
「ちょっ……!」
 アリスはあわてて、
「そんなっ、どういうつもりですか!? まさか、また頭をぶつけて、そのショックで記憶をもに戻そうなんて……」
「はい」
「やめてください!」
 アリスは声を張り上げていた。
 とたんにこみあげていた涙が一気にあふれる。
「そんなことをして白姫に何かあったらどうするんですか!」
「もう……何かありましたから」
「でも白姫は……」
「白姫じゃありません」
「!」
 白姫はつらそうに目を伏せ、
「わたしは……みなさんの知るシロヒメではありません」
「そ、そんな! 白姫は白姫じゃないですか!」
「違います」
 白姫の首が力なく横にふられ、
「みなさんのこと……自分のことさえ忘れてしまったわたしは元の白姫ではありません」
「それはそうですけど、でも元に戻れば」
「いまのわたしは、いらないわたしなんです」
 アリスの言葉にかぶせるようにして白姫は言った。
「だから、いますぐにでもいなくなったほうがいいんです。あんな……」
 白姫は再び目を伏せ、
「ヨウタローさん……あの人にあんなつらい顔をさせてしまうわたしなんていなくなったほうが……」
「白姫!」
 アリスは白姫の顔をはさみ自分のほうに向かせた。
「どんなことがあろうと白姫は白姫です!」
「でも……」
「白姫です!」
 力をこめて。まっすぐ目を見つめてアリスは言った。
「アリスさん……」
 つぶらな瞳が涙にぬれる。
「ぷりゅがとう……」
 アリスは、
「よかった」
「えっ」
「やっと『ごめんなさい』以外の言葉が聞けて」
「アリスさん」
 心から――そんな笑みが白姫の口もとに浮かぶ。
 それでも、それがいつもの白姫の笑い方とは違うのを見て取り、アリスの胸は痛んだ。しかし、そんな自分の想いをふり払うように、
「ゆっくり治していきましょう! きっと大丈夫ですから!」
「はい」
 うなずいた白姫は、そのままアリスの後について屋内に戻ろうとした――
 と、そのときだった。
「あっ……」
 かすかな白姫の悲鳴。
 ふり向いたアリスが見たのは、一日中眠っていて身体がなまっていたせいか足をよろめかせた白姫の姿だった。
 その足が枯葉を踏み――
「ぷりゅっ!?」
「白姫!」
 はっとなってアリスが飛び出したときにはすでに遅かった。
「!」
 ゴン!
 足をすべらせた白姫の頭が大きな木の幹に叩きつけられた。
「白姫!? しっかりしてください!」
 ぐったりとなった白姫の身体を抱え、アリスは懸命に叫んだ。
「しっかりしてください、白姫! 白姫―――――っ!」
 すると、
「ぷ……りゅ……」
「!」
 安堵の息をもらすアリス。
「よ、よかった……また意識がなくっちゃったらどうしようかと」
「………………」
 ぼーっとゆれる瞳がこちらに向けられる。
「アリ……ス……」
「そうです、アリスです! わかりますか!?」
 そう尋ねた瞬間、アリスは息を飲んだ。
「白姫、ひょっとして……」
 記憶が戻ったのか!? いま頭を打ったそのショックで!
「白姫……」
 おそるおそる。白姫を気遣うようにその頬にふれる。
 と、次の瞬間、
「ぷりゅっ」
 ぱぁぁん!
「えっ」
 突然手を払われたアリスはあぜんと目を見開いた。
「あ、あの……」
 戸惑うアリスに、
「やめてくださいます?」
「はい?」
「やめてほしいと言っているのです」
 白姫の――いやアリスの知っている白姫のものとは思えない冷たい目がこちらを見据えた。
「そのように汚らわしい手でわたくしにふれるのは」
「け、汚らわ……!?」
「フン」
 わずらわしそうに頭をふって白姫は立ち上がった。
「ちょ、だ、大丈夫なんですか? 頭を打ったばかりで……」
「あなたに心配される必要はございませんわ。見くびらないでいただけます?」
「見くびるとかそういうことではなくて……」
 おかしい。明らかにおかしい。
 そんな困惑するアリスを白姫はさげすむように見て、
「わたくしは高貴な白馬なのです。あなたのような相手と言葉を交わしているだけでも本来ならあり得ないことなのですよ」
「………………」
「なんですか、その目は? おっしゃりたいことがあるなら口を開いてもよろしくてよ」
「白……姫……」
 残った気力でかろうじて口を開いた瞬間、
「違いますわ!」
「ええっ!?」
「わたくしは高貴なる白馬――プリュー・アントワネット!」
「プリュー・アントワネットぉ!?」

 別人格――
 それが白姫に下された診断だった。
 正確には別『馬』格だったが。
「どうしたの? 早く飼い葉を持っていらっしゃい」
「は、はあ……」
「パンがなければ飼い葉を食べればいいのに」
「いやいやいや……」
 おとなしかったころとは打って変わって傲慢にふるまう白姫を相手に、アリスは早くも疲労感を覚えていた。
(こんな白姫を見たらどう思うでしょう、葉太郎様……)
 すでに屋敷に連絡は行っている。じきに現れることだろう。
「まったく気が利きませんわね、アリスさんは。まあ、昔からそうでしたけど」
「うう……」
 冷ややかな罵倒に地味にダメージを受けるアリス。
 元の白姫にもひどいことは言われていたが、雰囲気が変わったせいか悪い意味で新鮮にえぐられているといった感じだ。
 だが、一つはっきりしていることがある。
 いまの白姫には――記憶が戻っているということ。
 ただ現状こうなってしまっていては、よろこんでいいのがどうか複雑なところだった。
「アリスさん」
「は、はいっ!」
 またも呼ばれあわてて顔をあげる。
 そこに、
「きゃあっ」
 バシャッ!
 カップに入った紅茶をかけられ、アリスは尻もちをついた。
「な、何をするんですかっ!」
「紅茶がぬるくなっていますわ。早く新しいものを淹れていらっしゃい」
「かけなくてもいいじゃないですか!」
「なら、あなたはわたくしに冷めた紅茶を飲めというの? このわたくしに」
「そんなこと言ってないじゃないですか!」
 こちらをなんとも思っていない白姫の態度にアリスは我慢ができなくなってくる。
「すこしいいですか、白姫」
「プリュー・アントワネットですわ」
「じゃあ、その……アントワネットさん? もうすこし謙虚にふるまってもいいんじゃないでしょうか」
「ぷりゅほほほほ……」
 ヒヅメを口もとに当てて笑う白姫。
「おもしろいことをおっしゃいますわね、アリスさん」
「おもしろい……ですか」
「そんなことより」
 白姫はアリスに背を向け、
「さあ」
「『さあ』って……」
「ふう」
 やれやれというように息を落とす。この上なく嫌味な感じで。
「まあ、アリスさんにあまり多くを求めるわたくしが間違っていましたわ」
「はあ……」
「すきなさい」
「は?」
「ブラッシングしなさいと言っているのです。わたくしの美しい毛並を」
「う……」
 なんだろう。本当にいやな感じがする。
 それでも不承不承アリスは白姫のたてがみにブラシをかけ始めた。
「淑女のたしなみですものね。身なりを美しく調えるのは」
「調えてるの自分ですけど……」
「当然でしょう。それがあなたの仕事ですもの」
 それは……その通りだ。
 そもそも従騎士であるアリスには騎士の馬である白姫の世話をする義務がある。
(それでも、やっぱりいまの白姫は……)
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 突然の後ろ蹴りにアリスはたまらず吹き飛ぶ。
「な、何をするんですか!」
「手が止まっていましたわよ」
「それくらいで蹴らないでください!」
「蹴られたくなかったら、さっさと手を動かしなさい」
「ううう……」
「まったく手際が悪いんですから。葉太郎様が来てしまったらどうするの」
 そう言うと、白姫はうっとり目を細め、
「ああ、ヨウタロー様はどれほど心配なさっているでしょう。美しい愛馬であるわたくしがこのようなところにいて」
「いまの白姫を見たら、もっと心配すると思いますけど……」
「あら。どういう意味ですの」
「だって、白姫、あまりにも変わり過ぎですよ」
「わたくし、昔からこうでしたわよ」
「そうじゃなかったですから……」
「それにしても不覚でしたわ。このようなことになってしまうなんて」
「不覚って……」
 それでも一応反省している様子の白姫をなぐさめるように、
「友だちを守るためでしたから」
「それが不覚だと言っているのです」
「えっ」
 思わぬことを言われたアリスは目を見開く。
 白姫は本心から後悔しているというようにため息をつき、
「わたくしはヨウタロー様の馬。なのに他の人間を助けるために身体を張ってしまうなんて」
「なっ……!」
 アリスは絶句し、そして眉をつり上げ、
「なんてことを言っているんですか!」
「なにがですの?」
「白姫は騎士の馬なんですよ! それが人を救ったのが間違いみたいな……」
「騎士の馬であり、ヨウタロー様の馬です。なら、まずヨウタロー様のために尽くすのが正しいというものでしょう」
「それは……それは……」
 とっさに言い返せないアリス。しかしいま言われたことには決してうなずけなかった。
「……言いませんでした」
「はい?」
「白姫なら! 自分の知っている白姫なら絶対そんなことは言いませんでした!」
 アリスは白姫をにらみ、
「元に戻ってください! 白姫!」
「何をおっしゃっているのやら」
 まったく取り合おうとしない白姫に、
「白姫っ!」
「っ……何を」
 突然つかみかかられた白姫が驚きの声をもらす。
 アリスは無我夢中で、
「白姫! 元に戻ってください! お願いします!」
「くっ……」
「白姫ーっ!」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 あっさり返り討ちにあい、吹き飛ばされるアリス。
「まったく。これだから野蛮な人は……」
 そのときだった。
「ぷりゅっ……?」
 つかみ合いのドタバタで床に転がっていたティーカップを白姫の足が踏んだ。
 そして、そのまま、
「ぷ……!?」
 ドーーーン!
「白姫!?」
 動揺を引きずっていたためか、足を取られた白姫は無防備に床に倒れこんだ。
「大丈夫ですか!」
 あわてて駆け寄るアリス。
「しっかりしてください! 白姫!」
 白姫は、
「……ぷ……」
 すぐに目を開き、アリスはひとまず胸をなでおろす。
「あの、その、すいません、自分、かーっとなってしまって……」
「………………」
「あの……白姫?」
 白姫は、
「ぷりゅ❤」
 にこっ。激しく転んだ直後とは思えない陽気な笑顔を見せた。
 そして、
「ありがとうねー、アリスー。シロヒメのこと心配してくれてー」
「え……え?」
 なんだ……? アリスはまたも悪い予感に襲われる。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたも何も、シロヒメはシロヒメだよー」
「はい……そうなんですけど」
 悪い予感が徐々に実感になってくる。
「あの……プリュー・アントワネットは……」
「えへへー。おもしろかったー?」
「お、おもしろかったって……」
 おかしい。
 さっきまでもおかしかったが、いまは別のベクトルでおかしくなっている。
「……白姫」
 なんとか自分を落ち着かせてアリスは口を開く。
「えっと、その……白姫……なんですよね?」
「そうだよー」
 白姫は変わらないニコニコ笑顔のまま、
「シロヒメ、ずーっとシロヒメだよー。ぷりゅぷりゅ亭シロヒメだよー」
「ぷりゅぷりゅ亭白姫ぇ!?」

「え……えーと……」
 つまり――
 またも白姫があらたな別〝馬〟格になったしまったということにアリスは気づかされざるを得なかった。
「ぷ……ぷりゅぷりゅ亭?」
「ぷりゅ❤」
「な、ないですよ、そんな『亭』……」
「えー、あるよー。シロヒメ、ぷりゅぷりゅ亭一門の芸人だからー」
「芸人!?」
「正確には芸『馬』だけどー」
「ゲイバ……」
 絶句してしまう。
「いえ、その、自分、シロヒメがそんなことをしていたなんてこと知らないんですけど」
「シロヒメ、生まれたときから芸馬だよー」
「いやいやいや……」
 確かに芸達者ではある。器用すぎるというくらい器用な馬ではある。
 それでも……芸馬!?
「もー、アリスさん、いつも言うことがおもしろいなー」
「ええっ!?」
「評判ですよー。アリスさんが口を開くといつも大爆笑だって。うらやましいなー」
「うらやましがられていいんでしょうか、それは……」
「いや、ホントかないませんよ、アリス姉さんには。あやかりたい、あやかりたい」
「ア、アリス姉さん……」
 先ほどまでと打って変わって卑屈――というか異様に腰の低い白姫に、アリスはこれまで以上に落ち着かなくなる。
「あ、あの、そういうのいいですから」
「ぷりゅ?」
「だから、その、お世辞を言うようなことは」
「もー、あたくし、お世辞なんて生まれてこのかた言ったことがありませんよー。ぷっりゅっりゅっりゅっりゅ」
「それは……」
 確かにその通りだ。白姫のお世辞なんて聞いたことがない。
 けど、それは本来の白姫ならばだ。
「ほんと、アリス姉さんには感謝の想いしかありませんよ。感謝カンゲキ雨あられってなもんで」
「はあ……」
「きっと立派な騎士になられるんでしょうなー。伝説の騎士アリス! みたいな」
「そんな、自分が……」
「もー、ご謙遜をー。謙虚なところがまた騎士らしいなー。よっ、騎士のカガミ!」
「ですけど、自分、まだ従騎士で……」
「どんな騎士でも初めは従騎士ですよー。そんなとこから伝説が始まっちゃうんだから、アリスさんはただものじゃないよ。いよっ、騎士の中の騎士! 騎士・オブ・ザ・イヤー!」
「そんなー。言い過ぎですってー」
 頭をかいて照れるアリス。立て続けのお世辞にすっかりいい気分になってしまう。
 と、はっとなり、
(だめです、乗せられたりしたら! しっかりしないと!)
 頭を激しくふるとあえて厳しい表情を作り、
「ちょっといいですか、白姫」
「もー、そんなことわざわざ聞かないでくださいよー。あたくし、アリスさんのためなら火の中水の中なんですからー」
「そっ、そんなこといつもの白姫は言いませんよ!」
「心の中ではいつも思っていました。尊敬するアリスさんのために命をも捧げたいと」
「絶対ウソですよ! そんなこと思ってません!」
「信じてください、アリスさん。このあたくしの目を見てください」
「うう……」
 すると、
「わかりました」
 ふと静かな声でそう言い、白姫はアリスに背を向けた。
「白姫?」
 静かな足取りで病室の隅の柱に向かう。
 そして、
「!」
 何をしようとしているかに気づいたアリスはあわてて白姫に組みついた。
「やめてください、白姫!」
「離してください! 頭でもぶつけてみせないとアリスさんに信じてもらえませんから!」
「信じます! 信じますから! そんなことをしてまた――」
 はっとなるアリス。
 また――
 そういえば、ほんのすこし前、中庭でもこうして白姫を止めた。あのときの白姫は再び頭を打つことで記憶を取り戻そうとしていたのだが、
「………………」
 ひょっとして白姫のこの性格が元に戻るかも――
(い……いやいやいやっ!)
 思わず浮かんだ考えをアリスはあわててふり払う。
 頭を打つなんて、そんな危険なことをやっぱりさせられるわけがない。
「とにかくやめてください! 白姫はそのままで……いや正直そのままはちょっと抵抗ありますけど」
「あたくしもいまの自分に納得していません」
「えっ」
「アリスさん……いえ師匠!」
 がばっ! 土下座するような勢いで白姫が頭を下げ、
「どうかあたくしを弟子にしてください!」
「えーーーーーっ!?」
 たまらず驚きの声を張り上げてしまう。
「で、弟子って……だから自分まだ従騎士で……」
「騎士の弟子じゃありません」
「えっ」
「アリス師匠!」
 白姫はさらに深々と頭を下げ、
「どうか、あたくしに師匠の芸を学ばせてください!」
「えーーーーーっ!?」
 またも絶叫し、アリスはあたふたと、
「げ、芸って……自分、そんなのできませんよ!?」
「またまた、ご謙遜をー」
「謙遜じゃなくて事実です!」
「何をおっしゃりますー。師匠の蹴られ芸は絶品と評判ですよー」
「蹴られ芸!?」
 とんでもないことを言われてアリスは目を見開く。
「芸っていうか、それはいつも白姫が一方的に蹴ってくるだけのことで……」
「それこそ名人である証! 二十四時間いつでも蹴られオーラを放っているという」
「放ってないですよ、そんなオーラ!」
「とにかく他の者に師匠の真似はできません! 是非とも稽古をつけてください!」
「えぇぇ~……?」
 うれしくない。ぜんぜんうれしくない。
「稽古って……だいたい何を」
「ぷりゅ❤」
 その気になったと思ったのか、うれしそうに目を輝かせる白姫。
 そして、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 唐突に蹴り飛ばされ、アリスはあお向けに倒れこんだ。
「な、何を……」
「ぷりゅー❤ さすがは師匠!」
「ええっ!?」
「いまの蹴られ方! 誰にも真似できない名人芸ですよー」
「だから芸じゃないです!」
 たまらず声を張り上げてしまう。
 しかし、白姫は、
「師匠! もっと見せてください!」
「『もっと』って……」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「ぷりゅーっ! ぷりゅーっ!」
 パカーーーン! パカーーーン!
「きゃーーっ!」
 立て続けに蹴られたアリスは、
「ぐふっ」
 うめき声と共に床に倒れこんだ。
 白姫は目を輝かせ、
「すばらしいです! さすがは熟練の蹴られ芸!」
「う、うれしくないです、そんな熟練……」
「もう一度見せてください! では……」
「ちょちょ……!」
 アリスはあわてて身体を起こし、
「もうやめてください、蹴るのは!」
「ですが、それでは師匠の蹴られ芸を見ることが……」
「見なくていいです!」
「なるほど! 至高の芸とはそう簡単に見せるようなものではないと! 真剣な想いで一回一回を目に焼きつけろと!」
「もう、それでいいですから……」
「すみませんでした、師匠! 自分、たるんでいました!」
「はあ……」
「というわけで」
「えっ?」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 またも吹き飛ぶアリス。
「ありがとうございます、師匠!」
「なんでですか! もう蹴らないって言ったじゃないですか!」
「いままでとは違います!」
「ええっ!?」
「いままではまだ本気が足りませんでした! 師匠の想いに応えてませんでした!」
「ないですよ、どんな想いも!」
「師匠の魂のこもった蹴られ芸を目に焼きつけるために! もう一回!」
 だめだ! このままでは本当に命にかかわる!
「もう本当にやめてください!」
「『やめて』が『やって』は芸人の常識……」
「知らないですよ、そんな常識! それに自分は芸人でもないです!」
 だめだ……何を言っても聞いてくれそうにない。
「やめてくださーい!」
 結局――
 アリスにできたのは、ただ逃げ回ることだけだった。
 それを喜々として白姫が追いかける。
「おもしろいです! おもしろすぎますよ、アリス師匠!」
「自分はぜんぜんおもしろくないですからーっ!」
 そのときだった。
「白姫!」
 バァァン!
「あ……」
「ああっ!」
 衝撃の息をもらす葉太郎。アリスも驚愕に目を見開く。
 偶然だった。
 アリスを追いかけて部屋を駆け回っていた白姫――連絡を受けた葉太郎が病室に飛びこんできたのはちょうどそんなときだった。
 勢いよく開けられた扉。そこになんと白姫が衝突してしまったのだ。
「し……白姫!」
 自分が何をしてしまったのかに気づいた葉太郎は、真っ青になって倒れた白姫のそばにしゃがみこんだ。
「白姫、しっかりして! 白姫!」
「ぷ……りゅ……」
「白姫……」
 安堵の息をこぼす葉太郎。
 先ほど同じようにすぐに目を開けた白姫だったが、
(ひょっとして、また……)
 これまでのことがあって、アリスにはまだ安心ができなかった。
「ごめんね、白姫。まさか白姫が走り回ってるなんて思ってなくて」
「………………」
「白姫?」
「あの、葉太郎様……」
 アリスはおそるおそる、
「もしかして、白姫、また……」
「また?」
 そのときだった。
「ぷりゅっ!」
 パァァァン!
「えっ」
 驚きに目を見張る葉太郎。
 一方、アリスは、
「やっぱり、また……」
 払われた手を抱えた葉太郎はあぜんと瞳をゆらし、
「白姫……どうしたの?」
「………………」
 何も答えない白姫。
 アリスは思い出す。先ほど『プリュー・アントワネット』と名乗ったときの人格も同じように手を払ったことを。
 あのときと同じ高慢な態度を葉太郎にも――
 と思ったそのときだった。
「ぷりゅっ」
 ふんっと白姫がそっぽを向いた。
 その顔がみるみる赤く染まっていく。
「さわんじゃねーよ……恥ずかしいだろ」
 聞き取れないほどにかすかなつぶやき。それでもアリスは彼女がまだあらたな人格――馬格になったのだということを直感する。
 と、白姫とアリスの目が合う。
 次の瞬間、
「なに見てんだよ! なんか文句があるっつーのかぁ!? ぷりゅああン!?」

 それから――
「どう、白姫の様子は?」
「あっ、葉太郎様」
 屋敷の中庭。
 白姫に飼い葉を持っていった帰りに呼び止められたアリスは、葉太郎の問いかけに複雑な表情を見せた。
 またも〝馬〟格の変わってしまった白姫を、アリスたちは屋敷へつれて帰った。
 医師の見解としてはまだ様子を見たいということだったが、白姫本人――本馬がそれを強硬にいやがったのだ。
「あたいはもう平気だっつってんだろ! こんなとこにいつまでもいられねえんだよ!」
 葉太郎はそんな白姫を諭そうとした。無理をしないで病院で安静にしてほしい……白姫のことが何より心配だからと。
 しかし、かえって白姫はいやだと言い張った。
 もともと白姫に甘い葉太郎だ。結局、彼女の言うことを受け入れ、何かあったらすぐに連絡を入れるという条件で退院させてもらうことになったのだった。
「白姫……」
 葉太郎の目がつらそうに伏せられる。
「僕のこと……嫌いになっちゃったのかな」
「! そ、そんな……」
 アリスは驚き、
「そんなこと絶対ありません! 白姫は、その、ちょっと性格が変わっちゃっただけで」
「でも……」
 葉太郎の瞳が悲しそうにゆれ、
「本当は嫌いだったから、僕のこと避けてるのかも……」
「そんなことありません!」
 アリスは声を大にして言い切る。
「きっと誤解というか、すれ違いというか、そういうことですから! 問題ありません!」
「アリス……」
「自分が白姫に確かめます! まかせてください!」
「……うん」
 葉太郎はかすかながらも笑顔を見せ、
「ありがとう、アリス」
「いいえ。葉太郎様の従騎士として当然のことで……」
 そこへ、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 駆けこみざまの蹴りをまともにくらい、アリスは吹っ飛んだ。
「ぐふっ!」
「ア、アリス!」
 驚きアリスに駆け寄る葉太郎。
 そして、
「何するの、白姫!」
「ぷりゅふんっ!」
 突然アリスを蹴りつけた白姫は、葉太郎の問いかけに顔をそむけ、
「知らねーよ。そいつがたまたま邪魔なところにいたんだよ」
「白姫!」
 責めるように声を強める葉太郎。すると、
「あっ」
 現れたときと同様、白姫は風のように走り去っていった。
「白姫……」
 あぜんとつぶやく葉太郎の瞳がゆれる。
「本当に悪い子に……」
「そっ、そんなことはありません!」
 顔にくっきりヒヅメの跡をつけながらも、アリスは、
「大丈夫です! 葉太郎様の愛情を受けて育った白姫が悪い子になったりするはずありません! ……たぶん」
「たぶん……」
「あ、いえっ、いま言ったのは保険と言いますか、ああっ、そうじゃなくて……」
 アリスはいっそうあわてふためくと、
「とにかく、自分、白姫と話してきます! 白姫の本当の気持ちを聞いてきます!」
「あっ、アリス……」
 葉太郎の止める声も届かず、アリスは白姫を追って走り出した。


 夕暮れの住宅街。
「白姫……どこに……」
 そこへ、
「ぷりゅーっ!」
「!」
 聞き覚えのある鳴き声。
 そこに荒々しい憤りを感じ取ったアリスは凍りついた。
「まさか……」
 ひるみそうになる足を前へと動かす。
 そんなアリスが見たのは、
「!」
 白姫がいつも子どもたちと遊んでいる公園。
 そこで、なんと〝馬〟格の変わった白姫が取り巻く子どもたちを威嚇するようにするどい鳴き声をあげていた。
「白姫――っ!」
 アリスは驚いて駆け寄り、
「何をしているんですか! こんな子どもたちに乱暴は――」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 またも問答無用に蹴られ、アリスは悲鳴と共に吹き飛ぶ。
「ぶりゅふんっ」
 白姫はそんなアリスを見下ろし、
「何しに来やがったんだよ。うぜーやつだぜ」
「な、なんてことを言うんですか……」
 ダメージでよろめきながらも立ち上がるアリス。
 そして、白姫をきっとにらみ、
「白姫! みんなに何をしていたんですか!」
「何もしてねーよ」
「してたじゃないですか! おどろかせてたじゃないですか!」
「しゃーねーだろー。こいつら、うぜぇんだよ。チョロチョロ寄ってきやがってよー」
「そんな……」
 声をなくすアリス。
 本当の白姫なら絶対そんなことを言ったりしない。むしろ、大勢の子どもたちに囲まれることをよろこぶはずだ。
「白姫……やっぱり悪い子になっちゃったんですか」
「ケッ」
 白姫はわずらわしそうに顔をそむけ、
「いいも悪いもあるかよ。こんなガキどもの相手してられっか」
「白姫だって三歳じゃないですか! みんなより年下じゃないですか!」
「っせえーーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 もう手のつけようがないというように暴れる白姫。
 と、アリスははっとなり、
「みんな、白姫に近づいちゃだめです! いまの白姫は……」
 しかし子どもたちは、
「わー」
「よかった、白姫ー」
「元気になったんだねー」
 かえってうれしそうに白姫にまとわりつく。
(いや、元気になったとかそういう問題ではなくて……)
 蹴られた自分についてはなんとも思ってくれないのかと、ちょっぴり泣きたくなってしまうアリス。
 と、
「白姫ーっ」
 涙ながらに白姫に抱きついた女の子を見て、アリスははっとなった。
 あの子だ。
 白姫が身を挺して車から守ったあの――
「白姫が元気になってよかった! ほんとうによかった!」
 すると白姫は、
「るっせーーよ!」
「……!」
 絶句する。まさかあの子にまで――
「なに、こんなとこまで来てんだよ! おまえこそケガしてねーのかよ、ああン!?」
「えっ……」
 乱暴にぶつけられる言葉。しかしその中身は、
「てめえ、また道路に飛び出してみろ! ぜってぇ許さねーかんな!」
「白姫……?」
 あぜんとなるアリス。そして気づかされる。
 笑顔で群がっている子どもたち。いやそうな態度をあらわにし、実際にするどいいななきもあげている白姫だったが、無理やり彼らを遠ざけるようなことは一切なかった。
 それどころかアリスは見た。
 不機嫌そうに顔をそむけている白姫の頬が、その実うれしさを隠せないというようにほんのり赤らんでいるのを。
「白姫……」
 もしかして――
 白姫は……本当は――
「なに見てんだよ」
「えっ? いや、あの……」
 また蹴られるかと思いあわてるアリス。
 しかし、そこへ、
「白姫、歌ってー」
「歌ってー」
 白姫に歌をせがむ子どもたち。すると今度は白姫のほうがあわてて、
「や、やめろよ! 人前で歌えるわけねーだろ!」
「いや、白姫、いつも歌ってましたけど」
「うっせえ! それとこれとは……」
「歌ってー」
「歌ってー」
「う……」
 子どもたちのお願いは止まらず、追いつめられたような顔になった白姫は、
「あっ……!」
 近くにいた子どもの襟元をくわえこむ。そして、
「きゃっ」
「白姫!?」
 不意に子どもをつりあげた白姫に驚くアリス――
 だったが、
「わーい!」
「あ……」
 そのままぶんぶんと子どもをふり回す。危険がないよう細心の注意をこめているとわかる動きで。
「わー、いいなー」
「白姫、わたしもー」
「ぼくもー」
 たちまち子どもたちが目を輝かせる。
「おとなしくしろよ! 一人ずつだかんな!」
「わーい」
 その言葉通り一人ずつ子どもたちを相手する白姫。そこに子どもたちをいやがるようなそぶりはまったくなかった。
 と、アリスの視線に気づき、
「バッ……違うかんな! あたいは……」
「って、白姫!」
 子どもをふり回している途中で口を開いてしまった白姫。
 当然、その子どもは投げ出され――
「危なーーーい!」
 ダッシュしたアリスがぎりぎりで子どもを受け止めた。
「だ、大丈夫ですか!?」
 しかし、子どもは、
「すごいすごーい! いまのすごーい!」
「ええぇ~……?」
 さらにそこへ、
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 アリスを押しのけ――というか蹴りのけた白姫が子どもに詰め寄り、
「お、おい、平気か!? ケガしてねーか!?」
「楽しかったよ、白姫ー」
「そうか……」
 白姫の肩から力が抜ける。
「悪かったな」
 子どもに鼻をすり寄せる白姫。そこに心からのいたわりの気持ちがこめられているのをアリスは見て取った。
 その子も同じように感じたらしく、
「白姫、やさしーね」
 自分からも、白姫に頬をすり寄せる。
 白姫は照れたように、
「けっ、そんなんじゃねーよ」
 と、そっぽを向く。
「………………」
 アリスはあらためて確信した。
 白姫はやっぱり――
「おい、アリ公」
「アリ公!?」
 その呼ばれ方に驚くも、白姫は先ほどまでの荒々しさが嘘のようなしおらしさで、
「……ぷりゅがとな」
「!」
 アリスにはすぐわかった。子どもを助けたことに白姫はお礼を言ったのだと。
 やっぱり……いまの白姫は――


「白姫」
 帰り道。
 白姫を追いかけてきたときとはまったく違う晴れやかな気持ちでアリスは言った。
「自分、葉太郎様にお話しします」
「あ? 何をだよ」
「白姫がちゃんといい子だって」
「はぁぁ!?」
 白姫はあせったように顔をつきつけ、
「てめぇ、なに言ってやがんだ! 殺(ぷりゅ)すぞ!」
「そんなこと思ってないくせに」
「あぁぁぁ!?」
「白姫」
 すごんでくる白姫をアリスはまっすぐ見つめ返し、
「どうしてですか? 白姫、いい子じゃないですか。なのに、なんでそんなふうに悪い子のフリしたり……」
「てめぇ、ぷりゅんなよ」
「ぷりゅんなよ!?」
「あたいはいい子なんかじゃねえ! どこがいい子だってんだよ!」
「だって子どもと遊んであげたり……」
「あれは、遊んでやったんじゃなくて、寄ってきてしつこいから向こうが満足するまで相手してやったっていうか」
「いい子じゃないですか」
「う、うっせえ! 歌とか歌えなんてわけのわかんねーこと言いやがって。そんなの、もうすこし人目がなくて恥ずかしくないところだったらいくらだって歌ってやって……」
「いい子じゃないですか」
「ち、違ぇんだよ! せま苦しい病院から出てちょっと開放的になったっつーか……大体いつまでも病院にいたらヨウタローが心配すっから、それで無理にでもって……」
「いい子じゃないですか!」
「だから違ぇっての!」
「違いません!」
 アリスはびしっと白姫を指さし、
「断言します! いまの白姫はいい子です!」
「くっ……」
 ひるむ表情を見せる白姫だったが、
「違ぇって言ってんだろ!」
「きゃっ」
 やぶれかぶれに組みついてこられて驚くアリス。
 と、そのとき、
「う……」
 不意に白姫のひざが折れた。
「白姫?」
「う……ううう……」
「白姫!? どうしたんですか!」
 頭をかかえてうめき出した白姫にアリスがあわてる。
「やっぱりまだ退院は早かったんじゃ……」
「もう……平気だって……」
「いいですよ、こんなときまでいい子にならなくても!」
 思わず大きな声で言うも、どうしていいかわからずうろたえることしかできない。
「とにかく葉太郎様に連絡を……」
「ヨウタローに……心配は……」
「だから、いい子にならなくていいです!」
「――!」
 そのときだった。
 雷に打たれたように白姫の全身がふるえた。
「白姫!?」
 驚き、白姫の身体を抱えるアリス。
「どうしたんですか!? しっかりしてください!」
「………………」
「白姫!」
 と――
 白姫の身体から力が抜けた。
「……その通りだ」
「えっ」
 いままでの白姫のものとは思えない重々しい口調。
 まさか、白姫はまた――
「きゃっ」
 不意に強風が吹き荒れた。まるで白姫を中心とするようにして。
「いい子になど……これ以上なる必要はなかったのだ」
「え……ええっ!?」
 思わぬ言葉に目を見張るアリス。
「いえ、あの、そうは言いましたけど、微妙にそういう意味では……」
 そして白姫は、
「破壊する」
「!」
 絶句するアリスの前で、白姫は高らかに宣言した。
「いまこそ復讐する! この世界にな!」

「復……讐……」
 信じられないというようにアリスの声がふるえる。
「な、何を言っているんですか? 白姫がいったい何に復讐を……」
「愚かな人間め」
 さげすむようにアリスを見る白姫。それはプリュー・アントワネットと同じ、いやそれよりはるかに冷たいものだった。
 と、次の瞬間、
「えっ!?」
 ふわり。アリスの身体が浮かび上がる。
「えっ、な、なんですか? なんなんですか!?」
 パニック状態になりつつ、あたふたと周りを見回すアリス。
 ない。
 何もない。
 何もないし誰もいないのにアリスは宙につり上げられているのだ。
「白姫、これは……」
 アリスの声が凍りつく。
 白姫の目――そこには何かを感じさせるあやしい光が満ちていた。
「力だ」
「!」
「復讐を望む馬たちの想いがわれに力を与えたのだ」
「力って……一体……」
 白姫は言った。
「エス馬ーだ!」
「エ、エスバー!?」
「そうだ! われは超能力を持ちし馬、エス馬ーとなったのだ!」
 超能力!?
 まさか、いま自分がつり上げられているこれも――
「ふんっ!」
「!?」
 不意にアリスの身体がふり回され、
「きゃーーーーっ!」
 ドシャーーン!
 宙を飛んだアリスはそのまま道路向かいのゴミ置き場に突っこんだ。
「な、なんでこんな……」
「言っただろう。復讐のための力だと」
「そんな……」
 アリスはあわてて、
「復讐されることなんて何もないですよ! みんな、白姫のことをとっても好きじゃないですか! 入院していたこともすごく心配して……」
「はあっ!」
「!」
 またも見えない力がアリスを襲う。
「く……ううう……」
 動けない。そんなアリスに向かって白姫がゆっくりと――
「っ……!」
 そのときだった。
 道路を横切ろうとした白姫に前方不注意と思しき乗用車が迫った。
「あ……」
 同じだ。
 記憶喪失、そして別馬格に白姫がなるきっかけとなったあの事故と。
「白姫、危な――」
 アリスが叫ぼうとした――その瞬間、
「!?」
 ブルゥゥゥンッ!
 車のタイヤが激しく回転した。
 しかし、なぜかその車体は不意に止まったまま動かない。
「っっ!」
 アリスは目を見張った。
 浮いている。
 車体がわずかに宙に浮かび上がり、そのためタイヤが空転しているのだ。
「まさか……白姫……」
 異常事態に驚いたのか、飛び出したドライバーが一目散に逃げていく。
「ぷりゅふんっ」
 そんな人間に軽蔑するような鼻息をもらしたあと、白姫は車に向かって軽く首をふった。
「!」
 ドスンッ!
 重々しい音を響かせて車が地面に落ち、そのまま動かなくなった。
「な……な……」
 恐怖にへたりこんでしまうアリス。
 車まで持ち上げてしまうなんて白姫の力は一体――
「ぷりゅっ!」
 白姫が再び車を強くにらむ。
「……!」
 ギギ……ギギギギギ――
 金属のきしむ音と共に車がゆがみ始める。
 アリスは我に返り、
「な、何をしているんですか! 車はもう止まってますよ!」
「だからどうした」
 白姫はアリスに冷たい目を向け、
「いま止まっていようとこいつはまた動く。ならば完全に止めてしまうのだ。破壊することでな」
「破壊って……」
 アリスは驚き、
「そんなことだめですよ!」
「なぜだ」
「なぜって……普通にだめに決まってます!」
「フン。しょせん貴様ら人間は車の味方なのだな」
「えっ」
 車の味方――思ってもいなかった言われ方にアリスの目が泳ぐ。
「そんな……味方とか敵とか」
「ごまかすな!」
 ブォンッ!
「きゃあっ」
 見えない力がアリスを襲い、またもゴミ捨て場に叩きつけられる。
「う……うう……」
「そこで見ているがいい。われがあの車を破壊するところをな」
 その目に怒りの炎が燃え上がる。
「これは手始めだ! われはこの力で世界中にあるすべての車を破壊する! それこそ我が復讐なのだ!」
「えっ……!?」
 目を見張るアリス。
 復讐――
 それは人間に対するものだと思っていたが、
「車に……」
「そうだ」
「確かに白姫は車に引かれそうになったせいで……」
「違う!」
「!?」
「これは……すべての馬の積年の恨みを晴らすための復讐なのだ!」
 あまりにも壮大なことを言われ、アリスは凍りつく。
「せ、積年の恨みって……」
「言うまでもない」
 白姫は目にあらたな怒りの炎を燃やし、
「車は敵だ! われら馬の立場を奪い去った憎むべきな!」
「それは……」
 ようやく白姫の言おうとしていることが見えてくる。
「確かにいまの人はみんな車に乗ってますけど……」
「ぷりゅうっ!」
 ドゥンッ!
「きゃあっ」
 またも見えない力に吹き飛ばされるアリス。
「他人事のように……貴様も人間なのだぞ!」
「そ、そうですけど……」
 と、アリスははっとなり、
「馬だって車と仲良しだったじゃないですか! 馬車ですよ!」
「しかし、人は馬のほうを選んだ」
「えっ?」
「知らないのか。まず人間は馬に直接乗るのではなく、馬車という形でわれらと共にあったのだ」
「そうなんですか……」
「やがて、人は車を介することなくわれらに乗るようになった。そのほうがはるかに速く、そして険しい道も行けると知ったためにな」
 と、白姫は悔しそうに葉を食いしばり、
「しかし、人は再び車を選んだ。われら馬を捨ててな」
「す、捨てたわけじゃないですよ」
 アリスはあたふたと、
「自分たちは……騎士は馬と一緒じゃないですか!」
「だが他の人間はどうだ」
「それは……」
「車、車、車だ! そんなに車がいいというのか! 車がわれら馬より賢くて愛らしいとでもいうのか!」
「そういうことではないですけど……」
「われが人の目を覚まさせる」
 グググググ……。またも車がきしみだす。
「この……力でな!」
「!」
 白姫にこれ以上のことをさせてはいけない! アリスはとっさに、
「やめてください!」
 ダメージでふるえる足に力をこめ、白姫と車の間に立ちはだかる。
「やはり車を取るか! 人間!」
 グググッ!
「うっ……」
 見えない力にしめつけられ、アリスの口から苦悶のうめきがもれる。
「ならば望み通りにしてやろう。車の代わりに……貴様が!」
 ガクッ!
 アリスの頭が力なく落ちる。
 ――と、
「そう……ですね」
「……?」
 不可解そうに目を細める白姫。
 かすれた声ながらもアリスは言葉を続け、
「確かに……悪いのは人間です……」
「ぷりゅふん」
 何をいまさらというように鼻を鳴らす白姫。
 アリスは目に涙をにじませ、
「人間はずっと馬に助けられてきたのに……なのに……その気持ちをぜんぜんわかろうとしませんでした」
「その通りだ!」
 白姫が声を張り上げる。
「だからわれは車を破壊する! 他の声なき馬たちに成り代わって……」
「けど、それはやっぱりだめです!」
 飛び散る涙と共にアリスは白姫に向かって言った。
「車の気持ちはどうなるんですか!?」
「ぷ……!」
 白姫の瞳がゆれる。
「車の気持ち……だと?」
「そうです!」
「馬鹿な」
 白姫は冷笑を見せ、
「たかが道具にそんなものが……」
「なんてことを言うんですか!」
 涙に濡れきった顔でアリスは白姫をにらみ、
「馬だって同じことを言われたら悲しいじゃないですか!」
「馬と車は違う!」
「確かに違います。けど人と共に生きてきたのは同じです」
「車は生きてなどいない!」
「じゃあ『生きる』ってなんですか!」
「っ……それは」
 白姫が言葉をつまらせる。
「車だって壊れます! 人と一緒にいろんな経験を積みます! それって生きてるってことじゃないですか!」
 懸命に叫んだアリスの目からあらたな涙がこぼれる。
「だから……車を恨んだりしないでください」
「くっ……」
「悪いのは……人なんです……」
「………………」
 白姫は、
「……ない……」
「えっ」
「人を恨んだりなど……できるはずがない……」
 つらそうに白姫の顔がしかめられ、
「馬は人が……大好きなのだ」
 そこへ、
「白姫ー」
「しろひめー」
 先ほどまで公園で一緒に遊んでいた子どもたちが駆け寄ってくる。
「あのねー、おっきな木の実がねー」
「木の実じゃないよ、お花の実だよー」
「木にお花が咲いててねー、そこからねー」
 それぞれ手にした〝宝物〟を見せようとする子どもたち。そんな子どもたちを見つめる白姫の目からすでに怒りの炎は消えていた。
「恨めるはずが……ない……」
 ぽつり。つぶやく白姫。
「恨めるはずが……ないんだし」
「!」
 はっとなるアリス。
「白姫……ひょっとして元に……」
 そこまでだった。
「っ……」
 不意にアリスの身体から力が抜ける。
 そのまま、
「!」
「アリスちゃん?」
「アリスちゃーん!」
 驚く子どもたちの声が夕焼けの街にこだました。

 翌日――
「ご心配をおかけしました」
 ぷりゅり。
 礼儀正しく頭を下げる白姫に、葉太郎は笑みをもらした。
「ううん。白姫が元気になってよかった」
「ぷりゅー」
 主人の優しい言葉に、白姫も笑みをこぼす。
「けど、白姫、本当に何もおぼえてないの?」
「ぷりゅ」
 うなずく白姫。
「そうか……」
 葉太郎が軽く目を伏せる。と、白姫は敏感に反応し、
「なんで残念そうな顔してるの! シロヒメが元に戻ってうれしくないの!?」
「そ、そんなことはないけど……」
 葉太郎はあわてて、
「ただ……僕には白姫だから」
「ぷりゅ?」
 首をひねる白姫に、
「どんなに性格が変わってもね、それも白姫だと思うんだ。白姫が覚えてなくても、せめて僕たちが覚えていてあげないと……あの子たちが悲しむと思うから」
「ぷりゅー」
 白姫は葉太郎に頬をすり寄せ、
「ヨウタローは優しいんだしー。さすがシロヒメのご主人様だし」
「白姫も優しいよ」
「ぷりゅー❤」
 いっそううれしそう葉太郎にすり寄る白姫。
「でも残念なんだしー」
「えっ」
「超能力は残ってもよかったと思うんだし。いろいろ便利なんだし」
「便利かもしれないけど……」
「それに美少女に超能力はつきものなんだし。何かのきっかけで超能力に目覚めるのはだいたい美少女なんだし」
「それは……そうなの?」
「そうだし」
 自信満々にうなずく白姫に、葉太郎は困った笑みを返すしかない。
 と、そこに、
「あっ、アリス」
「ぷりゅ?」
 ふらふらとやってきたアリスに葉太郎が驚いて駆け寄る。
「もういいの? 出歩いても大丈夫?」
「ぷりゅー」
 たちまち不機嫌そうに顔をしかめる白姫。
「なんでそんなにアリスに構うんだし! どうせアリスだし!」
「でも、アリス、倒れたから……」
 白姫が元に戻った直後、意識を失ったアリス。
 特に目立つ外傷がないことからひとまず屋敷で様子を見ることになったのだが、葉太郎は白姫のときと同じように彼女を心配していた。
「白姫だって気にしてたでしょ?」
「それは……そうだけど」
 照れくさそうにしながらも認める白姫。と、すぐにそれをごまかすように、
「でも、アリス、すぐに目を覚ましたし! シロヒメと違うし!」
「だけど、なんだかぼーっとしてるっていうか……」
「アリスはいつでもぼーっとしてるんだし!」
 そう言うと、白姫はヒヅメ音高くアリスの前に歩み寄った。
「白姫……」
 不安そうな葉太郎の声を無視し、
「なに、びょーにんのふりしてるし! さっさとシャキッとするし!」
「………………」
「アリス、無駄にじょーぶなんだし。何かあったりするわけないし。きっと、ヨウタローに心配してもらおうと思ってわざと……」
 そのとき、
「ぷりゅ?」
 不思議な感覚に白姫がけげんな声をもらす。
「し、白姫!」
 葉太郎が驚きの声をあげる。
「浮いてる! 浮いてるから!」
「ぷっりゅーーー!」
 ようやく白姫も自分が地面を離れて浮かび上がっていることに気づく。
「ぷりゅ!? ぷりゅりゅ!? シロヒメ、また超能力に目覚めちゃったんだし!?」
「違う」
「ぷりゅ!」
 その重々しい声はアリスの口から放たれていた。
「それがしのしたことだ」
「『それがし』!?」
「ああ」
 そして――『アリス』は言った。
「それがしは車の霊だ!」
「ぷっりゅーーっ!?」
 驚愕のいななきがほとばしる。
「く、車の霊?」
「そうだ」
 アリスは別人のように引き締まった顔でうなずき、
「この人間の身体を借りている。単純な性格で乗り移りやすかったからな」
「確かに単純だけど……アホだけど」
 アリス――車の霊は白姫をにらみ、
「よくも、それがしを破壊しようとしてくれたな」
「ぷりゅ! そ、それは超能力者の馬格が……」
「しかし、その力の影響で、それがしもこうして超能力〝車〟として目覚めることができたのだ」
「ちょーのーりょく車(しゃ)!?」
 白姫の目が見開かれる。
「なんだし、それは! そんなのいないし!」
「この人間も言ったであろう。車には心があると」
「言ってたけど……」
「超能力とは、つまり心の力なのだ!」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 無茶苦茶ながらも納得させられそうになる白姫。
 と、そこに、
「待って!」
 白姫をかばうように葉太郎が割って入る。
「白姫に乱暴しないで! 代わりに僕はどうなってもいいから!」
「ヨウタロー……」
 ためらいのない優しさに白姫は目をうるませる。
 アリス――車の霊は、
「あなたには何もしない」
「えっ」
「車は人と共に歩んできた。車は人間が大好きなのだから」
 そう言って、うっとりと葉太郎を見つめる。
「って、なんだし、その熱い視線はーーーーっ!」
 今度は白姫が怒りをあらわにし、
「ウソ言うんじゃねーし! シロヒメの友だちにぶつかりそうになったりしたし!」
「そのことについては謝罪する。くるまんなさい」
「『くるまんなさい』!?」
「だが、車が人を愛しているのは事実だ。だから……」
「『だから』なんなんだし!? ヨウタローに近づくんじゃねーーーしっ!」
「ち、ちょっと……」
 自分を間にはさまれての争いに戸惑う葉太郎。熱くなっていく両者を止めることができないまま、
「離れるしーっ! ヨウタローはシロヒメのだしーっ!」
「フッ、離れるのはそちらだ」
「ぷりゅりゅっ!? 超能力使うんじゃねーし!」
「あ、あの……」
「負けないしーっ! 白馬なめんじゃねーっし!」
「こちらこそ車をなめるなと言わせてもらおう! そして身体を借りているこの人間のこともな!」
「アリスはなめていいし! どうせアリスだから!」
「あ、あのぉ……」
 二人を止められない葉太郎は情けない声をもらすことしかできない。
 そして、
「やっぱり超能力とか別人格とかいらないしーっ!」
 白姫の叫び声が空高くこだましていくのだった。

失われたシロヒメを探し求めてなんだしっ❤

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