失われたシロヒメを探し求めてなんだしっ❤

「シロヒメころころ、ぷんりゅりこ~♪ ぷりゅぷりゅしちゃって、さーたいへん♪」
 夕暮れの公園に歌声が響く。
 声――正確には鳴き声だったが。
「白姫ー、そろそろ帰りますよー」
「ぷりゅ」
 小さな子どもたちと遊んでいた白馬の白姫(しろひめ)は、迎えに来たアリス・クリーヴランドにうなずいてみせた。
「白姫、またねー」
「またねー」
「ぷりゅねー」
 手をふって見送る子どもたちに、こちらもしっぽをふって応える。
 そして、アリスと並んで家路を行く中、再び歌が始まる。
「ぷりゅやけぷりゅけでひがくれて~♪ ぷーりゅりおてらのぷりゅぷりゅりゅ~♪」
「なんですか『ぷーりゅりお寺のぷりゅぷりゅりゅ』って……」
「もー、アリスはすぐシロヒメの歌に文句つけるしー」
「文句はつけてないですけど」
「それに比べてシロヒメの友だちはみんないい子なんだし。いい子しかいないんだし」
 得意そうに胸をそらす。
「さよならするときも、わがままを言って引きとめたりしないんだし。もっとシロヒメと遊びたいはずなのに」
「まあ、わがままさで言えば誰も白姫には勝てませんけど……」
 こっそりつぶやいたあと、はっとなる。
「あの子たち、迎えは? もう暗くなるのに」
「大丈夫なんだし。家はすぐ近くなんだし」
「そうですか。それなら……」
 そのときだった。
「白姫ー」
 ふり返る白姫、そしてアリス。
 こちらに向かって走ってきたのは、ほんのすこし前まで白姫と公園で遊んでいた女の子だった。
「見て見てー。すごいきれいな葉っぱがねー」
「!」
 息を飲む。
 なんと、女の子が道を横切ろうとしたそのとき、すぐ近くの曲がり角から乗用車が現れたのだ。
 稲妻のように白姫が飛び出した。
 小さな女の子をかばい、その身を走ってくる車の前にさらす。
「白――!」
 悲痛ないななきが夕暮れの街にこだました。

「ぷりゅ……」
「あ!」
 ぐしゃぐしゃに濡れていたアリスの頬を、
「よかった……気がついたんですね」
 あらたな涙が伝う。
「大丈夫ですか? どこか痛くありませんか?」
「………………」
 白姫は、
「ここ……どこ?」
「病院ですよ。あのあと、すぐに運んでもらって……」
「病院……」
「安心してください。騎士の馬にも理解のあるところですから。依子さんのお知り合いだそうです」
「よりこ……?」
「はい」
 うなずいたアリスの顔に、ようやく安堵の笑みがにじんだ。
 あのとき――
 車がぎりぎりでハンドルを切ったため直撃こそまぬがれたものの、女の子をかばった白姫は接触の衝撃で縁石に強く頭を打ちつけた。
 意識をなくした彼女を前に、アリスはあわてて屋敷に連絡を取った。
 かつて上位騎士として名を馳せ、いまはメイドとして家事を取り仕切っている朱藤依子(すどう・よりこ)に事情を話すと、彼女はただちにこの病院を手配してくれた。
 それからほぼ一日、白姫は意識不明の状態だったのだ。
「本当にもう痛いところはないですか?」
「そういえば……頭がちょっと」
「あっ、無理に動かないでください! はっきりした異常は見られないらしいですけど、念のため安静にって先生がおっしゃってたんですから」
「………………」
「あっ、自分、葉太郎様に連絡してきますね」
 花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)――
 見習い騎士アリスの仕える人であり、白姫にとってもご主人様である。もちろん事故にあった愛馬のことをこの上なく心配していて、アリスが交代するほんのすこし前までこの病室に詰めていた。
「よう……たろう?」
「そうですよ。本当にもう真っ青になってたんですから」
「………………」
「白姫が目を覚ましたって聞いたら、きっとよろこんで……」
「待って!」
 病室を出ていこうとしたところを呼び止められる。
 首をひねるも、すぐにはっとなり、
「どうしました!? どこか苦しくなったり痛くなったり……」
「違う。違うの」
 ふるふると首が横にふられる。
 その様子に、アリスは違和感を覚える。
「白姫……?」
 こんなふうに気弱そうな姿を彼女が普段見せることはない。
 もちろん事故にあった直後で心が弱っていてもおかしくはない。それでも一緒にいることの多かったアリスには、いまの白姫がどうしてもおかしく思えた。
「あの……」
 おそるおそる、
「大丈夫……なんですよね」
「………………」
 白姫は、
「……ぷりゅんなさい」
「えっ!」
「わからないの」
「わからない……って」
「………………」
「白姫!」
 抑えきれない不安のままに、
「本当にどうしちゃったんですか? やっぱりどこか変なんですか!? ごまかさないでちゃんと教えてください!」
「違うの。違うの」
 またも弱々しく頭をふる。
「変なのは……わたし」
「『わたし』!?」
 目を見開く。白姫が自分のことをそう呼ぶのを初めて聞いた。
「わたしが……わからないの」
「わたしがわからない……」
「ねえ」
 うるむ瞳がこちらに向けられる。
「わたしは……誰?」
「え?」
 何を言われたのかわからず間の抜けた声がもれる。
「ど……どういう意味です?」
「………………」
「あの……」
 じわじわと。あり得ない〝予測〟がふくらんでいく。
「白姫……ひょっとして」
「やめて!」
 頭が勢いよくふられる。
「わからない! わからないの! シロヒメって誰!? ヨリコって誰!? ヨウタローって誰!?」
「そ、そんな……」
「ねえ」
 涙に濡れた瞳がこちらを見つめる。
「あなたは……誰?」

 信じられなかった。
 だが、他の可能性は考えられず、医師の下した診断も同様であった。
 記憶喪失――
 頭を強く打ったショックで、白姫の記憶になんらかの障害が生じてしまったのだ。
 アリスからの連絡を受け、ただちに屋敷の者たちが集まった。しかし、その中の誰一人として白姫は顔を覚えていなかった。
 生まれたときからずっとかわいがってくれた葉太郎のこともだ。
 脳自体に損傷は見られず、医師の判断では経過を見るしかないという。
 騎士の馬について豊富な知識を持っている彼にも、記憶喪失というのは生まれて初めて見る症例だったようだ。
 結局、その夜は、アリスが付き添いを続けることになった。
 こんな白姫を放っておけない、自分がそばにいたいと強く主張した葉太郎だったが、彼はすでに昨晩寝ずの付き添いをしており、依子の「いまあなたがいても何もできません」との厳しい一言で引き下がらざるを得なかった。
「白姫のこと……よろしくね」
 愛馬に忘れられたショックを引きずりつつ、それでも笑顔で葉太郎は言った。
 無理に作ったその笑みがたまらなく痛々しかった。
「葉太郎様……」
 つぶやくと共に涙がにじむ。
 ぐしぐしと。その涙をぬぐう。
 自分がこんなことでどうするのだ。葉太郎、そして記憶をなくした白姫はもっとつらいはずなのだ。
(白姫……)
 目の前に横たわっている彼女を見つめる。
 あれからずっと病室に詰めていたが、そろそろ明かりを落とさなければならない。それにあまり付きっ切りでは落ち着いて眠れないだろう。
「あの……」
 無言で背中を向けられていところに、できる限りの優しい声で、
「自分、外にいますから。何かあったら呼んでくださいね」
「………………」
「白姫……」
 ――と、
「ぷりゅんなさい」
 こちらを見る。その瞳がふるえ、
「本当に……ぷりゅんなさい」
「な、何を……」
 ぐっとこみあげてくるものに耐え、
「白姫があやまることなんて何もないじゃないですか」
「………………」
「本当ですよ? 白姫は何も悪くなくて」
 そう口にした瞬間、こらえていた涙が噴き出す。
「何も悪くない白姫が……どうして……ううっ……」
「……ぷりゅんなさい」
「だから、白姫があやまることなんて何も……何もないんですよぉ……」
 そう言いながら、ついに声をあげて号泣してしまう。
「ああぁぁぁ……わぁぁぁぁぁ……」
 ぷりゅんなさい。
 またもそう言われそうな気配を感じたが、よけい泣かれると思ったのか何も言わずにそっとこちらに身体を寄せた。
「っ……く……」
 ようやく涙が止まる。
「自分のほうこそ……ごめんなさい」
「いいえ。アリスさんは何も悪くないです」
 アリスさん――
 他人行儀の呼び方に胸が締めつけられる。しかし、なんでもないという顔をしてみせ、
「じゃあ、自分、外に」
「あ、あの」
 おそるおそるというように、
「もうすこし……いてくれませんか」
「えっ」
「………………」
 かすかにためらうような息をこぼしたあと、
「お話がしたいんです。アリスさんと」
「けど、もう夜も遅いですし、眠いんじゃ……」
「眠くはないです。ずっと眠ってましたから」
 そう言ってかすかに笑う。つられてこちらの口もとにも笑みが浮かぶ。
「あ、でも、アリスさんは眠かったり」
「いえ、大丈夫です! ちょっとくらい眠くてもがんばれますから!」
 そんな言葉にまたも微笑む。
「じゃあ……」
 あらたまった調子で、
「シロヒメさんって……どんな子だったんですか」
「……!」
 白姫本人――本〝馬〟が自分のことを聞く。あらためて記憶喪失なのだという事実に胸を突かれつつ、
「その……とっても元気な子でしたよ」
「元気?」
「はい」
 笑顔でうなずく。
 と、口もとがかすかに引きつり、
「ただ……元気すぎるところもあったと言いますか」
「それってどういう」
「あ、いえっ、でもとってもたくさん友だちがいて、みんなに好かれてました! それは間違いないです!」
「みんなに……」
 目を伏せる。
「みなさんは……どう思ってるでしょうね」
「え?」
「わたしがこんなふうになってしまって」
「それはとっても心配していますよ。だから早く治しましょう」
「………………」
「あ、いえ、無理にというわけではなくすこしずつ」
「わかりました」
「えっ」
 白姫が身体を起こす。
「いえ、あの……」
 あたふたと、
「ど、どうしたんですか? まだ寝ていたほうが」
「大丈夫です」
「大丈夫って……でも」
 戸惑うこちらを置いて病室の外に出る。
「し、白姫」
 何をしようとしているかわからないながら、それについていくしかない。
 誰もいない夜の廊下。
 白姫は静かな足取りで進み、中庭へと出た。
「ここならいいですよね」
「いいって……」
 次の瞬間、
「!」
 大きく頭をふるう。
 そのまま庭に植えられていた木に頭を――
「白姫!」
 ぎりぎりだった。かろうじて間に入りその頭突きを受け止める。
「ぐふっ!」
「アリスさん……!」
 目を見張る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないですけど……いつも白姫に蹴られてるのに比べたら」
「えっ」
「あ、いえ……そ、それより!」
 厳しい目を向け、
「何をしようとしていたんですか! 危ないじゃないですか!」
「……いいんです」
「ええっ!?」
「これくらいしないと……きっと記憶は戻らないから」
「ちょっ……!」
 アリスはあわてて、
「そんなっ、どういうつもりですか! まさか、また頭をぶつけて、そのショックで記憶を元に戻そうなんて」
「はい」
「やめてください!」
 声を張り上げた。
 とたんにこみあげていた涙が一気にあふれる。
「そんなことをして、白姫に何かあったらどうするんですか!」
「もう……何かありましたから」
「でも白姫は」
「白姫じゃありません」
「!」
 つらそうに目を伏せ、
「わたしは……みなさんの知る白姫ではありません」
「そ、そんな! 白姫は白姫じゃないですか!」
「違います」
 首が力なくふられる。
「みなさんのこと……自分のことさえ忘れてしまったわたしは元の白姫ではありません」
「それはそうですけど、でも元に戻れば」
「いまのわたしは、いらないわたしなんです」
 こちらにかぶせるようにして言う。
「だから、いますぐにでもいなくなったほうがいいんです。あんな……」
 再び目を伏せ、
「葉太郎さん……あの人にあんなつらい顔をさせてしまうわたしなんていなくなったほうが」
「白姫!」
 顔をはさみ自分のほうを向かせる。
「どんなことがあろうと白姫は白姫です!」
「でも……」
「白姫です!」
 力をこめて。まっすぐ目を見つめて断言する。
「アリスさん……」
 つぶらな瞳が涙にぬれる。
「ぷりゅがとう」
 アリスは、
「よかった」
「えっ」
「やっと『ごめんなさい』以外の言葉が聞けて」
「アリスさん」
 心からの――そんな笑みが浮かぶ。
 それがいつもの笑い方とは違うのを見て取り、アリスの胸が痛む。しかし、そんな後ろ向きな思いをふり払い、
「ゆっくり治していきましょう! きっと大丈夫ですから!」
「はい」
 そして一緒に屋内に戻ろうとした――そのとき、
「あっ……」
 かすかな悲鳴。
 ふり向いたアリスが見たのは、一日中眠って身体がなまっていたせいか足をよろめかせた白姫の姿だった。
 そのヒヅメが落ちていた葉っぱを踏み――
「危な――!」
 あわてて飛び出したときにはすでに遅かった。
「ぷりゅっ!?」
 ゴン! 足をすべらせた白姫の頭が大きな木の幹に叩きつけられた。
「しっ、しっかりしてください!」
 ぐったりとなったその身体を抱え、懸命に叫ぶ。
「白姫! 白姫―――っ!」
「ぷ……りゅ……」
「……!」
 安堵の息がこぼれる。
「よかった……また意識をなくしちゃったらどうしようかと」
「………………」
 ぼーっとゆれる瞳がこちらに向けられる。
「アリ……ス……」
「そうです、アリスです! わかりますか!?」
 言って、はっとなる。
「ひょっとして……」
 記憶が戻ったのか? いま頭を打ったショックで!
「白姫……」
 おそるおそる。気遣うようにその頬にふれる。
「ぷりゅっ」
 ぱぁぁん!
「えっ」
 突然手を払われ、あぜんと目を見開いた。
「あ、あの……」
 戸惑うアリスに、
「やめてくださいませんか」
「えっ」
「やめてほしいと言っているのです」
 アリスの知っている白姫のものとは思えない冷たい目がこちらを見据える。
「そのように汚らわしい手でわたくしにふれないでください」
「汚らわ……!?」
「フン」
 わずらわしそうに鼻を鳴らして立ち上がる。
「ちょ、だ、大丈夫なんですか? 頭を打ったばかりで」
「あなたに心配される必要はございませんわ。見くびらないでいただけます?」
「見くびるとかそういうことではなくて」
 おかしい。明らかにおかしい。
 困惑する中、さげすむような視線が注がれ、
「わたくしは高貴な白馬なのです。あなたと言葉を交わしているだけでも本来ならあり得ないことなのですよ」
「………………」
「なんですか、その目は。おっしゃりたいことがあるなら口を開いてもよろしくてよ」
「白……姫……」
 残った最後の気力で呼びかけた瞬間、
「違います」
「ええっ!?」
「わたくしは高貴なる白馬――プリュー・シロトワネット!」
「プリュー・シロトワネットぉ!?」

「ぷりゅはぷりゅはー、けだかくーさーいーて~♪ ぷりゅはぷりゅは、うーつくしくぷーりゅ~♪」
「『美しくぷりゅ』ってなんですか……」
 いつもより一オクターブ高く感じる白姫の歌にアリスは脱力する。
 別人格――
 それが白姫に下された診断だった。
 正確には別〝馬〟格だったが。
「ごきげんぷりゅわしゅう、みなさん」
「いや、自分しかいませんけど……」
「そこの召使い。早く飼い葉を持っていらっしゃい」
「自分、召使いですか……」
「パンがなければ飼い葉を食べればいいのに」
「いやいやいや……」
 おとなしかったころとは打って変わって傲慢にふるまう彼女を前に、早くも疲労感を覚えてしまう。
(こんな白姫を見たらどう思うでしょう、葉太郎様……)
 すでに屋敷に連絡は行っている。じきに現れることだろう。
「まったく気が利きませんわね、アリスさんは。まあ、これまでずっとそうでしたけど」
「うう……」
 冷ややかな罵倒に地味にダメージを受ける。元の白姫にもひどいことは言われていたが、雰囲気が変わったせいか悪い意味で新鮮にえぐられるといった感じだ。
(けど……)
 一つはっきりしていることがある。
 いまの白姫には――記憶が戻っているということ。
 ただ、このようになってしまっている現状では、よろこんでいいのか複雑なところではあるのだが。
「アリスさん」
「は、はいっ」
 名前を呼ばれ、あわてて顔をあげる。
 そこに、
「きゃあっ」
 バシャッ! カップに入った紅茶をかけられたアリスは驚いて尻もちをついた。
「何をするんですか!」
「ぬるくなっていますわ。早く新しいものを淹れていらっしゃい」
「かけなくてもいいじゃないですか!」
「なら、あなたは冷めた紅茶を飲めというの? このわたくしに」
「そんなこと言ってないじゃないですか!」
 こちらをなんとも思っていないその態度に、さすがに我慢ができなくなってくる。
「すこしいいですか、白姫」
「プリュー・シロトワネットですわ」
「じゃあ、その……シロトワネットさん? もうすこし謙虚にふるまってもいいんじゃないでしょうか」
「ぷりゅほほほほ……」
 ヒヅメを口もとに当てて笑う。
「おもしろいことをおっしゃいますわね」
「おもしろい……ですか」
「そんなことより」
 そう言ってこちらに背を向ける。
「さあ」
「『さあ』って……」
「ふう」
 やれやれと息を落とす。この上なく嫌味な感じで。
「アリスさんに多くを求めたわたくしが間違っていましたわ」
「はあ……」
「梳きなさい」
「は?」
「ブラッシングしなさいと言っているのです。わたくしの美しい毛並を」
「う……」
 なんというかもう本当にイヤな感じだ。
 それでも不承不承、たてがみにブラシをかけ始める。
「淑女のたしなみですものね。身なりを美しく調えるのは」
「調えてるのは自分ですけど……」
「当然でしょう。それがあなたの仕事ですもの」
 それは……その通りだ。
 そもそも従騎士であるアリスには騎士の馬である白姫の世話をする義務がある。
(それでも、やっぱりいまの白姫は……)
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 突然の後ろ蹴りにたまらず吹き飛ぶ。
「な、何をするんですか!」
「手が止まっていましたわよ」
「それくらいで蹴らないでください!」
「蹴られたくなかったら、さっさと手を動かしなさい」
「ううう……」
「まったく手際が悪いんですから。葉太郎様が来てしまったらどうするの」
 そう言うと、うっとり目を細め、
「ああ、葉太郎様はどれほど心配なさっているでしょう。美しい愛馬であるわたくしがこのようなことになってしまって」
「いまの白姫を見たら、もっと心配すると思いますけど……」
「あら。どういう意味ですの」
「だって、あまりにも変わり過ぎですよ」
「わたくし、昔からこうでしたわよ」
「そうじゃなかったですよ……」
「それにしても不覚でしたわ」
「はあ……」
 一応反省している様子の彼女をなぐさめようと、
「けど、友だちを守るためでしたから」
「それが不覚だと言っているのです」
「えっ」
 思わぬことを言われ、目を見張る。
 心から後悔している――そんなため息をつき、
「わたくしは葉太郎様の馬。なのに他の人間を助けるために身体を張ってしまうなんて」
「なっ……!」
 絶句し、そして眉をつり上げる。
「なんてことを言っているんですか!」
「なにがですの」
「白姫は騎士の馬なんですよ! それが人を救ったのが間違いみたいなことを」
「騎士の馬であり、葉太郎様の馬です。なら、まず葉太郎様のために尽くすのが正しいというものでしょう」
「それは……」
 違う! 騎士の馬の正しさはそういうことではない!
「……言いませんでした」
「はい?」
「白姫なら! 自分の知っている白姫なら絶対そんなことは言いませんでした!」
 きっと。にらみつける。
「元に戻ってください!」
「何をおっしゃっているのやら」
 まったく取り合おうとしない彼女に、
「白姫っ!」
「っ……何を」
 突然つかみかかられて驚きの声をもらす。
「白姫! 元に戻ってください! お願いします!」
「くっ……」
「白姫ーっ!」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 あっさり返り討ちにあう。
「まったく。これだから野蛮な人は……」
 そのときだった。ドタバタで下に転がっていたティーカップをヒヅメが踏む。
「ぷ……!?」
 ドーーーン!
「白姫!?」
 つかみかかられたその動揺を引きずっていたためか、足を取られた白姫は無防備に床に倒れこんだ。
「大丈夫ですか!」
 あわてて駆け寄る。
「しっかりしてください! 白姫!」
 白姫は、
「……ぷ……」
 すぐに目を開けてくれ、ひとまず胸をなでおろす。
「あの、その、すいません、自分、カーッとなってしまって」
「………………」
「あの……」
 白姫は、
「ぷりゅ❤」
 にっこり。
 激しく転んだ直後とは思えない陽気な笑顔を見せ、
「ありがとうねー、アリスー。シロヒメのこと心配してくれてー」
「え……え?」
 なんだ――? アリスはまたも悪い予感に襲われる。
「ど、どうしたんですか」
「どうしたも何も、シロヒメはシロヒメだよー」
「はい……そうなんですけど」
 予感が実感になってくる。
「あの……プリュー・シロトワネットは」
「えへへー。おもしろかったー?」
「おもしろかったって……」
 おかしい。
 さっきまでもおかしかったが、いまは別のベクトルでおかしくなっている。
「……白姫」
 なんとか自分を落ち着かせて口を開く。
「えっと、その……白姫……なんですよね」
「そうだよー」
 変わらないニコニコ笑顔のまま、
「シロヒメ、ずーっとシロヒメだよー。ぷりゅぷりゅ亭シロヒメだよー」
「ぷりゅぷりゅ亭白姫ぇ!?」

「えー、笑う門にはぷりゅ来たると言いましてー」
「なんですか『ぷりゅ来たる』って。あと、ぷりゅぷりゅ亭って……」
 つまり――
 またも白姫があらたな別〝馬〟格になったしまったということにアリスは気づかざるを得なかった。
「な、ないですよ、そんな『亭』」
「えー、あるよー。シロヒメ、ぷりゅぷりゅ亭一門の芸人だからー」
「芸人!?」
「正確には芸〝馬〟だけどー」
「ゲイバ……」
 絶句してしまう。
「いえ、その、自分、シロヒメがそんなことをしていたなんてこと知らないんですけど」
「シロヒメ、生まれたときから芸馬だよー」
「いやいやいや……」
 確かに芸達者ではある。器用すぎるというくらい器用な馬ではある。
 それでも――芸馬!?
「もー、アリスさん、いつも言うことがおもしろいなー」
「ええっ!?」
「評判ですよー。アリスさんが口を開くと大爆笑だって。うらやましいなー」
「うらやましがられていいんでしょうか、それは」
「いや、ホントかないませんよ、アリス姉さんには。あやかりたい、あやかりたい」
「アリス姉さん……」
 先ほどまでと打って変わって卑屈――というか異様に腰の低い態度にいままで以上に落ち着かなくなる。
「あの、そういうのいいですから」
「ぷりゅ?」
「だから、その、お世辞を言うようなことは」
「もー、あたくし、お世辞なんて生まれてこのかた言ったことがありませんよー。ぷっりゅっりゅっりゅっりゅ」
「それは……」
 確かにその通りだ。白姫のお世辞なんて聞いたことがない。
 けど、それは本来の彼女ならばだ。
「ほんと、アリス姉さんには感謝の想いしかありませんよ。感謝カンゲキ雨あられってなもんで」
「はあ……」
「きっと立派な騎士になられるんでしょうなー。伝説の騎士アリス! みたいな」
「そんな、自分が」
「もー、ご謙遜をー。謙虚なところがまた騎士らしいなー。よっ、騎士のカガミ!」
「ですけど、自分、まだ従騎士で」
「どんな騎士でも初めは従騎士ですよー。そんなとこから伝説が始まっちゃうんだから、アリス姉さんはただものじゃないよ。いよっ、騎士の中の騎士! 騎士・オブ・ザ・イヤー!」
「そんなー。言い過ぎですってー」
 照れて頭をかく。立て続けのお世辞にすっかりいい気分になってしまう。
 と、はっとなり、
(だめです、乗せられたりしたら! しっかりしないと!)
 頭を激しくふるとあえて厳しい表情を作り、
「ちょっといいですか、白姫」
「もー、そんなことわざわざ聞かないでくださいよー。あたくし、アリス姉さんのためなら火の中水の中なんですからー」
「そっ、そんなこといつもの白姫は言いませんよ!」
「心の中ではいつも思っていました。尊敬する姉さんのために命をも捧げたいと」
「絶対ウソですよ! そんなこと思ってません!」
「信じてください。このあたくしの目を見てください」
「うう……」
 気持ちがゆれるもそれを必死にこらえていると、
「わかりました」
 ふと静かな声でそう言い、白姫が背を向ける。
「えっ?」
 静かな足取りで病室の隅の柱に向かう。
「!」
 何をしようとしているのかに気づき、あわてて組みつく。
「やめてください、白姫!」
「離してください! 頭でもぶつけてみせないと信じてもらえませんから!」
「信じます! 信じますから! そんなことをしてまた……」
 はっとなる。
 また――
 そういえば、ほんのすこし前、中庭でもこうして白姫を止めた。あのときは再び頭を打つことで記憶を取り戻そうとしていた。
 ひょっとして……白姫のこの性格が元に戻るかも――
(! いやいやいやっ)
 思わず浮かんだその考えをあわててふり払う。
 頭を打つなんて、そんな危険なことをやっぱりさせられるわけがない。
「とにかくやめてください! 白姫はそのままで……いや正直そのままはちょっと抵抗ありますけど」
「あたくしもいまの自分に納得していません」
「えっ」
「アリス姉さん……いえ師匠!」
 がばっ! 土下座するような勢いで頭を下げ、
「どうかあたくしを弟子にしてください!」
「えーーーーっ!」
 驚きの声を張り上げてしまう。
「で、弟子って……だから自分まだ従騎士で」
「騎士の弟子じゃありません」
「えっ」
「アリス師匠!」
 さらに深々と頭を下げ、
「どうか、あたくしに師匠の芸を学ばせてください!」
「えーーーーーっ!?」
 またも絶叫し、あたふたと、
「芸って……自分、そんなのできませんよ!」
「またまた、ご謙遜をー」
「謙遜じゃなくて事実です!」
「何をおっしゃりますー。師匠の蹴られ芸は絶品と評判ですよー」
「蹴られ芸!?」
 とんでもないことを言われて目を見開く。
「芸っていうか、それはいつも白姫が一方的に蹴ってくるだけのことで」
「それこそ名人である証! 二十四時間いつでも蹴られオーラを放っているという」
「放ってないですよ、そんなオーラ!」
「とにかく他の者に師匠の真似はできません! 是非とも稽古をつけてください!」
「えぇぇ~……?」
 うれしくない。ぜんぜんうれしくない。
「稽古って、だいたい何を」
「ぷりゅ❤」
 その気になったと思ったのか、うれしそうに目を輝かせる。
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 唐突に蹴り飛ばされ、アリスはあお向けに倒れこんだ。
「な、何を……」
「ぷりゅー❤ さすがは師匠!」
「ええっ!?」
「いまの蹴られ方! 誰にも真似できない名人芸ですよー」
「だから芸じゃないです!」
 しかし、白姫は、
「師匠! もっと見せてください!」
「『もっと』って……」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
「ぷりゅーっ! ぷりゅーっ!」
 パカーーーン! パカーーーン!
「きゃーーっ!」
 立て続けに蹴られ、
「ぐふっ」
 うめき声と共に床に倒れこむ。
 白姫は目を輝かせ、
「すばらしいです! さすがは熟練の蹴られ芸!」
「う、うれしくないです、そんな熟練……」
「もう一度見せてください! では」
「ちょちょ……!」
 あわてて身体を起こし、
「もうやめてください、蹴るのは!」
「ですが、それでは師匠の蹴られ芸を見ることが」
「見なくていいです!」
「なるほど! 至高の芸とはそう簡単に見せるようなものではないと。真剣な想いで一回一回を目に焼きつけろと」
「もう、それでいいですから」
「すみませんでした、師匠。自分、たるんでいました」
「はあ……」
「というわけで」
「えっ?」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 またも蹴り飛ばされる。
「ありがとうございます、師匠!」
「なんでですか! もう蹴らないんじゃないんですか!?」
「いままでとは違います」
「ええっ!?」
「いままではまだ本気が足りませんでした。師匠の想いに応えてませんでした」
「ないですよ、どんな想いも!」
「師匠の魂のこもった蹴られ芸を目に焼きつけるために。もう一回!」
 だめだ! このままでは冗談でなく命にかかわる!
「もう本当にやめてください!」
「『やめて』が『やって』は芸人の常識❤」
「知らないですよ、そんな常識! それに自分は芸人でもないです!」
 だめだ……。何を言っても聞いてくれそうにない。
「やめてくださーい!」
 結局――
 アリスにできたのは、ただただ逃げ回ることだけだった。
 それを喜々として追いかけてくる。
「おもしろいです! おもしろすぎますよ、アリス師匠!」
「自分はぜんぜんおもしろくないですからーっ!」
 そのときだった。
「白姫!」
 バァァン!
「あ……」
「ああっ!」
 衝撃の息をもらす――葉太郎。アリスも驚愕に目を見開く。
 偶然だった。
 アリスを追いかけて部屋を駆け回っていた白姫――連絡を受けた葉太郎が病室に飛びこんできたのはちょうどそんなときだった。
 勢いよく開けられた扉。そこになんと白姫が衝突してしまったのだ。
「し……白姫っ!」
 自分が何をしてしまったのかに気づき、葉太郎は真っ青になって白姫のそばにしゃがみこんだ。
「白姫、しっかりして! 白姫!」
「ぷ……りゅ……」
 先ほど同じようにすぐに目を開けた白姫――だったが、
(ひょっとして、また……)
 これまでのことがあって、アリスはまだ安心できなかった。
「ごめんね。いきなり入ってきたりして」
「………………」
「白姫?」
「あの、葉太郎様……」
 おそるおそる。
「もしかして、白姫、また……」
「また?」
 すると、
「ぷりゅっ」
 パァァァン!
「えっ」
 目を見張る葉太郎。一方、アリスは、
「やっぱり、また……」
 払われた手を抱え、葉太郎があぜんと瞳をゆらす。
「白姫……どうしたの」
「………………」
 何も答えない。
 アリスは思い出す。先ほど『プリュー・シロトワネット』と名乗った彼女に自分も手を払われたことを。
 ひょっとして、あのときの馬格に戻って――
「ぷりゅっ」
 ふんっとそっぽを向く。
 その顔が、みるみる赤く染まっていく。
「さわんじゃねーよ……恥ずかしいだろ」
「……!」
 違う。プリュー・シロトワネットではない。
 また新たな馬格が――
「なに見てんだよ! なんか文句あるっつーのか、ぷりゅああン!?」

 それから――
「どう、白姫の様子は?」
 屋敷の中庭。
 飼い葉を持っていった帰りに呼び止められたアリスは、葉太郎の問いかけに複雑な表情を見せた。
 またも馬格の変わってしまった白姫を、アリスたちは屋敷へつれて帰った。
 医師の見解としてはまだ様子を見たいということだったが、白姫本人――本馬がそれをかたくなにいやがったのだ。
「あたいはもう平気だっつってんだろ! こんなとこにいつまでもいられねえんだよ!」
 葉太郎はそんな白姫を諭そうとした。無理をしないで病院で安静にしてほしい――白姫のことが何より心配だからと。
 しかし、かえって彼女はイヤだと言い張った。
 もともと白姫に甘い葉太郎だ。結局、言うことを受け入れ、何かあったらすぐに連絡を入れるという条件で退院させてもらうことになったのだった。
「白姫……」
 葉太郎の目がつらそうに伏せられる。
「僕のこと……嫌いになっちゃったのかな」
「! そ、そんな……」
 アリスは驚き、
「そんなこと絶対ありません! 白姫は、その、ちょっと性格が変わっちゃっただけで」
「でも……」
 いっそう悲しげに声が沈み、
「本当は嫌いだったから、僕のこと避けてるのかも」
「そんなことありません!」
 大きな声で言い切る。
「きっと誤解というか、すれ違いというか、そういうことですから! 問題ありません!」
「アリス……」
「自分が白姫に確かめます! まかせてください!」
「……うん」
 かすかながらも笑顔を見せ、
「ありがとう」
「いいえ。葉太郎様の従騎士として当然のことで」
 そこへ、
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 駆けこみざまの蹴りをまともにくらい、アリスは吹き飛ばされた。
「ぐふっ」
「ア、アリス!」
 驚いて駆け寄る葉太郎。
「何するの、白姫!」
「ぷりゅふんっ!」
 問いかけに顔をそむけ、
「知らねーよ。そいつがたまたま邪魔なところにいたんだよ」
「白姫!」
 責めるように声を強める。すると、
「あっ」
 現れたときと同様、白姫は風のように走り去っていった。
「白姫……」
 あぜんとつぶやくその瞳がゆれる。
「本当に悪い子に」
「そっ、そんなことはありません!」
 顔にくっきりヒヅメ跡をつけながらもアリスが身体を起こす。
「大丈夫です! 葉太郎様の愛情を受けて育った白姫が悪い子になったりするはずありません! ……たぶん」
「たぶん……」
「あ、いえっ、いま言ったのは保険と言いますか、ああっ、そうじゃなくて」
 いっそうあわてふためくと、
「とにかく、自分、白姫と話してきます! 白姫の本当の気持ちを聞いてきます!」
「あっ……」
 葉太郎が止めようとするより早く、アリスは白姫の消えたほうへと駆けていった。


 夕暮れの住宅街。
「白姫……どこに」
 そこへ、
「ぷりゅーっ!」
「!」
 聞き覚えのある鳴き声。
 そこに荒々しい憤りを感じ取ってアリスは凍りつく。
「まさか……」
 ひるみそうになる足を前へと動かす。
「!」
 白姫がいつも子どもたちと遊んでいる公園。
 そこで、なんと馬格の変わった白姫が取り巻く子どもたちを威嚇するようにするどい鳴き声をあげていた。
「白姫――っ!」
 驚いて駆け寄り、
「何をしているんですか! 乱暴なことは」
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 またも問答無用に蹴られ、悲鳴と共に吹き飛ぶ。
「ぷりゅふんっ」
 倒れたこちらを見下ろし、
「何しに来やがったんだよ。うぜーやつだぜ」
「な、なんてことを言うんですか……」
 ダメージでよろめきながらも立ち上がる。
「白姫! みんなに何をしていたんですか!」
「何もしてねーよ」
「してたじゃないですか! おどろかせてたじゃないですか!」
「しゃーねーだろー。こいつら、うぜぇんだよ。チョロチョロ寄ってきやがってよー」
「そんな……」
 声をなくす。
 本当の白姫なら絶対そんなことを言ったりしない。むしろ、子どもたちに囲まれることをよろこぶはずだ。
「白姫……やっぱり悪い子になっちゃったんですか」
「ケッ」
 わずらわしそうに顔をそむけ、
「いいも悪いもあるかよ。こんなガキどもの相手してられっか」
「白姫だって三歳じゃないですか! みんなより年下じゃないですか!」
「っせえーーっ」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 手のつけようがないほどに暴れ回る。
「白姫に近づいちゃだめです、みんな! いまの白姫は……」
 しかし、
「わー」
「よかった、白姫ー」
「元気になったんだねー」
 かえってうれしそうに近づいていく。
(いや、元気になったとかそういう問題ではなくて……)
 蹴られた自分についてはなんとも思ってくれないのかと、ちょっぴり泣きたくなってきてしまう。
 そのとき、
「白姫ぇーっ」
 涙ながらに彼女に抱きついた女の子を見て、はっとなる。
 あの子だ。
 白姫が身を挺して車から守った――
「元気になってよかった! ほんとうによかった!」
 すると、
「るっせーーよ!」
「……!」
 絶句する。まさかあの子にまで――
「なに、こんなとこまで来てんだよ! おまえこそケガしてねーのかよ、ああン!?」
「えっ……」
 乱暴にぶつけられる言葉。しかし、その中身は、
「てめえ、また道路に飛び出してみろ! ぜってぇ許さねーかんな!」
 あぜんとなる。そして気づかされる。
 笑顔で群がっている子どもたち。イヤそうな態度をあらわにし、実際にするどいいななきもあげているが、一方で彼らを無理やり遠ざけるようなことは一切なかった。
 それどころか、はっきりと見た。
 不機嫌そうに顔をそむけているその頬が、実はうれしさを隠せないというようにほんのり赤らんでいるのを。
「白姫……」
 もしかして本当は――
「なに見てんだよ」
「えっ? いや、あの……」
 またも蹴られるかと思いあたふたとなる。
 そこへ、
「白姫、歌ってー」
「歌ってー」
 歌をせがむ子どもたち。すると今度は白姫のほうがあわてて、
「や、やめろよ! 人前で歌えるわけねーだろ!」
「いや、白姫、いつも歌ってましたけど」
「うっせえ! それとこれとは」
「歌ってー」
「歌ってー」
「う……」
 お願いは止まらず、追いつめられたような顔になった白姫は、
「きゃっ」
 不意に近くにいた子どもの襟をくわえこむ。
「白姫!?」
 そのまま子どもをつりあげた白姫に驚くアリスだったが、
「わーい!」
「あ……」
 ぶんぶんと子どもをふり回す。危険がないよう細心の注意をこめているとわかる動きで。
「わー、いいなー」
「白姫、わたしもー」
「ぼくもー」
 たちまち子どもたちが目を輝かせる。
 白姫はふり回していた子をそっと下におろし、
「おとなしくしろよ! 一人ずつだかんな!」
「わーい」
 その言葉通り一人ずつ相手をし始める。そこに子どもたちをいやがるようなそぶりはまったくなかった。
 と、こちらの視線に気づき、
「バッ……違うかんな! あたいは」
「って、白姫!」
 子どもをふり回している途中で口を開いてしまう。
 当然、その子は投げ出され――
「危なーーーい!」
 ダッシュしたアリスがぎりぎりで受け止めた。
「だ、大丈夫ですか!?」
 あわてて聞くも、
「すごいすごーい! いまのすごーい!」
「ええぇ~……?」
 そこへ、
「ぷりゅーっ」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 アリスを押しのけ――というか蹴りのけた白姫が子どもに詰め寄る。
「お、おい、平気か!? ケガしてねーか!?」
「楽しかったよ、白姫ー」
「そうか……」
 白姫の肩から力が抜ける。
「悪かったな」
 鼻をすり寄せる。そこには心からのいたわりの気持ちがこめられていた。
「白姫、やさしーね」
 その子のほうからも頬をすり寄せる。
「けっ、そんなんじゃねーよ」
 そっぽを向く。
「……!」
 あらためて確信した。
「おい、アリ公」
「アリ公!?」
 その呼ばれ方に驚くも、白姫は先ほどまでの荒々しさが嘘のようなしおらしさで、
「……ぷりゅがとな」
「!」
 すぐにわかった。子どもを助けたことに彼女がお礼を言ったのだと。
 やはり、いまの白姫は――


「白姫」
 帰り道。
 白姫を追いかけてきたときとはまったく違う晴れやかな気持ちでアリスは言った。
「自分、葉太郎様にお話しします」
「何をだよ」
「白姫がちゃんといい子だって」
「はぁぁ!?」
 あせったように顔をつきつけられ、
「てめぇ、なに言ってやがんだ! 殺(ぷりゅ)すぞ!」
「そんなこと思ってないくせに」
「あぁぁ!?」
「白姫」
 すごんでくるところをまっすぐに見つめ返し、
「どうしてですか? 白姫、いい子じゃないですか。なのに、なんでそんなふうに悪い子のフリしたり」
「てめぇ、ぷりゅんなよ」
「ぷりゅんなよ!?」
「あたいはいい子なんかじゃねえ! どこがいい子だってんだよ!」
「だって、みんなと遊んであげたり」
「あれは遊んでやったんじゃなくて、寄ってきてしつこいから向こうが満足するまで相手してやったっていうか」
「いい子じゃないですか」
「うっせえ! 歌とか歌えなんてわけのわかんねーこと言いやがって。そんなの、もうすこし人目がなくて恥ずかしくないところだったらいくらだって歌ってやって」
「いい子じゃないですか」
「違ぇんだよ! せま苦しい病院から出てちょっと開放的になったっつーか……。大体いつまでも病院にいたらヨウタローが心配すっから、それで無理にでもって」
「いい子じゃないですか!」
「だから違ぇっての!」
「違いません!」
 びしっ! 指さして、
「断言します! いまの白姫はいい子です!」
「くっ……」
 ひるむ表情を見せるも、
「違ぇって言ってんだろ!」
「きゃっ」
 やぶれかぶれに組みついてこられて驚くアリス。
 と、そのとき、
「う……」
 不意に白姫のひざが折れた。
「白姫?」
「う……うう……」
「白姫!? どうしたんですか!」
 頭をかかえてうめき出した彼女にあわてて、
「やっぱりまだ退院は早かったんじゃ」
「もう……平気だって」
「いいですよ、こんなときまでいい子にならなくても!」
 思わず大きな声で言うも、どうしていいかわからずうろたえることしかできない。
「とにかく葉太郎様に連絡を」
「ヨウタローに……心配は……」
「だから、いい子にならなくていいです!」
「――!」
 雷に打たれたように白姫の全身がふるえた。
「白姫!?」
 驚き、その身体を抱えるアリス。
「どうしたんですか!? しっかりしてください!」
「………………」
「白姫!」
 と――
 白姫の身体から力が抜けた。
「……その通りだ」
「えっ」
 いままでの白姫のものとは思えない重々しい口調。
 まさか、また馬格が――
「きゃっ」
 不意に風が吹き荒れた。白姫を中心とするようにして。
「いい子になど……これ以上なる必要はなかったのだ」
「え……ええっ!?」
 思わぬ言葉に目を見開く。
「いえ、あの、そうは言いましたけど、微妙にそういう意味では」
 そして、
「破壊する」
「!」
 絶句するアリスの前で、白姫は高らかに宣言した。
「いまこそ復讐する! この世界にな!」

「復……讐……」
 信じられないというようにアリスの声がふるえる。
「な、何を言っているんですか? 白姫がいったい何に復讐を」
「愚かな人間め」
 さげすむようにこちらを見る白姫。それはプリュー・シロトワネットと同じ、いやそれよりはるかに冷たいものだった。
「えっ!?」
 ふわり。アリスの身体が浮かび上がる。
「えっ、な、なんですか? なんなんですか!?」
 パニック状態になりつつ、あたふたと周りを見回す。
 ない。
 何もない。
 何もないし誰もいないのにアリスは宙につり上げられていた。
「……!」
 凍りつく。
 白姫の目に――そこに何かを感じさせるあやしい光が満ちていた。
「力だ」
「!」
「復讐を望む馬たちの想いがわれに力を与えたのだ」
「力って……一体」
 言った。
「エス馬ーだ!」
「エ、エスバー!?」
「そうだ! われは超能力を持ちし馬、エス馬ーとなったのだ!」
 超能力!?
 まさか、いま自分がつり上げられているこれも――
「ふんっ!」
「!?」
 不意にアリスの身体がふり回され、
「きゃーーーーっ!」
 ドシャーーン!
 宙を飛んだアリスはそのまま道路向かいのゴミ置き場に突っこんだ。
「な、なんでこんな」
「言っただろう。復讐のための力だと」
「そんな……」
 あわてて、
「復讐されることなんて何もないですよ! みんな、白姫のことをとっても好きじゃないですか! 入院していたこともすごく心配して」
「はあっ!」
「!」
 またも見えない力に襲われる。
「く……ううう……」
 動けない。そんな中、こちらに向かってゆっくりと――
「っ!」
 そのときだ。
 道路を横切ろうとした白姫に、前方不注意と思しき乗用車が迫る。
「あ……」
 同じだ。
 記憶喪失、そして別馬格になるきっかけとなったあの事故と。
「白姫、危な――」
 叫ぼうとした――その瞬間、
「!?」
 ブルゥゥゥンッ!
 車のタイヤが激しく回転した。しかしその車体はなぜか止まったまま動かない。
「っっ!」
 目を見張った。
 浮いている。
 車体がわずかに宙に浮かび上がり、そのためタイヤが空転しているのだ。
「まさか……」
 異常事態に驚いたのか、飛び出したドライバーが逃げていく。
「ぷりゅふんっ」
 そんな人間に軽蔑するような鼻息をもらしたあと、白姫は車に向かって軽く首をふった。
「!」
 ドスンッ!
 重々しい音を響かせて車が地面に落ち、そのまま動かなくなる。
「な……」
 恐怖にへたりこんでしまう。車まで持ち上げてしまうなんて白姫の力は一体――
「ぷりゅっ!」
 再び車を強くにらむ。
「……!」
 ギギ……ギギギ――
 金属のきしむ音と共に車がゆがみ始める。
 アリスは我に返り、
「な、何をしているんですか! 車はもう止まってますよ!」
「だからどうした」
 冷たい目が向けられ、
「いま止まっていようとこいつはまた動く。ならば完全に止めてしまうのだ。破壊することでな」
「破壊って……」
 驚きあわて、
「そんなことだめですよ!」
「なぜだ」
「なぜって……普通にだめに決まってます!」
「フン。しょせん貴様ら人間は車の味方なのだな」
「えっ」
 車の味方――思ってもいなかった言われ方に瞳が泳ぐ。
「そんな……味方とか敵とか」
「ごまかすな!」
 ブォンッ!
「きゃあっ」
 見えない力に襲われ、またもゴミ捨て場に叩きつけられる。
「うう……」
「そこで見ているがいい。われがあの車を破壊するところをな」
 その目に怒りの炎が燃え上がる。
「これは手始めだ! われはこの力で世界中にあるすべての車を破壊する! それこそわれらの復讐なのだ!」
「えっ!」
 目を見張る。復讐は人間に対するものではなかったのか。
「車に……」
「そうだ」
「確かに白姫は車に引かれそうになったせいで」
「違う!」
「!?」
「これは、すべての馬の積年の恨みを晴らすための復讐なのだ!」
 あまりにも壮大なことを言われる。
「せ、積年の恨みって」
「言うまでもない」
 目にあらたな炎を燃やし、
「車は敵だ! われら馬の立場を奪い去った憎むべきな!」
「それは……」
 ようやく言おうとしていることが見えてくる。
「確かにいまの人はみんな車に乗ってますけど」
「ぷりゅうっ!」
 ドゥンッ!
「きゃあっ」
 またも見えない力に吹き飛ばされる。
「他人事のように言うな! 貴様も人間なのだぞ!」
「それはそうですが……」
 と、はっとなり、
「馬だって車と仲良しだったじゃないですか! 馬車ですよ!」
「しかし、人は馬のほうを選んだ」
「えっ?」
「知らないのか。まず人間は馬に直接乗るのではなく、馬車という形でわれらと共にあったのだ」
「そうなんですか」
「やがて、人は車を介することなくわれらに乗るようになった。そのほうがはるかに速く、そして険しい道も行けると知ったためにな」
 誇らしげに言うも、一転悔しそうに歯を食いしばり、
「しかし、人は再び車を選んだ。われら馬を捨ててな」
「す、捨てたわけじゃないですよ」
 あたふたと、
「自分たちは……騎士は馬と一緒じゃないですか!」
「だが他の人間はどうだ」
「それは……」
「車、車、車だ! そんなに車がいいというのか! 車がわれら馬より賢くて愛らしいとでもいうのか!」
「そういうことではないですけど」
「われが人の目を覚まさせる」
 グググググ……。またも車がきしみだす。
「この力でな」
「……!」
 白姫にこれ以上のことをさせてはいけない。
「やめてください!」
 ダメージでふるえる足に力をこめ、車の前に立ちはだかる。
「やはり車を取るか! 人間!」
 グググッ!
「うっ……」
 見えない力にしめつけられ、苦悶のうめきがもれる。
「ならば望み通りにしてやろう。車の代わりに……貴様を!」
 ガクッ!
 アリスの頭が力なく落ちる。
 ――と、
「そう……ですね」
「……?」
 不可解そうに白姫の目が細められる。
 かすれた声ながらも、アリスは言葉を続け、
「確かに……悪いのは人間です」
「ぷりゅふん」
 何をいまさらというように鼻を鳴らす。
 アリスの目じりに涙が浮かび、
「人間はずっと馬に助けられてきたのに……なのに……その気持ちをぜんぜんわかろうとしませんでした」
「その通りだ!」
 大きな声があがる。
「だからわれは車を破壊する! 他の声なき馬たちに成り代わって」
「けど、それはやっぱりだめです!」
 飛び散る涙と共に訴える。
「車の気持ちはどうなるんですか!?」
「ぷ……!」
 白姫の瞳がゆれる。
「車の気持ち……だと」
「そうです!」
「馬鹿な」
 冷笑を見せ、
「たかが道具にそんなものが」
「なんてことを言うんですか!」
 涙に濡れた顔で叫ぶ。
「馬だって同じことを言われたら悲しいじゃないですか!」
「馬と車は違う!」
「確かに違います! けど人と共に生きてきたのは同じです!」
「車は生きてなどいない!」
「じゃあ『生きる』ってなんですか!」
「っ……」
 言葉をつまらせる。
「車だって壊れます! 人と一緒にいろんな経験を積みます! それって生きてるってことじゃないですか!」
 新たな涙と共に懸命に声を張る。
「だから、車を恨んだりしないでください」
「くっ……」
「悪いのは……人間なんです」
「………………」
 白姫は、
「……ない……」
「えっ」
「人を恨んだりなど……できるはずがない……」
 つらそうに顔をしかめ、
「馬は人が……大好きなのだ」
 そこへ、
「白姫ー」
「しろひめー」
 先ほどまで公園で一緒に遊んでいた子どもたちが駆け寄ってくる。
「あのねー、おっきな木の実がねー」
「木の実じゃないよ、お花の実だよー」
「木にお花が咲いててねー、そこからねー」
 それぞれが手にした〝宝物〟を見せようとする。そんな子どもたちを見つめる白姫の目からすでに怒りの炎は消えていた。
「恨めるはずが……ない……」
 つぶやく。
「恨めるはずがないんだし」
「!」
 息を飲む。
「白姫、ひょっとして元に……」
 そこまでだった。
「……ぅ……」
 アリスの身体から力が抜けていく。
 そのまま、
「!」
「アリスちゃん?」
「アリスちゃーん!」
 驚く子どもたちの声が夕焼けの街にこだました。

 翌日――
「ご心配をおかけしました」
 ぷりゅり。
 礼儀正しく頭を下げる白姫に、葉太郎は心からの笑みをこぼした。
「ううん。白姫が元気になってよかった」
「ぷりゅー」
 主人の優しい言葉に、白姫も笑みを見せる。
「けど、白姫、本当に何もおぼえてないの?」
「ぷりゅ」
 うなずく。
「そうか……」
 軽く目を伏せる。と、白姫が敏感に反応し、
「なんで残念そうな顔してるの! シロヒメが元に戻ってうれしくないの!?」
「そ、そんなことはないけど」
 あたふたとなりつつ、
「ただ……僕には白姫だから」
「ぷりゅ?」
 首をひねる彼女に、
「どんなに性格が変わってもね、それも白姫だと思うんだ。白姫が覚えてなくても、せめて僕たちが覚えていてあげないと……あの子たちが悲しむと思うから」
「ぷりゅー」
 すりすりと鼻先をすり寄せる。
「ヨウタローは優しいんだしー。さすがシロヒメのご主人様だし」
「白姫も優しいよ」
「ぷりゅー❤」
 いっそううれしそうにいななく。
「でも残念なんだしー」
「残念?」
「超能力は残ってもよかったと思うんだし。いろいろ便利なんだし」
「便利かもしれないけど……」
「それに美少女に超能力はつきものなんだし。何かのきっかけで超能力に目覚めるのはだいたい美少女なんだし」
「そ、そうかなあ……」
「そうだし」
 自信満々にうなずかれ、困った笑みを返すしかない。
 と、そこに、
「あっ、アリス」
「ぷりゅ?」
 ふらふらとやってきたアリスに驚いて駆け寄る。
「もういいの? 出歩いても大丈夫?」
「ぷりゅー」
 たちまち白姫が不機嫌そうに顔をしかめる。
「なんでそんなにアリスに構うんだし! どうせアリスだし!」
「でも、アリス、倒れたから」
 白姫が元に戻った直後、意識を失ったアリス。
 特に目立つ外傷がないことからひとまず屋敷で様子を見ることになったのだが、葉太郎は白姫のときと同じく彼女を心配していた。
「白姫だって気にしてたでしょ?」
「それは……そうだけど」
 照れくさそうにしながらも認める。と、すぐにそれをごまかすように、
「でも、アリス、すぐに目を覚ましたし! シロヒメと違うし!」
「だけど、なんだかぼーっとしてるっていうか」
「アリスはいつでもぼーっとしてるんだし!」
 言い切ると、ヒヅメ音高くアリスの前に歩み寄る。
「白姫……」
 不安そうな葉太郎の声を無視し、
「なに、びょーにんのふりしてるし! さっさとシャキッとするし!」
「………………」
「アリス、無駄にじょーぶなんだし。何かあったりするわけないし。きっと、ヨウタローに心配してもらおうと思ってわざと……」
 そのとき、
「ぷりゅ?」
 けげんないななきがもれる。
「し、白姫!」
 驚きの声をあげる。
「浮いてる! 浮いてるから!」
「ぷっりゅーーー!」
 浮かび上がっていた。白姫の身体がふわふわと。
「ぷりゅ!? ぷりゅりゅ!? シロヒメ、また超能力に目覚めちゃったんだし!?」
「違う」
「ぷりゅ!」
 その重々しい声はアリスの口から放たれていた。
「それがしのしたことだ」
「『それがし』!?」
「ああ」
 そして――『アリス』は言った。
「それがしは車の霊だ!」
「ぷっりゅーーっ!?」
 驚愕のいななきがほとばしる。
「く、車の霊?」
「そうだ」
 別人のように引き締まった顔でうなずき、
「この人間の身体を借りている。単純な性格で乗り移りやすかったからな」
「確かに単純だけど……アホだけど」
 アリス――車の霊は怒りをたぎらせ、
「よくも、それがしを破壊しようとしてくれたな」
「ぷりゅ! そ、それは超能力者な馬格が」
「しかし、その力の影響で、それがしもこうして超能力〝車〟として目覚めることができたのだ」
「ちょーのーりょく車(しゃ)!?」
 あぜんと叫びあたふたと、
「なんだし、それ! そんなのいないし!」
「この人間も言ったであろう。車には心があると」
「言ってたけど」
「超能力とは、つまり心の力なのだ!」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 無茶苦茶ながらも、反論ができなくなる。
「待って!」
 そこへあわてて割って入る。
「白姫に乱暴しないで! 代わりに僕はどうなってもいいから!」
「ヨウタロー……」
 ためらいのない言葉に白姫が目をうるませる。
 と、車の霊が、
「あなたには何もしない」
「えっ」
「車は人と共に歩んできた。車は人間が大好きなのだから」
 そう言って、うっとりと葉太郎を見つめる。
「って、なんだし、その熱い視線はーーーーっ!」
 今度は白姫が怒り出し、
「ウソ言うんじゃねーし! シロヒメの友だちにぶつかりそうになったりしたし!」
「そのことについては謝罪する。くるまんなさい」
「『くるまんなさい』!?」
「だが、車が人を愛しているのは事実だ。だから……」
「『だから』何なんだし!? ヨウタローに近づくんじゃねーーーしっ!」
「ち、ちょっと」
 自分を間にはさまれての争いに戸惑うばかりの葉太郎。熱くなっていく両者を止められないまま、
「離れるしーっ! ヨウタローはシロヒメのだしーっ!」
「フッ、離れるのはそちらだ」
「ぷりゅっ!? 超能力使うんじゃねーし!」
「あ、あの……」
「負けないしーっ! 白馬なめんじゃねーっし!」
「こちらこそ車をなめるなと言わせてもらおう! そして身体を借りているこの人間のこともな!」
「アリスはなめていいし。どうせアリスだから」
「あの……」
 二人を止められない葉太郎はただ情けなく呼びかけることしかできない。
 そして、
「やっぱり超能力とか別人格とかいらないしーっ!」
 白姫の叫び声が空高くこだましていくのだった。

失われたシロヒメを探し求めてなんだしっ❤

失われたシロヒメを探し求めてなんだしっ❤

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-25

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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