ソレとわたし

少しずつ更新します。

物心ついた時から、ソレは私の中にいた。


ソレの気配に初めて気づいたのはいつだっただろう?  

気配というか。いつの間にか、自分の中に住み着いていたというか……。

「あなたは誰なの?」

聞いてみると、答えはひどく曖昧なものだった。

「人は、私をもう一人の自分と言うよ。ある人は悪魔と言ってみたり、ある人は天使と言ってみたり。またある人は心の声とも言うね。
私には名前もないし、形もない。君と生まれて、君と死ぬ。
君の事を誰よりもわかっているから、何でも聞いていい。君の事なら何でも答えられるし。君が望むなら、ずっとここにいるんだ」

「誰の心の中にもいるの? お姉ちゃんにもお母さんにも?」
「そう、誰の中にも必ず私がいる」
「あなたってもしかして、神様なの?  心の中でお話ができるのって神様なんでしょ?」
「心の中の神様。そう呼ぶ人も確かにいるね。 人は、何かに名前を付けたり、形を付けたりするのが好きな生き物だからね。君がそうしたいなら、そう呼んでもいいんだよ。全部、君の好きにしていいんだから」


初めてソレと話をしたのはいつだったのか、思い出せないけど、すごく心地よかったのは覚えている。

自分は一人じゃない。という安心感。ただ家族にとって、この頃の私はひどく不気味な生き物だったかもしれない。
いつも一人でソレと話をしていたから。

ねえ、あたしが死んだらさ、どうなるんだろう?

「ねえ、お姉ちゃんがいじめるの。あたしの事、嫌いだって。死んじゃえって言うの。あたしが死んだらさ。どうなるんだろ?」

ある日、私はソレに聞いた。

「君が死んだら、みんな悲しむよ。お姉ちゃんもごめんなさい。って言って泣くよ」
「お姉ちゃんなんか、泣けばいいんだよ。だって、いつも意地悪ばっかりするし。あたしが死んで苦しめばいいんだよ」

「そうだね。苦しむね。でも、君はそれを見ることはできないよ」
「そっか、悔しいなあ。それじゃあ、本当に泣いてるかわからないしね。
そうだ。あたしが苦しんでたら、お姉ちゃんが慌てる姿が見られるんじゃないかな? あたし、やってみる!」

私は、部屋に入り布団に包まった。そして、苦しそうにうめき声をあげた。
私達の部屋は、6畳と4畳半の畳の続き部屋で、その間をふすまで仕切られていた。だから、姿は見えなくても、声はまる聞こえだった。

「うぅーはあ、はあ、うぅーはあ、はあ」

私は隣の姉がなにか言うまで、苦しそうな息を吐き続けた。しばらく頑張っていたら、姉の部屋から
「うるさい! なに、はあ、はあ、言ってるんだよ! 気持ち悪いんだよ! ばーか!」
と姉の怒鳴り声が聞こえてきた。

「ねえ、全然ダメだよ。あたしが死んでも、きっとお姉ちゃんは笑ってるよ。悲しまないよ。お姉ちゃんはあたしの事ホントに嫌いなんだよ」

あたしは悲しくなってソレに八つ当たりしたくなった。涙がポロンってこぼれてくる。
ソレは、すましてこう言った。

「そうかな。嫌いなのかな? そうだとしたら、君はどうするの? どうしたい?」
「あたし? あたしは……お姉ちゃんが困ったり、慌てたりする姿が見たいな」

「それなら…、こんなことは、どうだろう?」


翌日、姉への報復に、姉の勉強机の上のものを全て床にぶちまけた。それだけじゃ気が収まらず、引き出しの中身も全てぶちまけた。

これで、お姉ちゃんの慌てた姿が見られるね。ソレと一緒に、にっこり笑った。

家が火事になったら?

私が小学1年生の時、我が家に仔犬がやってきた。

その仔犬の名前はモロ。父が付けた。理由はよくわからない。好きだった美人女優の名前がモンローだからと言っていたかも。その子、女の子だったし。

私はモロに夢中だった。時間があればいつまでもモロと一緒にいた。誰よりも何よりもモロが大好きだった。

ある夜、家の近くを消防車が何台も何台も通った。子供の私でも、近くで大きな火事があったんだとすぐにわかった。
途端に大きな不安が押し寄せてきた。私はソレに話しかけた。

「ねえ、この家が火事になったらどうしよう? どうやって逃げればいいの?」

ソレはいつものようにすまして言う。

「火事になったら、布団から出て、すぐ外に飛び出すんだよ」
「じゃあ、モロはどうなるの? モロは外で繋がれているんだよ。逃げ遅れて死んじゃう」
「部屋から飛び出して、リビングを突っ切って、庭に出て、モロの鎖を持って、道に飛び出すんだよ」
「火の回りが速くて、庭に出られなかったら、どうしよう。モロが死んじゃう。どうしよう。怖い!怖い!」

私は泣き出した。モロを助けられないかもしれないと思うと、怖くて涙が出るのだ。一人でしくしく泣き出した。
ソレは、何も言ってくれない。私の心の中は恐怖で一杯だった。

翌日から、私は手順を毎晩おさらいした。
火事に気付いてから、モロを助け出し、外へと逃げる手順を。そしてふと、そこに父や母、姉が含まれていないことに気が付いた。

「ねえ、お父さんとお母さんとお姉ちゃんは? どうしよう、助けられるかな?」
「お父さんやお母さんは大人だから大丈夫だよ。お姉ちゃんは、知らない」
「もし、あたしとモロだけ生き残ったら、あたしどうなるんだろう? どうやって暮らすの?」

そして、また怖くなった。モロと二人だけになって、ちゃんと暮らせるのかな? 家が燃えちゃって何もないのに?

私は泣き出した。怖い。どうしよう!
『どうか火事が起きませんように! 家に火事が起きませんように!』

それは殆ど祈りの様なものだった。私は自然とソレに祈っていた。そしてソレにお願いしていた。  

あたしはいつ死んじゃうんだろう

ある日、母に連れられて病院へ行った。

母方の祖母が入院したのだ。

私は祖母に懐いていた。

両親が共働きだったので、私はよく祖母と留守番をしたり、ご飯を作ってもらっていた。

病院での祖母は、驚くほど痩せていた。
私の記憶にあるおばあちゃんとはまるで別人で、いかにも病人だった。

祖母は、私がお見舞いに来たことを大げさに喜んだ。
本来あまり人から感謝される機会がなかった私にとって、祖母の喜びようは、私の自尊心をくすぐった。

それからは、私は出来る限り、祖母のお見舞いに行くようになった。

子供の足で30分ほどかかるその病院へ行くのは、決して楽ではなかった。
けれど、私は半ば使命感のような気持と、人から必要とされる喜びに溢れていた。



その日は、父とお見舞いに行った帰りだった。父はおもむろに私に話し出した。

「おばあちゃんは、もう長くないと思うよ」
「おばあちゃん、死んじゃうの? お父さん、悲しい?」

「そうでもないよ。もうすぐ80歳だし、ここまで生きて来られたんだから、満足だと思うよ。
 だけど、お母さんは違う。お母さんにとって、おばあちゃんは、自分の親だからね。すごく辛いと思うよ」

自分の親だから辛い。人の親だったら辛くない。

「お父さんは、あたしが死んじゃったら辛い?」
「そりゃあ、辛いよ。お父さんにとって子供は宝だから」

そう話す父の横顔を見て、一体自分はいつ死ぬのだろうとぼんやり思った。


家に帰って来てから、台所に立つ母に尋ねた。

「おばあちゃん、死んじゃうの?」
 
母は忙しそうに台所で野菜を切ったり、お鍋を見たりしながら
「そうねぇー。病気だからねぇー」と気のない返事をして、私の方は見なかった。

私はもっと聞きたい質問をした。

「お母さん、あたしはいつ死んじゃうの?」

母はやっぱり、そうねぇーと、フライパンに油を落とした。

「まあ、少なくてもあと、10年は生きるんじゃない?」

「10年……」

ショックだった。10年ということは、私は20歳だ。
父や母が40年以上生きていることは知っていたから、今の親以上生きられない。ということだけは理解できた。

私は、あと10年しか生きられないのか……という漠然な思いが残った。

「死ね」とは言わない

「ねぇ、あたしはいつ死ぬの?」

毎晩のようにソレを呼び出しては質問していた。ソレの答えは大概いつも「年を取ってから」とか「大人になった時」とか「親の後」とかで、具体的な答えはもらえなかった。

急に死を身近に感じた私は、いつ自分に死が襲い掛かって来るのだろうと、怖くて仕方がなかった。今すぐ明日にでも、自分は死んでしまうんじゃないか。と、ビクビクしていた。

学校に行っている間や、モロと遊んでいる時は考えないのに、夜、布団に入ると必ずソレを呼び出して聞いた。そんなことを繰り返すうちに、だんだんと質問から懇願に変わって来た。

「いつ死ぬの?」から「死にたくない。死にませんように」となった。

私は毎晩ソレに「明日も死にませんように」と祈り、その願いは果てしなく広がって、「世界中の生き物が死にませんように。みんなが平和で暮らせますように」と祈るようになっていた。

死を身近に感じたことで、子供心に命の尊さみたいなものが身に染みたのかも知れない。もしくは、自分だけ死なないなんて、都合がよすぎる願いに帳尻を合わせようとしたのかもしれない。


その頃の私は「死」に対する言葉にも敏感になっていった。
姉の言葉の暴力は以前よりも増すようになっていて、何かにつけて「お前死ね」「はあ?死んで?」と言われていた。
私は、姉への反抗心からか「何があっても、人に向かって死ねという言葉は投げかけない!」とソレと約束していた。

ソレと約束したら、それはポリシーになる。守られるポリシー。

それなのに……

そのポリシーが簡単に破られる日がやってきた。

そうだよ。お前のせいだよ

私は中学生になった。

その日は私の誕生日だった。誕生日はどうしても浮かれてしまう。私は朝からそわそわしていた。
なぜなら、誕生日プレゼントに前から欲しかった漫画を買ってもらうことになっていたから。
親から何かを買ってもらう、なんてほとんど記憶にない。

両親は毎日仕事が忙しく、その合間をぬって子供の世話をしたり家のことをしている。父はそもそもが自由人だから、気まぐれに出かけることもあるけど、母に至ってはスーパーの買い物についていくことが、唯一「母と出かける」だった。

この日は、スーパーの帰り道に本屋さんによってくれる約束になっていた。とはいえ、遅く帰ったら、絶対待ってくれない。
早く帰らなきゃいけなかった。


けれどもこの時期学校は体育祭の準備が忙しく、多くの生徒は放課後に応援の練習をしたり、リレーの練習をしていた。

運動が苦手な私は、応援のメンバーになっていた。応援チームは全部で50人ほどで、団長と副団長、前列に並ぶ何人かは上級生が受け持つ。
私はその他大勢の中の一人だった。
だからこの日は練習に出ないで、帰るつもりだった。

けれど、隣のクラスのよく知らない男子生徒に執拗に練習に出るように言われた。
「応援団として、サボるのは許さない!」
正義感が強く、押しつけがましいその態度には辟易する。

私にとってはどうでもいいことで、甚だ迷惑以外の何物でもなかった。
私は当然のように、帰ろうとした。

ところが、その男子生徒は私のカバンを取り上げて
「練習に出なければ、カバンは返さない」と言った。

私はどうにもこうにも頭にきた。今日は、私の誕生日なのに、なんで邪魔をするのか?!
よりによって、誕生日という特別な日に意地悪するのはなぜか?!

私は口走った。
「あんた、消えて!死んでもいいよ」

男子生徒は、へらへらしていた。なんとも思わない。という顔だった。

だけど、私が泣き出すような顔だったからか、カバンを返してくれた。



私は急いで家に帰り、見事に漫画を買ってもらった。心のどこかで「言っちゃったなあ」という苦々しい思いは残ったけれど、それでも念願の漫画を手に入れたことでほくほくしていた。


翌日、学校へ行くと、急な集会が開かれた。

昨日の夜、応援団のメンバーが事故で亡くなったというのだ。


彼の名前は中村先輩と言った。同じ応援団だったから、挨拶はしたけれど、話をしたことは無かった。


だけど、私の誕生日に、私が人に向かって「死ね」と言ってしまった日に、本当に人が死んでしまった。



私のせいだ! 私のせいだ! 私が中村先輩を死なせてしまった。

私は絶望で一杯になった。怖くなってすぐに家に帰った。

部屋入って、布団に包まった。

怖くて涙が止まらなかった。



私はソレを呼び出した。

「本当のこと」が知りたくて質問をした。

「ねぇ、あたしのせいなの? あたしが「死ね」って言ったから、中村先輩は死んでしまったの?」
「そうだよ。お前のせいだよ。お前のせいだよ」

「ごめんなさい。ごめんなさい。どうしたらいいの? あたしはどうしたら、いいの?」

布団の中で、私は声を上げて泣いていた。でもソレは全く動じず、冷たく言い放った。

「今更、ごめんなさいじゃ、ないだろう。お前のせいだ。お前のせいなんだから。たかが漫画ごときで自分勝手に振る舞って、人に死ねって言って、中村先輩を死に追いやった。お前こそ死んでいい人間だ。お前が死ねばよかったんだ」

私は泣き続けた。そして懇願した。
「お願い。許して。ねぇ、どうしてそんなに辛いことを言うの? どうして許してくれないの?」

「甘えるな。お前、自分が何をしたか、分かっているのか? お前のせいなんだぞ」

ソレは厳しかった。私の心を何度も抉るような言葉を投げかけてきた。
私はいちいちソレの言葉に傷つき、泣き続けた。  


私達応援団のメンバーは、中村先輩のお通夜に行った。
いつもは怖い筈の担任の先生は、目を真っ赤にして泣きはらしていた。

「お前たち、来てくれたか。ありがとな。中村、どうしてこんなことになっ……」

中村先輩の家の人たちもみんな泣いていた。応援団のメンバー、特に親しくしていた先輩たちは、みんな泣き崩れていた。

私も声を出して泣いた。悲しくて泣いていたんじゃない。悔しくて泣いていたんでもない。怖くて仕方がなかった。

中村先輩、ごめんなさい。おうちの人たち、ごめんなさい。先輩たち、ごめんなさい。みんなの大事な人、奪ってごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。と繰り返し、繰り返し謝り続けた。

ソレとわたし

つづく

ソレとわたし

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-22

Copyrighted
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  1. 物心ついた時から、ソレは私の中にいた。
  2. ねえ、あたしが死んだらさ、どうなるんだろう?
  3. 家が火事になったら?
  4. あたしはいつ死んじゃうんだろう
  5. 「死ね」とは言わない
  6. そうだよ。お前のせいだよ