月に酔う
晩酌
風に誘われ外に出てみりゃ
見事な月が笑ってた
円い形にぎらぎら光り
必死に夜道を照らしてた
それに惹かれて俺が見ていりゃ
段々明るくなってくようで
それに構わずじっとしていりゃ
ぐわんぐわんと膨らむようだ
彼奴はすっかり闇を呑み込んで
今や空の王様だ
げっぷをした奴がにやりと笑った
ねめつくよな目で俺を見た
「こんばんは、」
こんばんは、
「随分愉快な月夜だろ」
そうさね、随分明るい夜だなあ
「ここはどうだい、あんたも一つ」
いやいや結構、俺は先を急ぐのだ
眩しい月はどうも大分こわかった
踵を返して家路を駆けた
げらげら声も聞こえぬ振りし
先へ先へ走って行った
彼奴は空の天辺で
俺をにやにや笑ってる
夜を喰らって大きくなって
空はやがて月になる
皆いずれは月になるのだ
ぶるりと震えて蛙が鳴いた
泥酔
さうでした
僕は死んでゐるのでした
足が腐れ、
舌は壊れ、
紡ぐ言葉は獣の唸りになりました
脳は狂い、
色を失い、
盲いた眼は乾いて涙も流れませぬ
苦楽も無くて死人に口無し
然れど歌うことが止みませぬ
どうしたつて僕はまともぢやないのです
塵屑のよな言葉を吐き捨て
くしやくしやに丸めた紙を投げました
インキが垂れて落ちてゆきます
僕は其れを拾い、
黒を舐め、
ぺろりと舌舐めずりを致しました
キヤンデイの甘つたるい匂いがします
夜桜
そら見ろよ
其処に桜が咲いている
目を瞑ったって見えるだろ
桜がはらはら舞っている
もっとようく見なきゃ駄目なんだぜ
あの月の下、一本杉の上
なあ、桜が立っているだろう
ほら其処だ
桜がじろりと此方を睨んでる
君がさっさと見つけないからさ
あたしが分かんないなんて、と
俺らを馬鹿にしてるんだぜ
すっかり拗ねちまってるんだぜ
なあ見ろよ
折角酔っているんだからさ
桜を見なくちゃ勿体無い
枯れ木に花を咲かせてさ
酒なら其れが出来るんだぜ
木枯らしの中だってさ
桜が一等美人になるんだぜ
そら飲めよ
君はもっと酔わなきゃならん
酔っ払わなくちゃ花見酒が飲めんだろ
なあ、なあ、
俺らだけさ
爺なんかじゃ有り得ねえ
酔っ払いだけが冬に花を咲かすのさ
そりゃあ随分特別なことでよ
お役人よりも偉いぐらいだって
俺なんかは思うがよ
幻妖
おんなが立っていた
誰彼構わず媚びてるようで
だけどもぜんぶ
暗くなるのを
青黒くなるのを諦めたようで
女らしく透明に微笑んで
おれをそっと手招いた
おんながゆびを伸ばした
羊水の中で安心するような
それでも他を
遠くへ遠くへ
突き放すような
そんなこわい温かさで
おれをくるりと包んでいた
おんなが泣いていた
息の根を止めたいほどに
愛おしいのか
くちづけたいほど
憎らしいのか
どうもはっきりしないのだと
おれに縋って抱きついた
おんなは眼をとじた
知らんふりをしたつもりか
それとも
我慢ならずに拗ねているのか
だがそう悪い気分はしないらしく
白くなまめかしい肌を晒して
おれの肩に顔を埋めた
おんなは笑んでいた
艶やかに艶やかに
まんまるの月を腕に抱いて
惜しげの一つもなさそうに
唇の紅をぺろり、
舐めとった
月に酔う